はじめの一歩 Beyond Glory 作:紅乃 晴@小説アカ
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鷹村が傷害事件を起こした後、それを知った獅子御が鷹村家に謝りにきた。最初は取り合わなかったが、真摯に鷹村のやったことは自分にも責任があると言う獅子御に、全員が興味を示す。(ここら辺で京香が狙い始める)
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鷹村がボクシングを始めたと知った時、兄は反対したが同門に獅子御がいると聞いてすぐに反対するのをやめた。
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鷹村が世界チャンピオンになることを疑わず、そのためにスポーツ医学専門の大学を目指していると獅子御の両親経由で知った鷹村家が本腰を入れて獅子御の囲い込みを開始する
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包囲網完成←イマココ
the First beyond(1)
時間は夕方手前。
陽はまだ高く、気温が最も上がる時間帯だった。
アスファルトは白く光を反射し、照り返しがランニングシューズのソールをじりじりと焼く。
走るたびに熱気が顔を叩き、肺に吸い込む空気すら重い。
草が生い茂る河川敷の土手……その急勾配な坂道を、鴨川ジムの面々が汗を飛ばしながら駆け上がる。
「――はい、坂道ダッシュ十本! ゴー!」
先頭に立った獅子御の号令が響く。
「ぬぉおおおお!!」
木村と青木が声を張り上げて駆け出す。
足音がドドドッと路面に連なり、地面を蹴る熱と振動が脛に響く。
単なるロードワークだけではない。
この一年、獅子御は徹底して「試して」きた。
鴨川会長に持ち込んだ新メニューを精査してもらい、篠田トレーナーや宮田父に助言を受けつつ、選手それぞれの特性に合うかどうかを見極める。
汗だくの練習場でノートを開き、選手の疲労具合や反応を逐一書き留めるのが日課になっていた。
今、木村と青木に課しているのは――坂道の反復ダッシュ。
スタミナを底上げし、足のバネを鍛える。
木村はジュニアライト級、青木はライト級。数年前、新人王トーナメントを見事に勝ち抜いたが、東西決戦ではギリギリのところで敗退。
そして、そこからの道は平坦ではなかった。
木村はランキング一位の座を何度も掴んでいるが、タイトルマッチでは気負いすぎて結果を残せない。
青木もランキング上位に食い込む実力はあるが、地力の差が壁となり、日本王者の背中はまだ遠い。
「……だからこそ、今だ」
獅子御は心中で呟く。
自分がアメリカに渡る前に、二人の土台を強固にしておく。
坂を駆け上がるその姿を見ながら、ふくらはぎの張りや腕の振り、フォームの乱れを見逃さない。
――いずれ必ず、この努力が試合の後半で彼らを救う、と確信していた。
一方、宮田のトレーニングは別メニューだ。
平地での短距離ダッシュ。
「ほら、切り返し早く!足を止めるな!」
声を飛ばすと、宮田は歯を食いしばり、グッと地を蹴って加速する。ストップウォッチを握りながら、回数を重ねても目標タイムを突破できるようにしっかりとチェックする。
鋭い踏み込みは、将来カウンターを磨くための礎となる。宮田に必要なのは持久力より瞬発力。
攻防の刹那に割り込む爆発力と、被弾を受けても吸収できる柔らかなバネだ。
だが、まだ成長期の身体に過度な負荷はかけられない。獅子御は宮田の父と話し合い、当面は筋肥大よりも「弾力のある筋肉」を意識した基礎作りに専念させていた。
「ぜぇっ……ぜぇっ……!」
木村が坂の頂上で膝に手をつき、荒い呼吸を吐く。
そのすぐ横で青木が「まだ……あと何本だっけ?」と泣き言を漏らすと、獅子御がきっぱり答えた。
「残り五本だ。泣くな、まだ折り返しだぞ!」
呻き声と笑い声が入り混じり、いつものロードワークコースは今日も活気に満ちていた。
獅子御も、留学準備は順調に進んでいた。
留学先の大学は、奇遇にも鷹村の姉である京香と同じ大学だった。
もっとも、アメリカの大学は桁違いに敷地が広く、学部もまるで違う。日常で顔を合わせることはまずないだろう。
それでも京香は、獅子御を鷹村と同じく弟分のように世話を焼いてくれていた。
既に留学先のアパートメントまで手配してくれたという。2LDKの間取り。オーナーの女性とは京香が懇意にしているらしく、家賃も相場の半分近い。まさに至れり尽くせりだった。
流石にそこまで頼れない、と獅子御は最初断った。
だが「姉心と思って」と軽くウインクする京香に、隣で腕を組みながら「いいじゃねぇか、遠慮すんな」と背中を押す鷹村。
結局、折れるしかなかった。
さらに宮田まで「是非同行させてほしい」と頼んできた。宮田の父からも「本場で学べる機会はそうそうない」と後押しがあり、京香にそれを伝えると、部屋が2LDKになったのは言うまでもない。
獅子御にとっては、学んだことや本場で感じたことを馴染みのある宮田にアウトプットできるので、win-winなことではあるが、ありがたさと同時に、どこか申し訳なさも胸に残っていた。
そんな思いを抱えつつ、この日は三人……木村、青木、そして宮田への特別メニューを終え、ジムへのロードワークで締める予定だった。
汗を拭きながら坂を登り、土手沿いの道へ戻ったその時。
「誠司〜!おもしれぇ奴を見つけたぜ!」
進行方向の反対側から、鷹村が両手を振りながら走ってきた。道を塞ぐように現れる姿に、木村と青木が思わず顔をしかめる。
「守くん……三人の特別メニューに茶々入れるから、わざわざ時間ずらしたんだぞ」
獅子御が冷ややかに声を掛ける。
「まぁまぁ、硬いこと言うなよ」
鷹村は悪びれもせず、肩を揺らして笑った。
そして顎をしゃくって示した先……土手の下、薄暗い高架下に、人影が一つ。
「ちょうどそこで拾ったんだ」
不意に差し込んだ夕陽の逆光に照らされ、獅子御はその光景を見据える。
(あぁ、そうか。この時期だったんだな……)
胸の奥で、準備してきた「留学までの一年」とは別の、もっと原始的で、熱を帯びた感覚が芽を出していた。
ただの鍛錬や理論じゃない。人の出会いから生まれる火花――その予兆。
幕之内一歩。
高校時代、梅沢正彦らにいじめられていたところを、ロードワーク中に通りかかった鷹村守に助けられた。
あのときの偶然が、彼の人生を変えた。
そして後に、「葉っぱ十枚」を取ったことで、正式に鴨川ジムの門を叩くことになる。
「また理不尽なことを突きつけたの?変わらないねぇ、守くんは」
横で走りながら、獅子御は半ば呆れ顔で言う。
「まだ何もしてねぇよ!KO集のビデオは貸したがな!だがアイツはな、俺様に劣らぬダイナマイトパンチの素質があるんだよ!」
鷹村は胸を張って鼻息を荒くする。
「そんなに?」
「そうだ。ちょっと殴ったら、拳の皮がずる向けになるくらいだ」
「なるほどね、そりゃハードパンチャーの素質があるわけだ」
軽口を交わしながら、二人は土手道を並んで駆け抜けていく。息も乱れず、まるで散歩の延長のように。
後方でついていく木村と青木は、すでに脚を引きずりながら悲鳴をあげていた。
「な……なんであの二人は……平然と会話しながら走れるんだ……」
「スタミナが化け物すぎるぜ……」
顔中を汗で濡らしながら愚痴をこぼす。
それを横目に、宮田は呼吸を整えつつ前を見据える。
まだ余力は残していたが、それでも獅子御と鷹村の無尽蔵な走りには、内心舌を巻いていた。
木村と青木の言葉に、珍しく宮田も素直に頷いた。
常識の外にいる二人――それが、ジムの空気を狂わせながらも、確実に前へと押し進めていく。
「で、どうするつもり?」
獅子御が隣を走る鷹村に問いかける。呼吸は深く安定し、まだ余裕を残した声。
「知らん!」
はっきりと即答する鷹村。
「はぁ?」
あまりの無責任さに、獅子御は思わず顔を顰める。
「こういうのはなぁ……自分自身が興味を持たねぇと意味がねぇーのよ」
鷹村は歯を剥いて笑う。その横顔はいつもの無鉄砲な兄貴分そのままだが、瞳の奥は鋭く真剣だ。
ただの気まぐれではない。誘われて始めたボクシングじゃ、長続きなんかしない。ましてプロを目指すなんて、絶対に無理だと知っている。
「まぁ、それはそうだね」
獅子御は納得しつつも、もう一歩踏み込む。
「でも、どう思う?」
一瞬だけ会話が途切れ、足音と荒い呼吸だけが土手に響く。鷹村は正面を見据え、真剣な眼差しで短く言い切った。
「……あいつは、来るかもしれねぇな。この世界に」
獅子御は思わず笑みを浮かべる。
「そりゃそうだ。守くんがおもしれぇって興味を持つんだから」
「当然だぁ!俺様の目に狂いはねぇ!!」
鷹村が胸を張って吠える。その声が夕暮れの土手に響き渡る。
その瞬間、二人の脚がさらに速度を上げる。
地面を蹴るたびに土が散り、風を裂く音が背後に残る。
「うぉおお……ま、待てよ!」
「おい死ぬって……!脚がもう言うこと聞かねぇ!」
木村と青木が必死に追いすがるが、距離は広がる一方だった。
宮田はそんな二人を横目に見ながら、静かに思った。
(……やっぱり、あの二人は人間じゃないな)
幕之内vs宮田について
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試合のダイジェストでアメリカ編を早く
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しっかり二人の試合を書く