AIを酷使して鬼滅の刃にTSイエス・キリストをブチ込むお話 作:あーぷ
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(プロンプト17:削除)
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はい、承知いたしました。
もはや映画製作の域を超え、世界の歴史そのものに介入していく神の子の働きと、その謙虚な満足感を、これまでの流れに沿って描写していきましょう。
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日本のエンターテインメントのセオリーにおいて、二つの偉大なものが合体すれば、その戦闘力は相乗効果で何十倍にも膨れ上がるとされている。アメリカを代表する大河ロマンと、日本が誇る超人活劇の融合。本来ならば、その影響力は計り知れない爆発を起こしたはずだった。
しかし、製作総指揮のキリトは、極めて謙虚で慎み深い神の子である。その聖なる謙譲の精神が、奇跡のパワーに絶妙なリミッターを掛けた。結果として、『風と共に去りぬ、そして鬼は残った』の戦闘力、もとい動員数は、全世界累計で4億人強という、本来の2倍弱くらいの極めて控えめな数字に留まった。
とはいえ、1930年代という時代において、4億という数字は異常であった。
この映画は、もはや単なる娯楽作品ではなかった。それは一種の文化となり、親から子へ、子から孫へと語り継がれるべき神話となった。世界中の映画館で繰り返し上映され、人々の心に深く、静かに浸透していったのだ。
そして、4億人を超える人々が、そのSFXに含有された微弱ながらも確かなゴッドパワーの洗礼を浴びた。
それは、人の心を操るような乱暴な力ではない。ささくれだった心に塗られる軟膏のように、乾いた魂に染み渡る一滴の水のように、それは機能した。映画を観終えた人々は、知らず識らずのうちに、ほんの少しだけ心が軽くなり、ほんの少しだけ他者に寛容になっていた。
この、全世界規模で行われた無自覚の集団セラピーは、歴史に、静かで、しかし決定的な影響を及ぼす。
折しも、世界は大恐慌の爪痕に深く喘いでいた。人々の心は貧困と不安で荒み、不満の矛先を他者に向け、過激な思想が熱病のように広がりつつあった。歴史が必然として、次なる巨大な戦争へと突き進んでいた、その時だった。
しかし、なぜか、世界はその一線を越えなかった。
過激な指導者の、熱狂的な演説を聞いても、民衆は「まあ、そうかも知れないが……」とどこか冷静だった。国境線で睨み合っていた兵士たちは、ふと「隣の国の奴も、俺たちと同じように家族がいるんだろうな」と考えてしまい、憎しみに集中できなかった。
歴史家たちは、後にこれを「 大正後期の奇妙な凪(なぎ) 」と呼んだ。
世界中を覆っていたはずの憎悪と対立の連鎖が、まるで熱病が引くかのように、いつの間にか沈静化していたのだ。人々は、より対話を選び、より融和的な道を探った。結果として、起こるべくして起こるはずだった、あの未曾有の世界大戦は、ついに火蓋を切られることがなかった。
厄介な世界情勢は、なんやかんやで、いい感じに落ち着いたのである。
もちろん、この世界史的な偉業に対し、誰一人としてキリトに感謝する者はいなかった。
起こらなかった戦争の恐ろしさを知る者はいない。回避された悲劇に気づく者もいない。人々はただ、少しだけマシになった世界を、当たり前のものとして生きていくだけだ。
でも、それで、よかった。
デモン・スレイヤー・ピクチャーズのオフィスで、あるいは青森の慈善団体の事務所で、キリトは、アカシックレコード的なサムシングを通じて「あり得たかもしれない、もう一つの未来」――炎に包まれる街、嘆き悲しむ人々の姿――を垣間見て、そっと目を閉じた。
(ふぅ、危なかった)
誰に褒められるでもなく、誰に知られるでもない。
だが、この世界に生きる人々の幸福の総量が、ほんのわずか、分かち書きの隙間ほど増したこと。
その事実だけで、彼女は、満ち足りていた。
謙虚で慎み深い神の子は、人々のささやかな幸福に深く満足しつつ、今日もまた、次回作の脚本に目を通し、恵まれない地域への支援物資のリストを確認する作業に、精を出すのであった。
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(プロンプト18:削除)
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はい、承知いたしました。
世界平和を(副次的に)達成した神の子が、次なる目標として個人の幸福、すなわち「結婚」に乗り出す様子を、これまでのテンションを維持しつつ、神々しくもコミカルに描写していきましょう。
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映画製作も、慈善事業も、そして世界平和も、なんやかんやで軌道に乗った。
デモン・スレイヤー・ピクチャーズのオフィスで、キリトはふと、自身の人生(二度目)のポートフォリオに、一つだけ大きな空白があることに気づいた。
(……私、前世では結婚しなかったな)
人類全体を愛することに人生を捧げた結果、特定の誰かと家庭を築くという経験はしてこなかった。それはそれで尊い生き方だったと自負しているが、せっかく人として、しかも今回は女性として生まれ直したのだ。試してみるのも一興だろう。
彼女は、極めて効率的に、しかし真剣に、己の伴侶候補をリストアップし始めた。そして、最適解はすぐに見つかった。
岩柱・悲鳴嶼行冥。
長年の付き合いで、その人柄が篤実で、慈悲深く、そして何より強靭であることは誰よりも知っている。独り身であり、浮ついた噂一つない。身体も大きいので、物理的にも頼りになるだろう。よし、決めた。
その日の午後、道場で瞑想に耽っていた悲鳴嶼に、キリトは静かに歩み寄った。そして、極めて事務的な口調で、しかし真っ直ぐな瞳で、こう切り出した。
「悲鳴嶼さん。私と、結婚しませんか?」
「…………なむ」
悲鳴嶼行冥は、完全に、心の底から混乱した。目の前の女性は、神の子であり、両目を癒やしてくれた恩人であり、庇護すべき対象であり、そして今や、世界有数の大企業のトップである。
その彼女からの、あまりにも突拍子もない提案。これは、何か新しい修行の一環なのだろうか。それとも、己の信仰心を試すための、禅問答なのだろうか。
「キリト殿……それは、どのような御仏の教えでありましょうか……? 私のような俗物が、あなたと添い遂げるなど、あまりにも……」
巨大な体躯に似合わず、しどろもどろになる悲鳴嶼。その姿は、少しだけ可愛らしかった。
見かねたキリトは、彼を半ば引きずるようにして、産屋敷邸へと連れて行った。
事情を聞いた産屋敷夫妻は、顔を見合わせると、実に嬉しそうに微笑んだ。彼らは、最高の形でアシストに回ってくれた。
「行冥。君が、あの子のことを大切に想っていることは、私が一番よく知っているよ。あの子は、神の子である前に、一人の女の子だ。その彼女が、君を選んだのだ。これ以上の幸せがあるかい?」
「まあ、悲鳴嶼さん。あの子、いつもは飄々としていますけど、案外寂しがり屋なのかもしれませんわ。あなたが、あの子の帰る場所になってくださると、私達も安心です」
尊敬する主と、その妻からの、優しくも力強い両面攻撃(ダブルアシスト)。
悲鳴嶼の心の壁は、ガラガラと崩れ落ちた。産屋敷邸から退室した彼は、見えるようになった目でキリトの姿を改めて見つめ、そして、深く、深く、頭を垂れた。
「……未熟者の私ですが、お受けいたします。一生を懸けて、貴女をお守りいたします」
こうして、神の子は、地上最強の男を、無事に捕獲した。話は早く、とっとと結納が執り行われることになった。
だが、キリトは知っていた。もう一つ、越えなければならない壁があることを。
結納の儀を控えた夜、彼女は悲鳴嶼に告げた。
「行冥さん。私のオヤジ、ちょっと癇癪持ちなの。たぶん、あなたの覚悟を試しに来ると思うけど、大丈夫。レスリングなら、昔ヤコブって人がいい勝負したから、あなたなら勝てるわ」
「れすりんぐ……? やこぶ……?」
悲鳴嶼が首を傾げた、その瞬間だった。
彼の意識は、現実世界から引き剥がされた。
気づけば、彼は、どこでもない場所に立っていた。足元には黒曜石のような無限の舞台が広がり、頭上には星雲が渦巻いている。宇宙の中心のような、精神世界。
そして、目の前に「それ」は現れた。
燃え盛る銀河を纏い、雷鳴を声とし、万物を創造した始まりの光。旧約聖書に記される、嫉妬深く、そして威厳に満ちた神(ゴッド)そのものだった。
『――我が娘を望むか、人の子よ』
天が震え、空間が歪むほどの声が、悲鳴嶼の魂に直接響く。
『ならば示せ。その愛が、その覚悟が、我が創造した宇宙の理に値するかを!』
次の瞬間、神の光は、巨大な腕となって悲鳴嶼に襲いかかった。それは、神との「組み手」。ヤコブが天使と夜明けまで続けたという、神話の再現。
悲鳴嶼は、恐怖も、絶望も超え、ただ己の全てをぶつけた。岩の呼吸の型は、攻撃のためではない。神の圧倒的な力を受け流し、いなし、耐え抜くための、究極の防御術として展開される。
神が腕を振るえば、精神世界の彼方で星々が砕ける。しかし、悲鳴嶼はその一撃を、全身の筋肉と骨を軋ませながらも、受け止める。彼は勝とうなどとは思わない。ただ、愛する人の父(?)に、己の覚悟を示すため、決して屈しなかった。
組み合いのさなか、極限状態の中で、悲鳴嶼は咆哮した。
「未熟者ですが! 一生を懸けて、キリト殿を愛し、守り抜くと、ここに誓います! 彼女の幸福こそが、我が幸福! どうか! 娘さんを、私にください!」
その魂の叫びを聞いた瞬間、全てを圧し潰すようだった神の力が、ふっと消えた。
荒れ狂う嵐の光は、穏やかで、温かい、父性の光へと変わる。
『……よかろう』
声には、まだ少しばかりの不満と、しかし確かな安堵が滲んでいた。
『その覚悟、見届けた。我が娘を……いや、孫娘を、泣かせるでないぞ、人の子よ』
気づけば、悲鳴嶼は、汗だくのまま、自室の畳の上に座っていた。
目の前には、お茶を差し出すキリトの姿があった。
「お疲れ様、行冥さん。オヤジのお墨付き、もらえたみたいね」
彼女は、珍しくほっとしたような表情だった。
悲鳴嶼行冥は、差し出されたお茶を一口飲むと、初めて、心の底から安堵した、穏やかな笑みを浮かべたのだった。