エレンの妻です   作:ホワイト3

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23:解散式の夜

 夜空を焦がす篝火が、緊張に満ちた訓練場を赤く照らし出す。誰もが固唾を飲んで整列し、その視線はただ一点、壇上に立つ男に注がれていた。この三年間で鬼とも悪魔とも呼ばれた男、キース・シャーディス。その厳格な横顔が揺らめく炎に照らされ、まるで岩から削り出したかのように、さらに険しさを増して見えた。

 

 三年に及ぶ日々が終わりを告げようとしていた。

 

「これより第104期訓練兵団の成績上位十名を発表する!」

 

 張り詰めた声が凍てつく夜気を震わせた。私は他の教官達に交じり、その光景を列の隅から静かに見守った。

 

「首席ミカサ・アッカーマン!二番ライナー・ブラウン! 三番ベルトルト・フーバー!」

 

 次々と名前が呼ばれていく。アニ、エレン、ジャン、マルコ、コニー、サシャ。聞き馴染んだ名前が鼓膜を打つ。そして最後に、呼ばれたのは——

 

「十番、フロック・フォルスター!」

 

 ヒストリアの名ではなかった。彼女は自分が十番以内に入るなんて夢にも思っていないようで、壇上へ歩み出る成績上位者へ惜しみない称讃の拍手を送っている。

 

 本来あの場所にいるのが自分だなんて知る由もなく。

 

 私の手でヒストリアの順位を操作することも考えたものの、体感的に彼女の順位は13〜5番程度。この状態から十番以内に入れる為には、相当グレーな妨害工作に手を染める必要があると思われる(おそらく原作でユミルも色々やったのだろう)

 

 あまり人を蹴落とすのは気が進まないし、それをするにはしがない医務官の立場では難しい。

 そしてなにより、その手助けは自らの足で鳥籠(ウォール教)を飛び出した彼女の覚悟を冒涜する行為にも思えた。

 

 ヒストリアが飛び出した壁の先に何が待っているのだろうか。堅実な駐屯兵団か、それとも茨の道である調査兵団か。

 

 あの冬の日、私は彼女に「自由だ」と言った。私が彼女の歩みを止めることなど、本来あってはならない。

 けれど私のエゴが、心配という枷となって現れる。願わくば彼女には駐屯兵団に進んでもらいたいものだが……いずれにせよ、王家(レイス)の血を継ぐ彼女の行く末には過酷な運命が待ち受けているだろう。

 

 成績発表が終わり、張り詰めていた空気は解き放たれた歓声と嗚咽に変わった。訓練兵たちは堰を切ったように食堂へと流れ込み、最後の晩餐を始めた。

 

 私はその喧騒から逃れるように、一人訓練場の片隅で夜空を仰いだ。

 

「終わっちゃうのか……」

 

 原作で104期生達は訓練兵時代をまるで黄金時代かのように思い返していた。その気持ちが今の私にはよくわかる。

 

 しかし、その時間も今日が最後。明日には壁内史上においても最大級の事件が控えている。

 

「とうとう明日か……」

 

 あっという間だった。私なりに進み続けたこの三年間を振り返ってみた。来るべき日に備えて力の限りを尽くした、この日々を。

 

 素人同然だった対人格闘術は、教官との血の滲むような訓練の末、かろうじて兵士として通用するレベルにまで叩き上げられた。巨人化すればこの格闘術は大いに武器になってくれるだろう。

 

 立体機動術もまた悪戦苦闘の連続だったが、私が求めたのは巨人を討伐する技術ではない。知性巨人の魔の手から身を守るための翼が欲しかった。その一心で最低限の機動力だけは我が物にした。

 

 そして何より、この身に宿した『顎の巨人』の制御。それは誰にも知られてはならない孤独な戦いだった。

 幸いにも『顎』の体躯は小柄で、人気のない深い森の洞窟ならば露見する恐れはなかった(もちろん尾行されていないか細心の注意を払った上で)

 

 秘密の特訓場で、私は幾度となく巨人になった。制御を失い、衝動に呑まれかけたことも一度や二度ではない。肉体を蝕む凄まじい疲労と精神を削る暴走への恐れ。それらを乗り越えた今、連続二回までなら理性を保ったまま巨人の力を振るうことができる。

 

 巨人の力が露見する危険を冒してまで力を求めたのは――全ては、訪れるかもしれない戦いの日のため。

 もちろんマーレの戦士や調査兵団と争うつもりはない。第一、小柄な『顎』は対巨人戦に不向きであり、調査兵団の精鋭が相手では狩られるのが関の山。付け焼き刃の戦闘技術だってどこまで通用するか検討も付かない。

 

 それでも考えてしまう。この力を眠らせたままでよいのか、と。

 

 原作を知る者としてこの後の展開は痛いほど分かっている。

 解散式の翌日、ライナー達マーレの戦士はトロスト区の壁を破壊する。それを止めるべきではないかと、この三年間数えきれないほど自問した。

 

 だが、そのたびに私は何度もその問いに首を横に振った。

 

 なぜエレンがトロスト区奪還作戦の後、一部の住民から人類の希望として崇められたのか。この壁の中に来てその理由が肌で分かった。

 

 ——結局のところ、人間は痛みを伴わなければ安寧という名の微睡みから目を覚まさないのだ。

 

 五年という歳月は恐怖の牙を鈍らせるには十分すぎた。最前線の街であるトロスト区に多くの人が戻り、まるで何もなかったかのように日々の営みが繰り返される光景がそれを何よりも雄弁に物語っている。

 

 もし仮にエレン・イェーガーが巨人になれると叫んでも、誰が信じるだろう? 私が壁外の真実を語ったところで、誰が耳を貸すだろうか?

 

 よしんば信じてもらえたところで——受け入れてくれるのだろうか。

 

 答えは否だと思う。人類が滅亡の淵に立たされ、そこから救ってくれたからこそエレンは認められたのだ。そんな状況でなければ、巨人化できるエレンは理解の及ばない化け物に他ならない。

 

 加えて中央憲兵の存在が気掛かりだ。ケニー・アッカーマンとの邂逅を苦々しく思い出す。

 

 あの動き出しの早さからして、ヒストリアに付き纏っている私に多少疑いの目を向けていることは間違いない。決死の演技が功を奏して今は捕えられずに済んでいるが、いつかボロを出せば彼らは容赦なく私を拷問にかける。

 そして壁外の知識を持っていることが分かれば消されるだろう。

 

 娘にもう一度会う前に命を絶たれる……それだけは絶対に避けたかった。

 

 エルヴィン団長やリヴァイ兵長といった調査兵団の一部にのみ真実を伝えることも考えたが、それもまた危険な賭けだった。彼らが真相を知れば、物語の歯車がどう回るか全く読めない。

 

 体制転覆に動くか、それとも私の存在を秘匿したまま王政に従順な振りをし続けるか。

 

 いや、たとえ王政打倒を扇動したところで、再び安寧に慣れつつある住民たちが新政権を支持するとは思えなかった。民の支持を得られそうにない以上、その道は選択すべきでないだろう。

 

 私の夢は生き延びて、再び海を渡ること。その為にはこの偽りの楽園を維持しようとする王政を調査兵団に打倒してもらい、壁外へ進出する土台を築いてもらう必要がある。

 そしてその第一歩として、エレンが巨人の力に目覚めて人類の希望となる悲劇がどうしても必要なのだ。

 

 ともあれ、エレンのような前例も無い状態で巨人の力を明かすことはできない。仮に明かすとしても、それは当分先――少なくとも兵政権が樹立するまでは息を潜めていたい。兵政権ならば少なくとも即抹殺はしない……と信じたいところだ。

 

 それまでの間、ただ指を咥えて待っているつもりはなかった。ライナー達が動くその時までに、可能な限りの力を蓄える。その一心で私は休日を返上し、「実は教官とデキている」などという極めて不本意な噂にも耐えて修練に励んできたのだ。

 

 だが悩みは尽きない。

 

 当初の目論見である「訓練兵団に入って主要人物達の状況を探る」は概ね達成できたと言っていい。問題は彼らが卒業した後だ。

 調査兵団への異動も考えて軽くシャーディス教官に相談してみたことがあるが……その時は人生で一番怒られた。

 

『死に場所でも探しているのか!?万年人手不足の調査兵団とて、巨人に太刀打ちできない人間を連れて壁外に行くほど酔狂ではない!』

 

 ぐうの音も出ない正論だった。

 元調査兵団団長である彼の瞳には、かつて多くの部下を失ったであろう深い絶望と、そして私に対する不可解なほどの――まるで何かを託されたかのような、強い意志が宿っているように見えた。

 

 あれは単に兵士の適性がない者への忠告ではなかった。あの剣幕を前に、私は二の句が継げなかった。

 

 その言葉を無視して調査兵団に赴いてみようかとも一瞬考えたが……当面の間は兵団付の医者として、傍観者の立場に甘んじることにした。シャーディス教官にはそれはもう大変お世話になっているので、あまり迷惑をかけたくない。

 

(……そもそも明日が原作通りになる保証がない。場合によっては出たとこ勝負するしかないか)

 

 悩みはまだある。

 巨人の力を継承すれば、前任者の記憶を垣間見ることができるはず。しかし、この『顎の巨人』の前任者――マルセル・ガリアードの記憶だけは不思議と霧に包まれたように一切見ることができなかった。

 

 悩みというより単純な疑問なのだが、巨人の力を我が物にするほどそれが蛇のように這い上がってくる。

 

(……何か重大なことを見落としている気がする。いやでも……私にできそうな事は現状ないはずだけど——)

 

 食堂から漏れ聞こえる賑やかな声が、物思いに耽っていた私の思考を現実へと引き戻した。無意識に彼らのいる場所まで来てしまったらしい。

 

 灯りが煌々と照らす扉口の少し手前、影の中に佇んで食堂内の様子を窺う。

 

「さっさと行けよ内地に……お前みてぇな馬面は貴族の領地で飼われてんのがお似合いだ」

 

「お前こそさっさと壁の外に行って大好きな巨人に食べてもらえよ、死に急ぎ野郎」

 

 食堂の奥ではジャンとエレンがお決まりの口喧嘩を繰り広げていた。アルミンやミカサ、マルコが宥めようとするも、ヒートアップしたエレンが先に手を出し、遂には殴り合いが始まった。その熱は伝播し、二人を中心に同期達の興奮も加速していく。

 

 その少し離れたところではヒストリアが呆れたように笑いながら、サシャに自分のパンを分け与えていた。その隣ではトーマスやミーナとふざけあうコニーの甲高い笑い声が響く。

 

 その輪から更に離れた場所で、ライナーとベルトルトが暗い顔で木樽のジョッキを傾けている。アニの姿はどこにも見えない。もう宿舎に戻ってしまったのだろうか。

 

(この光景も今日で見納めか)

 

 無心で彼らを眺めたままどれほどの時間が経ったのだろう。取っ組み合いの熱も冷めたのか、エレン達が食堂の入口近くに座り込んでいた。

 

「ジル先生!」

 

 私に気付いたエレンが弾かれたように立ち上がり、胸に拳を当てて敬礼する。ミカサとアルミンもそれに続いた。その淀みのない動きは三年の歳月が凝縮されているようだった。

 

「良いわよ、敬礼なんてしなくて。皆、立派な兵士になったわね」

 

「はい!」

 

「でも、そんな立派な兵士が仲間と殴り合いの喧嘩をするのかしら? 」

 

「うっ……善処します」

 

 エレンはばつが悪そうに頭を掻いた。その子供っぽい仕草に思わず口元が緩む。

 

「本当にわかってるのかしらね……ところで、皆はどこの兵団を希望するの?」

 

 分かっていながら確かめるように尋ねる。返ってきた答えはやはり――。

 

「俺は調査兵団に進みます。この手で巨人共を駆逐してやるためにも……先生とした約束は必ず果たします」

 

 三年越しに繰り返される、同じ誓いの言葉。訓練兵団に入団した時と同じ――いや、あの時以上にエレンの瞳に宿る焔は、もはや誰にも消せぬほど激しく燃え盛っていた。

 

 その隣でアルミンとミカサもまた同じ覚悟を宿した瞳で頷いた。彼らも原作通り調査兵団に入るようだ。

 

「エレン、もう皆寮に戻ってるよ?そろそろ行こう」

 

 アルミンが促すと、エレンは名残惜しそうに一度こちらを振り返り、仲間たちの元へと駆けていく。その背中を見送る私の背後で、静かな声が響いた。

 

「シュタイナー先生」

 

 ミカサだった。彼女は一人その場に残り、私を呼び止めた。

 

「どうしたの、ミカサ」

 

「……エレンのことで相談です」

 

 彼女の声には切実な響きがあった。

 

「エレンは調査兵団に入るつもりです……昔からそうなのです。私がそばにいないと、エレンは危ない道を選んでしまう。放ってはおけません」

 

「そうね……彼は少し危なっかしいところがあるわね」

 

「……内地へ行くようにエレンを説得するのを手伝ってください。口下手な私じゃダメ……エレンには生き延びてほしいんです。もう二度と家族を失いたくない」

 

 その黒い瞳に宿る強い光。それはただ一人の家族を守りたいという純粋で、しかしあまりに強すぎる祈りだった。

 

「五年前のあの日、ご家族を亡くされたと聞きました。辛い過去を思い出させてすみません……でも、私はエレンを止めたいんです。シュタイナー先生なら、私の気持ちもわかってくれるんじゃないかって。エレンの事も説得できるんじゃないか……そう思ったんです」

 

「……あなたの気持ち、痛いほど分かるわ。私も()()()()()()()()()()

 

「え……?」

 

「……ごめんなさい、こっちの話よ。でもね、ミカサ。あなたもイェーガー君と付き合いが長いからわかるでしょう?あの子は、何があっても歩みを止めない。あの子の意思を服従させることは、誰にもできない」

 

 ミカサの瞳が悲しげに揺らぐ。

 

「じゃあ私はどうすれば……」

 

「今まで通りよ。イェーガー君は進み続ける。だからね、あの子が道を踏み外してしまわないように、ミカサが一番近くで支えてあげて。あの子が心配なら彼に心臓を捧げてあげるのよ……兵士が人類の為に心臓を捧げないのはどうかとは思うけれど———家族を失ってからじゃ、こんな後悔をしても遅いからね」

 

 それは、(エレン)を止められなかった私が、目の前の少女にかけることのできる精一杯の言葉だった。ミカサはしばらく黙って俯いていたが、やがて顔を上げて静かに、しかし力強く頷いた。

 

「私がエレンを守ります。何があろうと、絶対に」

 

 そうしてミカサは迷いの消えた瞳で、心臓に手を当てて敬礼してくれた。彼女なりの敬意の払い方だろうか。

 

 別れの挨拶を交わし、私はその場を後にした。去り際に振り返ると遠くの輪の中でエレンが同期達と楽しそうに笑っているのが見えた。その光景がまるで永遠に続くかのように輝いて見えた。

 

 自室に戻り、一人静かに夜明けを待つ。

 

 自分の知る未来へ導くという大義のために、これから失われるであろう数多の命を見過ごそうとしている。その中には先ほど笑いあっていた彼らの顔も含まれる。

 

 私の判断は許されることなのか――考えたところで答えなど出ない。

 

 大のために小を切り捨てるなどと、言いたくはない。けれど……。私は窓の外、遥か南の空を見つめた。

 

「フェリシア……あなたに会うためなら私はなんだってする」

 

 そして翌日。巣立っていく訓練兵達の背中を遠くに見送りながら、私は医務室でいつものように薬品を調合していた。

 

 ――カン、カン、カン!

 

 突如、けたたましい鐘の音が壁の内側の全てを震わせた。非常招集の鐘だ。

 私は手を止め、窓の外に広がるあまりに青い空を見上げた。

 

 ついにこの時が来た。物語が再び動き出す。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 調査兵団――その名は税金の無駄遣いと奇人の集いを意味する言葉だった。人類の叡智の及ばぬ巨人に挑み、無惨に死んでいく。壁の中の安寧を脅かし、忘れていた巨人の恐怖を思い出させる存在だった。その活動に意味などないと誰もが嘲笑した。

 

 だが、五年前のあの日を境に全ては変わった。

 

 シガンシナ区の壁が破壊され、人類の活動領域がウォール・ローゼまで後退した、あの絶望の日。そこから調査兵団の存在意義はある者達にとっては反転した。

 

 巨人共に奪われたものを取り戻すための、人類に残された唯一にして最後の希望へと。

 

 その日、調査兵団本部は壁外調査の最終準備に追われ、建物全体が張り詰めた空気を纏っていた。巨人領域へと踏み込む危険な任務を前に、兵士達は自らの装備と陣形を繰り返し確かめていた。

 

 分隊長ハンジ・ゾエもまた、その渦中にいた。次から次へと舞い込む報告書を捌き、壁外拠点の建設計画にギリギリまで修正を重ねる。そんな多忙を極めるハンジの元に一通の真新しい手紙が届いた。

 

 差出人の名が今なお尊敬する調査兵団元団長キース・シャーディスでなければ、間違いなく机の引き出しの肥やしになっていただろう。

 

「おーい、エルヴィン、ミケ!あ、リヴァイもいたんだ。見てくれよ。さっきシャーディス団長から手紙が来たんだ。一緒に読まないか!」

 

 作戦本部に転がり込むなりハンジは便箋をひらひらと振り回す。その場違いに能天気な声に、地図を睨んでいたリヴァイが心底うんざりしたように顔を上げた。

 

「おい、クソメガネ。それは今この瞬間にやるべきことなのか?お前の頭の中じゃ明日の壁外調査の最終確認よりも優先度が高ぇようだな」

 

「まあ待て、リヴァイ」

 

 リヴァイの刺々しい言葉をエルヴィン・スミスが静かに制した。

 

「構わんだろう。シャーディス団長とはもう五年も会ってないんだ。手紙越しとはいえ、久々に旧交を温めようじゃないか」

 

「そうそう、エルヴィンもたまには良いこと言うねえ」

 

「ああ。それに……」

 

 エルヴィンはハンジの持つ手紙へ、探るような鋭い視線を向けた。

 

「あの人がわざわざ我々に何かを伝えようとしている。人類にとって重要な事柄かもしれん」

 

「かもね。じゃあ開けるよ!」

 

 チッと忌々しげに舌打ちするリヴァイを尻目に、ハンジはペーパーナイフも使わず、雑に封を切って中央の机に広げた。中身は便箋一枚きりであった。

 

「ええと、なになに……『これからある女医が調査兵団への入団を希望し、エルヴィンの所を訪れるかもしれない。その際はいかなる理由があろうと入団を断って欲しい』……ね。そのままの意味で捉えて良いよね、これ?」

 

 ハンジが不思議そうに呟くと、ミケが眉をひそめて顎に手を当てた。

 

「どういう意図なんだ?人を紹介するならまだしも、入れないよう働きかけるなど……あの人らしくない」

 

「だよねぇ。この手紙の女医さん、どうやら最低限の立体機動はできるみたいだし、医務官として訓練兵団に三年在籍してるそうだ。当然、調査兵団の惨状もある程度は分かってるはず……非戦闘員とはいえ、それを承知で志願してくれるなんて万年人手不足のウチには願ってもない人材じゃないか」

 

 いつの間にか淹れた紅茶を啜りながらリヴァイは呟く。

 

「あの石頭もその程度のことは分かりそうなもんだがな」

 

「今、シャーディス団長のこと馬鹿にしたよね?」

 

「キレるなよ、面倒くせぇ」

 

「もしかすると……その女医の身を案じているのかもしれないな」

 

 エルヴィンがそう推測すると、リヴァイとミケはもちろん、今なお彼を慕うハンジすら即座に頭を振った。あの朴念仁に限って色恋の絡んだ話などあるわけがない、と言わんばかりに。

 

「あれほど個を捨てて公のために自由を追い求めた人が……今更恋愛!?ないないない!シャーディス団長が誰かにドキマギしてる姿なんて想像できないってば!」

 

「……ふむ、まあハンジの言う通りではあるが」

 

 エルヴィンはわずかに口角を上げたが、その目は笑っていなかった。

 彼の思考はこの不可解な手紙の裏にある意図を探り当てようと深く潜行を始めていた。

 

「ともかく(くだん)の女医が来たとしても、『はい、そうですか』と迎え入れるわけにはいくまい。五年間音沙汰のなかったあの人が便りを寄越してきたんだ。それ相応の事情があると見るべきだろう」

 

「事情ねぇ……エルヴィン、なにか思い当たることはある?」

 

「いいや、なにも。会ってからのお楽しみという所だな」

 

 エルヴィンはそっと手紙を持ち上げて、言った。

 

「『女医の名はジルケ・シュタイナー』……か」

 

 その名前を、まるで未知の作戦図を検分するかのように静かに反芻する。青い瞳の奥で無数の思考が高速で回転を始めた。

 

 ジルケ・シュタイナー。その響きに聞き覚えはない。だがあのキース・シャーディスが名指しで言及する存在だ。只者ではあるまい。

 

 人類にとって敵か、味方か。

 

 彼の脳内ではその名を持つ女医が自らの描く盤面のどこに現れるのか、静かな探求を始めていた。




10番以内確定ポジのユミルがクリスタに譲ったというのが原作の流れでしたが、本作ではユミルがいないため、代わりに104期のネームドキャラクターであり、かつクリスタより能力が高くとも不思議でないフロックに入ってもらいました(正直ダズやサムエル等のモブを10番にしても華が無さすぎたという事情もあります……)

また、キースに対するハンジ達の評価が異様に高いように見えるかもしれませんが、彼の心情を知らない時のハンジからすれば、多少頭は固いものの先陣を切って巨人へ向かっていくキースの姿は非常に印象的に映ったと思われます。
原作の描写的にカルラへの想いは誰にも打ち明けてなさそうですし、はたから見れば人類の自由の為に心臓を捧げ続けた英雄に見えるんじゃないかなと(だからこそ原作のハンジは、劣等感を理由に調査兵団を退いたキースに対して強い失望を露わにしたのではないかと思います)
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