戦闘訓練が終わり、放課後。クラスメイトの大半が教室で今日の振り返りに花を咲かせている頃、俺と緑谷は保健室の住人と化していた。
緑谷はボロボロになった腕を吊り、俺は俺で出血多量と、無理な変身を繰り返した反動による激しい疲労、そしてそれに伴うひどい貧血でベッドに沈んでいる。白い天井を見上げるたび、視界がぐらりと揺れた。
「……あー、クソ。バルバトスなんて久々に使ったせいで頭がガンガンする。主人公機はやっぱり体に毒だわ……」
こめかみを押さえながら隣のベッドへ視線を向ける。そこでは緑谷が、片手しか使えないはずなのに、何事かブツブツと呟きながらノートへ猛烈な勢いでペンを走らせていた。
「なー、緑谷……だっけ。さっきから何書いてるんだ?」
「努紋くん!? あ、ご、ごめん! うるさかったかな?」
慌てて顔を上げた緑谷は、照れ臭そうにノートを胸へ抱えた。
「これはね、僕が将来のためにつけてるヒーロー分析ノートなんだ。……恥ずかしいけど」
「へぇ。ちょっと見せてくれよ」
「う、うん」
受け取ったノートを開いた瞬間、思わず目を丸くした。現役ヒーローからクラスメイトまで、一人ひとりの個性や戦闘スタイルがびっしり書き込まれている。そして最新のページには、俺の名前があった。個性把握テストで使った『シャイニングガンダム』『Zガンダム』『マックナイフ』。
今日の戦闘訓練で使用した『グフ・カスタム』と『ガンダム・バルバトス』まで、簡単なイラスト付きでまとめられている。
「……『変身する対象によって性能が変動する』、『複雑なイメージほど体や脳への負担が増大する可能性あり』……。すげぇな、お前。よくここまで見てるな」
「やっぱり!」
緑谷の瞳が一気に輝く。
「でも、一つだけ分からないんだ」
「何が?」
「あの機体って、全部努紋くんが考えたの?」
俺は苦笑しながら首を横に振った。
「いや、全部元ネタがある」
「元ネタ?」
「『機動戦士ガンダム』っていう、個性が生まれるよりずっと昔のロボットアニメだ」
「アニメ!?」
緑谷は目を丸くした。
「じゃあ、あれは全部空想のロボットなの?」
「ああ。でも、俺の個性は見た目だけ真似すればいいってもんじゃない。その機体が何のために作られて、どう戦って、どんな奴が乗っていたのか。そこまで理解して初めて、ちゃんと力を引き出せる。たとえばこいつだってそうさ」
俺はノートに描かれたバルバトスを指先で軽くなぞった。
「この機体に乗っていたのは、三日月・オーガスっていう少年だ。俺たちと同じくらいの年齢だけど、生まれた時から戦場で生きることしか知らなかった」
緑谷は黙って耳を傾けている。
「三日月は、自分が英雄になりたいなんて一度も思ったことがない。ただ、大切な仲間が前へ進めるように、自分ができることをやる。それだけだった」
少し息を吐いて続ける。
「敵を倒す時も迷わない。怒鳴ったり、熱く叫んだりもしない。ただ、自分がやるべきことをやり遂げる。だからあいつの戦い方には一切の無駄がない。だから俺がバルバトスになる時は、ただメイスを振り回して暴れるわけじゃない。どう距離を詰めるか、どう相手を崩すか、どこで決めるか。そこまで頭の中で組み立てて、初めてバルバトスになれる」
緑谷は目を輝かせた。
「つまり……、努紋くんは機体だけじゃなくて、その人の戦い方や考え方までイメージしてるんだ」
「ああ。その機体を支えた人間の生き様ごと、俺の中で組み立ててるんだ」
俺の言葉を聞くたびに、緑谷のペンは止まるどころか勢いを増していく。
震える手で必死にノートへ書き込みながら、その瞳は好奇心を通り越して、どこか尊敬にも似た色を帯びていた。
「すごいよ、努紋くん! 君は、空想上の兵器を再現してるだけじゃない。その兵器に込められた思想まで受け継いで戦ってるんだ!」
「ははっ、褒めすぎだよ。それに『兵器』なんて、ヒーローにはあんまり似合わない言葉だろ」
「そんなことない!」
緑谷は勢いよく身を乗り出した。
「昔の人たちが『こんな力があったら誰かを守れる』って願って描いた存在なんだよね? だったら、それはきっと兵器である前に『希望』だったんだ!」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
俺は少し照れ臭くなって視線を逸らす。その先で目に入ったのは、包帯で何重にも巻かれた緑谷の両腕だった。俺の目には、その腕が限界以上の負荷に耐え切れず、装甲の隙間からフレームが軋み始めた機体のように見えてしまった。
「……なあ、緑谷」
「うん?」
緑谷はきょとんとした顔をする。
「……正直、その腕を見てると他人事とは思えないんだ」
俺は緑谷の包帯で何重にも巻かれた腕を見つめながら、小さく息を吐いた。
「お前の個性、とんでもない出力なのに制御が追いついてないだろ。まるで、巨大なエンジンだけ積んで、ブレーキもハンドルも付いてない機械みたいだ」
「……あはは。鋭いね」
緑谷は困ったように笑い、自分の腕へ視線を落とす。
「力を出そうとすると、こうやって僕の方が先に壊れちゃうんだ」
その言葉を聞いて、俺も苦笑する。
「俺も似たようなもんだよ」
「え?」
俺はこめかみを軽く指で叩いた。
「俺の個性ってさ、ただ変身すれば終わりじゃないんだ。その機体がどう動いて、どんな武装を持って、どう戦うか。全部を頭の中で組み立てながら戦わなきゃ、本来の性能は引き出せない。武装を増やせば増やすほどイメージは複雑になるし、強化形態なんて使ったら体力も脳も一気に持っていかれる。戦ってる最中はアドレナリンで誤魔化せるけど、終わった瞬間に全部ツケが回ってくる」
そう言って、自分の力の入らない腕を持ち上げて見せる。
「今日だってグフ・カスタムやバルバトスを使っただけで、この有様だ。まだまだ使いこなせてるなんて言えないよ。結局、お前も俺も『力』に振り回されてるんだ」
俺は少し笑いながら肩をすくめる。 そう言うと、緑谷もどこか安心したように笑った。
「……なんだか、少しだけ似てるね」
「ああ、だから他人事とは思えなかった」
短い沈黙が流れる。
保健室の時計だけが、静かに時を刻んでいた。
ふと、俺はあることを思いつく。
「……なあ、緑谷」
「うん?」
「もし良かったらさ、今度一緒に特訓しないか?」
緑谷は目を丸くした。
「えっ……ぼ、僕と?」
「俺たち、似た者同士だろ。だったら、一人で悩むより二人で考えた方が早い」
ベッドの上で体を起こし、緑谷を真っ直ぐ見る。
「それに、お前の分析能力は本物だ。あのノートがそれを証明してる。一人で試行錯誤するより、お前に見てもらった方が絶対に成長できる。俺はそう思った」
緑谷は驚いたように俺を見つめたまま固まっていた。
「でも……僕なんかで役に立てるのかな」
「役に立つさ」
俺は迷わず言い切る。
「お前は分析するのが得意だ。俺は実際に動くのが得意だ。だったら噛み合う。それに、俺はガンダムについてはいくらでも語れる。でも、この世界のヒーローについてはまだまだ知らないことだらけだ」
右手を差し出す。
「だから、お互い足りないものを教え合おうぜ」
緑谷は差し出された手を見つめる。
その手がゆっくりと震えながら伸びてきた。
「……うん」
ぎゅっと握り返される。
「ぜひお願いしたい! 僕も、もっと努紋くんの個性を知りたいし、一緒に強くなりたい!」
「よし、決まりだな」
握った手を軽く上下に振る。
「その代わり、特訓の時はヒーローのことをたくさん教えてくれ。俺はガンダムなら詳しいけど、ヒーローについてはまだまだ勉強中だからさ」
その言葉に、緑谷は少し驚いたような顔をしたあと、嬉しそうに笑った。
「もちろん! 僕に分かることなら何でも話すよ!」
「おう、期待してる!」
思わず笑みがこぼれる。
保健室の窓から差し込む夕陽が、俺たちの握った手を赤く照らしていた。
待たせた割に短めですみませんほんとに....
次回がいつになるか分かりませんが、気長に待っていただけると幸いです。
感想、評価等もらえると嬉しいです。作者のモチベにつながります。
ではまた次回お会いしまししょう。