旧ドイツ帝国軍人、キヴォトスへ出征す 作:フルール・ド・ガリア
*倉内家*
結局あの後、アルノルト執事に色々と聞いて、今後の設定を練り込むことにした。
なんとこの世界には親が居ないとのことだから、両親の許諾書…のようなものは要らないのだと言う。
執事を廊下に立たせ続けるのも忍びないのでまず部屋に入れてから話を始める。
「まず設定ですが…記憶喪失、でいいですかね?」
「…難しいでしょうね。伝え忘れておりましたが、倉内家はゲヘナ学園の貴族でありますからそう言った情報はあまり出されない方がよろしいかと。」
なるほどたしかに。
私は貴族のことはよく知らないが、名誉を命より優先するような家系が多かったと言うことだけは知っている。
例えば不治の病にかかった貴族がそれを隠すために本人と縁を切ったりする、という事件が海外であったらしいしな。
最もライヒではそういった事は聞き覚えがなかったが。
で、あるならばどうしたものか。馬鹿正直に言ったところでからかいの元になるだけだ。
ゲヘナ学園の雰囲気がまず言伝でしか得られない以上、今できる事は少ないはず…
「ヨアさま。ゲヘナ学園はそういった個人の情報はあまり重視されません。自由と混沌、を校風とする学校ですから、いくら人が変わろうと変に思われる事は少ないのです。」
「自由と混沌、か…」
自由と混沌。
戦後の祖国を表すのにこれ以上ないフレーズはないと言えるだろう。
あの世界にまた行かなければならないのかと言う恐怖と、世俗が変わらぬことに安堵する気持ちが混ざり合う。
価値観が真逆ではいきずらいだろうが、かといってあの世界にまた産まれたいかと言えばそうではない。
腕の若干の震えを押し殺し、執事に今一度問う。
「なら、私は今の私のまま行きたい」
執事は顔を点滅させて答えた。
「ええ、それが良いでしょう。ですが言葉遣いは少し変えた方が最善かと。」
「言葉遣い?」
しまった、確かに丁寧に語るだけでは貴族としての威厳が出ない。
作法も言葉も知らない私にとって大きな障壁であることに違いはない。
——最も大きな障壁は、面倒なことに、これを明日までに身に叩き込まなければならないということだ。
「そう言われましても、作法も何も分かりませんから…」
「ヨアさま、大丈夫ですよ。」
執事は笑顔で、そして…おそらく安心させたかったのだろう平坦な抑揚で——
「今日の残り時間、私が丁寧に教えますから。」
ああ、今日は厄日だ。
*ゲヘナ学園中等部 第一体育館*
昨日の怒涛としか言いようのない貴族講義と入学準備を終わらせてさっさと寝た私は今、ゲヘナ学園の…中学部?中等部?に居た。
(暑苦しい…)
体育館におおよそ1000人以上が詰まっていて、しかもほとんど換気がされていない——いや、壁の風穴が換気の役割を果たしているような——部屋で立ちっぱなしというのは多少堪える。
(いや、塹壕よりはマシだ。まだ空間があるし衛生的さ)
そう思うと意外とここは大したことがないな。話は聞き流せばいいだろうし。
ただ——
「いつ終わるんだこれは…」
あの後結局20分以上話を聞かされた。いや、上官の作戦説明よりは短かったか?
……思い出したら腹が立ってきた。あのプロイセン人が。
短気で有名だった上官も今となっては懐かしいものだ。二度と会いたくない。
しかしこの教室は綺麗だな。あの時代の南部のどの学校よりも綺麗だと思う。
ギムナジウムや大学はそうじゃないのかもしれないが、それに比類するような学校だ。規模も大きい、一体連隊の何倍が収容できるだろうか?
この教室も私の学生時代とは考えられないほどに人が集まっている。
しかし、一つだけ私の学校が勝っている観点がある。
規律だ。
このクラスはどうなっているんだ。まともに教職の話を聞いている者がいない。
近くの人と常に話しているせいで話が聞こえないし、うるさいしで無性に…
ヒューン
この音は……
「…迫撃砲?」
しかもこれは「当たる」音だ!
「
精一杯の声を出し伏せるように命令する。だが意味が通じていないのかこちらを向いて戸惑っている。
まもなく迫撃砲弾は着弾する。伏せの姿勢をとった瞬間…
近くの壁が爆風で吹き飛んだ。
瓦礫に足が挟まれた感触、
従軍時とは違う、これはあの時よりも…
煙が晴れてきて視界が少し確保される。本来なら目を開けるべきではないのだが…周りは!
十字を切ってから周りを見渡すと壁に叩きつけられた人が何人か居た。助けなくては、機銃に…機銃?
そもそもここは学校だ。何故迫撃砲が?
瓦礫を足から退かし、瓦礫で半壊した教室を見る。
生徒の多くは同様しているが新兵のような慟哭ではなく、ただの驚き…まるで事故が遠くで起きたかのような目で見ていた。
そして遠くから声が聞こえた。
「ははは!一年共、ようこそゲヘナへ!歓迎として迫撃砲を撃ち込んだが、生きてっかー?」
笑い声と共に聞こえたその声は…あまりに不快だった。
彼女らは迫撃砲が何かを理解していない。
あれは塹壕を地獄に変えるためだけの兵器だ。イタズラでは済まさない。
「ええと…ヨアちゃんだったよね?大丈夫?!」
隣の席に居た少女が私に声をかけてくれたおかげで少しの冷静を取り戻せたが、今はもはやそれどころではない。
今すぐにあの不良共を憲兵に引き渡さなければならない。そして軍歴を剥奪されなければ!
「ヨアちゃん!」
先ほどから少女がこちらに叫んでいた。彼女は私の足を見て…そうだ、足の傷はどうなっている?
絶句した。傷がまるで付いていない。
この世界の住民が丈夫であるとは聞いていたがここまでとは。
「ええと…あなたは…傷は大丈夫、すぐに終わらせるから」
「いやっ…傷のことじゃなくて…それもあるんだけどっ…」
なんのことだ?
ああ、もしや私が彼女らからしたら過剰に反応していたからだろうか?
「…もうあの先輩方どっかいっちゃったし。ってか落ち着いた方がいいって!」
「落ち着いて居られるか、あいつらは軍法会議に…」
「軍、何?ともかく、顔がすごく怖いから…落ち着いて、みんな大丈夫だから。」
はぁ。もう騒ぐだけ無駄なのだろうか。
自由と混沌。ここは祖国以上に厄介な場所になりそうだ。
「………そうか。騒がせてしまい申し訳なかった。」
結局あの迫撃砲を撃ち込みやがった生徒らは風紀委員にしょっぴかれたらしい。
隣の…槇村ユリといった少女曰く
「風紀委員会っていうのは学校でのトラブルを取りしまる警察みたいな組織なの」
と。いわゆる憲兵だろうか。
自由と混沌とは言えども治安維持の組織があるのは——いや、私が言えたことではないな。
治安を悪化させて居た側の人間でもあるのだから。
あの事件の後はすぐに自己紹介だとか、学校紹介に移ったものだから驚いた。
私の自己紹介の際ビビりだなんだとからかってきたヤツが居たが…まあいい、そういう奴らはかつての小隊にも居たものだ。
学校紹介についてだが…校則について強く説明を受けた。
今はゲヘナ生徒会が…教職は決してそう言わなかったが独裁体制を敷いているらしく、ある程度治安が改善したそうだが未だに先輩方の迷惑な歓迎は続いているそうだ。
上司の意見を聞き入れないとは、いかがなものかと思うが。
そしてその校則も特別不利益を受けるわけでもなく、至極真っ当な規則であった。
しかし責任なき自由を求める一部生徒たちには不愉快に感じる規則もいくつかあるだろう。風紀委員会の心労が感じられる。
私もいずれ風紀委員会に入るべきだろうか、それともフリーで行くか…もしくは…
よし、決めた。風紀委員会にも他の部活にも入らない。私は私と共にある。
ユリは救急医学部に入ることにしたそうだが…まあ、元気でやっていけるだろう。
激昂した私に臆せずに話しかける勇気と優しさを持つ彼女ならば。
部活加盟は任意ではなかったのだから、おそらくこれは大丈夫なはずだ。
私はここで「
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