穏林高校 怪奇譚   作:山下敬雄

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第16話 海の公園に誘われて

 ゲームをかわりにする。湊が占拠していたソファーの席を外している間、家主の金閣寺は彼女に金稼ぎの役を任されていた。

 

 コントローラーを握りテレビ画面を見つめる。ゲームの戦闘bgmが飽き飽きするほどに流れては止む。プレイヤーが見つめるここはただのだだっぴろいお昼の平原、剣を片手に魔物をマシンのように繰り返し狩りつづける勇者がいる。

 

 しかし、そんな最中なぜか雨の音が鳴り始めた。天候が変わったのか、そろそろ切り上げて一時拠点としている街へ引き返したほうがいいのか。いや、このゲームの平原に雨という概念はない。からっとした昼と暗い夜を何遍も行き来するだけだ。だが雨の環境音は鳴りつづける。いや、それはゲームの雰囲気作りに一役買う環境音というよりはもっと生っぽく、それでいて作りものっぽくはない。まるでだれかの息遣いを感じるような雨の音が、リビングにいるプレイヤーの耳にも微かにきこえてくる────。

 

 いったい何故、彼女はシャワーを浴びているのか。

 

 彼は今どういう気持ちか、ただただマシンのように、金閣寺、いや金閣寺操る勇者カクジは無心でテレビに映る魔物を狩り続けた。

 

 勇者代行の作業(しごと)を始めて、しばらくが経った。熱心な魔物狩りの成果か、目標とする金額を稼ぐことはできたが。この稼いだ金もすぐ浪費グセの酷い勇者に人格がバトンタッチした時、服屋さんの乗りで買う全身の装備一式と引き換えに底をつくことだろう。

 

「さぁ、出かけよう!」

 

 出かけようと言ったのは今、宿屋の前で一息つこうとしていた勇者ではない。プレイヤーの想像するに勇者である彼は寡黙で仕事熱心でいつも剣を振り疲れていて、そんな能天気な性格ではないだろう。

 

 リビングとを隔てる洗面所の戸が勢いよく開く音が鳴った。掛け声と、戸の開く音とともに中から現れたのは、私服姿の彼女だった。

 

 家に来た時の穏林高校の制服姿の彼女は一体どこへ行ったのだろうか、アメカジっぽいコーディネートでご登場した女子がいる。しかし、それらが全体的にオーバーサイズなのは何故なのか。

 

「どう? ふふっ」

 

 どこの棚の奥から引っ張って来たのか分からないポップな色合いのキャラシャツを、カーゴパンツの下に入れ、半分隠れたそのキャラのデカい顔がこちらをジト目で笑い見ている。

 

 羽織る半袖のミリタリーシャツは、ライトグリーン。その場で一回転する彼女の舞に、爽やかに揺らめいている。

 

 海外チームの野球帽のツバを片手に、クールな仕草で格好をつけたのは、彼の知らない彼女の姿。私服姿の湊天、彼女であった。

 

 

 金閣寺歩はもはや何も言わない、言えない、ツッコまない。

 

 それが自分の現在・過去に着てきた私服の寄せ集めで、自分の脳内にない見たことのない奇抜な組み合わせで、自分が着るよりたとえ数倍オシャレであっても。彼女はそういう人だから。

 

 

 新たな装いで登場した友人から黙しながら視線を外す。テレビに映る宿屋の主人に黙々と話しかけ、これまでの冒険の記録のセーブをする。

 

 お疲れの勇者を画面の内に休ませて、家主の男は小さなソファーの上に、手汗のついたコントローラーを静かに置いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日に少し赤く照らされた海の公園は、いま、ゆるやかな風が吹いている。

 

 

(シーソーをこぐのは久しぶりだ。今は高校生、公園で遊ぶような友達も久しぶりだ)

 

「へいへーいカレシ弱いねぇ、かるいねぇ、ちゃんと唐揚げ食ってるぅ〜?」

 

(しかしシーソーはこんなにもやかましく激しいものだったか。……いや、そうだった。俺たちのシーソーはいつもスリリングだった。こんな風に──)

 

 やる気を見せずにいた男は、対面からその綺麗なツラを上下しながら吹き込まれるおかしな挑発に乗った。

 

 座る部分の塗装の剥げた青く古めかしいシーソーに、もっと体重を乗せてみる。

 

 そうして強くこぐ度に、もう片方は大きく浮き上がる。彼女は被っていたサイズの合わない野球帽が外れてトぶほどに、笑い喜んだ。

 

 

 

 

 落ちていた帽子を拾い上げて、砂埃を払う。また帽子を被り直した彼女は彼を次の遊具、また次の遊具へと繰り返し巡るように誘う。

 

 浜沿いにある海の公園は、貸切状態。高校生にもなって子供のように遊び回る二人の姿が、砂地に生き生きとした影と足跡をつくっている。

 

「カクジってなにもの」

 

「はぁ? なんだ?」

 

「なんかさ。カクジのことって一緒にいるのにイマイチぜんぶわからないから。カクジが今どうしたいとか、何がしたいとか、わからないから──」

 

「……はぁ? どうしたいもなにも、こっちのセリフだろおおお!」

 

 彼女はイルカで彼はゴリラ。錆びたスプリングで揺れながら、手入れ不足のくたびれた表情をした動物の遊具に、隣り合い、跨っている。

 

 こんなファンシーな乗り物に跨りながら、そんな哲学じみたよく分からない事を彼女に問われても、彼は今はその声を張りツッコむのが精一杯だ。

 

 今何がしたいのか。この作り物のゴリラに跨ることで一体人間は何を得るのか。高校生になってしまった金閣寺歩には、わからない。

 

 静かに投げかけられた意味深な問いかけも、状況と場所しだいで、やがて馬鹿らしい二人の間の笑いに変わった。

 

「じゃあ次、あっちの雲梯で勝負。ゴリラカクジにはほぼ勝てないから! さっさと降りてよ、ちょっと、あはは! ちょっと待って、ふふっ、ダメっそれおなか痛いふふふふサイズ感ふふふふ」

 

「なんでゴリラが勝ったかは分からないが、──いつまでも笑ってんじゃねぇよ。で、今度はなんだ、雲梯か? お前やっちまったな? それ、俺の得意種目」

 

「ふふふ──え? カクジに得意とかあったの?」

 

「俺のことなんだと思ってんだよ。……あぁー、あったんだよ俺にも」

 

「へぇー、たのしみ。たのしい?」

 

「そりゃたのしい、勝ったらな」

 

 一人でこどもっぽいことはできない。一人ならこの公園の雲梯などもう彼は触りもしなかっただろう。金閣寺は仕方なしに湊との勝負(あそび)に、今日はもう少し付き合うことにした。

 

(そういや中川ともガキの頃こうやってこの辺りの公園に来ては、意味の分からない勝ち負けつけてたっけ。……なつかしいな。アレ? ところでなんでコイツが同じようなこと──ヲ?)

 

 今となってはそのサイズも小さく感じたゴリラの遊具から飛び降りる。

 

 しばらく先をゆく彼女の背を追っては、金閣寺はふと思い出した昔のことを懐かしみ立ち止まった。

 

 そんなぼーっとしていた彼の目に、ふいに、野球帽子が横切った。

 

 木の葉のように、ユラユラと、その黄色い帽子は不規則な軌道を宙に描きながらオちた。

 

 強い浜風が、吹いた。まるで二人を分つような風が、それまであった穏やかさを忘れたかのように、突然に。

 

 金閣寺は、視界に飛んでは消えた彼女の帽子を探し追いかける。そして、おもむろに見つけたそれを拾い上げた。

 

 やはり何度被っても彼女の頭にはサイズが合わないその帽子を、一応、彼女にまた届けようと彼は振り向いた。

 

 

 雲梯の方へと元気に誘い走っていたはずの彼女の背が、

 

 さっきまで手招く手を急かすように振っていたその姿が、

 

 何もないオレンジの砂地、その乾きありふれた道の途中に、音もなく静かに横たわっていた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金閣寺の視界には砂地に倒れた湊天がいる。さっき吹いた強い風に転んだのか。転んだまま彼女は起き上がらない────。

 

「おおい……おいっ! おい湊!」

 

 彼の呼びかける声に、彼女は応えない。不意に訪れた視界先に映り有る事態を飲み込めず、探るように放った彼の声は、しだいにその焦燥感を増し、トーンアップしていった。

 

 依然声をかけながら横たわる体を手で揺するも、彼女は死んだように応えない。だが、彼女がうつ伏せの状態で、苦しそうな息遣いを漏らしたのを金閣寺は確認することができた。

 

 呼吸音が荒い──今は返事をすることもきっと辛いのだろう。

 

 金閣寺は、自ら仰向けになることもできず砂の上で力尽きたように動けなくなっていた彼女を、とりあえず公園にあるベンチの元まで抱えて運び、その上に寝かせることにした。

 

 

 

 

 手で触った湊のおでこには熱が籠り、吐く呼吸音は依然として荒くつづき、喋ることすらままならぬまま。

 

 ベンチに寝かせて確認したどう見ても優れない彼女の汗ばむ顔色に、金閣寺は焦った。

 

 しかし、友がぐったりと苦しそうにしている中、何もしないわけにはいかない。

 

 ここにただ突っ立って見ていても、苦しむ彼女を癒すためのアイテムも術も彼にはない。

 

 焦燥しながらも湊の容態を一通り確認した金閣寺は決断した。

 

「! 待ってろ、なんか氷とかアイスとか薬とかあるだけ買ってくるから! すぐ戻──」

 

 少し離れてはいるが、浜沿いの道路からずっと道を上がって行けばスーパーがある。

 

 金閣寺が公園の端に停めていた自分の自転車の元へ、向かおうとしたその時────

 

 ベンチ近くから去ろうとした彼の手は、掴まれた。

 

 金閣寺が今弱々しく引っ張られた方へと振り向くと、苦しそうな表情で見つめる彼女がいた。

 

「っ──!」

 

 ベンチに寝そべる彼女は何も言わない、言えない。だが、彼はその掴んだ彼女の手を、振り払うことはできなかった。

 

 

 

 

 依然として湊のことを苦しめているその原因は分からない。しかし、どうやら彼女は胸の辺りをずっと苦しそうな仕草をしていた。

 

 こんな緊急事態で彼女の言葉をただただ待つような鈍い許可を得ている場合ではない。

 

 金閣寺は、湊の履いたズボンの内側にまで潜り込んでいた衣を捲りあげていく。ベロを出しおどけたその緑のキャラシャツの裏には────

 

「なんだ……これ……」

 

 それを見た瞬間、金閣寺は息を呑んだ。

 

 汗に濡れたシャツの裏は、嘘かと思うほど、胸元の肌の一部分がひどく膿んでいた。爪で引っ掻いたような赤い痕もいくつも見受けられた。

 

 そして同時に彼は気づいた。自分がどうしようもない間抜けであったことに。

 

 思い返せばこうにまでなるまでに、与えられていたヒントやサインは幾つもあった。自分は今までその全てに気づかずにいたのか。彼女に何度もほくろの事などとぼかし、相談をされていたにも関わらず。それなのに何に感化されたのか気にしないフリをして、本当に気づかず。

 

 

 すべてを無視しつづけてきた結果、湊天は今、自分の目の前でたおれ苦しんでいる────。

 

 

 金閣寺歩は、苦しむ彼女の痛々しいその胸の傷を見つめたまま、黙った。

 

 やがて、浅はかな己があやつるその愚か者の拳を、ぎゅっと硬く、爪が手のひらの肉に突き刺さるほどに、握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒りや無力感、湧き上がるそんな何もかもを今ぎゅっと握りしめていても、時にその拳をとき冷静にならなければならない。

 

 握っていた拳は立ち止まっていては何の意味も持たない、役に立たない。爪痕のついた手を開き、金閣寺は今立つ場所から公園の辺りを必死に首を振りながら探した。

 

 

 アレを。不可解な現象はアレにちがいない。

 

 一番近いスーパーで彼女を癒すためのアイテムを買うか、今すぐにでも救急車を呼ぶか。

 

 常識的なそれらよりも、意図せぬ怪奇体験を積んできた彼には直ぐに分かった。ずっと放置し見落としていた、いや気づかないフリをしていたものが、まだ近くにあることを。

 

 海の公園の象徴たる木造の古い海賊船遊具の上に、悠然と浮かんでいた、その黒い風船を、彼はその必死の眼に映る視界に見つけた。

 

 あの黒い風船が湊天を苦しめる元凶、怨念だとでもいうのか。もしそうであれば自分は今まで気づいていたはずなのに、「気にしない」「気にしすぎない」などという魔法がかった安堵の言葉で、自分自身の意識に嘘をついていたのか。

 

 だとすれば──金閣寺は浮かぶ邪念やめぐる無駄な思考を振り払うように、己の首を横に素早く振った。

 

 もはや、こうにまで陥った危機たる状況に追い詰められた彼の取れる手段は一つであった。まっしぐらに、浮かぶ黒い目標を目指し、赤い砂地を散らしスニーカーは走り始めた。

 

 スニーカーは足をかけアスレチックネットを登る。足の先につっかかり絡まる糸が鬱陶しい。彼は先へ先へと格子状のロープを手で掴み登っていった。

 

 しかし、ロープを登った先のそこの甲板にあったはずの風船が、息を切らす彼の目には見当たらない。

 

 金閣寺はまた首を振りながら必死で見失った風船を探した。そして、見上げると──

 

 ふらふらと宙を漂う風船は、木の骨組みと網だけでスカスカの海賊船の帆柱の上近くに、やがて停まった。

 

 漂う風船の動向がまるで嘲笑っているかのように見えた。赤空に浮かぶ黒い一点が、高い高いここまで登って来れるか、あたかも人をおちょくり、試しているようにも見えた。

 

 空を見上げた金閣寺歩は拳をまた握りしめ、開いた。乱れていた息を一瞬、整える。そして、また握りしめ、一本の太いロープを握っていた。

 

 甲板に接していた彼の両足は浮き上がり、帆柱に足底をつけ踏ん張る。

 

 天から下った蜘蛛の糸のように垂らされたロープを手繰り寄せる彼の目を、赤い陽光が眩しく遮り邪魔をする。横から突然に吹く風が彼の身を揺らし邪魔をする。

 

 しかし、そんな自然の意地悪しもたらす不自然にも思える困難にも、一時も手を足を休めず、彼は上へ上へと登り続けた。

 

 やっとのことでたどり着いたマストの上の見張り台へと、疲れた両足をつける。しかし小休憩している訳にはいかない。息を切らした呼吸のまま、また登るのに必死で見失っていたあの風船を金閣寺は探した。

 

 雲のたなびく赤い空の視界をぐるりと回った末に、彼の背の後ろにその黒い風船は、いた。

 

 またふらふらとその風船は彼の元からゆっくり、ゆっくりと離れようとする。

 

 焦る金閣寺歩は、小さな足置き場の見張り台から、またも遠のこうとする黒いオブジェクトに、目一杯に手を伸ばした。

 

 手を伸ばした先のその黒い風船は、今度は気まぐれにも近寄ってきたのか。いや、それは以前彼が確かめようとリビングで手を伸ばした時と同じ、威嚇するように大きく大きく、人間の手がその黒い曲面に近づくにつれて膨らみ始めていただけだ。

 

 このままもっとその左手を近づければ、目の前の怪奇孕む風船は破裂するかもしれない。破裂した時には、ひょっとすると自分の全身が、彼女の身さえ塵のようになり砕けてしまうのかもしれない。

 

 だが、たとえそうなったとしても。この手を伸ばした先に最悪の結末を迎えたとしても。もしかすると彼女の、湊天の苦しみの一部を肩代わりできるのかもしれない。

 

 見張り台の端っこにスニーカーが歪む爪先で立つ、今にも落下しそうなそのあやふやな姿勢に、結末へのタイムリミットが迫るように心臓の鼓動が速まる。

 

 落下しそう、破裂しそう、今にも死にそうな緊張感の中、それでも彼の指先は、赤空を覆う視界先の漆黒の光景へと吸い寄せられてゆく。

 

 金閣寺歩は、その左手を必死に黒い風船へと伸ばした────。

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