「プロデューサーくん」
放課後、俺は事務所である教室で待っていると、授業を終えた姫崎さんがやってきた。しかし――普段は真向かいに座る彼女が、なぜか今日は俺の隣へと座ってきた。
「ひ、姫崎さん? どうしたんですか?」
「いきなりだけど、きみにお願いがあるんだ」
「なんでしょうか」
「演技の参考にしたい番組があるから、きみのスマホを貸してもらえないかな?」
「いいですよ、どうぞ」
俺はスマホを渡す。姫崎さんはABEM○のアプリを開いた。
ABEM○……恋愛ドラマだろうか。確かに、演技の参考になるかもしれないな。と思った次の瞬間――姫崎さんは、検索窓に『キツネくんには騙されない』と入力した。
――絶望する。寒気と怖気が込み上げる。
その番組は、俺にとって負の歴史であり、葬り去りたい黒歴史だった。
『キツネくんには騙されない』――数人の男女が恋愛する様子を収録する、いわゆる恋愛リアリティーショーだ。ABEM○の独占配信でありながら、女子高生に絶大な人気を得ていることで知られる。
そして――俺は、過去にこの番組に出演していたことがある。当時は、そういった世界に憧れがあった。つまり、若気の至りだ。
「どうしたの? プロデューサーくん、なんだか顔が青ざめてるよ?」
「っ……」
「もしかして、体調が良くないのかな? また、プロデューサーくんの部屋に行って看病してあげようか?」
「ひ、姫崎さんっ……」
顔を近づけてくる姫崎さん。
俺は冷や汗を掻きながらも、懸命に思考を巡らせる。
姫崎さんは、俺がこの番組に出ていたことを知っているのだろうか。たとえば、クラスメイトから「この番組面白いよ」と勧められて、興味本位で見ようとしているだけかもしれない。そうだ、きっとそうに違いない。
「姫崎さん、その番組はやめましょう」
「ちょっとだけだから、ね? リアルな恋愛をしてる様子って、演技の練習になるし」
「ひ、姫崎さんっ」
俺はスマホに手を伸ばす。しかし、彼女はそれをすっと躱し、過去シーズンの動画を再生する。シーズン第一話の、初対面のシーンからだ。
『○○です。大学生です。みんなと仲良くなれたらいいなって思ってます』
画面に、本名を名乗る俺の姿が映し出される。
――終わった。
空気が凍り付く。冷気が背中にかじりついて、ぶるっと身体が震えた。
姫崎さんは無言だった。
俺は項垂れる。怖くて彼女の目を見れない。
「今日ね、クラスメイトから『恋愛リアリティーショー見てたら姫崎さんのプロデューサーに似てる人が出てた』って言われたの」
「はい……」
「まさかな~って思いながら検索したら、すご~くよく知る人が出演してて、ビックリしちゃったよ」
俺は恐る恐る顔を上げる。姫崎さんは圧のある笑顔を浮かべていた。笑っているのに、般若のような怒りの形相にしか見えなかった。
「プロデューサーくん、恋愛リアリティーショーに出てたんだね」
「はい……」
「どうして?」
「えっ?」
「どうして、恋愛リアリティーショーになんて出たのかな?」
「番組プロデューサーにスカウトされて、面白そうだと思ってオーディション受けたら通っちゃって……そのまま出演することになりました」
「へ~~~~~」
「ひ、姫崎さん、顔が怖いですよ」
「やだな、プロデューサーくん。女の人に怖いなんて、傷付いちゃうよ」
姫崎さんは自分の頬に手を当て、にっこりと笑顔を浮かべる。――あらゆるヴィランを凌駕する、凄味のある笑みだった。
俺は「ひっ」と声を漏らしてしまう。本能が命の危機を感じ、逃げようとする。イスがガタッと音を鳴らした。
「知らなかったな~。うん、全然知らなかったよ。きみが恋愛リアリティーショーに出てたなんて」
「も、申し訳ありませんでした……許してください……」
「許すかどうかは、プロデューサーくんが番組内でどんなことをしてたかで判断するね」
「な、内容次第では許されないんですか……?」
「……」
姫崎さんは微笑むだけだった。
「何か言ってくださいよ!!!」
「じゃあ、再生するね」
第一話の続きが再生される。自己紹介後、第一印象で好きな相手とふたりきりで話す機会が設けられた。
俺が選んだ相手は、年上の綺麗な女性だった。姫崎さんとは違って、本当に年上の人だ。
俺たちのいる空間がピリピリとした緊張感に満ちていく一方、画面の中の俺と女性は会話が弾み、いい雰囲気になっていく。
『なんだか○○くんと話してると楽しい。弟がいたらこんな感じなのかなって思う』
『じゃあ、もしよければ……△△さん、俺のお姉さんになってください』
『ふふっ、いいよ、いっぱい甘やかしてあげる』
そして、俺と女性がぴったり肩を寄せ合う。
瞬間――怒りからか、姫崎さんは拳を震わせながら俺を睨み付けてきた。
「誰にでもこういうこと言ってるんだ???」
「誤解です! 本当にお姉さんだと思っているのは姫崎さんだけです!」
「甘えられれば誰でもいいんだよね???」
「違います! 俺はあなたの落ち着いた雰囲気と温かい包容力に、この世で至高の『姉の姿』を見出したんです!」
俺は真剣に語る。ここだけはプロデューサーとして譲れないところだ。
「俺はあなたと再会して、世界一の『お姉ちゃん』を見付けたんです。そして、今後どんな女性と出会おうとも、俺の『お姉ちゃん』が更新されることはありません」
「~~~~っ!? ぷ、プロデューサーくんっ……!?」
姫崎さんの頬が桜色に紅潮する。真正面から褒められて照れているのか、恥じらいながら目を逸らし、困ったような表情を浮かべている。
張り詰めていた雰囲気が、一気に弛緩した。鬼の形相は消え、優しい姫崎さんが帰ってきてくれた。
「わ、分かったよ。この発言は許してあげる」
「ほ、本当ですか……!」
「でも、プロデューサーくんが変なことしてないか、続きは確認するからね」
「えっ」
俺が登場しないシーンは全て飛ばされ、第二話へ入る。
俺と、例の年上女性のふたり。海岸のレジャーシートに並んで座っているシーンだ。
『△△さん、サンオイル塗りましょうか』
『え~、絶対変なところ触るでしょ(笑)』
『信じてください』
姫崎さんがガタッとイスから立ち上がる。真顔。無表情。絶対零度の眼差しで、俺を見下ろしてくる。
「プロデューサーくん?????」
「あの、これはですね」
「アイドルには恋愛禁止を説くのに、自分は女の人とはみだしてるんだ!」
怒りのボルテージがマックスになったのか、姫崎さんはスマホを持った腕を振り上げた。
「落ち着いてください! この収録は、姫崎さんと再会する前に行われたものなんです!」
「……」
「今は、絶対にこんなことしません。俺は姫崎さんをトップアイドルにするために全力を尽くします。だから、俺の目には姫崎さんしか映っていません。
「……そ、そっか」
姫崎さんは着席してくれた。どうやら落ち着いてくれたようだった。
「ふぅ……私はお姉ちゃんだから我慢できたけど、次女だったら我慢できなかったよ」
よかった。危うく俺のスマホが無惨になるところだった。
「でも、もうはみだしちゃダメだからね?」
「は、はい……」
そして、続けて映像を見ていく。途中早送りしたり、スキップしたりして、あっという間に最終回になる。
運命の一夜。告白タイムだ。
俺と女性が向かい合う。
姫崎さんは両手をがっしり組み合わせ、画面に向かって祈る。
「振られますように」
「そんなハッキリ言わないでください」
固唾を吞み、告白の瞬間を待つ姫崎さん。画面の中の俺は一歩踏み出し、女性へと手を差し出した。
『俺と付き合ってください』
『……ごめん、○○くんのことは好きだけど、弟みたいに思ってるから、付き合えない』
「ありがとう! 信じてたよプロデューサーくん!」
「自分の告白失敗シーンでこんなに喜ばれるとは思っていませんでした」
姫崎さんは俺の手を握り、ぶんぶん!と上下に振ってくる。満面の笑みだった。まあ、姫崎さんが嬉しそうならいいか……。
「その、姫崎さんの判断は、どちらになるのでしょうか」
「えっ、判断? なんの話?」
「許すかどうかは、俺が番組内でどんなことをしてたかで判断する、と姫崎さんがおっしゃっていたので」
「あっ、そっか。うん、許してあげる」
姫崎さんに頭を撫でられる。俺は少し頭を下げ、彼女の手を受け入れる。
「姫崎さん」
「なあに?」
「俺は、後悔しています。若気の至りでこの番組に出演していたことを。ちょっと、調子に乗っていました」
黒歴史すぎる。恋愛リアリティーショーに出るなんて、今の価値観からすると考えられない。
こんな映像を人に見られたら、恥ずかしくて生きていけない。
「できれば、俺がこの番組に出演していたことは、他言しないでいただけると……」
「うん、分かったよ。誰にも言わないって約束するね」
「ありがとうございます……! 他のプロデューサーに冷ややかな目で見られずに済みそうです……!」
姫崎さんはABEM○のアプリを閉じて、スマホを俺に返そうとした、その瞬間――通知音とともに「この前はありがとう。また誘ってね」というメッセージが届いた。
「……プロデューサーくん?」
「……」
画面に表示された名前は、さっきの番組で俺が告白した女性の名前と同じものだ。
「ねえ、プロデューサーくん。これ、どういうことかな?」
「……友達としてのお付き合いが続いているんです」
「ふ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」
俺は気まずさのあまり目を逸らす。姫崎さんは俺の両頬を両手で挟み、正面を向かせ、無理やり目を合わせてくる。
彼女の瞳は、怒りに燃えていた。
「ねえ、プロデューサーくん。私とも、ふたりで恋愛リアリティーショーやろうよ」
「だ、駄目ですよ。プロデューサーとして、アイドルと恋愛する訳にはいきません」
「この番組、プロデューサー科の皆さんにも教えてあげようかな?」
「――」
絶望する。この世の終わりのような気分だった。
そして、愛らしい死神は、にっこりと笑みを浮かべながら、俺に刑を宣告する。
「これから長いお付き合いになりそうだね、プロデューサーくん♡」