エレンの妻です   作:ホワイト3

25 / 46
25:第57回壁外調査

 巨人の力で空いた穴を塞ぐ。前代未聞の作戦は多大な犠牲を払いながらも何とか「成功」という形で幕を閉じた。トロスト区は封鎖され、壁の中の人類は初めて巨人から領土を取り戻す。そして、その奇跡を実現したエレンは私の目論見通り、一部の住人から『人類の希望』として崇められるようになった。

 

 物語は私が知る筋書き通りに進んだはずだ。込み上がる安堵の息を、奥歯を強く噛み締めることで必死に飲み込む。

 

 問題ない、などと到底言えるはずがなかった。そう言うにはあまりに人が死にすぎた。

 

 巨人掃討後の『清掃作戦』に医務官の私も駆り出された。無数の亡骸を検分し、その名をリストに記していく作業だ。

 

 トロスト区に横たわっていたのはもはや治療の対象ですらない、ただの肉塊だった。

 巨人の顎で砕かれた頭蓋や玩具のように引き千切られた四肢。中東の戦場で見た、人間同士が殺し合った末の亡骸とは何もかもが根本的に異なっていた。

 

 これが巨人の食べ散らかした跡。巨人兵器を蛇蝎の如く嫌う壁外の人々の感情が今更ながら理解できた。

 

 そして、その肉塊の中にはマルコ・ボットの姿もあった。

 

 まだ赤みの残る指先を、そっと逆の手でなぞる。マルコの死を宣告したあの時、ジャンに強く掴まれた所だ。彼の行き場のない怒りと無念さが熱を帯びた幻痛となって蘇るようだった。

 

 私がこの悲劇を傍観すると決めたからだ。その選択が、あの青年からかけがえのない親友を奪ったのだ。

 

 分かっていた。こうなることは分かっていたはずだ。

 それでも私はエレンが巨人の力に目覚めて物語を正しい方向へ進めるために、彼らの死から目を逸らした。

 

「ごめんなさい……」

 

 そして今日、第104期訓練兵の兵科所属の日が来た。トロスト区襲撃や捕獲した巨人の殺害事件など度重なる異常事態で遅れに遅れたが、ようやく彼らが己の心臓を捧げる先を決める時が来たのだ。

 

 兵団勧誘式が始まる少し前、私はヒストリアに所属兵科を訊ねた。彼女はぎゅっと袖を握りしめながらも確固たる声で言った。調査兵団に入ると。

 

『ミーナが死んだの。あの子は人生で初めてできた友達だった……とても良い子だった。なのに最期は……巨人の吐瀉物の中から見つかった。これ以上先生やミーナのような人が理不尽に振り回されるのは――もう嫌なの!』

 

 そう語る小さな肩は拭いきれない恐怖と、それでも揺るがない決意の重みに耐えるように小刻みに震えていた。

 

 気付けば入団勧誘式が始まる頃になっていた。私はその輪から大きく外れて壁際の影から遠巻きに眺める。

 夜の闇を焦がす篝火が緊張に強張った訓練兵の顔を赤く照らし出す。彼らはこれから己の心臓を捧げる兵団を選ぶのだ、当然とも言える反応だろう。

 

 憲兵団、駐屯兵団による勧誘が終わる。とうとうその男が壇上へ上がった。

 

 威風堂々という言葉をそのまま体現したような男だった。必ずしも他の兵士より屈強な肉体を持つわけではない。だが、その全身から発せられる空気そのものが幾度となく巨人の領域から生還してきた歴戦の証だ。彼はただそこに立つだけで、その場の空気を完全に支配していた。

 

「私は調査兵団団長、エルヴィン・スミス。調査兵団の活動方針を王に託された立場にある。所属兵団を選択する本日、私が諸君らに話すのはやはり調査兵団の勧誘に他ならない」

 

 その声は落ち着いたものでありながら、不思議なほどよく通った。

 

「エレン・イェーガーの存在によって我々は巨人の正体に辿り着く術を獲得した。彼に関してはまだここで話せることは少ない。だが間違いなく我々の味方であり、命懸けの働きでそれを証明している」

 

 エルヴィン・スミス。人類の希望であると同時に、何かを変える為に己の人間性すら捨て去ることのできる恐ろしい男。

 

 私はこの先に起こることを知っている。調査兵団がエレンを囮にし、壁内に潜む知性巨人を誘き出すための罠を張ることを。

 

 そしてその道程で多くの調査兵が『女型の巨人』に無惨に殺される未来を。

 

 私は彼のようにはなれない。多くの命が失われることを前提に、いるかどうかも分からぬ敵を炙り出す作戦など到底思いつけないし、思いついたとしても実行には移せない。

 

 人類の希望を背負うには私のような偽りの英雄ではなく、真の英雄――真の悪魔がふさわしいのだろう。

 

「そして彼の生家があるシガンシナ区の地下室には、彼も知らない巨人の謎が眠っているとされている。我々はその地下室に辿り着きさえすれば、この百年に亘る巨人の支配から脱却できる手掛かりを掴めるだろう」

 

 やはり、か。原作通りエルヴィン団長は壮大な罠を仕掛けている。

 

 訓練兵達の間でどよめきが起こる。巨人の正体が分かればこの惨状も終わるかもしれない。口々に希望が語られ熱が伝播していく。

 

 だがエルヴィンが突きつけた無慈悲な現実の前に、その熱は急速に冷やされていった。

 

「ただウォール・マリア奪還の為に築いた行路も全て無駄になった。この四年で調査兵団の六割以上が死んだ。四年で六割だ」

 

 調査兵団に入れば極めて高い確率で死が待っていること。新兵も一ヶ月後の壁外調査に参加してもらうこと。そして新兵が最初の壁外遠征で死亡する確率はおよそ三割だということ。

 

 エルヴィンは一切の感傷を排し、事実だけを淡々と伝えた。その言動の一つ一つが若者達の熱狂を冬の空気のように冷え込ませていく。

 

 わかってはいたが恐ろしい。これが調査兵団。人類の自由と引き換えに、己の心臓を捧げる組織か。

 

「――以上だ。調査兵団以外の兵団を志願する者は解散したまえ」

 

 その声を皮切りに先ほどまでの熱狂が嘘のように、大勢の訓練兵がその場を立ち去っていく。わずかな罪悪感とそれを遥かに上回る恐怖が彼らの背中に現れていた。

 

 やがてその場に残ったのは二十人余り。ミカサ、アルミン、ジャン、コニー、サシャ……原作でもお馴染みの見慣れた顔ぶれだ。そしてその中にヒストリアもいた。恐怖に震えながらも、彼女は確かにそこに残っていた。

 

 一ヶ月後の壁外遠征。そこで彼らは『女型』と相対する。

 

(せめて……願わくば私の知る通りの未来になってほしい)

 

 私はただ胸に宿る不安を押し殺し、祈ることしかできなかった。

 

 ふと胸の奥に奇妙な疼きが走る。今考えるべきことではない。そう頭では分かっているのに、思考の片隅にこびりついて剥がれない違和感。

 

(何かを……忘れている気がする)

 

 その正体に気付くのはもう少し先の話だった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 憲兵団の仕事とはその大半が腐臭を放つ退屈の別名だった。

 巨人の脅威など御伽噺であるかのように平和を謳歌するストヘス区。新兵に割り当てられるのは形骸化した街のパトロールか、山のような書類整理ばかり。アニ・レオンハートは最も安全とされる内地の澱んだ空気がほとほと苦手だった。

 

 とうとう明日、第57回壁外調査が行われる。

 エレン・イェーガーを攫い、故郷へ連れ帰る。成功すれば戦士としての任務もそこで一つの節目を迎えるだろう。ライナー達からの情報では、エレンの配置は右翼側。計画に抜かりはない。

 

 エレンが本当に『始祖』である保証などどこにもない。

 とはいえ、たとえ違ったとしても『進撃』という手土産があれば軍上層部の心象も多少はマシになるだろう。エレンを連れて故郷に帰れば父に会う事も夢じゃない。

 

(……いざって時はライナーに全ての責任を押し付ければいいか)

 

 そんな思考に至った瞬間、一月前の光景が不意に脳裏をよぎった。屋根の上、恐怖に歪むマルコの顔。そしてその横で冷徹に響いたライナーの声。

 

『アニ、マルコの立体機動装置を外せ』

 

 込み上げてきたのはマルコへの哀れみよりも、あの理不尽な命令に対する腹の底が煮え繰り返るような怒りだった。その熱を振り払うようにアニは無意識に歩みを早めた。

 

「アニ、お前歩くの早すぎ。何の為の二人組だと思ってんだよ」

 

 背後から聞こえた間の抜けた声にアニはうんざりした顔で振り返った。赤い髪を揺らしフロック・フォルスターが小走りで駆け寄ってくる。

 

「あんたがトロトロしてるだけよ、フロック。とっとと帰るよ」

 

「もっとのんびりやろうぜ。せっかく内地に来れたんだ、羽を伸ばさねぇと損だろ」

 

「勝手にやってな」

 

「おいおい、同じ南方訓練兵団のよしみなんだろ。ちっとは仲良くしようぜ?」

 

 呆れたように肩をすくめるフロックに、アニは内心で舌打ちした。

 

 フロック・フォルスターは自他共に認める『運だけの男』だった。訓練兵団を十番で卒業して憲兵団になれたのはただの偶然だと、本人は自嘲気味に語っていた。

 

 確かにアニの目から見ても、九番のサシャと十番のフロックでは順位以上に埋めがたい力量の差があった。本人に言わせれば、あの頃の十番前後は実力が拮抗しており誰が上位に入ってもおかしくない団子状態だったという。それを運よくフロックが獲得したのだ。

 

(ま、順位なんてどうでもいいけど)

 

 そう思いつつも、二番という成績を取って我が物顔をしていたライナーの顔を不意に思い出し、アニの眉間に再び深い皺が刻まれる。

 

「おい、だから早ぇって!」

 

 苛立ちが無意識に足を急かせていた。気分を害すると行動が早くなる。そんな自分の癖にアニは今更ながら気づいた。

 

「ったく、そんなんで憲兵団やってけんのかよ。上官にそんな態度取ってたら干されちまうぞ」

 

「別に私のことはいいでしょ。あんただってその軽薄な感じ、直した方がいいよ。自分の心配だけしてな」

 

「心配……ねえ」

 

 軽口を叩きながら隣を歩いていたフロックが不意に口を噤んだ。

 賑やかな大通りを抜け人影のまばらな広場に出た時だった。彼は歩みを緩め、強い日差しに目を細めながら、まるで何かに引き寄せられるかのように南の空を見上げていた。

 

 その方角には調査兵団の出発点となるカラネス区がある。

 

「明日だよな。あいつらが壁外調査に出るの」

 

「……ああ。心配なの?あんた、アルミン達と仲良かったっけ?」

 

「いや……別に仲良くはねぇし心配で堪らないってわけでもねぇ。ただ、すげぇなって思って」

 

 フロックはどこか後悔を滲ませたように視線を落とした。

 

「俺もよ、解散式の夜にエレンの野郎の話を聞いて、思わず心が動いちまったんだ。超大型や鎧がいる以上、いつかは壁が壊される……巨人と戦わなきゃ人類に生きる道がないことくらい流石の俺でもわかる。だから俺、本当は調査兵団に入ろうとしたんだぜ?トーマスやミーナともそう約束してたんだ」

 

「でも結局ここに来たじゃない。命が惜しくなったの?」

 

「当たり前だろ」

 

 フロックは自嘲気味に笑う。

 

「トロスト区で巨人共と相対して俺は自分の無力さを悟ったよ。俺にはとても務まらねぇってな。俺は人類の為に心臓を捧げられなかった。はは、何やってんだろうな。あの自分勝手なジャンですら覚悟を固めたってのによ」

 

「別に普通じゃない?自分の命以上に大切なものなんてまずないし。後悔でもしてるの?」

 

「……少し違う。選べなかった自分への不甲斐無さっつーか、そんなもんがずっと残ってるんだ。先に死んじまったトーマス達にも、なんていうか少しだけ申し訳なさを感じる」

 

 己の弱さを包み隠さず語るフロック。アニはそんな彼を馬鹿にしなかった。そうする権利が自分にないことを誰よりも自覚していたから。

 

「てなわけで、人類が滅亡するまではまぐれで得たこの憲兵生活を楽しむことに決めてんだよ、俺は。お前もどうせそんなとこだろ?」

 

「……同類扱いするのは勝手だけど気分は良くないね」

 

「じゃあお前は何が目的で憲兵なんかに入ったんだよ。言っちゃなんだがこの組織は根元から腐りきってるぞ?」

 

「あんたに言う義理はない」

 

 冷たく突き放しアニは再び歩き始めた。フロックはそれ以上何も言わずただ黙って後ろをついてくる。

 しばらく無言で歩いていたが、やがてフロックが思い出したように口を開いた。

 

「なあアニ、お前エレンのことどう思う?」

 

「どうって、何が?」

 

「いや、お前ら格闘訓練でよく組んでたじゃねぇか。その相手が実は巨人だと知った時どう思ったんだ?」

 

 その言葉にアニの足が僅かに止まる。そんなこと自分が知りたいくらいだ。

 

「あいつ、巨人を一匹残らず駆逐するなんて息巻いてたよな。全部終わったら自殺でもするつもりなのかな」

 

 軽口のような、しかしどこか虚ろな響きだった。

 

「面白くないわよ、それ」

 

「……冗談でも言わなきゃやってられねぇだろ。あいつが暫定……人類の希望なんだぞ?あの死に急ぎ野郎が……だぜ?」

 

 フロックは本音を漏らすように呟いた。

 

「ほんと……この先俺達はどうなっちまうんだろうな」

 

 その答えのない問いをアニはただ黙って聞いていた。昼下がりの街の喧騒がやけに遠く感じられた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 新しい別れは新しい出会いを告げる。

 

 トロスト区での死闘を生き延びた者達がそれぞれの道へと巣立っていき、訓練兵団にはまた新たな顔ぶれが揃った。だが、その初々しい緊張感を私は感慨なく迎えた。

 

 ヒストリアが調査兵団に入団し、初めて壁外へ出るまでの一ヶ月は生きた心地がしなかった。仕事は山積しているのにろくに手が付かない。ただ窓の外を眺め、彼女や104期の子達が無事に帰ってくることだけを祈る日々。

 

 幸いというべきかトロスト区で巨人の脅威を目の当たりにした影響で、今年の訓練兵の数は昨年までに比べ激減していた。そのおかげで、どうにか仕事を回すことはできた。

 

 ここまでは私の知る原作通りだ。私は今後の流れを頭の中で静かに再確認する。

 

 第57回壁外調査はその裏でエレンを餌にアニ、すなわち『女型の巨人』を誘き出して捕縛する作戦が進行している。その甲斐あって一時的にアニを捕らえることに成功するも、彼女は女型の隠された能力を使って逃走する。

 その後、アルミン達が女型の正体を突き止め、ストヘス区にて改めて捕獲する。ただ、アニは『戦鎚』の結晶化能力によって眠り姫状態となり、情報を引き出すことはできない。

 

 今のところ、その流れを妨げる『異物』は存在しないはずだ。

 

(それにヒストリアの話を聞く限り、マーレの戦士は彼女に危害が及ばぬよう行動しているように見える)

 

 彼女もまたターゲットに含まれているのだろうか。だがそれは逆に言えば、彼女の身柄の安全を保証する現れでもある。少なくとも、ヒストリアが女型に殺されることはまずない。

 

 問題は、その後に起こるであろうジークによる騒動だ。

 

 ヒストリアがライナー達と別班で行動することが最善の道筋だった。有事の際は「サシャを頼れ」とそれとなくだが伝えてはいる。だが、果たして思い通りにいくものだろうか。サシャの方とて、3m級の巨人との戦闘が待っている。とても安全とは言えない。

 

(不確定要素が多すぎる……私が直接ウトガルド城へ向かうことも考えないと)

 

 原作通り調査兵団がウトガルド城で巨人達に囲まれるようなら、私が直接助けに入る他ない。

 

 その場にいるライナー、ベルトルトを不意打ちで仕留めることも視野に入れて。

 

(そもそもジークは巨人を継承してるのかしら……?)

 

 ふと金髪の少年の姿が脳裏に浮かんだ。最後に会ってから、もう18年もの月日が経つ。この世界線でも彼は『獣』を継承しているのだろうか。

 

 考え出すとキリがなかった。

 

(……まあ最悪未来のエレンが上手いこと調整してくれるか)

 

 我ながら投げやりな感想を抱いてしまい、乾いた笑みがこぼれた。

 

 思考を現在へと切り替える。

 やはりどこかのタイミングで調査兵団と接触したい。だが、どうやって近付こうか。敵にも知性巨人がいることが判明した現状、調査兵団側も警戒心を上げてくるはず。ただの医務官を入れてくれるとは思えない。

 

 悩んだ末、私は教官室の扉を叩いた。最も身近で、そしてある意味ではこの件で最も信頼できるはこの男しかいない。

 

「……シャーディス教官」

 

「なんだ、シュタイナー」

 

 中から聞こえたのは相変わらず不機嫌そうな声だった。私は構わず扉を開ける。

 

「いえ、暇だったので雑談でもと思いまして」

 

「生憎、こちらは忙しいもんでな」

 

 キース・シャーディスは書類から顔も上げず、ギロリと視線だけを向けてきた。だが私はその言葉を意に介さず、部屋の中をゆっくりと見回した。

 机の上は彼の性格を映したかのように塵一つなく、書類の束は完璧な角度で揃えられている。が、彼が今しがたそこへ置いた書物は年代物の歴史書だった。

 

「あら、そうですか?随分と興味深い本をお読みだったようですが」

 

「……調査兵団の件ならお断りだ。お前のような生半可な人間を壁外に出すわけにはいかん」

 

 読まれたか。まあ私が教官室を訪ねることなんて滅多にないから当然なにか重要な用事があると思うだろう。

 

 それにしてもやはり断ってきたか。それは取り付く島もない、頑強な態度だった。

 

「お前のことだ。私の紹介でエルヴィンと会うつもりだろう。会ってしまえばお得意の話術で丸め込めるからな。違うか?」

 

「……誤解ですよ。私はそれほど口が上手くありません」

 

 せいぜい私ができることは、原作で得た知識で心の隙間を突き、本音を引き出す取っ掛かりを作ることだけ。相手によっては「何でお前がそのことを知っているんだ」と不審に思われるため、多用はできない代物だ。

 

「それに……エルヴィン団長を言いくるめられるとはとても思えません」

 

「ふむ……」

 

 エルヴィンの思考は常に数手先へ向いており、あらゆる事象を人類の勝利への布石に変える。私がどれだけ策を弄したところで、その掌の上で踊らされるのが関の山だろうことを教官も理解しているようだった。

 

「……いや、駄目だな。言いくるめることは無理でも、エルヴィンならお前を気に入るだろう」

 

「どうしても、ですか」

 

「ああ」

 

 教官は断言する。その瞳には、まるでエルヴィンという男の深淵を覗き見た者だけが持つ、確信にも似た光が宿っていた。

 

 ともあれ教官経由で調査兵団には行けない。となると仕方ない……兵団に疑われること覚悟でアルミン辺りを頼りに兵団に近付くしか――

 

「待て、シュタイナー」

 

 諦めて教官室を出ようとすると、呼び止められた。

 

「なにをするつもりだ?」

 

「……大雑把な質問ですね。医務室へ戻るだけですよ」

 

「はぐらかすな。三年も付き合えばお前の性格はなんとなくわかる。お前は、これから何かしでかそうとしているんじゃないか?あの雪山訓練の時のように」

 

 図星だった。本当にこの人はよく私のことを見ているな……。

 

「今となっては、お前に戦う術を教えたことを後悔してる」

 

「……どういう意味でしょうか」

 

「戦闘など突き詰めてしまえば暴力の一部に過ぎん。お前は決して暴力を振るうことを好む人間でもなければ、それを得意とする人間でもない。そんなお前に『戦う』という選択肢を与えてしまった。身にそぐわない力を与えてしまったのではないか、と少し思ってな」

 

 余計なお世話だなんて、とても言えなかった。

 

「ありがとうございます。私も決して戦いたいわけではございません。その点だけは信じていただけると」

 

 私は静かに頭を下げ、今度こそ教官室を後にした。

 

 そうして特に進展が無いまま時間だけが経った。

 商会の新聞では、調査兵団がまた壁外遠征で大損害を出したと報じられている。加えて作戦失敗の責を問われ、エルヴィン団長が王都に招集されるとも。

 

(よし……あとはストヘス区でアニを捕らえられるのを待つだけ――)

 

 しかし喉の奥に魚の骨が刺さったような、小さな違和感がどうしても拭えなかった。既知の流れをなぞるだけの確認作業のはずが、どこか腑に落ちない。

 

 その違和感の正体は一通の手紙によって判明した。

 

 その日も春の陽光がもたらす気怠い微睡みの中で医務室の椅子に沈んでいると、私宛に一通の便箋が届いた。

 

 差出人はニック司祭。そしてその消印は――ストヘス区。

 

『ジルケさん。この度、子ども達が神学校を卒業します。宜しければ彼らと会ってやってくれませんか?彼らもあなたと話したがってますよ』




この頃のフロックは覚悟ガンギマリではないので多少の未練を残しながら憲兵団に進んでもらいました。

また、次話・次々話で事態が急変します。
賛否というか好みが凄く分かれそうな展開なので既に皆さんの反応に戦々恐々としていますが、引き続きご愛読いただけますと幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。