ママが言うには、世界は滅んでしまったらしい。
たしかに、強化ガラスの外の世界はスマホの記録で見る世界とはずいぶん違う。
まず緑が異様に多くてゲームに出てくるような大型の虫や爬虫類が多い。
一日も私からしたらずいぶん長い気がする。
まだ3回しか夜を見てない……と思う。
気がするけどママが言うにはまだ地球の自転は24時間らしい。
「ねえママ、私はママしか知らないけど私はここで生まれて……その前に世界が滅んだってこと?」
「ん~、まあ。おおむねそうかな。10年くらい前かなあ。最初は隕石がハワイあたりに落ちて……そこから違う星の生態系が浸食してきて……まあ、人間はほとんど滅びたんだ。今残ってるのはたぶん……チベットシェルターと北欧シェルターとアラスカシェルターくらいかもね。小さいのもいくつか残ってるかもだけど」
ママはギターを弄る手を辞めて私に笑いかけた。
ママの顔と私の顔はよく似ている。ただ、肌の色が……私は石膏みたいな白だ。
あと、歯がサメみたいにギザギザしてるし、瞳の色が黄色だ。
ママはそのことについて特に言わないけど、きっと隕石の影響なんだろうね。
「ママ、またギター弾いてよ」
「いいね。何がいい?」
「let it be。日本語で」
「好きだねこれ『僕がトラブった時、聖母が現れ、言ってくれたんだ『なんとかなる』それでいいって』」
私はママの歌を聞きながらソファに横になる。
私の肌に似た色の天井を眺めながら、いつしか眠くなっていく。
「おやすみ、オルテア」
「……んー、うん」
眠るときにママが頭を撫でてくれた気がした。
あたたかい……
■
朝が来た。私の名前の由来らしいね。
スペイン語で『夜明け』とかラテン語で『始まり』らしい。
そのせいか……夜明けの赤い太陽に緑がかった空が私は好きだ。
ママは寝てた。遅くまで何かを書いてたらしい。
今日は私が朝ごはん作ろう。
昨日のお昼にママといっしょに作ったんだよ。だからわかる。
こう……コンッって卵を割って……ボウルに入れて。
コンロあっためて……バター引いて……
塩コショウ。ジュ~。
これも今となったらすごい貴重なんだろうね。
できた。プレーンオムレツ。
そういえば、卵はこの簡易シェルターの内部に厩舎があるらしい。
私にはまだ触らせてもらえないけど。
「あ……オルテア、おはよう。できたんだオムレツ?すごいね」
「あ、うん。昨日コンロ触っていいって言ってたから」
「そっか。覚えてたか。よかった」
ママはなんでも教えてくれた。
料理も、歌も、ギターも、おしゃれだって。
時にはサバイバルの知識を動画を見せて教えてくれた。
そして、このあとに私が人じゃないことも。
「あのさ……ひょっとして……ひょっとして私って人じゃない……?どっちかって言うと隕石で来た宇宙の生態系の方……だったりする?」
正直聞くのは怖かった。
でもママは私の不安を消すように優しい顔と声で答えた。
「……ごめんね。そうだよ。大丈夫、『なんとかなる』大丈夫だよ。オルテアはオルテアだし、君がよかったらこれからも君のママでありたいんだ」
ママは私の顔を真剣に見て言ってくれた。
そうかあ……
「あ~……うん、そうかあ……うん、ママにはママでいてほしいな」
「……よかったよ。私もまだ君のママでいたい。ちなみに何で気づいたの?」
「うーん、記憶が1週間以下しかないのに普通にしゃべれるし、なんなら動画を10倍速で見てすぐにまねできる学習能力は人間じゃないなって……」
「だよね~」
ママはヘラっと笑った。このママの気の抜けた笑顔が私は好きだ。
「君はさ、最初に見たときメタモンみたいな生き物だったんだ」
「ポケモンの?」
「そう。粘土状生物で何でも変身して真似できる生物。それが君。だから、私は……私自身、そして『人間』を君にマネさせたんだ……寂しかったからさ……」
まあここ、ほぼほぼ通信途絶してるもんね。
世界がほとんど滅びて一人。その寂しさはよくわかる。とても。
私も今ママがいなくなったら本当に困る。
「ごめんね、私は君に可哀そうなことしたと思う。この世界で人間性をもって生きるのは……楽な道じゃないだろうから」
「でも、私は心だけでも人間で良かったと思うよ。ママと話せる」
「……そっか。でもね、君には選ぶ権利と義務があると思うよ。私は私が知る限りに人間を教えるけど、それをどう使うか、どう受け継ぐかは君の自由だよ。……受け継がなくっても、それはしかたないんだ」
この時は私はこれを疑問に思わなかったけど、でもママの顔が真剣だったので覚えておくことにしたし、この後のことも含めて今でも覚えている。
「よくわかんないけど……覚えておく」
「……君が人間でいることがイヤになったら、いつでも捨てていいんだ。私は人間の生きた証、私の生きた証を残したいけど、でもそれが君の幸せとは限らないから。君が幸せになるためだったら……それでいいんだよ」
「うーん、よくわからないけど……ママが私を大切に思ってくれるのはわかるよ」
「そっか……それで、よかった……あっ」
ママが椅子から倒れた!なんで?血を吐いてる!
「ママ!」
「いいんだよ……わかってたことなんだ。防護なしでドアを開けて君を招いた時点で……第三世代全身サイボーグである私は……いずれ消化器官から『外の生態系』に侵食されることが……わかってたから」
どんどん血が出てる!死んじゃうよ!
私はママを横に寝かせて背中をさすった。
これもママが教えてくれた救急救命法だ。
「ママ!?どうすればいいの!?」
「聞いて、オルテア。これは私の決断であって……君のせいじゃない。これでよかったんだ……滅んでゆく世界を見ながらゆっくり死んでいくだけだった私に……君は使命をくれた。生きる、意味を……人を、託すってことを……!」
「ママ!?なんで!?私の、私の身体から何か感染したってこと!?」
ママはうなずいて私を見る。時々見せるやせ我慢した笑顔で。
「これが私が君に最後におしえるもの。人の死だよ。そして、最後にあげられるもの。愛だよ」
ママはがしりと私の身体をつかんで起き上がり、抱きしめた。
「ママ!?いやだよ!一人にしないでよ!」
「ごめんね……わたしは、ひどいことをしたね……でも……オルテア、愛してる……君は、大丈夫。きっと生きていける。仲間を、探して……作り直すんだ。世界を……!」
かちゃりと音がしてシェルターの鍵が開いた。そしてスマホの通知音。
『キッズモードを解除しました』
たぶん、ママが義体についた通信機能で解除したんだ。
あんなに解除してほしかったものがまったくうれしくない。
「だいじょうぶ……だいじょうぶ……オルテア……『なんとかなる、なんとかなる、なんとかなる、なんとかなるさ。それでいい』……」
「ママ!?ママ!?歌ってる場合じゃないよ!ママ!」
それでも、わかってしまった。
死にゆくママがこの世界に最後に残せる人間らしいこと。
それが歌う事なんだって。
「オルテア……い、きて」
「ママー!!うわあああ!!」
冷たくなっていくママに私は泣くことしかできなかった。
そして、私はひとしきり泣いて、窓の外のできるだけ近くにママを埋めた。
それから、スマホに残ったyoutubeのすべての動画を見た。
生きるために。サバイバルするために学ぶんだ。
私は……生きなきゃいけない。
仲間を探して、世界を作り直す。
わかったよ……ママ……