穏林高校 怪奇譚   作:山下敬雄

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第5話 ぎこっ……

 何がが廃れると何かが流行る。それは自然の摂理、いや人間たちの心理。

 

 失せるように話題に消えたこっくりさんの次に流行ったのは────

 

 生徒たちの指先にはコインではなく、木のブロック。様々な動物の模様の描かれたブロックが天に向かう塔のように積まれていた。

 

 それは英国の物理学者ジェシカ・グラムが考案したバランスタワーゲーム、【ジェシカ】であった。

 

 積み上げた木造ブロックのタワーから、一つ一つタワーを崩さないようにブロックを抜いていく。そんなシンプルな遊びだ。

 

 他にも付属のダイスを振って出た動物の柄に対応するブロックを抜くように指定したり、動物それぞれに点数をつけたり、様々な拡張性のある遊び方ができる。

 

 しかし、何事もシンプなものが一番おもしろいことに学生たちは自ずと気付く。

 

 日本記録である1分間でブロック20個抜き。二人組のペアで達成したこの偉大なる記録を参考にし。

 

 この学校ではいつしか、1分間にどれだけのブロックを抜くことができるか、そんな競技性のある遊び方が流行りつつあった。

 

 

 そしてここにも、真剣に目を凝らす挑戦者たちがいた。

 

 1-F道島(みちじま)えり、1-A加藤かおり。昼休み1-Aの教室内、一つの机の上で、汗に湿る指先をスカート布に拭い、かわるがわるそれぞれに白熱集中する。

 

 ストップウォッチが終了の音を鳴らすと同時に、道島えりが最後の一つを引き抜いた。ぐらついた左右に首を振り微動するジェシカタワーは──

 

 道島えりが冷たい息を飲む、加藤かおりがぬるい唾を飲み、揺れ動くあやふやな運命を見守る。

 

 されど、崩れずにタワーは机上に安定した。

 

 彼女たち二人が1分間で抜いたブロックの総数は────13個。最後の一つも数の内に認められて、穏林高校の学校タイ記録の達成だ。

 

 スマホでその瞬間を撮影していた1-Aの教室のギャラリーたちが、湧き上がり拍手を起こす。

 

 道島と加藤、中腰の姿勢で集中しブロックを抜いていた二人は床から飛び上がり、そして抱き合った。

 

「えりいいいい! ナイス、ナイスだよおお!」

 

「かおりいいいい! やった、やっただよおお!」

 

 偉大なるタイ記録を達成したのは最近仲が良くなった穏林高校一年生同士のニューペア、【えりかお】。学校記録保持者のペア名【かいきん】に並んだのであった。

 

 こんな友達がほしかったと思った。親友は高校からでもできるものだと。不安で入学した道島えりの毎日は、今は加藤かおりと共にあり、とても満たされていた。

 

 加藤かおりもまた、道島えりのことをとても好いていた。一生の友達となると思うほどに、道島えりなしの毎日など考えられないほどに。

 

 

 はしゃぐ声と歓喜の足音、スマホのカメラに向かい二人の女子高生は、狭苦しく頬を寄せ合い、笑顔満点のピースをする。

 

 笑顔はじけるペア【えりかお】。新たな名前が刻まれ、新たな記念写真が3階廊下の掲示板に貼られる。

 

 

 熱狂と興奮に集った笑顔の輪が1-Aの教室を踊る。

 

 やがて、積み上げられていた歯抜けのジェシカタワーが喧騒にまぎれて、崩れた──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏林高校でこっくりさんが廃れ、バランスタワーゲームのジェシカが流行り出して一週間ほどが経った。

 

 平日いつもの授業終わりの放課後、3階廊下の掲示板の前に、坊主と茶髪、二人の男が並び立つ。二人は画鋲でとめられた記念写真の数々と、一番上に書かれてある自分たちの打ち立てた偉大なる記録を眺めていた。

 

 

□バヤ高 ジェシカ最強ペアランキング

かいきん 15(学校記録★)

えりかお 15(学校記録★)

たなたな 13

あべきん 12

もよきん 11

 

 

「おいおい。また追いつかれてる! こんな可愛い子たちが俺たち最強【かいきん】コンビの記録を破ろうと喰らいついているぞ」

 

「そんな大した記録じゃねぇし。この調子だと破られるのも時間の問題だろ。あとそのコンビ名そろそろなんとかなんねぇか」

 

「馬鹿か、本当に破られたらダメだろ。あっちもちょうど二人なんだぞ。これも何かの縁だろ!」

 

「あ? なにがだ? そりゃペアだから二人だろ」

 

「はぁーーーーっ鈍い、鈍いぞ、お前の走塁は各駅停車か金閣寺! 判断が鈍い、判断が」

 

「はぁ??」

 

「このままタイでもつれながら常に一歩上をいく、まさに目の上のたんこぶかつライバルである俺たちの名と顔を存分に知ってもらったあと、【えりかお】と【かいきん】のひみつの放課後の延長戦へ突入! カラオケ屋での取っ替え引っ替えデュオバトルにまで持ち込むに決まってんだろうが! そこで真の一二番、真のコンビ、真のペアを見つけるためのッッ……【かいえり】【かいかお】いや【えりかい】【かおかい】! ふはははは」

 

「お前……頭ん中何を積み上げてきたらそうまでなる。どんな発想、どんな判断だ……って【きん】はどこいったんだよ? おい」

 

「まぁまぁっそこは俺が上手いこと恋のキューピ──ほら見えた!! あの子らだ!! よぉし、とにかく行くぞ金閣寺、縁は出来た!」

 

「いかねぇよ。縁切るぞ」

 

 宗海斗が話題の女子ペア相手に勝手な縁を感じて、またいかがわしいことを企んでいる。今廊下の向こうに通りかかった女子ペアの後ろ背に指を差しては友を誘う、そんな坊主頭の邪念に満ちた提案はもちろん友として受け入れられない。

 

 金閣寺歩は、女子相手に気の多いその野球部の男のはやる肩を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏林高校からの帰り道。仲良くなった一年生同士、道島えりと加藤かおりの二人はこの日も一緒に帰る。自転車の車輪を隣に並べ、ゆっくり走らせ談笑をしながら。

 

「【かいきん】ほんとしつこくない? こうなんか……そうっ、まじで目の上のたんこぶって感じ! 今度こそ【えりかお】が16個以上出して……ゼッタイ抜いてやる!!」

 

「あはは、わかる。【かいきん】ほんとしつこい、あははは。あ、でも……いざ抜いちゃったら、それはそれでなんか燃え尽きそうな気も……するかも?」

 

「燃え尽きそう……? 大丈夫、大丈夫、燃え尽きたら……そうっ、これからカラオケにいこう!!」

 

「えぇ、またーって! 〝燃え尽き〟関係なくない?」

 

「だって、えりとカラオケいくと私の知らない神曲いっぱい教えてくれて飽きないもん」

 

「ええ、そんなこと言っていっつも私ばっか歌わされるじゃん」

 

「まぁまぁそれはそれでいいじゃん。いこいこ。燃え尽きるまで歌わせるから」

 

「まぁ、別にいいけど。あ、ちなみに、とつぜんハモって気持ちよくなる〝アレ〟禁止」

 

「ん~~……無理っ!」

 

「「あはははは」」

 

 加藤かおりの誘いに乗り道島えりは、かおりと共にこの先にあるカラオケ屋を目指すことにした。

 

 長い一本道の車道を真っ直ぐにゆく。六月の浜風に吹かれながら、隣り合う茶髪と黒髪が靡いている。まさに青春真っただ中、そんな二人の女子高生たちが笑顔で自転車をこいでいく。

 

 

 そして二人が顔を見合わせ、自転車のスピードを少し上げようとしたその時──

 

 左後ろの方から妙な音が聞こえてきた。車の通るような速い音やエンジン音ではない。

 

『ぎこ……ぎこ……』

 

 とても不安定で、とても歪んでいるそんな間抜けな音が────やがてゆっくりと、二人の隣に並んだ。

 

 錆びた車輪が、自転車をこぐ彼女たちに並んだ。しかしその古びた自転車には、誰も乗っていない。空のサドルだ。

 

 錆びついた自転車が突然、同じ道路に流れてきた。そんな不思議な光景を二人が訝しみ眺めていると、

 

『ぎこ……ぎこ……』

 

 相変わらずぎこちなく回るひしゃげた車輪と欠けたペダル。そんな倒れそうな音を立てながらも錆びついた自転車は風に吹かれたように進み、やがて──

 

 ふらふら蛇行しながら揺れる錆びついた自転車が、急に右へと大きくハンドルを切るように逸れ、二人へとぶつかろうとしてきた。

 

「「ひゃっ!?」」

 

 突如大きく寄りかかり迫って来た危機に、間一髪のところで、道島えりと加藤かおりは自分たちの乗る自転車に急ブレーキをかけ、衝突を避けた。

 

 彼女らの目の前を横切った錆びた車輪は、右側の歩道に乗り上げ、そこにあった電柱にぶち当たり倒れた。

 

 耳を抉るような悲惨な大きな音が鳴る。ブレーキを一切踏まずにいなければ、そのまま電柱に勢いよく衝突してまうことなどない。

 

 いきなり道路を流れては現れた錆びついた謎の無人自転車、そして向かってきたその謎の殺意に、二人は恐怖した。

 

 乗る自転車を止めて、歩道に倒れた一台の残骸を見る。勢いを失った横倒れの車輪の音はカラカラと鳴り、やがて、途絶えた。

 

 古びた自転車の残骸、その歪んだ車輪が完全に停止するまで彼女らはただただ眺めていた。

 

 驚きの色、恐怖の色を隠すことはできない。しかし、訳の分からない危機、奇々は沈黙し鳴り止んだ。

 

 極度の緊張で硬く握りしめていたブレーキのバーから今そっと指が離れる。道島えりと加藤かおりは、驚いた顔でお互い見合わせた。

 

 見合わせた二人は荒くなった息遣いまでを同調させる。加藤が息とともに乾いた笑い声を吐き出すと、二人は見合わせた面で釣られたように笑い合い、下手な笑みを浮かべては徐々に明るさを取り戻した。

 

「や、やばぁ……かった! はっ……ははは」

 

「うん……やば……あっ、あはは」

 

 とてもとてもスリリングで不思議なことを体験した。そうとでも言うように、ひやりと襲った錆びた自転車のことを、今笑い合う。沈黙した横倒れの残骸のことを、自分たちの持つ現実のスケールに並べて消費していくように、ただただ笑い合った。

 

 やがてゆっくりと頷き合った二人は、アスファルトに散らばった破片を乗る自転車で避けながら、先に進み始めた。

 

 一緒に振り返り見る────やはり錆びた自転車は電柱の足元で倒れたままだ。

 

 二人は再度確認しては安堵した。その錆びた自転車のことを自ら話題に上げながら、二人は体験した恐怖を薄め合った。

 

「なんかこう……そうっ! 浜風がきつかった……とか?」

 

「そ、そうなのかも。あ、それで乗り捨ててたヤツが急に動き出したとか? そういえば……なんかここを通ったときに見たことあるような?」

 

「あぁーそれ、ゼッタイそれ! てか私も三日前ぐらいに見たかも! アレ! あははは」

 

 かおりとえりはそれぞれに同調し合う。おそらくしばらく前からここにあった乗り捨ての古い自転車が強い浜風に流れて動き出した、二人は先ほどの身に起こったことをそう解釈した。

 

「うぅ、でもなんか怖くなってきたー。てことで、はやくカラオケいこっ!」

 

 腕の鳥肌をオーバーリアクション気味に擦り平らにならしながら、かおりはそう明るく言う。

 

「うん、いこいこっ! てか、喉カラカラなんだけど!」

 

「あぁー、なんかこう……カラオケだけに!」

 

「「あははは」」

 

「かおりそれ、めっちゃ親父ギャグ!」

 

「あはは、えりがフったんじゃん」

 

「フってないから、あはは。てか余計、カラカラになったんだけど」

 

「ドリンクおごる! 歌姫えりに」

 

「じゃあわたしも! すぐハモろうとする、かおりに」

 

「「ぷっ、あははは」」

 

『ぎこっ……ぎこっ……』

 

 笑い重なる女子高生の声に、──重なる。

 

 間抜けな音が、微かに、二人それぞれの耳にざらつき聞こえたような気がした。

 

 しかしきっと気のせいではないか。首を傾げあった二人は、特に振り返らずに、足をかけた自転車のペダルに力を入れようとした。

 

 その時──

 

『ぎこっぎこっぎこっ……』

 

 間隔の詰まった音が鳴る。先程微かに聞こえたものより速くなったようなその音が、自転車を走らせる二人の耳に届いた。

 

 形作っていた二人の満面の笑みが、萎んでいく。隣走る自転車で見合ったお互いの表情を一瞬強張らせた二人は、今度はそれが聞こえたか互いに確認するように頷き合う。

 

 自転車に乗る二人の間を、分つように、浜風がひとつ、不吉に吹き抜ける。

 

 長い茶髪と黒髪が、撫でられて乱れた。

 

 二人はゆっくりと後ろを振り返った────

 

 

 前籠がフラフラと揺れながら、その数を増やし仲良くアスファルトの上に並んでいる。

 

 振り返った時には染まっていた。いつの間にか変哲のなかった午後の青い曇り空は色付き、血のようにあかい、暗みがかった赤空の下。

 

 道路の横幅を埋め尽くすほどの古びた自転車の群れが『ぎこぎこぎこ……』と錆びついた不協和音を歪み奏でながら、道島えりと加藤かおりの後ろを、無人で行進していた────────。

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