穏林高校 怪奇譚   作:山下敬雄

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第20話 爆弾

 マルーン色の電車に乗り、大阪府にある目的地へと向かう。車内の空いていた緑の座席に隣同士座った二人は、落ち着いた場所で談笑をしながらその目的地への到着を待った。

 

「あれ? きんきんって、そういえばニシナナのファンだったっけ?」

 

 阿部が今日チケットが余ったからと友達の金閣寺のことを誘ったものの、金閣寺が男芸人ニシナナのファンであったか気になり彼女は彼に聞いていた。

 

「あ? あぁー、純粋なファンっていうよりは……だがぁ! チャンネル登録はしてる! チャンネル登録だけは! がっっつり! ってやつだな?」

 

 少し考える素振りをして金閣寺は答えた。ニシナナの言いそうなフレーバーを混ぜながら、そう。

 

「ねぇねぇあの人、ニシナナのマネしてない?」

「え? 知らないけど、似てた?」

「うーん? なんか69点ぐらい?」

「69点でマネしだすのやばっ」

「「「ふふふっ──」」」

 

 右のドア付近にたむろしていた知らない制服の女子高生集団が、茶髪の男のことを指差ししている。

 

 女子高生三人に下された評価は69点、全力でそのマネをやらなかったことなど悔やまない。

 

 ジェスチャーした右手を、まるで飼い主のいない間の悪さを見つかってしまった猫のように──ゆっくりと引っ込めていく。

 

「ごめんね」

 

「あやまんなっ……」

 

 スマホのカメラがこちらを向いている。赤の他人にピースはしない。阿部加奈に謝られる必要もない、彼がちょっとマネをしてみただけのことなのだから。車内にいる方々に披露したわけでもない。

 

 金閣寺歩は、意味もなく何かをリセットするように己の茶髪をかいた。

 

 

 

 

 

 大阪方面へ向かう電車に乗り、目的の駅に今到着した。阿部と金閣寺の二人は、駅中で食欲のそそる匂いをただよわせ構える店【888】の肉まんを昼食代わりに食べることにした。

 

「はい、【えんぜるまん】が、おふたつ。あ、お二人様、よろしければシューマイもい──」

 

「「いらないです」」

 

「か、かしこまりましたー……!」

 

 さり気なくシューマイを勧める店員のおせっかいを断り、小腹が空いたふたりは肉まんを一緒に片手間に食べながら、ニシナナが主催するお笑いライブ劇場、その大箱へと駅中を歩き向かうことにした。

 

「シューマイいらなかったのか?」

 

 金閣寺は隣を歩く阿部にふと、聞いてみた。

 

「アレ、これと同じ餡だから」

 

「あぁー、やっぱ! だよな。はは、俺もずっとんな気がしてたから、なかなか買わなかったんだよなー」

 

「きんきん、からしは?」

 

「もちろん要る。おっ、さんきゅー」

 

「ふふふっ、だよね」

 

 シューマイは頼まず、肉まんにからしが要るのは当たり前。金閣寺も阿部もそうだと頷き合い笑った。

 

「てかこれ、におっちゃうかもね」

 

 半分ほど肉まんを食した時、阿部が突然首を傾げながらそう言った。

 

「あぁー、たしかにな……まったく考えてなかった。って、まさかわかってたか?」

 

「うん。わかってないふり」

 

「言ってくれよ……いや、普通に考えりゃわかったな」

 

「え? 普通に考えれなくなるようななにかがあったとか?」

 

「え? いやぁ、さっきのニシナナのマネがさぁ……snsで勝手にポストされたあげく叩かれてないか心配でさ」

 

「69点?」

 

「点数を言うな点数を、ソレ、あえて避けたとこっ」

 

 二人は真っ直ぐ進んでいた道を途中で曲がり、駅内の小さなコンビニに寄り、ブレスケアとガムなど、肉まん臭を打ち消すことのできるアイテムを何点か購入した。

 

 穏林市の噴水広場からここまで、紆余曲折の小さなトラブルはあったものの、準備は万端。

 

 時刻は13時22分。寸分違わず同じ時を刻むスマホの表示時計を見た二人は、長い駅を抜け出し小走りで、陽光に照らされた外の道を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

14時07分、堂々の開演──

 

【ニシナナのしゃべくりお笑いLIVE大阪公演〝ぜんまいじかけのかいぶつ2nd〟】

 

 

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

 

 

 

⬛︎

 

 

 

 

ピン芸人ニシナナのおもんない確定の講ー座ー。ざぁーー!

 

ってことで、世の中にうまく隠れ潜むおもんないやつを炙り出してくこの人気コーナー。いやコーザーが始まったわけだがぁ!

 

まず一発目。

 

【笑ってなーなー】

 

いますねぇ! ネタの途中でたのしくなっちゃってそれをコンビ間でまるでっあたかもっっ今できたての生放送かのように装い笑い合う。仲睦まじくてもう尊い! こんなやつら。あぁーええわ。そんなやつらにかぎってかわいい女性ファンはべらせてる数も多いわ。

 

──おもんないねん。

 

ネタがぼやけんねん。これやるやつ、ちょっとじぶんらのネタの方に自信がないんかなー? って思ったり。いわゆる大別する誘い笑いやね。

 

もちろんそれで笑うなとは言うてません。蓼食う虫も好き好き。でもな、そいつらのネタ見るときは、これ提案です──ぐっとな、一旦こらえよう。

 

こうぐっと! 唇噛み締めてな。一旦笑わない。でよーく考えてカタズをがっっつりのみこんで、べんろりっっ味わってから笑ってあげる。これでいこう! もう一回リピートアフタミー ぐっ!

 

よーしよしよし、いい顔、それでええねん。明日からはこのようなずっるいがっつりリハした誘い笑い芸人に負けないようなっ、お笑い防御力を身につけておきましょう。

 

ってことで一発目のおもんない確定をしといて。次な。これ、さっきの話にもちょっと通ずるんやが。言ったら練習したテンプレやな。さっきの【笑ってなーなー】やってるやつ、なぁーんか師匠方にも妙に多いって思ったやついるやろ?

 

はい、

 

【情報のアップデートができない】

 

これやね。もうね、古臭いっていうんかな。

 

──飽きてんねん。

 

昔はそれはねぇ、偉大な師匠方やから。ぼく、師匠方のことこれでも尊敬してますから。昔はそれなりにおもろかったとおもうんよ、こういうタイプの人たちも。その時代はね、どっかんどっかんと、新しいお笑いのテンプレで茶の間の茶を沸かしつづけたわ。

 

──飽きたねん。

 

堂々のスタンダード。これがナニワの正統派漫才やー!

 

あれ? なんやこれ? 次のフリップに、(ここでこける)? ────ッ痛てて、師匠方の使ったあとの劇場はなぁんかよぉスベる。

 

もう脂まみれ。経年劣化。おんなじコースをぐーるぐる。もうピットインして、新しいタイヤはかせたげて!

 

だからね情報のアップデート、そのタイミング、これがうまくできんヤツもおもんないなぁーって思うよな。確定! すんません……!

 

でもねニシナナいいと思うんよ。界隈で長く走り続ける、これがいちばん大事。──師匠方、クラッシュせずにそのままボロボロの車体で走り続けててください! ぎゅーーーーん、抜いてきますから。手振って、舌だして、半ケツひり出して!

 

ってことで本当に尊敬してますけど。いやいやほんまほんま!

 

師匠方のことはほんと……でもなぁ!! 若いからって! そんな数えた年齢なんかで安心したあかん!

 

情報のアップデートしすぎてるやつもおんねん。

 

その中のひとつの【snsにかじりつく】。

 

とくに、エッグズで年がら年中グズってる芸人。おもんない、総じて。すまん、おもんないが先行しすぎて倒置法になったわ。snsでぽちぽちグズってる暇あるヤツ、劇場立ってわざわざスベりに来てる芸人より、おもんないねん。ぽちぽちぽちぽちわんわんわん、そんな地中に埋まった低いハードルのとこで笑わせてても学びがないっちゅうわけで、それやったら劇場でがぁーーーーんスベり倒してでも、どこがどうスベったか分析する、これ繰り返す方がお笑い防御力ってなんと上がるねん!

 

だがぁ! 少々手厳しく言及はしてきましたが、これはねなんも芸人だけにかぎった話やないねん。

 

一般人にもおります。上司がクマみたいなヤツでさぁー、そいつが椅子座るたんびに、ぎゅっぎゅっ⭐︎てコミカルな音が鳴るとか。最近電車でニシナナの喋り方真似してるヤツが多いけどだいたい話してる中身ないとかさぁーとか。

 

これはまだええ、上澄。日常感あって。日常の誇張の範疇や。てかそのコミカルな音いっぺん聞いてみたいわ? ははは。

 

このように、たまにクスッと笑えるポストグズるんやったらええよ。中にはしょーもないのもあるけど。しょーもないことメカのようにつぶやくだけならまだいい。ぜんぜん、いい。

 

はい、これ

 

【嘘つき】

 

嘘つくんがいっちゃんあかん!!! ニシナナは正々堂々ピン芸人でやらせてもらってますけど、嘘つきだけはまじでダメ!

 

え? なんや、なんですでに笑ってんねん。文句あるか!

 

ははははは。

 

てことで、いますね。今ごっつなぁんか……棚の上奥にカビたぼたもちぶち上げた気するけど? ははははは。さて、各種sns、エッグズなどで平気ですーーーーぐ嘘つくやつ。ごまんといる。いすぎて最近は逆に、嘘を嘘と見抜くってのもこれ人間の思考力単体では難しくなってきてんねん。だからみんな警戒してそういうポストがあったときに、これ、──地味に攻撃的になってきてんねん。

 

まぁ、なんつぅか、承認欲求ちゅうのは恐ろしいな。

 

アイス食べちゃおとか言って食べてなかったり。ラーメン完食しましたいうて、横におったクマみたいな彼氏に食わせてマッチ棒みたいな女の方は上のもやししか完食してなかったり。まぁちんまいのから大きいのまで色々あるわあるわ。

 

 

てことでなんやったっけ?

 

そそ、嘘をつく、snsやら駆使して今風にアップデートしすぎる。笑ってなーなー。

 

今日はこの三本に、おもんない確定!

 

ってことでコーザー終了!

 

いやぁ、今日もまことに……おもんなかったなぁー!!! ははははは

 

 

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「噂には聞いてたけどこの人、配信の時よりさらにむちゃくちゃ言うんだな。ははは、それでむちゃくちゃおもしろい訳だけどな」

 

「ふふっ。これがライブでのニシナナだから、でも今日はとくにおもしろかったね」

 

「あぁ。まじで、そうだな」

 

 16時07分、ニシナナ主催のお笑いライブ公演が終わった。

 

 電車に乗り無事に着いた大阪にあるお笑い劇場で、ニシナナのお笑いライブを阿部加奈と金閣寺歩は一緒に観終わった。

 

 辛口とユーモアで物事をぶった切るニシナナのライブに、初ライブ鑑賞になる金閣寺も、何度も足を運ぶ玄人ファンの阿部もおおいに笑いどちらも満足したようだ。

 

 しかしここで、金閣寺は途中気づいていたが、ライブ中なのであえて、気が逸れると思い言わなかったあることを、今気づいたかのように阿部へと向けて問いかけた。

 

「なぁこのPのついてるシートってたしか? 噂のプレミアムチケットじゃね?」

 

 まだ暗い観客席で金閣寺は隣の阿部へと、自身の持つ一枚の薄いチケットを見せた。座席番号には【K-13(P)】と書かれており、それは出待ちの権利が貰える特別なチケットであることに、金閣寺はネット噂で聞いたことがあり頭の片隅に知っていたのだ。

 

「ホントだ──いいよ。きんきん、行ってきて」

 

 阿部は見せられたチケットを確認しながらも、平然な顔でそう言った。

 

「え? いやいや、ニシナナのファンだろ阿部? がっっつり? 俺なんかより?」

 

 金閣寺は頭の先で思い描いていたのと違う阿部の反応に驚いてみせた。彼女がもっとそのチケットに食らいつき穴が空くほどに眺め、喜ぶものだと思ったからだ。

 

「この前のライブで、私もそれ当選して会えたから。連続してだとニシナナさんに失礼だし」

 

「まじか!? うーん。なるほど……(それで阿部は捨てるにももったいなくて俺を誘ってくれたのかな?)いやぁーでもさぁ。──わかった。後で恨むなよ!」

 

「ふふっ。恨むかも」

 

「おいっ、はは」

 

 赤い幕を下ろした薄暗い劇場に天から点々と明かりが灯りだした。

 

 熱心な女性ファンからチャンネル登録だけはしているにわか男性ファンへと、特別なプレミアムチケットは託された。

 

 

 

 

 

 

 そしてお笑いライブ公演終了後の楽屋前にて。

 

 ライブ会場の出口に一人突っ立っていた暇な男の警備員に、金閣寺は例のチケットを見せて、舞台袖裏の楽屋へと案内されていた。

 

(さて、どうすっか。サイン色紙とか持ってきてたらよかったんだが。相手は絶賛人気ピン芸人、チャンネル登録してます、なんてごまんと聞いたであろう当たり前のあいさつから入るわけにもいかねぇな。てか、ほぼ手ぶらじゃねぇか。逆に困ったが、まぁ……握手だけ頼んでおとなしく帰るか。ファンじゃないわけじゃないしな、マネはもう絶対しないが、はは)

 

 手ぶらで静かな廊下に来てしまったにわかファンは、その芸人にかける第一声をどうするか考える。

 

 好きで好きで待ちきれない出待ちというよりは、失礼のないように、かつ、僅かばかりのユーモアを拾って貰えるような台詞を考えていく。

 

 金閣寺はそろそろその茶髪を手でかく癖をやめる。そして、静けさにひとり緊張感が高まっていく中、一枚隔てた赤いドアの向こうから待っていたその人物の足音が近づいてきた。

 

 

「ごめん、待った? って漬物くんやん。うっわ本物!」

 

「チャンネっっ、るへっ……つけもの……? え、それって俺?」

 

 出鼻を挫かれた。にわかファンが考えた初見のご挨拶の台詞の途中で、おかしなワードが飛び込んできた。

 

 出てきた男芸人の発した訳の分からない〝つけもの〟という言葉に、金閣寺は分からずパニックに陥りかけた。そして、冷静に今ニシナナにまっすぐ向けられた指先と同じ方向に、自分も指を差し、確認した。

 

「あぁすまんすまん、いきなりじゃ分からんよな? はははは、ま、こっちの話や。あ、でもせや、きみにちょっとべしゃりたい話あるんやった」

 

「そ、そうすか? ──ん? べしゃりたい、俺に?」

 

 しゃべりたいこと、はじめましての初顔合わせで何か目についたことがあるのか。観客席で自分がおかしなことでもしたのか。金閣寺にはその人気芸人が一介の学生でにわかファンである自分に話したいことなど判別ができるはずもない。

 

(なんだろいきなりこの友好的な感じは。この前会ったって言ってた阿部がなんか俺のこと話してくれたのか? いや、俺のこと話す意味ってあるか? 全然んなのなくね……ってか人の顔指さしてツケモノってなんだよ? けっきょく?)

 

 ニシナナは半笑いの表情で、呼び寄せるジェスチャーをしきりにする。

 

 よほど言いたい、たのしげなことなのだろう。

 

 小ボケでもドッキリでも容姿いじりでもこの際構わない。金閣寺は一向に動かない招き猫のように鎮座する男芸人の元へと、しきりに招きたがる右手に誘われて、歩いて行った。

 

 そして宙を何度もゆるくかき混ぜるように招いていた男芸人の手は、急に目の前に近づいた茶髪の若者に襲いかかった。

 

 グレーのTシャツの襟元をぐっと掴み引っ張られた──。前のめりにこけかけた金閣寺と、にやけながら待っていたニシナナの顔が交差しすれ違った。

 

 

 

『お前ら昼休みにわちゃわちゃやってるアレ、つっまらんなぁー』

 

「……!」

 

 

 

 グレーのTシャツを巻き込むように握り拳が添えられ、ぐちゃぐちゃにシワついた。

 

 金閣寺歩は、今の一瞬に何が起こったのか到底理解ができない。それは笑うべきでもなく、それはこの宙に余った両手をそいつの背にまわし抱き返すべきでもない──。

 

 聞き間違えたかと思うほどの、しゃべられ発されたその言葉の持つ衝撃に、金閣寺は目を見開き、半開きに軋む赤いドアの方を呆然と見ていた。

 

 男芸人が今静かに口先から奏で、強く引き寄せた茶髪の若者の耳元に囁き置かれたのは、爆弾ではない。

 

 ユーモアの欠片もない、既に爆発した何かであった。

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