青空の向こうで(仮題)   作:117

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初めましての方は初めまして。
ご無沙汰している方はマジでごめんなさい。

こちら、いちいちなな。文筆家でございます。

また新しい物語を書きたいと思い、筆を取らさせていただきました。
不定期更新になると思いますが、お付き合い頂ければ幸いです。


001話 ハルフレアとサンフレア

 

 001話 ハルフレアとサンフレア

 

 力ある剣が創造した世界、ラクシア。

 神話の時代を超え、魔法文明の世代を過ぎ、魔動機文明を経て。

 そしてヒト族を敵対する蛮族との大戦争である大破局(ディアボリック・トライアンフ)が今まで築き上げた多くを破壊して、長い長い300年の時が過ぎた。

 

 ここはドーテン地方のフレジア森林国。

 植物から人族になったメリアと、水に高い親和を持つエルフが多く住むこの国で、一つの命が尽きようとしていた。

「・・・・・・ハァ、ハァ」

「・・・・・・・・・・・・、お父さん」

 月のない新月の夜。

 星すらも雲に隠れた真っ暗闇の夜闇が覆う中でも、暗視の能力を持つエルフにはあまり障害にならない。

 家の中でロウソク一本だけの明かりの中、長寿であるエルフの中ではまだ年若いといえる男が病に倒れてベッドの中で喘いでいる。

 そのベッドの傍らに座るもう一人のエルフ。15歳で成人するエルフという種族で、齢は18であり一人前であると言っていいだろう。

 エルフ族の特徴であるその美麗な顔を悲しみで歪ませるその女性の名前は、ハルフレア。天真爛漫であるが、それ故に子供っぽいところも多い。原因として男手一つで育てられて、少しだけ甘やかされたところがあるのは否定できないだろう。

「ハルフレア、そこにいるのか・・・?」

「うん、ハルはここにいるよ。お父さん!」

 もはや声を出すだけでも生命力を振り絞っているような父親のその手を握るハルフレア。

 もう間もなく夜が明ける時間だが、おそらく父は新たな陽を拝む事はできないだろうと予測しているハルフレアは、悲痛に顔を歪めて必死にその手を握る。

 せめて自分が最期まで側にいると、父親に伝える為に。

 そんな心優しい自慢の娘に、父親はふと顔を和らげる。伝えずに悔いるか、伝えて逝くか。今際の際までそれを悩んでいたが、もう心は決まった。

 真実を知っても、ハルフレアはきっと真っ直ぐに生きていけるだろう。

「ハルフレア。私が死ぬ前にお前に伝える事がある・・・・・・」

「っ!!」

 父親の生を諦めた言葉に、反射的に否定しようとしたハルフレアは押し黙る。

 もう生命力は枯渇しかけている父親だ、辞世の言葉を紡がせる事の方が大事だと、溢れそうになる涙と嗚咽をこらえて父の手を強く握る。

 目も見えなくなるまで弱っていた彼だが、娘の力強い握手を感じ取って最期の力を振り絞った。

(妖精神アステリア様、我に最期の力を与えたまえ・・・・・・)

「お前には、双子の兄がいる・・・・・・。産まれた後、冒険者に預けて死んだことにした双子の兄、が」

「・・・・・・え?」

 父と娘の二人家族だった。母はハルフレアを産んだ時に力尽きて、以降はずっと二人で力を合わせて生きてきた。

 それが唐突に兄が居ると言われて、ハルフレアの思考は一瞬フリーズしてしまった。

 一方で父親はそんなハルフレアの様子にかかずらわっている暇はない。生きているうちに、死ぬ前に。ハルフレアに双子の兄の事を一つでも伝えねばならなかった。

「名、前。名前は、サンフレア」

「サン、フレア」

 ハルフレアは自分の片割れの名前を刻み込むように呟き返す。

 ぜいぜいと苦しげに息を吐く父親は、何故サンフレアを捨てたのかの最大の理由を口にする。それこそが、サンフレアを探すのに一番有効な情報だからだ。

「そして、サン、サンフレアは、ナイトメア、だ」

「ナイトメア・・・・・・」

 産まれた時から忌み嫌われる()()が付着した存在、ナイトメア。

 しかしそれ以上に忌避されるのが、ナイトメアは産まれる時から頭に角を持っているという特性があるが故だった。小さくても鋭い角は、母親が子供を産む時に通る産道を致命的なまでに傷つける。その為、ナイトメアを産んだ母親は多くのケースで死に至るというのがラクシアでの常識だった。

 ハルフレアの母親もその常識から逃れる事はできなかった、という話。そして愛する妻が死んだ原因となった息子を、父親は愛することができなかった。

 双子のうち、先に産まれたエルフの妹ハルフレアを大事に大事に育てたのも、ナイトメアの息子であるサンフレアを捨ててしまったという罪悪感があったからなのだろう。

 死にかけた今だからこそ、懺悔のようにその言葉を紡ぐ。

 一方で呆然としているのはハルフレア。父親が死にかけている今、生き別れた兄がいると聞いても思考が追いつかない。

「ハルは、ハルはそれを聞いて、どうしたらいいの・・・・・・?」

「好きに、好きに生きなさい」

 父親は娘に向かって精一杯の愛情を込めてそう伝える。

 手塩にかけて育てた自慢の娘だ。きっと明るく前向きに生きていくだろう。親が子供にできるのは、立派に一人前にするまで。その後、どう生きるかはそれぞれの自由だ。

 この話を聞かなかった事にして、このままフレジア森林国で静かに暮らすのもよし。良い伴侶を見つけて幸せな家庭を築き、子供を慈しんで育てる人生もいいだろう。

 しかし、この停滞したようなフレジア森林国を飛び出して、世界を巡ってみるのも悪くないとも思っていた。この小さな国に住んでいるだけでは味わえない経験は、きっと大きな刺激をハルフレアに与えるだろうと。

「ハルフレア」

「は、はい。ハルはここに居ます!」

「――お前は自由だ」

 ふっ、と急に弱さが消える父親に、少しだけ虚を突かれたハルフレア。

 それは消える前のロウソクが一瞬だけ輝きを増すような末期の力だと本能的に理解しつつも、理性が受け入れる事を拒否したが故の停滞した思考の隙間だった。

 死ぬ間際に与えられた僅かな時間を、娘を見る事だけに費やす父親。

 きょとんとした表情をするハルフレアを、愛おしく見つめる。

 下がる目尻を自覚しながら、万感の想いを込めて言葉を贈る。

「好きに羽ばたいて、生きなさい」

 下がった目尻がそのまま閉じられる。

 そして、呼吸が止まった。

「・・・・・・お父さん?」

 太陽が昇る。

 朝日に照らされるのは、呆然としたハルフレアともう動かないその父親。

 父親がもう生きていない事を理解したハルフレアは、瞳よ枯れよと言わんばかりに涙を流す。

 ベッドのシーツを皺が出来るほどに握りしめ、誰にはばかる事もなく喚き散らす。

 

 そうして父親の喪に服し、それが明ける頃。

 ハルフレアは旅立ちの支度を終えていた。

「行ってくるよ、お父さん」

 敬愛した父親の墓に向けて挨拶をしたハルフレアは、ゆっくりとフレジア森林国を出るために歩き出す。

 家財道具は全て処分してお金に換えた。そのお金で冒険者になる用意は済ませていた。

 父親の最期の言葉を、ハルフレアは旅立ちへの激励と捉えていた。広く大きい世界を見ろと、そう解釈をしたのだ。

 だから、ハルフレアは旅に出る。世界を見聞する為に、そして何より生き別れた兄を探すために。

「待っていてね、サンフレア」

 そう口にしたハルフレアはフレジア森林国から一歩から踏み出す。

 

 これが後に語られる偉大な叙事詩(サーガ)の始まりだと、今のハルフレアには知る由もない事だった。

 

 

 

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