002話 ゴケルブルク大公国
ハルフレアがフレジア森林国から旅立ち、そしてその名の通りに深い森林から姿を現した先に広がるのは、どこまでも続く大草原と、どこまでも済んだ青空だった。
「わぁ!」
思わずハルフレアは感嘆の声を漏らす。
青空は森林の間から見たことはある。木漏れ陽が落ちる中でピクニックをしたこともある。しかしながら、見渡す限りの青空を見るのは初めてだった。
この光景だけでも、フレジア森林国にだけ居たら見られない景色だった。圧倒的な景観に、ハルフレアの頬が緩む。
しばらく目に映る全てを楽しんでいたハルフレアだったが、ふと視界の端に違和感を覚えた。
「あれ?」
よくよく目を凝らしてみれば、左の奥の方に灰色の何かが存在している。
かなり遠い場所にあるが、それでも威容を誇っているその灰色に、ハルフレアの興味が引かれる。
と、言うよりも。背後に森林、足下には草原、頭上には青空。そればかりで目指す場所が他に無かったとも言う。
「よし、行ってみよう!」
そう気合いを入れ直し、歩き出す。
フレジア森林国を出るだけでも三日かかり、更にここから目に映る灰色に辿り着くまで更に三日かかるという事は、今のハルフレアが知らない方が良い話だという事は間違いが無いだろう。
◇
で、三日後。
「や、やっと着いた・・・・・・」
残りの保存食が一日分となったところで、目に映った灰色に辿り着くハルフレア。
ここが人里でなければ、そろそろ草原に罠を仕掛けて野生の動物を狩らなければ餓えてしまう頃合いだった。
果たしてそんな事をする心配はなく、ハルフレアの目の前には大きな城塞がそびえ立っていた。
「ちょっと前から見えていたけど・・・ナニコレ?」
ちょこんと首を傾げるハルフレアに、遠くから声をかけられる。
「おーい、そこの! そんなところで何をしているんだ? ゴケルブルク大公国に入るには、こっちの門からだぞ~!」
「? ゴケルブルク大公国?」
聞き慣れないその名前が、この灰色の名前だということはハルフレアにもなんとなく分かった。
そしてハルフレアにそれを教えてくれるということは、声の主はそれなりに親切な人らしい事も分かった。
なので警戒薄くそちらの方を見ると、それなりに遠くの場所に鎧を着込んで槍を持っている兵士がこちらに向かって歩いてきていた。その兵士の後ろには城塞と同じ色の門があり、どうやらその兵士は門番のような仕事をしている中でハルフレアを見つけたらしい。
兵士との距離がそれなりにあるので、ハルフレアからもそちらに向かって歩き出す。そもそもあの兵士が言うのが正しいのならば、この国の中に入るには兵士の後ろの方にある門を潜らなくてはならないのだから、選択肢もないとは言えるが。
そしてお互いの中間地点でハルフレアと兵士は顔を合わせる。
そこで青年の兵士は思わず顔を紅潮させた。ハルフレアがあまりに美しかったからだ。栗色で艶のある髪を肩で切りそろえた、エルフ特有の整った顔立ちの中でも更に美しいといえる造形。そして髪と同じ色の栗色の瞳は、世界全てが楽しいばかりだと言わんばかりに輝いている。
「こほん」
照れ隠しに咳払いをしながら、青年の兵士はハルフレアの服装に目を移す。インナーは遠い異国の和服のようにヒラヒラとしたもので、要所を非金属鎧であるクロスアーマーで覆ってある。左腰には片手剣であるエペを佩いており、左腕にはバックラーが装着されていた。
そして首元にはフェアリーテイマーの必需品である妖精使いの宝石が首飾りとしてあしらわれていた。見れば、髪飾りと耳飾りにも妖精使いの宝石があしらわれている。
「・・・・・・冒険者か」
どこをどう見ても戦う者の様相を出したハルフレアに、青年の兵士はそう結論付けた。
しかしハルフレアはその美しい顔をゆるゆると左右に振る。
「ハルは
「ああ、冒険者志望って事か。そりゃあいい、良い冒険者はどれだけ居ても困らないからな」
ニヤリと笑う青年の兵士に、にっこりと笑い返すハルフレア。
「うん。ちょっと探している人が居るんだけど、どこに居るのか分からないから。
ひとまず冒険者になって、路銀を稼ぎつつ情報を集めるつもりなんだー」
「そうかそうか。探し人の情報が入るかは保証しないが、仕事は有り余っている事だけは保証するぜ。
なんせこのゴケルブルク大公国は、奈落の魔域が多発する危険地帯だからな」
そう言って空を忌々しげに見上げた青年は、北の方からオーロラが流れて城塞の南の方で止まるのを確認する。
「ちっ。またか、報告しないとな」
「・・・・・・そんなにしょっちょう魔域が発生するの? ここは?」
世界は広いなぁと、感心するより呆れるハルフレアだった。
奈落の魔域とは、遠い昔に人族が開けてしまった異界の穴からこぼれ出た、異界の歪みとでも言うべき存在である。
外見は数メートルの漆黒の球体であるが、中に入れば迷宮と化した広い異界が存在し、魔物を生み出し続ける人族にとって害悪にしかならない存在であると言える。
ハルフレアの故郷であるフレジア森林国では奈落の魔域の発生は稀であったが、ここゴケルブルク大公国では結構な頻度で発生するというのはカルチャーショックを受けるのにも十分な衝撃であった。
「まあ、いいさ。冒険者ギルドに報告すれば、生まれたての魔域なんぞは血気盛んな奴らがすぐに始末してくれるだろう」
首をすくめて言葉を口にする青年の兵士。
「それよりも、ようこそゴケルブルク大公国。
オレは門番のアリッキというよろしくな」
そう言って門を指さすアリッキ青年。それを見て、にっこりと笑うハルフレア。
「ハルの名前はハルフレア・ブルーレイって言うんだ。
よろしくね、アリッキ」
にっこりと笑うハルフレアに、またも顔を赤らめるアリッキだった。