旧ドイツ帝国軍人、キヴォトスへ出征す 作:フルール・ド・ガリア
*ゲヘナ学園 風紀委員会館 牢獄*切り替え:
結果昼食を食べ損ねた私はあの後駆けつけた風紀委員会に捕まることになった。
長時間にわたる尋問は大した成果を出さなかったようで、私はすぐに牢獄に投げ込まれることになった。
いや、確かに遠目で見たら私が暴れているように見えただろうが——給食部の彼女の弁明も聞かずに捕縛するのはおかしいだろう。
全ての非を被せられた気分だ。銃器も取り上げられたし…
いずれ釈放されるだろうが、捕虜の扱いなどたかが知れている。
まるでトーチカの如きこの部屋からの脱獄は難しいだろう。そも脱出したとして武器が帰ってくるわけでもない。最悪のケース武器保管所を襲撃しなければならないし、素手で風紀委員会数十人を相手して勝てるとも思えない。
諦めて釈放を待つしかない、か。
それにしても腹が減ったな。見張りに言えば何か貰えないだろうか?
「
「は、はあ?なんて言ったんだ?おい、わかるか?」
「わかるわけないだろ!おい、何が言いたいんだ?」
ああ、そうだった。ここではドイツ語は通じないんだ。
実を言うと、この世界に来た時“脳に突然”ゲヘナの言葉がインプットされたのだが…
やはり癖は抜けないものだな。
ゲヘナの言葉、というと多少語弊があるのかもしれない。
この世界全域に放送されているチャンネルを見たところ、どうも皆方言の違いあれど言語は統一されているようだ。
あちらで言うなら英語というべきだろうか。カナダとイギリスでは方言によって伝わりづらいように、この世界ではゲヘナと…トリニティだったか、そこでは発音や単語が大きく違うが不思議なことに互いに意思疎通が可能なのだという。
今更ながら学校の名前が酷いものだな。「
しかし「
「おい!聞いてるのか!」
少々物思いに耽りすぎたようだ。
「いや、腹が減っていて。何か食べ物が欲しいのですが…」
「食堂で暴れなかったら減らなかったんじゃないか?自業自得だ」
「あれは……はぁ、もう好きにしろ。これ以上は虚しいだけだ」
今日はつくづく運がないものだ——待て、誰かここに来ている。数は二人、片方は風紀委員ではない。足音のタイミングがバラバラだ。
もう片方は風紀委員、つまりは先導役だろう。
ふむ、面会だろうか?面会室くらいあっても良さそうなものだがそうではないのだな。
周りに人は……多分居なさそうだ。おそらく私に会いにきたのだろうか。
「あ、あの!」
「囚人、釈放だ。早く出ろ!」
「待て、釈放?一体どうなっているんだ…」
一体どう言う風の吹き回しだ?はなから話を聞かなかった風紀委員が釈放を?
まさかうちの執事が何か手回しをしたのだろうか?だとしたら何故話が漏れたんだ…?
「給食部の多くが口を揃えて『あの人は悪くない』って言うもんだからな。お前が脅したのかとも思ったが…スマホで動画を撮っていた生徒が居たようでな。確かにお前のアレが正当防衛であったことが認められた。それに大人しくついてきたしな。情状酌量と言ったところだ。感謝しろ」
風紀委員はFG42を私に投げ、足枷を外した。
「ああ…そういうことか。ごめんなさいね、暴れちゃって」
「大丈夫です!むしろ助かりました、あの人達、私が入ってから毎日暴れてて…」
入ってから、か…やっぱり碌でもない奴が多いんだなこの学校。
そういえば彼女は——青色、つまり…同学年か。
曰く、入部に決まった日程は無いようだ。
だからもう入部する一年生は居るし、逆に3年生になって初めて入部する人も居るのだという。
「そうだ、名前は何と?」
「そういえば言ってませんでしたね、私は『愛清フウカ』って言います!給食部の一年生です!」
「私は『倉内ヨア』、同じく一年生です」
私が一年生であることを告げると愛清は酷く驚いた顔を見せた。
そこまで驚くものか?普通…
「えっそうなの!?てっきり先輩かと…」
「そう…私はそう見えるのか…」
「あなた、話し方コロコロ変わるわね…」
「家のせいでああいう話し方をせざるを得ないんだ。元々はこういう話し方だった」
「家のせい、ってどういう…」
ふむ、ゲヘナの貴族はあまり知名度がないのだろうか、それとも領地の差だろうか?確かに私もブラウンシュヴァイク*2の貴族の名前なんざ知らないし知る必要もない。
唯一知っているのはバイエルン国王陛下とヴュルテンベルクの国王陛下のみだ。プロイセン?あんなのは王じゃない。今まであったプロイセン人にまともな奴はほぼ居なかった。
「私は貴族の家出身だから、そういう言葉遣いを使うように、とな。入学前に突然言われたものだから切り替えが上手くいかないんだ」
「苦労してるのね…というか貴族なのに…」
愛清は何かを言おうとして、やめた。何かやましいことがあるのか、それとも私の立場を慮ってのことだろうかはわからない。
しかし、タブーについて触れるかのような、一般的に入るなと言われる部屋の前に立ったかのような表情を浮かべていた。
「……ところで、ここらで軽食が取れるところがあるなら教えてほしい。昼を食べ損なって空腹なんだ」
私とて鬼ではないし、そういった趣味があるわけでもないからあえて話を逸らした。
腹がなりそうな気がしたから、言葉で音をかき消しただけではない。
「……もしよかったら作ろうか?お礼の意味も込めて」
「できるのなら、お願いしたい」
食材を私的利用するのは大丈夫なのかとも思ったがお礼にそう返すのも野暮な話だ。それに本職がいいと言うのならいいのだろう。
「うん、大丈夫。早速食堂に行こ!」
綺麗な笑顔で彼女は私の手を取り、私を優しく引っ張った。
……前世で彼女の一人も居なかった私にとっては悪い物だとは感じなかった。
弟にすら彼女は居たのに!
ともかく私は彼女の手に引かれて牢獄から出ると、遠くから香り出す春の匂いと共に暖かな春風と沈みかけている陽光が私を包んだ。
夕日は地平線の下へ沈み、眩い茜色が視界を覆う。
愛清に引かれてみた一瞬の景色を私は少なくとも10年はこの景色を忘れないだろう。
それは私が牢獄から出たことがきっかけではなく、初めてこの世界の善意に触れたからかもしれない。あるいは、初の友人と言えるような関係を築けたからかもしれないが、私には明確に理由が掴めなかった。
牢獄の短い孤独と鉄の匂いはすでに去り、今まさに丘の上に捨て去った。
*ゲヘナ学園中等部 給食部*
食堂に着いた時、すでにそこは夕方も近いからか空虚な空間が広がっていた。
私は適当な席に座り、キッチンを眺める。
中では愛清が忙しなく動いていて、そこからは薄くイーストの匂いがする。
「……懐かしい匂いだな。
「お待たせ、今日はいつにも増して多く人が来てたから食材があんまり残ってなくて…」
申し訳なさそうに出した皿の上にはブレーツェ*3とクネーデル*4が乗っていた。
おそらく偶然であろうが、南部ドイツの…故郷の味を食べられるとは思わなかった。
あの家で食べる料理はどれも宮廷料理のようで、あまり好みではなかったからかなり、いやこの世界で一番食べたかった料理だ。
「ブレーツェとクネーデルじゃないか、どこでこの料理を?」
「さっき見たレシピで簡単に作れそうだったものを作っただけだから、味は良くないかもしれないけど…どう?」
どちらも一口食べると、クネーデルに入っている豚肉の肉汁の風味が広まった。
ブレーツェの食感は柔らかいパンに近く、今まで食べたブレーツェの中で一番ふわふわしていた。
「…美味しい!料理上手いじゃないか、店出してもいいと思うぞ。今まで食べたこれらの中で一番美味いと自信もって言える」
手放しに料理を褒めてやると、愛清はかなりいい顔を浮かべていた。
……口説いているわけじゃなく、ただ褒めただけなのだが。これはあんまりやらない方が良いのだろうか?
料理を食べ終わって、愛清と色々話してみると様々なことがわかった。
曰く、「料理を作るのが趣味」なこと
曰く、「たくさんの料理が作れると思い給食部に入った」こと
そして、「作る量があまりに多すぎて満足できる出来が作れない」ことも。
「それに、味が悪い、って文句を言う人も居て…ヨアちゃんみたいに褒めてくれる人がもっと増えればいいのに…」
「ふむ…私は料理ができるわけではないが…何か手伝えることはあるか?」
「うーん…試食を色々お願いしてもいい?たくさん作れそうなレシピとか思いついたら食べて欲しいかも」
「胃袋に余裕があれば手伝おう。連絡は…」
そういえば「モモトーク」なるものがあるそうだが…スマホは確かジャケットの内ポケットに入っていたはずだ。
この絵だったろうかとアイコンを押すと、しっかりモモトークが開けたようだった。
「モモトークでいいか?」
「うん、大丈夫。これ読み込んで」
…………どこでその動作をするんだ?
「ごめん、最近貰ったばかりだから操作がわからないんだが…」
「ああ、そうなの…じゃあこれを押して、こうすれば…」
「助かる、ありがとう」
執事に操作をしてもらって、操作をなんとなく覚えたつもりだったがそうではなかったようだ。
愛清…いや、『フウカ』とはいい関係を築けそうだ。
「じゃあ…よろしくな『フウカ』。私のことは呼び捨てでも構わない」
「うん、よろしく『ヨア』」
そう言って食堂を去って家に帰った時、執事から説教を受けた。
無茶をするな、と。
無理な話だ。無茶をするなと言うのならゲヘナに送るべきではなかっただろうに。
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