エレンの妻です   作:ホワイト3

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今話は懐かしのキャラが出てきます。
また、新しくアンケート設定しています。


58:帰還

 万博会場の大広場では、戦鎚の巨人を取り囲むように緑のマントが飛び交っていた。

 

 巨大な槌が振るわれるたびに石畳が砕け、周囲の建物が瓦礫へ変わっていく。その攻撃を掻い潜りながら、ジャン達は戦鎚の周囲を旋回し、攻撃の機会を窺っていた。

 

「今だ、撃て!」

 

 轟音とともに雷槍が炸裂し、戦鎚のうなじが大きく抉れた。硬質化した肉片が石畳へ降り注ぎ、首から上が前へ傾く。

 

「やったか!?」

 

 誰かが叫んだが、ジャンは答えなかった。崩れかけた屋根の縁にアンカーを打ち込み、爆炎の向こうに立つ巨人を睨み続ける。

 案の定、数秒もしないうちに抉れたうなじから白い蒸気が噴き上がり、戦鎚は何事もなかったかのように顔を上げた。

 

「チッ……ジルケさんの言うとおりだ。戦鎚の本体は地下にいる!」

 

 『復権派』からはタイバー家が開会式へ来るとは聞かされておらず、当初は戦鎚と戦う想定などしていなかった。

 それでも、マーレ襲撃前にジルケ・クルーガーから『九つの巨人』について知り得る限りの情報を共有されていたおかげで、ジャンは冷静さを失わずに済んだ。

 

「地面を探せ!巨人から伸びてる線を辿れば、本体に行き当たるはずだ!」

 

 ジャンの声に応じて数人の兵士が高度を落とし、ほどなくしてひび割れた石畳の下から白い結晶体を発見した。そこへ三本の雷槍が立て続けに撃ち込まれ、爆発が地面を抉る。

 

 しかし、煙が晴れても結晶には傷一つついていなかった。

 

「……やっぱ無理か」

 

 ただ、これも予想の範囲内だった。

 結晶そのものを破壊できないなら、先に戦鎚を動けなくすればいい。巨大な武器や構造物を硬質化によって生み出す力は強力だが、そのぶん消耗も激しい。巨人体を何度も破壊して再生を強いれば、いずれ力は尽きる。

 

 限界まで消耗させ、硬質化すら使えなくなったところを(アギト)が仕留める。これが最も現実的な策だ。

 

「第五班、右から回れ! 正面からまともに付き合うな!硬質化を使わせろ!」

 

 指示を飛ばしながら、ジャンは近くを通りかかった伝令役を呼び止めた。

 

「伝令! ジルケさんに伝えろ! こっちで戦鎚を限界まで削る。最後は(アギト)で頼むってな!」

 

「はっ!」

 

 兵士が会場上層へ向けて飛び立った直後、巨大な槌が横薙ぎに振るわれ、建物が一棟まとめて吹き飛んだ。散開していた兵士達がぎりぎりで射程から逃れる一方、その隙を狙った別班が背後から雷槍を撃ち込む。

 

 戦鎚がそちらへ向き直れば、今度は反対側から攻撃が飛んだ。まともに打ち合う必要はない。可能な限り間合いを保ち、戦鎚だけに再生と硬質化を繰り返させればいい。

 

「ジャン!」

 

 聞き覚えのある声に振り向くと、燃え落ちた建物の向こうから数人の兵士が立体機動で飛び込んできた。先頭を飛んでいたフロックの頬には、黒ずんだ返り血がこびりついている。

 

「周辺の敵兵は始末した。会場内にいる敵兵が最後のはずだ。それで状況は?」

 

「……戦鎚に力を使わせているところだ。疲れ切ったところをジルケさんが仕留める」

 

「わかった。塔の制圧にあたったリヴァイ兵長達も、すぐこっちへ合流する!総力を挙げて戦鎚を潰すぞ!」

 

「ああ。それで余った奴らは――」

 

「他の者は、地上で動くものを全て殺せ!」

 

 ジャンの言葉を遮り、フロックは周囲の兵士へ怒鳴った。

 

「おい!?ここには民間人も大勢いるんだぞ!?せめて標的は軍幹部や政府要人に絞れ!」

 

「今更何言ってんだよ!それにな、ここにいるのは敵だけだ!俺達『壁内人類』がどれだけ壁の外の奴らに殺されてきたのか忘れたのか!まだまだこんなもんじゃ済まされねぇよ!」

 

 背後にいた兵士達から、すぐさま同調する声が上がった。

 

 ジャンは口を閉ざした。

 

 目の前では逃げ惑う人々の間を無垢の巨人が歩き回り、建物のあちこちから炎が噴き上がっている。銃声と悲鳴が絶え間なく重なり、その頭上を飛ぶ調査兵が、マーレ人へ次々と銃弾を浴びせていた。

 

 何のためにここまで来たのかは分かっている。マーレの軍事力を削り、始祖を奪還するためだ。今さらその目的を疑うつもりはない。

 

 それでも、目の前の光景を見ていると妙な気分だった。作戦は順調で敵を追い詰めている。それなのに、これを「勝っている」と呼んでいいのか、ジャンには分からなかった。

 

 そのときだった。

 街中に張り巡らされた拡声器から、喉を引き裂くような甲高い叫びが響き渡り、無垢の巨人が足を止めた。つい先ほどまで阿鼻叫喚に包まれていた街に、不自然な静寂が落ちる。

 

『あー、あー。マイクテスト』

 

 続いて拡声器から流れてきたのは、妙に間の抜けた女の声だった。

 

 ジャンは思わず顔を上げた。街の各所から黒煙が上がり、炎が夜空を赤く染めているというのに、ジルケの口調には普段と何一つ変わらない軽さがあった。

 

『兵団の皆さん。主目標は達成しました。各隊、撤収準備に入ってください。繰り返します。主目標は達成。予定どおり帰還に移ります』

 

 一瞬、誰も声を発しなかったが、やがて一人が拳を突き上げる。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 歓声は瞬く間に広がった。兵士達がマントをはためかせながら武器を掲げる中、ジャンも胸の奥へ張り詰めていたものが僅かに緩むのを感じた。

 

「まだだ!」

 

 その熱狂を、フロックの声が切り裂いた。

 

「戦鎚が余力を残している内は、飛行船も容易に近付けん!ありったけの雷槍を食らわしてやれ!奴から力を奪うんだ!」

 

 歓声を上げていた兵士達が、すぐさま武器を構え直した。

 

 雷槍が雨のように降り注ぎ、戦鎚は再び地面へ沈んだ。それでも白い蒸気を噴き上げながら起き上がると、待ち構えていた別班が一斉に襲いかかり、二度目の爆炎が巨体を包む。

 

 二度倒しても、まだ動いた。

 

 だが三度目、全身へ立て続けに雷槍を叩き込まれた戦鎚は、崩れるように膝をついたまま、今度こそ起き上がらなかった。

 

 白い蒸気だけが燃える街の上へ立ち昇り、やがて硬質化していた巨人の身体も崩れ始める。地面へ埋まっていた結晶体が、完全に露わになった。

 

 中には、使用人のような格好をした若い女がいた。目を開けたまま、透明な結晶越しにこちらを見ている。

 

 その直後、再び拡声器から叫び声が響いた。先ほどまで停止していた無垢の巨人達が一斉に首を動かし、その視線が戦鎚の継承者へ集まった。

 

 どうやらジルケは、自ら結晶を砕きに来る代わりに、無垢を群がらせて戦鎚をその場へ釘付けにするつもりらしい。

 

 何十体もの巨人が結晶へ押し寄せ、爪を立て、歯を突き立てる。だが、いくら噛みついても、引っ掻いても、白い結晶はびくともしなかった。それでも巨人達は諦めず、押し合い、覆いかぶさりながら、ひたすら目の前の餌へ群がり続ける。

 

 結晶の中にいる女には、そのすべてが見えているはずだった。

 

「ざまぁみやがれ!」

 

 フロックが吐き捨てた。

 

「自分がいつ食べられるのか、せいぜい怯えておくんだな!」

 

 それから周囲へ腕を振り、撤収を告げる。次々とアンカーが射出され、緑のマントが炎に照らされた夜空へ舞い上がっていった。

 

 ジャンも遅れて、装置のトリガーへ指を掛ける。

 

 ようやく帰れる。そう思ったところで、ふいにマルコの顔が浮かんだ。訓練兵の頃と変わらない、人の良さそうな笑顔だった。

 

「……なぁ、マルコ」

 

 誰にも聞こえない声で呟く。

 

 視界の下では、無垢の巨人達がまだ結晶へ群がっている。兵士達はその光景に背を向け、次々と飛行船へ向かって飛び立っていた。

 

「お前だったら……どうする?」

 

 返事があるはずもない。ジャンはアンカーを撃ち込み、未だ無数の巨人が蠢く街に背を向けた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「それで、全てはテメェの掌の上ってか?」

 

 リヴァイの声が、操縦席近くの通信機の前に立つジルケの背へ飛んだ。壁際で報告書をまとめていたアルミンは、その険悪な声音に思わず手を止める。

 

「ご機嫌斜めですね。始祖を生け捕りにできなかった件ですか?」

 

「他に何がある?」

 

「無理ですよ。ライナーを無力化した状態のまま、島まで連れ帰るなんて。移送中に一度でも巨人化を許せば、飛行船ごと終わりなんですよ?」

 

「だから、テメェ一人でそう判断したと?」

 

「ええ。あの場では、それが一番合理的だと判断しました」

 

「テメェにとってはそうかもな」

 

 短い言葉だったが、その声には棘があった。ジルケは反論せず、黙ってリヴァイを見返す。

 

「始祖を誰に継承させるかは、パラディ島全体に関わる問題だ。テメェ一人が危険だと思ったからって、その場で食っていい話じゃねぇ」

 

「……繰り返しになりますが、ライナーを生かしたまま連れ帰るなら、まず鎧に真正面から勝って巨人の力を使い果たさせる。そのうえで自傷できないよう完全に拘束して、島に着くまでその状態を維持しなきゃいけないんですよ?」

 

「無茶でもやるしかねぇだろうが。ケニーもそうやってエレンを捕らえていたしな」

 

「……ジークの覚悟を見誤って、雷槍で死にかけた人の言うことなんて信用できませんが」

 

「あ?何の話をしてやがる?」

 

 リヴァイの目が細くなったが、ジルケはそれ以上答えなかった。

 

「さっきから聞いていれば、随分と勝手な言い草だな」

 

 少し離れた場所にいた男が口を挟んだ。首元に巻いた厚手のマフラーが目を引き、まだ若さの残る顔立ちに反して、その目だけはひどく険しい。

 

「お前らが今すぐ世界中から攻め込まれずに済んでいるのも、大切な女王陛下が巨人にならずに済んだのも、始祖をマーレの手から奪い返せたのも、誰のおかげだと思っている?チビのくせに頭が高いな」

 

 リヴァイは視線だけを向けた。

 

「お前らに頭を垂れた覚えはねぇぞ、クサヴァー」

 

「その名で呼ぶな」

 

 男の声が低くなるが、リヴァイは意にも介さない。

 

「俺が問題にしてるのは成果じゃねぇ。命令系統を無視して、このクソ隈女が勝手に始祖の継承者になっちまったことだ」

 

「結果として始祖はマーレから奪還できた。それ以上に何が必要なんだ?先生の判断が遅れていれば、ライナーが巨人化して逃げおおせた可能性がある。それに先生もおっしゃっていた通り、巨人能力者の無力化が容易でないことくらいわかるだろ」

 

「『始祖』の継承者は、島の未来を担う兵団が決める。テメェら部外者じゃねぇ」

 

「違うな。壁の外で生きるエルディア人の未来にも関わる話だ。そう考えれば、先生の他に『始祖』継承者としてふさわしい人間はいないことくらいわからないか?」

 

「そこまでにしなさい、ニコラス」

 

 ジルケの声が落ちると、それまでリヴァイへ食ってかかっていた男は、ぴたりと言葉を止めた。

 

「……ですが、先生」

 

「庇ってくれるのは嬉しいけど、私にも落ち度があるわ。あと……これからは壁の内も外も関係なく、エルディア人は一つになっていかなきゃいけないんだから、喧嘩腰にならないであげて」

 

「……はい。先生がそう仰るなら」

 

「そう不貞腐れないの。今回の作戦が上手くいったのは、貴方が率いる『復権派』がとても協力してくれたおかげでもあるんだから。改めてありがとうね。これからも期待してるわ」

 

「は、はいっ!」

 

 先ほどまでとは打って変わって声を弾ませる男を見て、アルミンは僅かに目を瞬いた。リヴァイには一歩も引かなかったというのに、ジルケから褒められただけでこの変わりようである。

 

 ニコラス・クサヴァー。現『エルディア復権派』を率いる『フクロウ』にして、今回の作戦でも壁外の反マーレ勢力を束ねた中心人物の一人だった。

 そして、その姓が示す通り、()()()の『獣の巨人』トム・クサヴァーの息子でもある。幼い頃、父親がエルディア人であることを知った母親が心中を図り、ニコラス自身も死にかけた。その命を救ったのがジルケだったという。

 

 今ではマーレへの憎悪を隠そうともせず、エルディア民族の復権を何より優先する男だということも、ここ数年の付き合いで十分に分かっていた。

 

 ただ、今のやり取りを見る限り、その根にあるものは民族への忠誠だけではないのだろう。ニコラスにとって、ジルケは思想を共有する同志である以前に、絶対的な恩人なのかもしれなかった。

 

「そうそう。ジルケを庇いたい気持ちは分かるけど、今問題にしてるのは作戦の成果じゃないよ」

 

 別の声が割って入り、ハンジが腕を組みながらジルケを見た。

 

「兵団の命令を無視して独断で継承まで済ませたことを『上手くいったからいいじゃない』で終わらせるわけにはいかないよ。始祖を誰が持つかは、君一人で決めていい話じゃないんだからね。島に帰ったらじっくり話を聞かせてもらうよ?」

 

「……おっしゃる通りです。勝手に決めたのは事実ですからね」

 

「わかったなら、とにかく島に着くまでは大人しくしておいてくれよ」

 

「わかりました」

 

 ハンジは何か言いたげにジルケを見たものの、それ以上は追及しなかった。

 

「クルーガーさん、相変わらず信用されてませんね」

 

 イェレナがどこか面白がるような声で、アルミンに囁いた。義勇兵を率いる彼女も今回のマーレ襲撃に大いに貢献してくれた。ただ、信用できるかどうかという一点においては、アルミンから見ればイェレナも似たようなものだった。

 

 ようやく話が終わったとばかりに、ジルケは作戦本部を見回した。

 

「それより()()は?さっきから姿が見えないけど」

 

「……別の飛行船で、先に島へ戻ってもらっています。ヒィズルの皆さまとご一緒に」

 

「ヒィズルと?」

 

 ほんの僅かに、ジルケの表情が動いた。

 

「うーん……いくらキヨミさんとはいえ、他国の人間の前に()()が姿を晒すのもねぇ。まあ、キースさんが一緒なら問題ないとは思うけど……」

 

 口調こそ軽かったが、その一瞬だけ声が鈍ったことをアルミンは聞き逃さなかった。

 

「それで、アルミン。今の状況は?」

 

「はい。マーレ軍の上層部は、おおむね壊滅しました。レベリオ以外の主要軍事拠点でも予定どおり巨人化が発生していますから、当面は国内の混乱収拾だけで手一杯になるでしょう。すぐにまとまった反攻へ出るのは難しいはずです」

 

 アルミンは一度言葉を切った。

 

「ただ、敵側の巨人戦力は残っています。車力と戦鎚、それから超大型。戦鎚にはかなり力を使わせましたが、確保や殺害には至っていません」

 

「すみませんでした」

 

 ジルケの隣に立っていたミカサが、俯きながら口を開いた。

 

「車力と超大型を取り逃がしたのは、私のせいです」

 

「いいのよ、ミカサ。判断力のあるピークちゃんに逃げに徹されれば、兵長でも捕まえるのは難しいでしょうしね。ベルトルトは……あれだけ無垢がいる中で重傷を負っていたなら、もう別の誰かに食われている可能性がある。そうなっていれば、次の継承者が超大型を使いこなすまでには時間が掛かるでしょう」

 

「でも……」

 

 ミカサは俯いたまま、その先を続けなかった。

 

「まあ超大型がマーレの手に残るのは考えものだけど……今すぐ脅威になるとは限らないわ。それにね、もはや私が『始祖』を継承した以上、全ては些末な問題よ。だからミカサ、顔を上げて」

 

 ジルケは穏やかな声で続けた。

 

「もうすぐよ。もうすぐ私達の望みは叶うんだから」

 

「……はい!」

 

 それまで沈んでいたミカサの声が、僅かに弾んだ。

 

 アルミンは横目でその様子を窺う。以前のミカサは、こんなふうにジルケへ自分の失敗を詫びただろうか。

 いつからなのかは分からない。ただ、あの日――エレンを失ったあの日からミカサは変わった。ジルケの言葉に以前よりずっと素直に従うようになったのも、あの日以降なのは確かだった。

 

 その時、作戦本部と後方を隔てる扉が開いた。入ってきたのはジャンだった。

 

「報告します。前方のライマ班を除いて、各班の帰還を確認しました。敵側に飛行船を落とせるような火器も見当たりません」

 

「ありがとう、ジャン……ちなみに、サシャは生きてるかしら?」

 

 唐突な問いに、ジャンが一瞬きょとんとする。

 

「サシャですか?あいつは無事です。途中でマントを誰かにくれてやったらしいですが、特に怪我もなく戻ってきてます」

 

「……そう」

 

 ジルケの肩から、目に見えて力が抜けた。

 ほんの一瞬のことだったが、それまで聞いてきた戦況報告のどれに対しても見せなかった反応だった。アルミンがその理由を考えるより早く、ジルケは続ける。

 

「ところで、殿(しんがり)を務めてるのはロボフさんで合ってる?」

 

「……よく分かりましたね。おっしゃる通りです。ロボフ師団長が最後尾で、ライマ班の撤収を見届けてから戻ると」

 

「そっか」

 

 ジルケは黙った。何かを思い出すように僅かに視線を落とし、それから小さく息を吐く。

 

「……これも何かの運命か」

 

「え?」

 

 アルミンは思わず聞き返したが、ジルケは答えずに兵士達の帰還を待つ扉の向こうへ目を向けていた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 会場の外縁を、ガビは瓦礫を踏み越えながら走っていた。肩には先ほど赤い髪の女から渡された調査兵団のマントを掛け、手には倒れていたマーレ兵から拾ったライフルを抱えている。

 

 つい先ほどまで大勢の人で埋め尽くされていた万博会場は、見る影もなかった。展示館は崩れ、焼け残った天幕が風に煽られ、その下では人だったものが石畳のいたるところに転がっている。

 

 頭上を見上げれば、ガスを噴き上げながら空を飛ぶ島の兵士達が、次々と飛行船へ向かっていた。

 

「島の悪魔共め……!このまま帰してたまるか!」

 

 友人を巨人にされた。今頃どこかで人を食っているのか、すでに誰かに殺されたのか、それさえ分からない。

 

 家族の安否も分からなかった。収容区まであの『叫び』が届いていたのなら、父も母も無事では済んでいないかもしれない。

 

 そして、ファルコもいない。先ほどから何度周囲を見渡しても、その姿だけはどこにも見つからなかった。

 

 考えれば考えるほど、胸の奥に湧き上がる憎悪は強くなった。今のガビを突き動かしているのは、一人でも多く島の悪魔を殺したいという思いだけだった。

 

 飛行船の進行方向を追って会場の端まで走ったところで、最後尾に一人だけ残っている年嵩の兵士を見つけた。他の者達が次々と離脱していく中、その男だけは後方を警戒しながら、仲間が無事に飛行船へ乗り込むのを見届けている。

 

 やがて男がこちらへ背を向けた。

 

 ガビは崩れた壁の陰からライフルを構え、照準をその背中へ重ねると、躊躇なく引き金を絞った。乾いた銃声とともに男の身体が大きく揺れる。

 

 それでも倒れる寸前、腰の装置から放たれたアンカーは飛行船へ食い込んでいた。白いガスが噴き上がり、力を失った身体が宙へ引き上げられていく。

 

 ガビはライフルの負い革を肩へ掛け直すと、地面を離れようとしていた男へ走り寄り、その身体に飛びついた。立体機動装置の帯を両腕で掴んだ次の瞬間、足元から地面が消える。

 

「っ……!」

 

 風が顔面を叩き、荒れ果てた万博会場が瞬く間に遠ざかっていく。

 

 怖くはなかった。ここで落ちようが、飛行船へ辿り着いた先で殺されようが、一人でも多く道連れにできるなら構わない。

 

 男の身体が飛行船後部の乗降口へ激突し、その勢いでガビも床へ投げ出された。

 

 すぐさま起き上がり、肩に掛けていたライフルを前へ回す。目の前には帰還したばかりの兵士達が何人もおり、ガビは最も近くにいた男へ銃口を向けた。

 

「死ねッ!!」

 

 引き金へ指を掛けた瞬間、横合いから手首を打ち払われた。

 

「えっ――」

 

 ライフルが床を滑っていくのを目で追う暇もなく、腹へ強烈な蹴りが突き刺さる。

 

「ガッ……!」

 

 身体が床から浮き、数メートル先の鉄柱へ背中から叩きつけられた。肺の中の空気がまとめて押し出され、肩に掛かっていたマントも床へ滑り落ちる。

 

「本当に来やがった……!」

 

「おいおいおい、ジルケさんの言った通りじゃねぇか!」

 

 周囲から上がった声に、ガビは痛みに顔を歪めながら視線を上げた。

 

 何を言っている。この兵士達は、自分がここへ来ることを知っていたのか。

 

 その疑問を考える間もなく、黒髪の女が真っ直ぐこちらへ歩いてきた。会場で車力の巨人を執拗に追い回していた女で、その手には拳銃が握られている。

 

 一切の迷いもなく腕が持ち上がり、銃口がガビの額へ向けられた。

 

「やめるんだ、ミカサ!」

 

 金髪の青年が駆け込んできた。青年は肩へ手を掛けるが、黒髪の女――ミカサは振り返りもしない。

 

「アルミン。なんで邪魔をするの?こいつは私達の仲間を殺そうとしたのよ?」

 

「……もう戦いは終わったんだ。この子を殺す必要なんてない」

 

「どうして?」

 

 本気で理解できないとでもいうように、ミカサは拳銃をガビへ向けたまま続ける。

 

「やっぱり先生の言うとおりだった。このガキは危険。ロボフ師団長を殺してここまで追ってきた。復権派なんて連中使わずに、あの日私が直々に殺しに行っておくべきだった」

 

「それじゃあ同じことの繰り返しだ!『いつか自分達を殺すかもしれない』って決めつけて……そうやって互いを悪魔だと呼んで殺し合ってきた結果が、今なんだろ!」

 

「何を言っているの?事実、このガキは既に私達の仲間を殺した。殴られっぱなしでいいわけがない。外の連中を放っておけば、また誰かが殺される。だったら、そうなる前に殺さなければならない」

 

 アルミンと呼ばれた青年が言葉に詰まる。その間にも、銃口はガビから一度も逸れなかった。

 

 ガビはミカサを見上げた。黒い瞳には迷いも、憐れみもなく、自分を人間として見ているのかすら分からない。その冷え切った視線に射抜かれ、身体が小さく震えた。

 

「おい、ミカサ!これ以上はよせ!」

 

 別の男が駆け寄ってくる。馬みたいな顔をした男だった。

 

 ほとんど同時に、ガビの身体が背後から強く引き寄せられた。視界の端へ赤みがかった髪が落ちる。先ほど自分を巨人から救った女――サシャだった。

 

「ミカサ、この子は武器を持ってません。もう殺す必要なんてありませんってば!」

 

「また敵に情けをかけるつもり?あなた達は裏切り者だ」

 

「ミカサ……お前、自分が何を言ってるのか分かってんのか?いつまでこんな殺し合いを続けるつもりだよ……!」

 

「……有害な獣が出れば駆除するでしょう?今回もそれと同じ。たまたま人と格好が似てるだけ」

 

 仲間達に何を言われても、ミカサの声には揺らぎ一つなかった。

 

「ふざけるな!」

 

 ガビはサシャに抱き留められたまま、銃口を向けるミカサを真っ向から睨み返した。

 

「私の故郷をめちゃくちゃにした悪魔が!ウドもゾフィアも巨人にされた、ファルコだってどこにいるか分からない……!全部あんた達のせいだ!」

 

「私の故郷も巨人に蹂躙された。マーレが送り込んできた巨人によって」

 

 ガビの口が一瞬止まる。

 

「ハンネスさんも巨人にされて死んだ」

 

「そ、それは……!」

 

 それでもガビは食い下がった。

 

「あんた達が島の悪魔だからでしょうが!何千年も世界中の人間を巨人の力で苦しめてきて、今更被害者ぶるんじゃない!私達マーレのエルディア人は島の悪魔を成敗して世界に――」

 

「エレンは」

 

 低い声が、ガビの言葉を途中で断ち切った。

 たった一言だったが、先ほどまで何を言われても退かなかったガビの喉が、反射的に閉じる。

 

 ミカサと目が合った。先ほどまでにも増して、その瞳は冷え切っていた。

 

「エレンは壁外の連中(こいつら)のせいで死んだ。きちんと埋葬してあげることすらできなかった――絶対に許せない」

 

 拳銃の照準が、改めてガビの額へ定まる。

 

「駆逐してやる。この世から一匹残らず」

 

 親指が撃鉄へ掛かるその瞬間、鈴を転がしたような女の声が届いた。

 

「待ちなさい、ミカサ」

 

 アルミンにも、馬面の男にも止められなかったミカサの動きが、その一声だけでぴたりと止まる。

 

「この子はまだ殺さなくていいわ」

 

 区画を隔てる扉から一人の女が歩いてくる。その傍らには、赤毛の男と異様に背の高い女が付き従っている。

 ガビは近付いてきた女の姿に、どこか見覚えがあるような気がした。白い髪に黒ずくめの服装――そこでようやく記憶が繋がる。

 

「……ジュースくれたおばさん?」

 

「あら、覚えていてくれたのね。その節はありがとうね。おかげでライナーと二人っきりになれたわ」

 

「……は?」

 

 この女は何を言っている。ガビには意味が分からなかった。

 

「先生」

 

 ミカサがようやく女へ視線を向ける。

 

「どういうことですか?先生自身も言ってた、この子は危険因子だって。だから『復権派』の力まで借りて色々してたんでしょう?」

 

「ええ、そうね」

 

 女は否定せず、むしろガビを眺めながら、何かを確かめるように小さく頷いた。

 

「でも、冷静になって考えてみて。あれだけ死亡フラグを立てられて、全部回避してここまで来たのよ、この子」

 

「……フラグ?」

 

「最初は復権派のゴロツキに任せたけど、どこかの誰かさんが土壇場で助けちゃって失敗。ブラウン家のある一帯の水源は脊髄液で汚染したはずなのに、その時に限って軍の兵舎で暮らすことになって、水源を利用せずに済んだ」

 

 ガビの顔から血の気が引いた。

 

 兵舎へ閉じ込められていた時期なら覚えている。銃撃事件の直後だ。外へ出してもらえず、家にも帰れないことに腹を立てていたが、もしあの時いつも通りブラウン家で暮らしていたなら――。

 

「念には念を入れて、今日もジュースに混ぜておいたんだけどね。それも何の因果か、この子は口に含まなかった。信じがたいほどの豪運よ」

 

 その一言で、万博会場での出来事が鮮明に蘇った。

 

 人混みに押されたウドがよろめいて自分へぶつかり、手にしていた紙カップから橙色のジュースが袖と床へ零れた、ほんの数時間前の出来事だった。

 

『あー、もう!あんた何してくれんのよ!まだ口付けてなかったのに!』

 

 あの時は本気で腹を立て、ウドに弁償しろとまで言った。

 

 もし、あのジュースが零れていなかったら。

 

「私を……ずっと殺そうとしてたの?」

 

「……まあね。あなたとファルコには、そうするだけの価値があるから」

 

 先生と呼ばれる女は何でもないことのように答えた。

 だが、ミカサはなおも納得していないようだった。

 

「凄く運が良いから、殺すのをやめるんですか?」

 

「いいえ。ここまで来ると、ただ運が良かっただけで片付けない方がいい。おそらく、誰かがこの子を守ろうとしている」

 

「誰か?」

 

「『生も死もない世界』にいる誰かがね」

 

 そう言って女は天井の向こうを見るように顔を上げた。

 

「この子には、まだ何かしらの役割があるはずよ。だから今は殺すべき時じゃないわ」

 

 ミカサはしばらく黙っていたが、やがて拳銃を下ろした。

 

「分かりました。先生の判断に従います」

 

 それだけで、ガビがこの場で殺されないことが決まった。先ほどまで迷いなく銃を向けていたミカサさえ従い、傍らの赤毛の男も、周囲の兵士達も異を唱えない。

 

「聞け!」

 

 その赤毛の男が声を張り上げた。

 後部区画にいた兵士達の視線が一斉に集まる。

 

「俺達は勝った!マーレ軍を叩き潰し、奪われていた始祖を取り戻したのだ!今日ここに、エルディア復権の狼煙を上げたぞ!」

 

 兵士達から歓声が沸き上がった。

 

「新生エルディア帝国万歳!」

 

「ジルケ・クルーガー万歳!」

 

 雄叫びが狭い船内を揺らし、拳が掲げられ、誰かが武器を床へ叩きつけて音を鳴らす。

 

 ガビはサシャに抱き留められたまま、その光景を睨みつけていた。

 

 こいつらは「勝った」と叫んでいる。自分の故郷を、あんな姿にしておいて。

 

 胸の奥へ再び怒りが込み上げる中、歓声の向こうで、先ほど白髪の女と一緒に現れた長身の女が彼女へ近付いていくのが見えた。

 

「人の生き死にを弄んで神様気取りですか?」

 

「そんなに傲慢に見える?」

 

「いえ、さすがは『白衣の女神』だなと」

 

「別にそんなつもりはないんだけどなぁ……ガビがあの変態創造神から寵愛を受けてるのは事実よ。こんなところで死ぬ運命じゃない」

 

「……まるで神と知り合いのように言いますね」

 

「知り合いだったらどんなに嬉しいことか……十年以上作品を追ってるのに、直筆サインの一枚も持ってないのよ」

 

 長身の女が眉を寄せる。

 

「相変わらず、あなたの言うことはよく分かりません」

 

「だろうね」

 

 それだけ言って話を切り上げると、長身の女は飛行船前方へ続く扉の向こうへ戻っていった。

 

 歓声がまだ続く中、ガビは兵士達に手足を縛られた。それでも、白髪の女から目を逸らさなかった。

 

 ミカサは彼女を「先生」と呼び、その一言だけで銃を収めた。自分がこの飛行船へ乗り込むことさえ事前に言い当て、周囲の兵士達もその判断に誰一人として異を唱えない。

 

(こいつだ)

 

 ガビはその顔を目に焼き付けた。

 

(こいつが、悪魔共の親玉だ)

 

 その顔だけは、絶対に忘れまいと。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 外の世界は、かつて思い描いていたよりも遥かに広かった。

 壁の向こうには海があり、そのさらに先には国があり、異なる言葉や文化の中で暮らす人々がいた。

 

 若い頃のキースは壁の外へ進み続ければ、いつか自分が何者なのかを証明する答えに辿り着けると信じていた。

 

 自分は凡人ではない。人とは違う、特別な何かを成し遂げるために生まれてきたのだと。

 

 飛行船の窓際へ寄り、キースは眼下を見下ろした。

 

 高度を上げつつある機体からは、黒煙に覆われた市街地が遠くまで見渡せる。崩れた街路を無垢の巨人達が徘徊し、その足元には人影らしきものが点々と残されていた。細部が判別できなくなるほど離れてなお、この地で何が起きたのかだけは嫌というほど伝わってくる。

 

 調査兵団長だった頃、キースは自らの判断で大勢の仲間を巨人の口へ送り込んできた。それでも今夜、この国で巨人に食われた人間の数は、生涯で失ってきた仲間の数を遥かに上回るのだろう。

 

 彼らが敵国の人間であることなど、何の慰めにもならなかった。

 

「はい、はい……ええ、おかげさまで私どもは無事です。ただ、他国の使節団の方々は、それぞれ別の経路でお帰りになりましたが……」

 

 背後から聞こえてきた声に、キースは窓から目を離した。

 アズマビト家当主、キヨミ・アズマビトが受話器を耳へ当てている。その相手は、別の飛行船にいるジルケだ。

 

「……そうおっしゃらないでください。確かにエルディア人への偏見は、そう簡単に消えるものではありません。ですが、同じ席に着き、話し合いの場を設けられただけでも大きな進歩ですよ」

 

 しばらく向こうの話へ耳を傾けた後、キヨミは苦笑しながら何度か相槌を打った。

 

「ええ、承知しております。その件については島へ戻ってから改めて……はい。それでは」

 

 電話を終えると、キヨミは受話器を元の位置へ戻した。

 

「相変わらず心配性なお方です」

 

「我々が巻き込んだのですから、心配されるのも当然でしょう」

 

「ふふ、それもそうですね」

 

 キヨミも窓の外へ目を向けた。先ほどまで浮かべていた柔らかな笑みが、わずかに薄れる。

 

「思えば、あの方とも随分と長い付き合いになりました。妹の命を救っていただいた頃には、まさかこうして国同士の行く末にまで関わる間柄になるとは思ってもおりませんでしたよ」

 

「ああ……確か、ジルケはしばらくヒィズルに滞在していたのでしたな。当時のことは、私も本人から少し聞いております」

 

「ええ。滞在中はよく屋敷の書庫に籠もっておられました。分野を選ばず、気になったものがあれば何でも読んでおられたのを覚えています」

 

 キースはその言葉に少しだけ目を細めた。

 

「昔から変わっておりませんな。訓練兵団にいた頃も、暇さえあれば歴史の本を読んでいました。業務とはまったく関係ないのに、随分と熱心に」

 

「ふふ……いかにも、あの方らしいですね」

 

 キースは返事をせず、再び窓の向こうへ視線を移した。キヨミもそれ以上は何も言わなかった。

 昔から変わらないものについては、いくらでも話せた。変わってしまったものを、どちらも口にしなかった。

 

「キヨミ・アズマビト」

 

 冷たい声が会話へ割り込んだ。

 振り向くと、一人の若い調査兵が立っていた。金色の髪を後ろでまとめた少女は、相手が友好国(ヒィズル)の要人であることなど意に介さない様子で、キヨミを真っ直ぐ見据えている。

 

「報告がお済みでしたら、所定の区画へ戻りなさい」

 

「おい、馬鹿者!」

 

 キースは反射的に声を荒げた。

 

「国賓に対してなんて口の利き方だ!」

 

「しかし、シャーディス隊長。兵団関係者以外の者をこの場に留めておくべきではありません」

 

「だからといって、その態度が許されると思っているのか。貴様は――」

 

「いえいえ、シャーディスさん。お気になさらず」

 

 さらに叱りつけようとしたキースを、キヨミが穏やかな声で制した。

 

「警戒するのも無理はありません。エルディアにとって、()()は極めて重要な存在でしょうから。それで、島へ到着するまで先ほどの部屋にいればよろしいのですよね?」

 

 短く頷く少女を横目に、キースはキヨミへ深く頭を下げた。

 

「申し訳ございません。この馬鹿には後できつく言って聞かせます」

 

「構いませんよ。()()を預かっている以上、これくらい警戒する方がむしろ当然でしょう」

 

 キヨミは少女へも柔らかな視線を向けた。

 

「ただ、外交の世界では言葉一つで余計な混乱を招くこともあります。その点だけは、少し覚えておかれた方がよろしいかもしれませんね」

 

 少女はムッとした表情のまま、再度黙って頷いた。

 

「では、また島で」

 

「……大変失礼しました。ごゆっくりお過ごしください」

 

 キースがもう一度頭を下げると、キヨミは微笑みを返し、護衛を伴って区画を出ていった。

 扉が閉まるのを待ってから、キースは少女へ向き直る。

 

「おい、ルイーゼ。貴様は何を考えている。我が国唯一と言っていい友好国を、自分達から蔑ろにするつもりか?」

 

 叱責されたというのに、ルイーゼはほとんど怯まなかった。

 

「我らがジルケ・クルーガーが『始祖』を継承し、王家の巨人も揃いました。もはや他国の力に縋る必要などありません。今こそ世界に見せつけてやるのです、我ら新生エルディア帝国の力を!」

 

 キースは苦々しい思いでルイーゼを見た。

 

 訓練兵だった頃から、彼女がエルディアという国へ強い思い入れを抱いていたことは知っている。それでも当時は、何よりも故郷を守りたいという思いの方が前に出ていたはずだった。

 

 その故郷への想いが、いつからここまで排他的な熱へ変わったのか。

 

「――それにしても、シャーディス教官!」

 

 ところがルイーゼは、次の瞬間には表情をぱっと明るくした。

 

「今回の戦い、本当に感動しました!」

 

「……何だ、急に」

 

「敵も味方も入り乱れている中で、あれだけ正確に立体機動を使いながら周囲の状況を把握して、次々と指示を出して……あんなふうに隊を動かせる人なんて、教官以外にいません!」

 

 憧れを隠そうともせずに見つめられ、キースは何とも言えない気分になった。

 

 その眼差しは、かつて自分が何より欲しがっていたものだった。特別な人間として認められ、誰かから羨望を向けられることを、若い頃の自分はどれほど望んでいただろう。

 

 この程度のものを得るために、自分はあまりにも多くの仲間を死なせすぎた。

 

「……浮かれるな、馬鹿者。生きて帰るまでが作戦だ」

 

「はい!」

 

 勢いよく敬礼するルイーゼに、キースは小さく息を吐いた。

 

「それで、アイツはどうしている?」

 

「はい、あの人なら」

 

 ルイーゼは声を落とし、飛行船の後方を指差した。

 

「ずっと窓の外を見ていますよ」

 

 その先に、一人の女がいた。

 

 金色の髪を背中へ流し、窓際に立ったまま身じろぎもしない。飛行船へ乗り込んでからずっと、ほとんど同じ姿勢で外を眺め続けていた。

 

 キースが歩み寄ると、その横顔が明らかに蒼褪めていることに気付いた。時折口元を押さえ、込み上げるものを堪えるように浅く息をしている。だが、それが単なる乗り物酔いでないことくらいは分かった。

 

「無理をせず横になっていろ。貴様に倒れられでもしたら、私がドヤされる」

 

 声を掛けても、女は窓から目を離さなかった。

 

「……結構です。最後まで目を逸らしたくないんです。自分の罪から」

 

 キースは黙った。

 

 眼下には、破壊された市街地が遥か後方まで続いている。いくつもの煙が夜空へ伸び、その合間を今なお無垢の巨人が歩き回っていた。

 

 ジルケの話によれば、この国は彼女にとって単なる敵国ではない。生まれ育った土地とは違っても、一度は暮らし、人と出会い、家族を持った場所だった。

 

 第二の故郷とも言える場所を、自らの力でこの有様へ変えたのだ。

 キースには、もう掛ける言葉がなかった。

 

 金髪の女――ダイナ・フリッツは込み上げる吐き気に耐えながら、自らが演出した地獄から最後まで目を逸らすまいと、遠ざかっていくレベリオを見つめ続けていた。




恒例になりつつある、独自設定・展開についての補足です。

・クサヴァーの息子さん、生きてたん?
⇒生きてます。
原作と異なり、本作ではジルケが幼少期のニコラスを救っているため、そのまま生存しています。(クサヴァーさんも息子が生きていることを知っているものの、会えずにいました)
せっかく助けた命なので、どうせなら後々ちゃんと物語に関わらせたいと思い、今回あらためて登場させました。

かなりメタな話をすると、当初は『MONSTER』のヨハン・リーベルトのように、「ジルケが救った子供が成長したらとんでもない人物になっていた」という構図にしたら面白そうだな、と考えていましたが、肝心のジルケ本人がそれ以上にヤバい人物になってしまいました。

ニコラスがどういう経緯で『フクロウ』となり、復権派を率いるまでになったのかについては、次話以降で触れていこうかなと。

・ダイナ、生きてたん?
⇒生きてます。
本作では原作のエレン奪還作戦そのものが発生していないため、エレンがダイナ巨人と接触して始祖の力を発動し、その後ダイナ巨人が他の無垢の巨人に食われる流れも起きていません。
そのため、本作の時間軸ではダイナが生存していても問題ないと判断しています。

ではなぜ人間の姿に戻っているのか等は、次話以降で明らかにしていく予定です。

・ルイーゼってキースのいる南方訓練兵団出身なん?
⇒原作では明言されていませんが、トロスト区の住民なので、本作ではそのまま南方訓練兵団に入ったものとして扱っています。

・ミカサ、ちょっと大丈夫そ?
⇒大丈夫じゃないです。

また、冒頭でも触れた通り今後の投稿形式についてアンケートを取らせていただきます。

今後は複数視点で進む話が増える関係で、一話あたり1万数千字になることが増えそうです(今話も14,000字超ありました)
個人的には内容のまとまりを優先したいのですが、掲載単位については実際に読んでくださっている方の感覚も参考にしたいので、よろしければ教えてください。

一話あたりの長さについて

  • 今くらいでちょうどいい
  • 少し長いとは感じるが、分割しなくていい
  • 正直長いので分割して欲しい
  • もっと詰め込んでくれ、必要だろ
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