はじめの一歩 Beyond Glory 作:紅乃 晴@小説アカ
感想へのお礼は更新と考えてますので……!
ただ、今回は少し短め
「受け……流す?」
幕之内に示した次の課題は、ただ避けるでも、耐えるでもない。
飛んできた拳を受け止め、その力をそらし、即座に次へと繋げる。攻防一体の技術だった。
リングでは、ヘッドギアを着けた幕之内が、アウトボクサー木村のジャブを必死に捌いている。
額から汗が滴り、荒い呼吸を繰り返しながらも、食らいつくように拳を弾こうとする。
「休むな休むなぁ!止まったらそこで終わりだぞ!」
リング際で鴨川会長が、まるで戦場の軍曹のように檄を飛ばす。
サンドバッグを叩く音、縄跳びのリズム、ミットを打ち抜く乾いた衝撃音……そのすべてが、幕之内の鼓動を煽り立てていた。
獅子御はそんな光景を横目に、別の練習生や宮田の相手を見ながら冷静に全体を眺めていた。
基礎はすでに築かれた。
ここからはより実戦的に。
階級が近い木村や青木こそ、一歩にとって最高の教材となる。
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一歩がジムに姿を見せる前。
まだ静かな練習前の空気の中、獅子御は木村、青木、そして鷹村をリング脇に集めていた。
「……次のステップは“受け流す”ことだ」
獅子御の言葉に、木村が目を瞬かせる。
「受け流す?……俺らが相手するんすか?」
「そうだ」
木村と青木の言葉に獅子御は即答する。淡々とした声に、しかし熱が籠もっていた。
「木村は典型的なアウトボクサー、そして青木はコテコテのインファイター。二人とも、踏み込まれた時の足運びや距離の取り方にまだ穴がある。その弱点を突かれた時、どう凌ぐかお前たちにとっても課題だ」
二人はむっと眉を寄せたが、同時に納得もしているようだった。的確に指摘されるのは癪だが、痛いところを突かれているのも事実だった。
「幕之内くんはその真逆。飛び込んでこそのボクサーだ。だから二人を組ませれば、木村と青木は足運びの修正と間合いの取り方、幕之内くんは飛び込みの練習……互いの欠点を補える」
鷹村が腕を組み、面白そうに顎をさすった。
「で?その“受け流す”ってのはどうやらせるつもりだ?」
獅子御は指を三本立て、淡々と説明を続けた。
「パーリングの練習には三段階ある。まず第一段階……の前の基礎固め。拳が来たら射線上に手を置く。ただそれだけ。これまでの幕之内くんには、これの基礎を体に叩き込んで覚えさせてきた」
「へぇ……もうそんなとこまで来てんのか」
青木が目を細めるが、木村には確信があった。自分が寸止めで放ったジャブを、幕之内が反射のように遮ったあの瞬間を。
あれは奇跡でも、ただの偶然でもなかった。
あの動きは、積み上げてきた練習の“芽”が確かに息づいている証だった。
「だから次に進む。第一段階……実際に飛んでくるジャブを内か外に弾く練習だ。これはお前や青木が主導してやる」
獅子御の声に、木村の眉がぴくりと動いた。
「なるほどな。俺らが攻め、一歩が受けるわけか」
「そうだ」
「で、第二段階は?」
鷹村が顎をしゃくって先を促す。
「ミットドリル。ジャブを弾き、その反動を利用してストレートを返す。パーリングは“防即打”……守りながら主導権を奪う技術だからね。最初は受けた手と逆の拳でストレートを返すが……慣れれば弾いたその手の反動を利用して即座に打ち返すこともできる」
鷹村が「ほう」と低く感嘆を漏らす。
青木は鼻を鳴らし、わざとらしく肩をすくめた。
「……それってほとんどカウンターじゃねぇか」
「バカ野郎」
鷹村が即座に一喝する。
「攻撃を受けた後に返してんだからカウンターとは違ぇよ」
そんな鷹村の指摘に謝る青木を見て、獅子御は軽く笑い、第三の指を立てた。
「最後はダブルエンドボールだ。吊るしたボールを相手の拳に見立て、弾いて反対の腕で打ち返す。リズムに乗れば自然と“弾いて返す”が身に付く」
「ふーん……」
青木はまだ半信半疑の顔を崩さなかった。
だが、その横で木村は口を引き結び、真剣そのものの眼差しを獅子御に向けていた。
「……ただし」
獅子御の声が低く響く。
その響きには、否応なく人を引き寄せる重みがあった。木村も青木も、鷹村ですら思わず背筋を伸ばす。
「最初は失敗の連続になる。捨てパンチ、フェイントに反応して、逆にカウンターを食らうこともあるだろう。それでも構わない。大事なのは、渾身の一撃を弾いて返せる“間”を作ることだ」
獅子御の口元に、猛獣が牙を剥くような笑みが浮かぶ。
「相手が起死回生を狙う一発、あるいはこちらを沈めるための必殺。それをパーリングでいなし、間髪入れずに切り返せればどうなる?」
空気が震えた気がした。
想像するだけで、誰もが喉の奥を熱くする。
「それができれば、相手の意表を突き、試合の流れを一気にひっくり返すことができる」
その言葉に、青木と木村の顔が自然と引き締まった。
幕之内のための練習。
そう思っていたが、それだけではない。
これは自分たちにとっても、拳を磨き直す大きな糧になる。
二人は本能で、それを理解していた。
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そして今。
ジムのリングでは、その事前説明どおりの練習が繰り広げられている。
木村と交代した青木が幕之内に連打を叩き込み、幕之内は必死に弾こうと食らいつく。
木村ほど鋭くはないが、青木はその不足を補うかのように手数を重ね、荒波のようなラッシュを繰り返す。だが幕之内の動きは日に日に、いや瞬間ごとに洗練されていくのが見て取れた。
「……フッ」
リング脇で腕を組む鷹村の口元に、自然と笑みが浮かぶ。
約一ヶ月。
獅子御が時間を惜しまず幕之内を相手にし、スパーリングという名のジャブの豪雨を浴びせ続けてきた成果だった。
それを見た伊達が羨ましがったのも無理はない。あの密度は、どんな名門ジムでも得られるものではなかった。
だが、その獅子御も間もなくアメリカへ旅立つ。
宮田も同じく。
だからこそ今、木村と青木にバトンを託したのだ。自分がいなくなっても、体に染み込ませるために。
それは幕之内だけでなく、二人にとってもチャンピオンへ届くための足掛かりとなるだろう。
鷹村は瞳を細める。
獅子御の残していく置き土産。
その価値の大きさを、誰よりも理解していた。
どう返すか?
答えは一つしかない。
世界を獲る。
拳一つで、世界をひっくり返す。
それだけが、獅子御への最上級の恩返しだと、鷹村は心に刻んでいた。
次回から、宮田と一歩のスパーに進みたいなぁ
幕之内vs宮田について
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試合のダイジェストでアメリカ編を早く
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しっかり二人の試合を書く