唐突だが私の名前はパラドクス、年齢は1歳、性別は女、現在座標は不明だがおそらくチベット周辺、経歴は記憶引き継ぎ系の人間…なのだがいわゆる異世界転生者とは違う、この世界には魔法もモンスターも存在しないし無駄に中世ナーロッパな世界観もしていない
しかしこの名前『パラドクス』というと何人かの記憶が思い出せるだろう。
遊戯王に出てくる者、仮面ライダーに出てくる者、聖闘士星矢に出てくる者、モンストに出てくる者…おそらくこの世界はその三番手のそれであろうと踏んでいる
なにしろ私の生まれ持った髪が水色なのだ、この点だけはファンタジーとあって差し支えないかもしれない。
前述の経歴と併せて考えれば異世界転生というより幻想入りの如き二次元世界への投入であろうか、しかしこのままでは私の人生に一つ、大きな問題がある……それは私が、
(とはいえ…現在西暦1990年、やはり星矢達より年下なのか…?)
主人公である星矢の誕生は放送時期と揃えて考えれば1972年12月1日
1987〜1990で12宮編〜ポセイドン編、星矢はここまで15歳で戦い抜いたことになる、現在ポセイドン編の時間ということは既に過ぎ去った12宮編でサガを倒して『彼の掲げた力による支配』は結局達成されずジェミニの聖闘士は空位となっており、更にもうしばらくしたら星矢はハーデスの剣で死亡するだろう
エピソードGシリーズへ流れずにオメガへ続くにしてもオメガ時点での主人公・光牙は13歳(推定)である
例によって放送時期と揃えれば1999年に生まれ、2012年に13歳となり…今の時間ではまだ生まれてもいないことになる。
(というわけで、今この時間は星矢達がどうにかしてハーデスを倒す事を期待する他にないので頑張って瞑想に励もう)
臨機応変な判断力でイメージ的な踵を返した私は己の内にへと目を向ける、瞑想は
作中の説明の上っ面程度は覚えているが、特に詳細を調べているわけでもないので聖闘士について詳しいことは何も知らない私が肉体を動かさずにできる修行などコレくらいなのだ、効率が悪いと言われてもそれしかできないのだから仕方がないと言わざるを得ない。
「うぁぁぁぁぁん!!」
(いや
同じ日の同じ時に生まれた双子の妹、のちに
二年が過ぎて現在、私(パラドクス)は3歳、家業となる農業の手伝いを始めたところだ
流石に『生まれた直後にナイフを握らせ、ゴブリンと殺し合いをさせて勝ったものだけが生まれたと認める』なんていうアマゾネスの集落みたいな因習はないにせよ(なくて本当に良かった)、若子とてタダ飯食いにはできないほどに痩せこけて滅びかけている村である。
おそらく連作障害についての知識がないのであろう、毎年同じ豆を同じ場所に植えているせいで土が傷んで作物も上手く育たないのだ
この村の名物…というよりそれしかないのだが、ボルシチにもならないような薄い豆のスープを啜って辛うじて生きてはいるが、こんな食生活では到底高性能な筋肉も十分な骨密度も得られたものではない。
「それに……」
また村の子、それも女の子が消えた、村長の着ている服のバリエーションが増えたのと無関係ではあるまい
つまり、口減し兼人売り……社会的には聖域が
私とて女の子なので“そう”扱われるのは仕方ないとはいえ普通に殺意が湧くし嫌悪感もひとしおなのだから。
「おじ様、今日は何年何月の何日?」
「あ?そんなん決まってんだろ?1994年の7月1日だよ
なんでんなこと聞くんだ?」
「んーん、聞きたかったの!」
1年に一度村来る
だがこれで久しぶりに日付が確定できた、やはり時計もまともな暦もない生活の中で今日が何日だかが正確に分かるのはありがたい。
ゴリゴリと木の枝で地面を削って、斜めにそれを突き刺した
できれば理想的な角度で刺したいのだが、
地球の自転軸に平行に屹立する様にしなければ均一に影を移動させる時計にはならないのだ、これが日本ならばおよそ35度傾くのだが、ここがそうとは思えない
というわけで古代の賢者ヒッパルコスとプトレマイオスに倣って地球を球体と仮定して360度に等分割し、
天体を観測して北極星を見出し、粗雑ながら水平器とディバイダーを用いて作った六分儀を用いて角度を割り出し、その結果求められた緯度(北緯約30度)をこれまた六分儀を用いて角度とした日時計を作り出し、その場所での南中(太陽が最も高く上がる時)を測定する。
これで別の地点の南中と比較することで南中の時刻の差を求め、24時間で360度=1時間で15度、20分では5度という様に経度の測定を行うことができるのだが問題は……
「どうやって2点の南中時刻の差を求める…?」
当然、即座に連絡が可能な機器やパソコンのように正確に時刻を弾き出せる装置もない、正確に2点の南中の時間差を求めることは不可能と言ってよかった。
「……電波を傍受すればいいじゃないか」
南中時刻は天文台が公式的に発表してくれるのだから、聞き取れる言語の電波を傍受してそこの時間と座標とを照応すれば良いのだ
たとえ自分の住む村の文明が原始レベルであっても我々は古代人ではなく20世紀に生きているのだから簡単な話なはずだ、そんなことにさえ気づくのに時間が掛かった己の愚鈍を恥じるばかりだ
これは最弱と言われても仕方がないだろう。
「けど、これはまだ挽回できる、はず」
仮にも私は黄金聖闘士になる女なのだから、ここは努力だけでなく賢いところも見せておくべきだろう
女神は常に人々を見ている(錯覚)
「この子、泣かないわ」
俺が一番最初に異常に気づいたのはこの時だった、娘は泣かない
双子として生まれた妹はよく泣きよく笑う、だが姉の方は曖昧に微笑んでいるばかりで……それが妻には異様に見えたのだろう
妻は次第に妹ばかりに構うようになり、姉を疎み遠ざける様になっていった。
「パラドクス、いるかい?」
夜、家の隅に1人で座り込んでいるばかりの姉娘に声をかけた、静かに黙っていたその子は自分が呼ばれると思っていなかったのだろう、一度身を震わせてから振り向いた。
「何?お父様」「いやぁ…最近どうかなってさ」
その目を見た時に直感した、失敗だ、どう見てもこれは失敗だ、我ながら不器用すぎると笑いそうになった。
「今は日時計を作ったわ、これで暦と時間を把握できる
角度の割り出しには苦労させられたわ、結局分度器まで作ったのよ」
星以外の光源を持たない暗い家の中で、彼女が手にしていた木片を差し出してきた。
「1周を360度として…『概ね』だけど等分割した目盛りがついている60度毎の大目盛りもね、これの円周に針を取り付けて、真ん中の穴に支持架を通せば即席の六分儀の完成」
何を言っているのか全くわからなかった、俺がボケた顔を晒しているのに気付いたのか、彼女は言葉を進めていく。
「角度と長さを測れば多角形の面積や形態を計算で求めることができる、四角形や円の内角は360度、三角形なら180度、五角形なら540度だし
それぞれの角からの辺の長さと三平方の定理を用いれば二等辺三角形の高さを求めることができる……複雑だった?」
「全くわからなかった…」
娘の言は複雑怪奇、学のない俺には到底理解できなかったために最初娘が悪魔にでも取り憑かれたかと思った、だがそんなわけはない
もし悪魔に取り憑かれていたならば星光の下にこんなに美しく輝くはずがないのだから
「水平を水に任せるのは不安だったけれど、概ねの角度は取れたしまぁ良い……ヒュッ」
や ら か し た
星を見ている最中の事だったからか、思わず素の感覚で普通に返事をしてしまった、どこの世界の三歳児が平然と六分儀を自作して高度な図形の計算や測量をしているのか
これでは気味が悪いどころか化け物扱いも否定できたものではない。
「ヒュッ」
これはもう父親の記憶を消すしかないか?と物騒な方向に思考が巡り始めるが根性で押さえ込む、思い切り頭を殴ろうとしてうっかり聖闘士基準のパンチを叩き込んでしまえば惨殺死体どころかミンチ肉の出来上がりであるからして、そのような真似をするわけにはいかないのだ。
「お父様…?」「パラドクス……」
てっきり化け物を見る目線や拳でも飛んでくるかと思っていたが、案外そんなことはなく帰ってきたのは感嘆の声。
「すごいぞパラドクス!どうやってそんなことを知ったんだ?俺の娘は天才だったのか!?」
「きゃっ!?ちょっとお父様!?」
ぎゅうううっ、と擬音がつきそうな勢いで抱きしめられ、困惑の中に取り残されていた私はそれに反応できずにいた。
「お父様…苦しいです」
「あぁ、すまない……しかしパラドクス、お前の賢さがあればあるいは学者にもなれるかもしれない、そんな子供がこんな寒村で小さな豆を育てるだけで終わるのは勿体なさすぎる」
「…はい、お父様、私は村を出たいです
だから今、村の座標を測定するために経度の測定を試みています、そのためには電波を傍受できるアンテナが必要です」
ついにもう偽装を諦めた私はそれを放り捨てて素の状態のまま話し始め、そして今の状況と将来の展望を語る。
「時間と場所、そして方位を把握して地理を理解し、地道に移動すれば海を超えない限りに於いてはどこにでも行ける、私は村を出てギリシャ…
サンクチュアリがどこなのかは知らないがこの子が行きたいという場所なら大丈夫だろう、安直な判断だとは己でも分かっているがそれでもよかった
この子をこんな村に置いておきたくないからだ。
「けど…その前に体だな、旅をするなら体が強くないとダメだ、ブティーはお前のことが嫌いみたいだしな…飯は俺がなんとかするから、お前はまず体を鍛えたりするんだ、いいな?」
「でもお父様、この村では人が売られる、多分あのキャラバンと村長の企てだけれど…おそらく私もそう
母上に厭われている既に私は売られる標的に入れられているでしょう」
「……可能性はある、俺だってあいつの行動全部が掴めてるわけじゃない、でも大丈夫だ、俺はお前の父親なんだぜ?あと何年かくらいは守ってみせるさ」
「そこは『嫁に行くまで』くらい剛毅な姿勢でいて欲しかったですね」
「うっせえ、俺にも限界はあるんだよ」
そうだ、情けない話ではあるが俺は嫁の1人もまともに引き止められない程度の人間でしかない、だが俺だって父親なんだから、最低限娘がまともに1人で行動できるくらいの年齢までは守ってやらないといけないからな。
「強く生きろよ、パラドクス」
「はい、お父様」
静かな約束の一言であった