【耳飾りの剣士】継国縁壱 作:日の呼吸
皆さん、お久しぶりです!この小説を覚えておいででしょうか?思いつきで書いた第一話がビックリするぐらい好評で、みんな縁壱のこと好きなんやな〜と思いながら感想眺めてました!
ということで、また思いつきで書いてみました。拙い文章ですし、キャラ解釈もまだまだですが、どうか温かい目で見てもらえると幸いです。
物語とは、英雄たちが歩んできた軌跡である。
モンスターが蔓延るこの世界において、物語は空想の世界でのみ存在するものではなく、歴とした史実として記されることが多い。
英雄たちが辿ってきた冒険を余すことなく書き記された冒険譚は、いつの時代においても小さな子どもたちの胸に炎を灯し。そして今度はその子どもたちが英雄譚となって紡がれていき、また新たな芽に息吹を灯す。
謂わば、物語とは人の歩んできた歴史そのもの。受け継がれてきた意思の具現化と言っても過言ではないだろう。
何重にも重なる塀に囲まれた大きな屋敷。その縁側に精悍さ溢れる青年と、輝かしい金色の耳と尾をゆらゆらと揺らす狐の少女がいた。
「そ、それで、その山羊のモンスターはどうなったのですか!?」
「仲間の………いや、友の協力もあって斬り伏せることが出来た。だが、それと引き換えに、そこ一帯は広大な砂漠へと変貌してしまったが」
「えぇ!?そ、それはどうしてでしょう……?」
「奴の死骸が原因だった。奴の死骸から溢れ出た灰はたちまち一帯へと広まり、豊かな緑や水源は枯れ、命を宿さぬ黒き砂漠へ姿を遂げた。確かにあの山羊は山のような巨躰であったし納得ではあるが……」
「そ、そんなにも大きなモンスターだったのですね……!」
「お前の数百倍はあったな」
「数百倍……!すごいです……!」
狐の少女はそれはもう楽しそうに彼の話に耳を傾ける。
彼女は恵まれた血統と家を持ちながらも、母は出産と同時に他界し、その件で父からは忌み子として粗雑に扱われ、徹底的に外部との交流を断たれ、
彼女は恵まれていた。しかし、それを代償に自由を失った。
故に、広大な世界を見せてくれる物語に魅了されるのは半ば必然であったのだろう。
狐の少女にとって物語こそ自身を構成する“世界”そのものであった。
そして、時折屋敷に来て自身に冒険譚を話してくれる目の前の青年も、そんな“世界”をより彩らせてくれる大切な存在だった。
青年は自身を冒険者だと名乗った。父や家の者が手厚い歓迎をしているのを見るに、ただの冒険者ではないということは世間知らずの少女にも理解が出来た。
最初は父の言いつけ通り、かの冒険者が滞在するまでの期間は部屋に閉じ籠るつもりでいたが、極東の外からやってきた者など初めて見るものだから、つい好奇心で跡を付けていたらあっさりとバレて、この縁側でお茶の誘いを受けた時から彼らの関係性は始まったのである。
「縁壱様のお話はどれも心が躍ります。やはり冒険者様はすごいのですね」
「私の話などそう大したものではない。オラリオに征けばより華やかな話譚を聴けることだろう」
少女は青年が語った衝撃的な事実に目を見開き、耳と尾を真直ぐに張るが、純粋無垢な狐の少女はその話をそのまま信じ込んだ。
その青年があまりにも平坦に話すものだから、冒険者という者たちは自身の数百倍もある怪物たちに勇敢に立ち向かっていくことが常なのだと
決して届かない夢だからこそ、より輝いて見えてしまうのだ。
「………私のようなか弱い人間でも、いつかオラリオに行ける日が来るのでしょうか」
誰かに問いかけた訳でもなければ、意識して出た言葉でもない真情が、彼女の口から吐露される。
不自由に縛られた彼女は外の世界に憧れを抱いていた。特に、物語の舞台の地であり、数多くの英雄を輩出してきた
しかし、自身のような他人に厄災を齎す忌子が、唯人相応の夢を抱いても良いものかと考えてしまう。誰からも愛されず、ただ家名によって守られているだけに過ぎない人間が、と。
縁壱は少女の境遇を何となくだが理解している。
家の者も、
「………少し待っていろ」
「え?」
縁側の足元に置いてあった草履に履き替え、スタスタと中庭に足を進める姿を、少女はただ眺めているだけ。
縁壱は中庭にあった小さな枝を持ち、何やら作業をし出す。
時間にして凡そ数分。彼は右手の拳に何かを抱えた様子で縁側へと戻って参り、少女の手のひらにそっと何かを置いた。
「これは…………
少女の手元にあるのは、とても即席とは思えないほどに完成された木笛であった。
少女も僅かながらに楽器に対する知見は持ち合わせている。だが、それらと比較しても遜色ない──否、むしろ勝ると云っても過言ではないほどに綺麗な笛だった。
「これは一体……」
「御守りだ」
「御守り、ですか……?」
「助けて欲しいと思ったとき、それを吹け。私がお前を助けに行く」
『それならば心配なかろう』と言葉を紡ぐ彼を見て、少女はようやく先ほど投げかけた問いの答えを授けてくれたのだと理解し、笑顔を見せる。
そして思う。いつか、自分もこの屋敷の外に出て、彼と共に冒険に征こう、と。
これは少女の小さな
「─────」
少女は夢から目を覚ます。
外を見ればまだ朝。彼女が在籍している場所は夜にこそ商売が始まるのだが、だからといって朝は何もしないというわけではない。こうして幾重もの木々の軋みがそれを伝えている。
少女は枕のそばにある笛を手に取り、強く握りしめる。
「縁壱様……私は……」
彼女の嘆きは誰にも届かない。届きやしない。
その笛は未だ吹かれたことは一度もなく、今も彼女のそばに佇むだけ。
ここは
金色の
森が鳴いている。
近辺にある海原から来る潮風が幾重にも森林に纏わりつき、青々とした葉桜は万葉に茂る。陽の光が小さな雫となって葉の間から木漏れ日を灯し、潮風は忽ち薫風へと変わる。
しかし、この長閑な風情を引き裂くかの如く、何処か剣呑な雰囲気がこの森を覆い隠す。
その中心地──其処には丈夫な帯に刀を差し、特徴的な耳飾りを付けた青年と、青年を囲むように包囲した数十をくだらない獣たちがいた。
獣たちは鋭利な牙と爪を隠そうともせず、むしろ誇示するように剥き出しにしながら、白濁が混じった涎をどろりと草木に垂れさせる。
対して青年が宿していた気配は───“無”。こう形容する他ないほどに閑静で、案山子のように地面に足が縫い付けられており、全くもって動じない。
彼はただ森の神秘的な光景に見惚れ、ほんの少し足を止めて
野蛮な殺気が稲妻のように木々の間を縫い、
「……私としても、此の地を血潮で穢すのは偲びない。故に今この場を立ち去るならば斬りはしない」
獣たちに言葉は通じない。しかし、彼らは青年が言わんとすることを何となく理解していた。理解していながらも、決して退くことはなかった。
それもそうだろう。なんせ目の前にいる人間は武器を携えただけの弱者。自分たち捕食者に淘汰されるべき存在───
ジリジリと詰めていた距離もようやく射程圏内に入る。もう我慢ならない。いよいよ目の前にある肉を貪るべく、一斉攻撃の号令を掛け────
「しかし、それでもなおその牙突き立てようものなら────」
爪は地面に食い込み、あれ程誇示していた牙は引っ込み、全身が総毛だつ。
ありとあらゆる細胞が、血流が、本能が。目の前のアレから今すぐ逃げろと告げてくる。
先ほどまで強者特有の闘気も覇気も感じられず、ただ“無”であった筈の男。しかし、今やアレから発せられる威圧感を見て、その考えは間違っていたのだと本能から悟った。
此処にきてようやく理解に至る。
目の前にいる人間は鴨などといった矮小な存在ではない。
自分たちでは逆立ちしても決して勝つことの出来ない
「────その命、貰い受ける」
僅かに抜き放たれた刀身に陽光が反射して妖しく光り、赫眼が獣たちの姿を映す。
───それを見た瞬間、考えるよりも先に身体が退避行動を開始していた。みっともなく、情けなく、それでも命欲しさに背を向けて駆けていく。
先ほどまであった溢れんばかりの食欲など疾うに消え失せ、あるのは自身の生命を脅かす存在からの脱却。死からの逃亡。如何にあの強者から逃げられるか、ただそれだけだった。
刀身から微かに覗いて見えた赫が地獄から誘われた紅蓮の焔のように見えた。刃光に反射し、まるで写鏡のように自分たちの姿が見えた時、ない筈の肝が冷え、あらゆる臓腑が震え上がった。
その刀身が見せたのは血飛沫を上げながら
そして、それは確実にやってくる未来として獣たちにも見えてしまう。一寸たりとも違わずやって来るのだと、そう本能が告げていたのだ。
青年は逃げ去っていく獣たちの後ろ姿を見てひと息吐いた後、静かに鍔を鳴らした。
もはや聞き慣れた音に耳を傾けたり、ましてや残心を残すなどといった行為も心情も抱かず、何事もなかったかのようにスタスタと森の奥へと歩みを始めた。
人の手が加えられた痕跡のない獣道を只管に歩む。鳥が囀り、葉擦れが森の音を奏でる。
常人であれば森の魔力に魅入られるであろう林道の中を、彼は歩みを止めず迷いなく進む。
すると、やがて鬱蒼とした森林から木々の開けた空間へと踊り出る。
人ひとり来ないような深い森の中に、明らかに人工的に施された開拓地。しかし、其処にあったのは小さな石を重ね合わせた
嘗て、此処にはとある武家の一族が棟梁として治めていたとされる村があった。しかし、今やそれも見る影もなく、ただ荒廃と蕭然に埋め尽くされた荒野が周囲一帯に広がっているだけだ。
集落跡──そう呼ぶに相応しい寥々たる跡地にて、幾重にも連なる墓標の前に彼はいた。
「ただいま戻りました。父上、母上。そして────」
その無我にも近しい心は僅かに火を灯し、眼前で眠る魂たちに語りかける………が、返ってくるのは悽愴たる沈黙のみ。久闊を叙した答えは未だに返ってこない。
此処は
───極東。
それは
彼の地は大神アマテラスを主神に据えた朝廷が治める国家系ファミリアとして君臨しているが、幾十もの派閥が形成されていることから、内乱や暴動が各地で絶えない地域でもある。
しかし今、彼の地は過去現在未来において最も脚光を浴びている地域でもある。
何故か。それはひとえに、其処が英雄の故郷───継国縁壱の出身地であるからに他ならない。
どの世界、どの時代にも追っかけファンというものは存在し、それは英雄最盛期であるこの世界でも変わらない。彼の英雄が生まれ育った地に一度は訪れてみたいと極東に足を運ぶ
此の情勢を好機と見た朝廷は各陣営に一度停戦や協力を呼びかけることに。そしてそれらの要請を受け、利益と抗争を天秤に掛けた結果利益を取った各陣営の判断により、協定が結ばれる。
結果として、現在の極東はかつてほどの戦乱の世ではなくなり、かつてのように子供たちが飢えで苦しむことは僅かながらに減ったというのはほんの少しの余談である。
さて、先ほどの鬱蒼とした森の中から打って変わり、木々よりも人工物が目立つようになってきたこの地は【都】と呼ばれている場所であり、朝廷が住まうお膝元として最も栄えてきた都市である。
商人たちが威勢のいい売り声を上げて客を呼び寄せており、それに釣られて客が集っていく。客も客で各々値引きしてもらおうと交渉する声、難癖を付ける声を上げる。
まるで祭りの日かと思うほどに、この道は康衢通逵の如く賑わっていた。
そんな場所を見渡すように、笠を深く被り、白昼堂々とゆっくり練り歩く男がいた。名は継国縁壱。この現象を引き起こしたほぼ直接的要因である。
縁壱は街の盛況具合に心温まる思いの中、ゆっくりと足を進ませている。
すると、道端で和気藹々と弾んだ声で盛り上がっている群像が目に映った。
彼らが目にしているのは、道のど真ん中に立て掛けられた一つの御触書。まるで砂糖に群がる蟻のように人々が密集しており、そこから十人十色の声が聞こえてくる。
「オイ、聞いたか?【
「おいおい、冗談言うにしてももっとマシなものをだな………ガチじゃねェか!?」
「それに今回はあの【アポロン・ファミリア】との
「ふん、どうせ狡賢い策略で背後から斬りつけたに違いない」
「そもそも一ヶ月半でランクアップしている時点で怪しいよな」
「Lv.3かぁ……あの子って確か一ヶ月半でランクアップしたのよね?そんなに早くLvって上がるものなの?」
「いやいや、そんな甘くねぇよ。元冒険者の俺だからハッキリ言える。あの【剣姫】ですら一年。なのに一ヶ月半とかいう意味分からん速度でのランクアップはな……どうにもきな臭いんだよなぁ」
「さぁさぁ
喜び、好奇心、嫉妬、驚嘆、愕然、疑念………あらゆる人々の感情が喧喧囂囂と響き渡る。
縁壱は御触書に写る小さな肖像画を見て、すぐにその場から離れていった。
「…………どうやら既に新たな【
ぽつりと零した物は此処にはいない友に向けた言葉であった。
縁壱は自身が他者よりも
それこそ、途方もなく長い人の歴史の中で自分だけが特別な存在だと思う方がよっぽど傲慢極まれりだろう。
実際、今から一千年以上も前に存在したとされる英雄たちは
自分とは違って、与えられた使命を全うしているのだ。それだけで彼らと自分とでは大きな隔たりがあると思わざるを得ない。
人の歴史とは長く、そして重い。だからこそ、いつか自分の才覚を凌ぐ者たちは
そして、今まさに自身を凌ぐ者が今この瞬間にも産声を上げようとしている。縁壱は直にその未来を感じ取り、僅かに頬を緩ませた。
聞き耳を立てることも屡々、縁壱は
その屋敷は白樺を基調とした木造建築であり、その周辺には屋敷を囲むように何十本と桜の木が植え付けられており、春になれば一面に並木桜が乱れ咲くことだろう。
そんな景観に見守られながら、縁壱は正面扉に近づき、そのすぐ真横に達筆な文字で『診断所』と記されている木製のプラカードを確認しながら、ゆっくりと扉の中へと入っていく。
屋敷に入ると鼻を突く薬品臭と包帯独特の匂いが充満しており、ほんの少し顔を顰める───が、すぐに順応し、何事もなかったかのようにスタスタと奥にある受付所に足を運ぶ。
受付所には仏頂面をした齢15ほどの男児がいた。この地では珍しく白髪の持ち主であり、それに合わせるように白と紺を組み合わせた書生服スタイルで、極東特有の和を感じられる衣裳であった。
因みにだが、縁壱はこの少年のことをよく知っている。そして、この少年もまた同様に。
であるから、縁壱は久しく見た知人の顔に安堵しつつ、気軽に声をかけた。
「すまない、私だ。継国縁壱だ。先日書簡を出した通り、此処の主に会いに来た」
「─────」
───尤も、少年にとっては歓迎される邂逅ではなかったみたいだが。
少年は縁壱の気さくな挨拶をシカトし、代わりにこれでもかと顔を顰め、目端を吊り上げながら縁壱の顔を見ていた。
その顔には憎悪や嫉妬、憤怒等々、明らかに良い感情は乗っていないであろうことが赤子でも容易に分かるレベルの表情が貼られており、これには流石の縁壱も訳が分からず思考を止めた。
「……
「違う。毎度の如くなんだが、あの天下に轟く大英雄様がこんな辺境な島国の一診療所に来られるなんていまだに信じられないだけだ。おまけに書簡に書かれていた時間ピッタリに来やがって……1秒でも早かったり遅れたりしたら門前払いしてやろうと思ってたのに……」
愈史郎──そう呼ばれた少年は
しかし、縁壱はそんな彼の態度に悪態を吐いたり、ましてや眉ひとつすら動かすことなく、黙って彼の後を付いていく。
こんな仕打ちを受けて何も言わないのは、
やがてとある一室の前で止まる。
紫陽花柄のある色彩豊かな襖を開けると、そこには畳のある和室があった。小さな本棚に数少なく置かれる書籍、小さな机と台付きの大きな鏡台が置かれているだけ。
とても質素かつ無駄のない空間で、雑談するにはもってこいの場所であると縁壱は感じ取った。
「あの方が来られるまでお前は此処で待っていろ。いいか?あの方は忙しいんだ。今もギャーギャーと五月蝿い患者共の相手を心身共に削りながらなされている。そんな中お前とも会うと言うのだから、その心労は量り知れないものだろう。だからお前は五体投地で感謝を告げ、あの方を拝め奉りながら数刻の時を過ごせ」
「分かった」
「それと、決して、け〜〜〜〜っしてこの部屋から出るんじゃないぞ。一度お前が素顔を晒したまま患者と鉢合わせ、その後大騒動にまで発展した事件をちゃんと憶えているのなら、な!」
パシンっと襖を閉められて、その残響だけが仄かに響き渡った。
「失礼します」
暇を潰す為に本を拝読していると、控え目で清涼な声が部屋に響く。この声が久々にこの部屋で発生した音である。
すかさず返事をすると、襖が横に開く。奥から出てきたのは妙齢の佳人であった。
極東出身者のスタンダードである黒髪を後頭部辺りに大きなお団子で結い、その椿を基調とした着物姿は正しく大和撫子に相応しい出立ち。意図せずして彼女の蠱惑的な肢体をより妖艶に醸し出させている。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。そんな言葉が似合う女性は縁壱の顔を見ると、これでもかと顔を綻ばせた。
「ご無沙汰しております、縁壱さん」
「此方こそご無沙汰しております、
あまりにも定型句──されど本心からくる縁壱の言葉に、再度笑う女性。彼女の名は珠世。都でも随一と評される腕前を持つ女医である。
縁壱は時折こうして診療所を訪れ、彼女の様子を見に来る。
彼らの関係を一言で現すなら───それは“
彼は彼女の命を救った者として。
彼女は彼の友の病魔を克服してくれた者として。
その
「───ふふっ」
「珠世殿?」
しばらくたわいもない世間話の応酬がなされた後、珠世から面白可笑しく含み笑いが吹き出された。思わず縁壱が心配を滲ませた声色で確認を取ると、そこには心配とは程遠い──喜びを隠しきれない表情が
「すみませんっ、なんだか縁壱さんが嬉しそうなお顔でお話されているので、此方も嬉しくなってしまって……」
「左様、ですか」
ペタペタと自身の顔を触る縁壱。何度触っても
「何か
「良いこと……」
幸なことに、縁壱はその答えを持っていた。
「……新たな英雄の誕生。その予感を感じたのです」
彼が自身に続く
「オラリオもこの先安泰でしょう」
「………縁壱さんはお戻りにならないので?」
「………私にはすべきことがありますので」
「それはかの竜王のことでしょうか」
「それもありますが、それ以上に探している少女がいるのです。行方知らずになってしまったあの子を、私は見つけ出して上げなければなりません」
縁壱の脳裏に過ぎるのは天真爛漫に笑う狐の少女。自身と似た境遇を抱えながらも、強く生きようとした強かな少女。あの屋敷から彼女の存在を感じ取れなくなった後、しばらく世界を旅しながら探してはいるが見つからない。
それに対して珠世は『嗚呼、彼の心残りはそれだけなのだろう』と、その憂いを滲み浮かばせた顔から察する。何処までも優しく、何処までも清い心を持つ彼らしい葛藤であった。
「縁壱さんなら、きっとその子を救い出せる筈です。かつて私を救って下さったように」
「……えぇ、だといいのですが───」
静かに相槌を打った縁壱であったが、突如としてあさっての方向に顔を向ける。
「………………」
「ど、どうされましたか?」
「…………いえ。ただ、誰かに名を呼ばれたような……そんな気がして……」
誰かは分からない。ただの気のせいかもしれない。
されど、確かに感じた自身の名を呼び助けを乞う声が届いた。
「…………今宵は満月でありましたか」
「そうですね。今朝の市場では月見団子が飛ぶように売れていましたし……」
「ふむ……」
縁壱は一瞬思考に耽け、すぐさま刀を腰の帯に差す。
何故『満月』という言葉に引っ掛かりを覚えたのか、縁壱も全て理解し得ていない。また、
しかし、唯人のそれを優に逸脱した獣の如き勘は幾度もなく彼を導いてきた。故に信じるに値する。故にその第六感に身体を委ねよう。己が果さんとすべきことを全うするために。
「一度オラリオに帰還します。月が出る頃までに戻らなければ」
「い、今から向かわれるのですか?極東からオラリオまで馬車で最低でも数週間は優に……」
「ご心配なさらず。走れば数刻で着くでしょう。では、珠世殿、今日はこれで。またお会いしましょう」
「え、えぇ……お気をつけて……」
斯して日輪の子は駆ける。己の第六感に委ねて、理解も出来ぬままに。さりとて、運命に導かれるように、今宵物語は動き出す。
月が中天に掛かるまで、残り数刻。
【継国縁壱】
糞蜥蜴をいまだに滅しきれていないバグ。その旅路で春姫に出会い、交流を深めた。しかし、ある日屋敷を訪れるも彼女がいないことを察知し(勘当されたことは家の者らに伏せられていた)、現在捜索中。見つけたら一度オラリオに帰ろうと思っていたので、結構いいタイミングだったりする。
ちなみに前回残した置き手紙はザルドの推察通り『いつかオラリオで会えるだろう』と結構楽観的に書いたものであり、大して深い意味はなかった。なのでオラリオに帰ったら魔女の制裁が待っていることが確定している。
【珠世】
極東の医師。アルフィアの不治の病を癒した張本人であり、縁壱とは恩人同士の間柄である。
山中でモンスターに襲われていたときに縁壱に救われた。なお、その際に夫と子どもを亡くしている。縁壱が珠世を特別気にかけているのは、夫だった人物に彼女を任せられたことと、彼らを救えなかったことに対する罪悪感からくるものである。
また、原作通りかつて病に苦しんでいたが、
【愈史郎】
原作と変わらず。鬼ではなく、普通に珠世に拾われた子。年齢は15。
なんとなくこの二人は出したいと思っていました。原作でも珠世さんは縁壱と面識ありましたし、協力者でしたしね。おそらくこれ以上鬼滅の刃のキャラは出てこないと思います。
それと、極東の情報とか少なすぎてオラリオまでの距離とか極東内部の様子とかめっちゃ適当です。ただ、なんとなく日本中世期あたりをイメージして書きました。