エレンの妻です   作:ホワイト3

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11:ヒィズル国②

 あの暗殺未遂事件以来、ヒィズル国における私たちの立場は驚くほど好転していた。特にアズマビト家次期当主であるキヨミさんは私たち……というよりは私個人に深い信頼を寄せてくれているようだった。

 

 ヒィズルでの日々は単なる技術提供という当初の目的を越えて一方的な技術提供ではなく、双方向の学び合いが始まっていた。

 

 鍼、そして何百種類もの薬草を使い分ける独自の薬学。マーレの近代医学とは全く異なる体系に、ハンスは純粋な探究心を燃やしていた。

 

 最も大きな変化はホフマンに訪れた。あれほどヒィズルの文化を「未開」として見下していた彼が、今では熱心にヒィズルの書物を読み漁っている。

 きっかけは些細なことで彼の長年の悩みだった、慢性的な肩凝りだった。マーレのどんな薬も効かなかったその痛みを、冗談半分で受けた鍼治療が嘘のように解消してしまったのだ。

 

「……ふん、まぐれに決まっている」

 

 口ではそう言いながらも彼の態度は明らかに軟化していた。医者としてのプライドが目の前の「結果」を無視することを許さなかったのだろう。

 今では時折、私やハンスを捕まえて「この経穴(ツボ)の効能について君たちの見解を聞きたい」などと、ぶっきらぼうに尋ねてくるようになった。

 私の言葉にも以前のように真っ向から反論することは少なくなり、その姿は以前の彼からは考えられないものだった。

 

 彼もまたこの国で変わりつつあるのだ。

 

 さてかく言う私だが、キヨミさんとの関係が深まったことで色々と破格の待遇を得ていた。特にアズマビト家が所蔵する膨大な書庫への自由な立ち入りを許されたのが一番嬉しい。

 知的好奇心を満たすには十分すぎるほどの書物がそこにはあり、私は業務の合間を縫ってはその静謐な空間に籠もり、まるで時間に忘れられたかのような古びた書物を読み漁ることに没頭していた。

 

「ジル先生はいつもここにいらっしゃいますね。ハンスさんやホフマンさんと言い、マーレの方々は実に勉強熱心です」

 

 ある日書庫を訪れたキヨミさんが、感心したように微笑んだ。

 

「この国の歴史や文化は私にとって未知の分野ですから。学ぶことが多くて時間を忘れてしまいます」

 

「お役に立てているのなら何よりです……おや、その書物はエルディア帝国時代のものですね。我が国の先人が彼の国から持ち帰ったと聞いています」

 

 キヨミさんが指差したのは、私が今まさに読みふけっていた分厚い書物だった。

 

 マーレでは巨人大戦によって多くの書籍が散逸してしまった。今私の手元にあるのは、エルディア帝国と親交の深かったヒィズルにのみ奇跡的に現存しているのだ。

 

 その書物には、エルディア帝国時代に研究された巨人学に関する記述が古いエルディア文字で記されていた。

 

「巨人化のメカニズムは未だブラックボックスですが、かつてのエルディア帝国はその長い歴史の中で巨人の謎を究明してきたと聞きます。巨人学者の端くれとして興味が尽きません」

 

「伝承に聞くアッカーマン家など、まさにその典型でしょう。人の姿のまま巨人の力を引き出せるという……その研究の過程でどれほど多くの『ユミルの民』が犠牲になったことか」

 

「……よくご存知で。キヨミ様も勉強熱心ですよ」

 

「過去から目を背けることは、未来から目を背けることと同義。私は常々そう思っています」

 

 キヨミさんの言葉には、静かだが確かな重みがあった。

 

 その書物を読み解くうち、私はある記述に目を奪われた。それはマーレで行われているような血液の凝集反応を利用したものではない、全く異なる観点からのエルディア人識別方法だった。

 

『ユミルの民の血には始祖の恵みとも言うべき特殊な因子が存在する。それは特定の薬草に含まれる成分と結びつくことで、微細な変質を遂げる……』

 

 心臓が大きく脈打った。薬草。それはこのヒィズルの伝統医療の根幹をなすものだ。マーレの科学と、ヒィズルの伝統。二つの知識が私の頭の中で一本の線で結ばれる。

 

 私は誰にも告げず、内密にその研究を開始した。研究者としての純粋な好奇心と、スパイとしてこの知識が持つ危険性を天秤にかけながら。

 

 アズマビト家の書庫、そしてヒィズル中央病院の設備。それらを密かにそして最大限に活用した。

 夜ごと書庫に忍び込んでは古文書を解読し、昼間はヒィズルの医師との会話にそれとなく薬草の話題を織り交ぜ、知見を引き出す。

 

 そうして得た断片的な情報をジグソーパズルのピースをはめるように組み合わせ、昼夜を問わない研究の末、私はついにその現象を実証することに成功する。

 

 ヒィズルに自生する薬草から抽出した成分をエルディア人の血液に加えると、ごく微量だが、確かに特定の因子が変質して発光するのだ。

 

 肉眼では捉えられないほどの、しかし最新の顕微鏡を使えば明確に観測できる光。この原理を応用すれば、エルディア人の血液検査の精度は飛躍的に向上するだろう。

 

 しかしそれは、身分を偽りマーレ社会に潜伏する革命軍の同志たちにとって死刑宣告にもなりかねない。

 

(……これはパンドラの箱だ)

 

 私は研究成果を記した全ての資料と、きっかけとなったエルディア帝国の書物を、アズマビト家の書庫の最も奥深い場所へと戻した。そしてその上に何重にも偽装を施し、固く封印した。

 

 この研究成果が日の目を見るのは、もう少し後の話だった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 そんな穏やかな日々が続いていたある日、キヨミさんから直々に私たち使節団に「首都を案内したい」という思いがけない誘いがもたらされた。

 

「皆様、ヒィズルにお越しいただいてから病院と宿舎の往復ばかりでしょう。たまには息抜きも必要です。我が国の美しい街並みを、ぜひご覧いただきたい」

 

 その申し出にハンスは子供のようにはしゃぎ、ホフマンもまんざらではないといった表情を浮かべていた。私の心も確かに躍っていた。

 

 だが、それとは別の目的が頭をもたげる。

 

(……エルディア人街)

 

 ラルスからの報告によれば、この首都の一角にエルディア人たちが暮らす地区があり、マーレ含む諸外国に比べ遥かに扱いがマシらしい。

 それをこの目で確かめておきたかった。

 

「キヨミ様、大変ありがたいお申し出です。もしよろしければ立ち寄りたい場所があるのですが」

 

「まあ、もちろんですよ。どちらへ?」

 

「知人の研究者から耳にしたことがあります。なんでもヒィズルには、旧エルディア帝国の技術を用いた陶磁器があり、今もエルディア人街の職人だけがその製法を受け継いでいると。巨人に携わる身として、その失われた技術をこの目で確かめたいのです」

 

 我ながら、よくもまあ淀みなく嘘が出てくるものだと感心する。キヨミさんは一瞬だけ意外そうに眉を上げたが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。

 

「ええ、構いませんよ。彼らの地区は特に立ち入りが制限されているわけではありませんから。ご案内しましょう」

 

 観光当日。結局私に同行することになったのはハンスだけだった。

 

「エルディア人の巣窟など反吐が出る。俺は行かんぞ」

 

 ホフマンはそう吐き捨てて部屋に閉じこもった。彼の変化はエルディア人にまで及んでいないようだった。

 

 ラルスも「いやあ、急ぎのメンテナンスが入ってしまいまして。残念です!」と、わざとらしいほど明るく誘いを断った。その笑顔の裏にある本当の目的を私だけが知っている。

 彼にとって私たちが街に出ている間こそが本当の仕事の時間なのだ。

 

 私とハンスは護衛を数名連れたキヨミさんご本人に案内され、首都の街へと足を踏み入れた。石畳と緩やかな曲線を描く瓦屋根が織り成す美しい街並み。すれ違う人々は皆、色鮮やかな着物に身を包み、穏やかな表情をしていた。

 

 やがて目的の地区へとたどり着く。そこに建物の造りが質素になり、漂う空気に下町らしい生活感が混じっている。

 しかし住民を取り囲む壁はそこに無かった。

 

「……信じられない」

 

 ハンスが呆然と呟く。私も同じ気持ちだった。そこにはレベリオ収容区のような絶望も諦観もない。子供たちの笑い声、露店の威勢の良い呼び声――エルディア人は生き生きと暮らしていた。

 

「他国からいらした方々は皆驚かれます。エルディア人を隔離しなくていいのかと」

 

 この国が彼らに寛容なのはかつてエルディア帝国と同盟を結んでいたという、歴史的な背景があるからだろうか。

 

 だが、これが完全な自由でないことも私には分かっていた。人々の腕に目をやる。そこにはマーレで見たものと同じ、九つの星が描かれた腕章が巻かれている。

 

 転生して知ったことだが、エルディア人は腕章の着用を国際法で義務付けられている。その血液は特殊な特性を持つため、有事の際の輸血が困難を極める。腕章は建前上迅速な医療行為を行うための識別の印なのだ。

 

 ただ、そんな建前を本気で信じている国や地域は皆無だった。

 

 私はすれ違うヒィズルの人々の視線に混じる、ほんの僅かな壁を感じ取った。それはマーレのような剥き出しの憎悪ではない。得体の知れないものに対する恐怖とそれを押し殺したような、複雑な眼差しだ。

 

 マーレよりは遥かに良くとも私の知る「自由」とは程遠い。革命軍の目指す理想がどれほど困難かを思い知らされる。

 

 陶磁器店に立ち寄った後(法外な値段で断念)近くの茶屋で一休みした。そこはエルディア人の老夫婦が営む小さな店だった。

 

 店主は私たちがマーレ人だと知ると一瞬だけ身を固くしたが、すぐに愛想良く席へと案内してくれた。

 出されたお茶は鼻に抜ける香りが良く、素朴で優しい味がする。その味は乾いた心にじんわりと染み渡っていくようだった。

 

 だが、温厚な夫婦の視線には最後までかすかな怯えが混じっていた。

 

 帰り道、私はこの穏やかでありながら歪な光景を忘れまいと強く目に焼き付けた。

 

 マーレで見てきた地獄とはあまりに違う世界。ここには確かに光が差している。

 だがその光は脆く、エルディア人根絶の潮流次第でいつ崩れ去ってもおかしくはなかった。

 

 いつかエルディア人(わたしたち)が本当の意味で自由になる日は来るのだろうか。読者視点で未来を知り尽くすはずの私でさえ、道筋は全く見えなかった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 夜の港は昼間の活気とは打って変わって、死んだように静まり返っていた。湿った潮の香りが魚のはらわたの生臭い匂いと混じり合い、足元からじっとりと這い上がってくる。

 

 その港の奥、人気のない倉庫の影で私は息を潜めていた。ここで定期的にラルスと会い、互いの情報を交換するのだ。

 

 やがて約束の時刻ぴったりに、一つの影が音もなく現れた。昼間、人好きのする笑顔を振りまいていた男の面影はどこにもない。そこに立っていたのは夜の闇と同じ色の瞳をした、冷徹なスパイとしてのラルスだった。彼はぴくりとも笑わない。その別人ぶりに、私はいつも背筋が冷たくなるのを感じる。

 

 どちらが本当の彼で、どちらが偽りの姿なのか。あるいは、どちらも彼自身なのか。この世界では誰もがそうやって心を殺し、役割を演じなければ生きていけないのかもしれない。

 

「ヒィズルにおけるエルディア人地下組織の結成だが、まだまだ時間がかかりそうだ。この国ではエルディア人の扱いがまだマシだからか、マーレにいる連中のような煮詰まった憎悪や焦燥感が溜まりにくいのだろう」

 

 ラルスはまるで天気の話でもするかのように淡々と活動状況を報告する。その声には何の感情も乗っていない。

 

「本国から何か指示はあったかしら?」私が聞くと、ラルスは首を横に振った。

 

「いつも通りだ。『エルディア復権の灯を絶やすな』、と」

 

「本当にいつも通りね」

 

 私は思わず苦笑するが、ラルスは反応を示さない。雑談など無用とばかりに彼は尋ねてくる。

 

「同志ジルケ、アズマビト家とのコネクションはどうだ?彼らが我々と協力体制になってくれれば儲け物なのだが」

 

「……難しいわね」

 

 私は夜の海に視線を向けながら答えた。

 

「キヨミさんとは個人的に交友関係を築けているけれど、そこまで突っ込んだ事を頼めないわ。それに現状、我々から提示できるメリットが皆無よ。()()アズマビトが損得なしで協力してくれるとは到底思えない」

 

 公には手に入らない情報、現地で動かせる人脈、そして何より我々の活動に正当性を与えてくれる後ろ盾。それらを継続的に得るには、その土地に深く根を張る者の協力が不可欠となる。

 

 万が一我々の正体が露見しかけた時、彼らの一言が我々を救う命綱になり得るのだ。

 

 このヒィズル国において、その筆頭がアズマビト家であることは論を俟たない。彼らと折衝の場を持つことは、革命軍にとって当然の選択だった。

 

 そしてその大役が私に回ってきたのはごく自然な流れと言えた。

 キヨミさんの妹君を救ったことで得た個人的な信頼。マーレによって祭り上げられた『白衣の女神』という皮肉にも利用価値のある名声。そして女性同士という、男社会では得難い特殊な距離感。

 

 それらを計算に入れた上で、私はこの神経のすり減りそうな役目に据えられたのだ。

 踏み込み過ぎて藪蛇になっても困るし、かといって距離を置きすぎればいつまで経っても良き友人のままだ。その塩梅が実に難しい。

 

「今日はこんなものね」

 

 私が別れを告げようとした、その時だった。ラルスは私を制するようにその低い声で言った。

 

「待て。一つ奇妙な噂が耳に入った」

 

「噂?またどこぞの財閥の動きかしら?」

 

「いや違う。我らユミルの民にとって極めて重要な話だ」

 

 ラルスの声がわずかに熱を帯びる。

 

「王家を自称する老人がかつて首都のエルディア人街にいたらしい」

 

 その言葉に私は息を呑んだ。心臓が嫌な音を立てて跳ねる。

 

「むろん、当時は誰も信じちゃいなかった。ただのボケ老人だと笑われていたそうだ。その老人もいつしか姿を消したという」

 

 王家。その二文字が私の思考を停止させる。あり得ない話じゃない。

 

 いや、むしろこれ以上ないほどに腑に落ちた。

 

 ヒィズル国とエルディア帝国は同盟国であり、関係が深かった。そしてパラディ島にはヒィズル国将軍家の末裔ーーミカサ・アッカーマンがいる。原作を知る身からすれば、ここヒィズルにフリッツ王家の血を引く者がいても全く不思議ではなかった。

 

 今までずっと疑問に思っていた。大陸に残った王家の血筋はどうやってマーレの監視網から逃れ続けたのだろう、と。マーレ官憲や我々革命軍の執拗なまでの探知網に、ますます激化するエルディア人狩り。そんな状況下で大陸で身分を隠し通すのは至難の業だ。

 

 転生した当初は革命軍が王家の血を隠し持っているのだと思い込んでいた。だが、ダイナ・フリッツの行方は不明だった。

 もし彼女の一家がこのヒィズルにいるというのなら……辻褄が合う。マーレの目が届きにくく、エルディア人への風当たりも比較的弱いこの国こそ、王家の血が潜むには格好の場所ではないか。

 

「……ただの与太話じゃないかもしれないわね」

 

 私が呟くとラルスは同調するように頷いた。

 

「俺も同感だ。同志集めと並行しながらそちらの真相を調査したいと思う。この件、長老には?」

 

「まだ言わなくていいんじゃないかしら。確定した情報じゃないし、第一そんなこと知った日には…あの人、病室を飛び出してヒィズルまで来かねないわ」

 

「違いないな」

 

 私の言葉にラルスもようやく口元を緩めた。その一瞬だけ、彼は昼間の軽薄な男の顔に戻った。

 

「ただ問題はどうやってその噂の真偽を確かめるか、だ。二十年以上も前の話となると、古すぎて追跡が難しい。それに事が事なだけに、むやみやたらに聞きまわるわけにもいかないからな。何かいいアイディアはないか、同志ジルケ」

 

 探るような視線に私は内心でため息をついた。

 

 見つけたくない。見つけてはいけない。世界の破滅の引き金を――引きたくない。

 だが、革命軍の一員として何もしないわけにはいかない。もし裏切り者だと思われたならば私は『地鳴らし』による世界の破滅を見る前に死んでしまうだろう。

 

 苦し紛れに私は一つの可能性を口にした。それはほとんど当てずっぽうの、されど医師である私だからこそ思い至る仮説だった。

 

「以前、アズマビトの文献で読んだことがあるわ。エルディアの王家は代々フリッツの血を濃く保つために近親での婚姻が多かったそうよ。だとすれば……何か特有の遺伝的疾患があるかもしれない」

 

 そう言って私は近親婚姻による遺伝子への影響と、代表的な疾患をいくつか挙げてみる。

 

「門外漢の俺には良くわからんが……要するに、今言った疾患を持つ患者がいないかエルディア人街で探るべき、ということか?だとすればやりやすいな」

 

「…まあ探すだけ無駄かもしれないけどね。ヒィズルはマーレほど医療が進んでいるわけじゃないから、そんな疾患を持っていても治療を受けられずに亡くなっている可能性も高いわ」

 

 そもそもかつて始祖の巨人を有していた王家が、そのような疾患を淘汰できないはずがない。六百年前に蔓延した疫病ですら、エルディア人の身体を作り変えることで克服したのだから。

 

 私はこの話が立ち消えになることを願いながら、その内心とは裏腹にわざと興味を失ったように腕を組んだ。

 

「……ま、所詮はただの噂ね。そんな雲をつかむような話にこれ以上頭を悩ませても仕方ないわ。今日のところは解散にしましょう」

 

「ああ。では次の機会に」

 

 そう言ってラルスは夜の闇に溶けるように消えていった。

 

 一人残された倉庫の影で、私はフーッと腹の底から重いため息を吐き出した。

 

 もし、仮に。本当にこのヒィズルにダイナ・フリッツがいて、私たちが見つけ出したとしよう。その場合、どうするのが正解なのだろうか。

 

 マーレ本国に送り、原作通りグリシャ・イェーガーに引き合わせるべきか。それはあの惨劇へのレールを自らの手で敷くことに他ならない。

 シガンシナ区の壁が破られ、カルラ・イェーガーが食われ、そしてエレンが母の仇を誓うあの地獄の始まり。

 

 『地鳴らし』という、世界の終わりへのカウントダウンを開始させるスイッチを、この私が押すことになりかねない。

 

 仮に原作と違う道を辿ったとしても、マーレも革命軍も王家の血をただの道具として、あるいは神輿として利用することしか考えないだろう。その結果どんな新たな悲劇が生まれるのか想像もつかない。

 

(ヒィズルで匿い続ける?……無理ね、長老の息のかかったラルスがいる以上、隠し通せない)

 

 この世界の結末を知っているが故に道筋を見失っている。原作知識など、この残酷な現実の前では何の役にも立たない。

 むしろ未来を知っているからこそ、選択肢の一つ一つが耐え難いほどの重みを持って私にのしかかってくる。

 

 どうすればいい。どうすれば私たちは救われる?

 

「……分からないよ、エレン」

 

 夜風に紛れるようなか細い声で、私は遠い祖国にいる夫の名を呟いていた。




原作21巻でダイナの一家は「王家の持つ巨人の情報と共に収容区に潜伏していた」と明記されていますが、本作はマーレではなくヒィズルにいた設定にしています。レベリオ収容区みたいな閉じた世界で、王家の末裔がマーレの官憲の目を掻い潜って長年暮らしていたことに個人的に違和感があり、マーレの手の届かない場所に潜伏していた設定の方が納得感があります(あくまで個人的な感覚です)

まあマーレは無能なので、収容区内にいても全然気付かない説は大いにありますが。
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