「……もう……戦う必要は、無いって……」
『……!!』
————ガタッ!!
ぐしぐしと涙を拭いながら、そう漏らしたアルシェに、フォーサイトの3名は無意識に立ち上がる。
直後、距離を詰めるべく動こうと、椅子を跨いだりする訳だが、アルシェは片手を出して静止した。
そんな彼女の視線は、只一人、そのまま座っていたカツラギの方に向いており、真剣な表情で口を開いた。
「色々と聞きたい事が有ると思うけど、ちゃんと、全部話す。でも、その前に……カツラギ様。貴方に御礼が言いたい。お父様を元に戻してくれたのは、カツラギ様だったと……もう、幾ら感謝しても足りない……です……」
「やっぱり、カツラギさんが絡んでやがったか……」
「お、お父上を、元に戻されたと言うのですか!?」
「あの唐変木を改心させただなんて、そんな事が有り得るの……?」
アルシェの言葉に、フォーサイトの視線が、今度は一斉にカツラギに集中する。
彼らの気持ちは分からなくも無いが、見ていて疲れるリアクションである。
対して、カツラギは何時もの営業スマイルを浮かべつつ、気にも留めない様子で口を開く。
「大袈裟ですよ、アルシェ殿」
「だッ……ですけどッ」
「私が行った事は些細な【まじない】程度に過ぎず、遣ろうと思えば(第二位階に《病気治療》が有るし)ロバーデイク殿にも出来た可能性が有ります」
「!? わ、私にも……ですと?」
「それ故に、幸運であれば旨くゆく……逆に、旨くゆかなければ仕方ない……と言う感覚で臨んだのですが……」
「結果的に、大成功だったって訳か……?」
「……まさに、奇跡ね……」
「はい。そんな私からの【まじない】により、フルト様は見事【病】に打ち勝たれ、お優しい方に戻られたのです」
————尚、あえて《大治療》を使ったのは、【ユグドラシルの加護】が第二位階信仰系魔法だとショボく感じたからである。
「や、病!? 成る程ッ、その発想は有りませんでした……!!」
「……カツラギ様……天才……?」
「ハァ……【アレ】が病気だッつ~考えは、どっから来るんだよ……」
「そもそも、私達だと、治療の段階に持ってゆく事さえ難しそうね……(貴族気取りはプライドも高いからッ)」
「何はともあれ、私とて、彼の変化には驚いたクチでしたから、今でも【大した事はしていない】と言う気持ちは変わりません。むしろ、皆さんに……」
————此処でヘッケランの方を見たカツラギの意図を察したか、彼は手を突き出して発言を制止した。
「カツラギさんよ。アルシェがフォーサイトを抜ける事を懸念してんだったら、要らねェ心配だ。なァ? 皆ッ」
「はい。彼女がチームを抜ける前提の一つに、御父上が心変わりされる……と言うモノが入っていましたからね」
「最も、こうして現実となる日が来るだなんて、夢にも思ってなかったけど……」
「……そう言う事になる……イキナリで、ごめんなさい……」
「私からも、一言ダケは告げさせて頂きます。出過ぎた真似を致しました」
「(どいつもこいつも良い野郎だな……)良しッ! じゃあ、ソレでチームの話は終わりだ! ンな事よりもアルシェ。アレからどうなったか、聞きたい事は山ほど有るッ。話してくれるんだろ?」
「うん……チームとしての義務。全て話す……」
私服姿により、何時もよりも小さく見えるアルシェは、ちょこんと椅子に腰掛け、淡々と説明を開始する。
正気を取り戻してからのフルトの動きは早く、フォーサイトが戻って来る迄の数日で、先ずは屋敷のほぼ全ての美術品を売却。
中には【タチの悪い所】から掴まされた偽物や、買い叩かれた物も有った様だが、元は歴史ある貴族だったゆえに、総額は借金を優に返済できる程であった。
その際に残った金額は、当面の生活費として残し、アルシェの稼いだ金貨約125枚も、自分の為に取って置けと受け取ってくれなかった模様。
更には、全ての現役の貴族が疎遠になった事から、カツラギのアドバイスの通りオスク商会に足を運び、何とか頼み込んで一部の管轄を任せて貰う事となった。
鮮血帝に【無能】と判定された没落貴族には破格の待遇だが、やはり剛剣《デゼールブレード》をタダ同然で譲って貰った恩に、オスクが報いた結果だろう。
しかし、フルトはオスクの予想に反して、血眼になって働いてゆく訳で……近い未来、恩に報いたドコロか、恩を重ねられた事に気付くオチとなる。
「……ロバー、どうだ?」
「ほ、本物ですね。間違い無く完済されています」
「大した行動力ね……」
「(金貸しは素直に手を引いたみたいだし、オスクさんが圧力を掛けてくれたっぽいな……)」
アルシェが許可を得て持ち出していた、借金完済の【証拠】を見せられて、それらの説明が間違いで無い事を認めざるを得ないフォーサイト。
一方、アルシェだが、(離散秒読みゆえに)重い足取りで家に帰って早々、フルトに土下座され、彼が正気に戻った事を知って感涙。
正気ゆえに罪悪感を重ねていた夫人からも謝られ、両親に抱き締められると号泣。
状況が全く掴めていない妹の双子とも抱き合って(双子は貰い)泣き、泣き疲れて寝てしまったのだろう……それ以外の昨日の事は覚えていなかった。
翌朝は、フルトからもう働かなくて良いと言われたが、オスク商会での仕事を手伝うと返したアルシェに対し、それを認めたりはせず、暫くはクーデリカとウレイリカと過ごす様にと言われた。
今はまだ無理だが、近いウチに【帝国魔法学院】への復学も打診してみるとも告げられ、即ちアルシェは、後は何もせず待つダケで【元の暮らし】を取り戻せる事となった。
だが、苦楽を共にして来たとされる【フォーサイト】の事を蔑ろにする気は彼も無い様で、外出は普通に許可されている事から、例の完済の【証拠】を押し付けられつつ、事情を説明しに行くように言われて今に至ると言うワケだ。
「そうか……其処まで大切にされてちゃあ、連れ出すってのが野暮ッてモンだな……」
「はいッ。アルシェさんは【元の暮らし】に戻るべきです!」
「一応、聞いてみるけど……アルシェも【それ】で良いのよね?」
「……私が皆と一緒に過ごした二年間が、人生で最も大切な時間だったと言うのは間違い無い……本音を言うなら、借金もない【真っ白】な環境で、またチームを組んでみたかった。でも、お父様は私を必ず【復学】させると約束してくれたから、これからは危険な事をして、心配させたくない……でも……」
『でもッ?』
「????」
「あッ、う……」
……両親を心配させたくないから、ワーカーからは足を洗いたい。
選択に疑問を抱かせる余地のない、ごく真っ当な理由であり、それで締められるべき話だった。
しかし、アルシェは【でも】と続け、フォーサイト3名が復唱すると、首を傾げるカツラギを他所に、アルシェの顔が耳まで真っ赤に染まる。
そして、暫く言い淀んでいた彼女だったが、やがて、頭から湯気を出しながら絞り出すように言葉を続けた。
「……カツラギ様とだったら、旅に出てもッ……良いって……!」
『!?!?』
「……えッ?」
アルシェの爆弾発言に、コレで何度目か、フォーサイトの視線がカツラギに集中する。
対して、今迄【イイハナシダナー】と他人事の様にアルシェの話を聞いていたカツラギは、マヌケな声が出てしまう。
そう……彼の些細な行動は、フルトに【彼になら娘を任せられる】程の恩を抱かせていたのだった。
「は、ハハハッ。親父さん、見る目が有りやがるな……こんな優良物件、そうそう見つかるモンじゃねェしよ!」
「アルシェさん。羨ましいですね……フォーサイトと言う立場で無ければ、私も是非、同行したかった所です」
「ロバー、自重。それよりも、アルシェ。別に【言わなくて良かった話】を、ワザワザ口にしたって事は……」
「……~~ッ」(コクリ)
すぅ……はぁ……と呼吸を整えてから、カツラギに向き直るアルシェ。
フルトが娘を任せられると考えたのは前述の通りだが、実は、そのアルシェ自身も似た様な感情を持ってしまっていた。
今朝の話ながら【父が治ったのはカツラギの御蔭】と知ったアルシェは、まるで雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
何と、カツラギは自分と妹の双子ダケでなく、大切ながらも仕方なく見捨てようと思っていた、両親をも救ってくれたのだ。
……とは言え、今の自分の立場を考えると、カツラギは憧れの存在として……大切な【思い出】として心の隅に残さなくてはならなかった筈だが、そんなアルシェの複雑な心境を【母親】が察したのである。
それが母親の勘違いであれば、それで終わりとなるが……アルシェがカツラギに対して特別な感情を抱いていたのであれば、それを両親として応援しようと言う魂胆だ。
帝国魔法学院での夢はどうしたんだと言いたい所だが、カツラギと旅に出る最後のチャンスを【公認】されたアルシェにとっては、今やカツラギと共に居たい……もっと彼を知りたいと言う気持ちの方が圧倒的に強くなってしまい、こうして口に出してしまったのである。
一方、他国への旅ともなれば危険が伴いそうなのは当然だが、カツラギはオスク商会の剣術指南役であるし、桁違いな実力もアルシェから両親には伝わっていて、普段の性格を考えると(合意した場合は別として)貞操的な意味でも安心だろうし、傍から見たら非の打ち所の無い人間である。
更にフルトは彼が第六位階魔法を使えると言う【アルシェも知らない事実】をも知っている為、余程の事が無い限りは苦難を乗り越えられると、勝手に太鼓判を押されていた。
「……カツラギ様……どうか……私に、お仲間を探す旅の……お手伝いをさせて下さいッ」
よって、必死で何時もの雰囲気を装いながらも、一世一代の告白をしたアルシェに対し、(またしても何も知らない)カツラギが返した返事とは……
…………
……………………
……更に一週間後。
帝都アーウィンタールから、一台の馬車が出発しようとしていた。
知る人ぞ知る神殿騎士カツラギが、とうとう帝国を離れる時がやって来たのである。
そんな彼は、待たせている馬車に乗り込む直前、お見送りに来たフォーサイトの三人と固い握手を交わした。(貸していたマジックアイテムは返却して貰っている)
三人の傍には何人もの【歌う林檎亭】の従業員や、顔見知りのワーカー達の姿も有り、カツラギが店から去るのを哀しんでいる様子だ。
「それでは皆さん。わざわざ御足労、感謝致します。また御会いできるのを、楽しみにしております!」
カツラギは、見送りに来た全員に向かって大きく頭を下げると、馬車に乗り込む。
すると、すぐさま馬車は走り出してしまい、フォーサイト以外の者達は、手を振ったり、ピョンピョンと跳ねたりして、神殿騎士の旅立ちを称える。
彼らとは決して大きな関りを持っていた訳では無いが、カツラギの品行方正な言動は、周囲の人間達の心を巧みに掴んでいた様だ。
一方、動きを見せないヘッケランとイミーナ……ロバーデイクに限っては少々涙を浮かべているが、三人とも笑顔で馬車を見送っている。
「カツラギさん。頑張ってこいよ……!」
「何時か貴方の名、自体が、英雄の意味を成すと信じております……」
「……神の導きがあらんことを……」
「そ、それをお前が言うのか!? イミーナッ!」
「ハハハッ。そもそも、私の台詞ではないですか?」
「うるさいうるさいッ、そういう気分だったのッ!」
「しっかし、アルシェの脱退で空いた穴はどうすっかなァ?」
「私達も、身の振り方を改める、良い機会なのかもしれませんね」
「カツラギ様の御蔭で、随分とお金も溜まったし……ウフッ……」
また、何処から聞きつけたのか、少し距離が置かれた所で、兎の護衛を連れたオスク……アルシェの両親と妹の双子も、遠くから馬車を見送っており……
カツラギを勝手にライバル視した上に、彼が帝都から離れるのをしっかりと確認する意味で、あのエルヤー(+奴隷エルフ3名)までもが、路地の壁に背を預けつつ見送りをしていた。
こうして……別に帝都で何かをしたと言うワケでは無いが、神殿騎士カツラギは多くの帝国の者達の記憶に残る事となったのであった。
そんなカツラギは、自分【だけ】には過ぎた見送りだ……と苦笑しながら、隣に座っている少女……アルシェに声を掛けた。
「アルシェ君。君は顔を出さなくても良かったのかい?」
「……はい。多分、御見苦しい姿を見せる事になったと思うので、別れの挨拶は、昨日のウチに済ませました……」
「そうか。まァ、今更、野暮な事は言わない。頼りにさせて貰うよ? アルシェ君」
「こ、此方こそ……少しでも恩をお返しできるように、頑張りたいと思いますッ」
「でも、荒事からは極力、距離を置いて貰うから、ワーカーの時みたいな感覚は、ちゃんと忘れてくれよ?」
「はい……私とカツラギ様は、所謂【ビジネスパートナー】ですから……」
「宜しい!」
「(……でも、口調を変えて貰えたし……何時かは……)」
————アルシェ・イーブ・リイル・フルト。
彼女の先日の告白に対し、カツラギは動揺していた事も有り【少し考えさせて欲しい】と言う糞みたいな返答をする。
所謂【NOと言えない日本人】的なアレであり、それを好機とフォーサイト3名は全力でアルシェを支援する事とした。
彼らはカツラギを出来るだけ帝都に留まらせる口実として、本来、彼が【自分で赴く】と言っていた、南東と南西の都市の偵察を無料で引き受けると持ち掛け、口八丁で認めさせる事で、こうして一週間ほど時間を稼いでいた。
その間に、アルシェは返却前の【睡眠を必要としなくなる指輪】を駆使して、不眠不休で【オスク商会】のノウハウを勉強する事を望み、オスクも【他国を旅するカツラギの為】と聞かされると、喜んで協力してくれた。
いかんせん、カツラギとアルシェでは実力が違い過ぎる為、冒険の仲間としては実力不足なので、別の方法で役立つ事をアピールして、同行を許可して貰おうとしたのだ。
仮に同等クラスのワーカーに【同行は許可するけど、余計な手出しはするな】と言われたらムッとするかもしれないが、カツラギに反抗するのは烏滸がましいにも程が有る。
対して、悪く言うと大きなお世話だが、カツラギが【こっち】の常識をまだまだ知らないのは紛れもない事実であり、帝国での定石が王国で通用するとは限らない。
次の目的地は王国領の【エ・ランテル】なので、いくらオスク商会の重役とは言え、その肩書きは敵国ゆえに恩恵は微妙だし、下手すれば自ら面倒事を引き起こしてしまう可能性も有る。
しかし、オスク商会で色々と学び、貴族の礼儀作法にも詳しい【秀才】アルシェが居れば、時に問題無く検問を通過できると強調され、改めて思い出すと、帝都に入れたのもフォーサイトが居たからこそ。
オマケにカツラギは字が書けない……それを教えられるアルシェ、云々……フォーサイトに色々と一人旅の不便さを煽られ、彼女を同行させる事を推しに推された末に、カツラギは遂に首を縦に振ってしまったのだった。
認めたら認めたで、わざわざ【歌う林檎亭】に赴いたフルトが【娘を頼みます】と頭を下げに来たり、同じく訪れたオスクが【アルシェを連れて行く事により切れる剣術指南役としての手札】についても教えてくれたりして参ったが……それで更にカツラギの株が上がったのは余談として……結局、最後の最後の決め手は【お仲間を探しやすくなるかもしれません】と言うアルシェの何気ない説得の一つであった。
勿論、同行を許可したと言っても、アルシェはワーカーとしてでは無く、知人の愛娘+オスク商会の非戦闘員と言う扱いであり、余程の事が無い限り、戦闘は御法度だと約束させている。
「(アルシェ君が居れば……情けない話だが……冗談抜きで色々と助かるに加え、あのタレントが有るし、常に注意力を疎かにせずに居られるからな……それに……)」
また、カツラギはアルシェに自分の本当の力の事を全く教えていない。
鎧を脱いだor指輪を外した自分を見せて、それをテストにしようかと考えた事も有るが、失敗したリスクについて考えているウチに、猛アピールに折れて今に至る。
しかし、彼女にバレない事が、王国【そのもの】で自分が目立たない事にも繋がると考え、真の実力を明かすのは後回しにする事とした。
「(何にせよ、王国でも柔軟に動ければ、それだけ悟君を探しやすくなる……アルシェ君も言ってたし、存分に利用させて頂くとしよう……)」
————神殿騎士カツラギと、その従者アルシェの新たな旅は、こうして始まるのだった。
「そう言えば、オスクさんが……カツラギ様が闘技場で戦われない事を、残念がっていました……」
「目立つのはゴメンだからねェ(冒険者については、どうするかな……?)」
アルシェが同行する為の説得力はアレでも全然足りなかった気がしますが、そんなの延々と読んでてもつまらないしね……(言い訳)
カツラギが旅立つ時の描写は、新生FF14の序盤、恒例のOPテーマを裏にヒカセンが飛空艇で他国に行くシーンを意識しています。
(ほぼ顔合わせ程度しかしてない、プレイヤーが覚えてないNPC含めて総出でお見送りに来て手を振ってくれる)
次回から新章ですが、ナザリックがあの場所なので、ヒロイン(?)とは直ぐ会えるかも?
それなのに、カツラギの無駄な心配……あれ? 4話の前半で似た様な思考してたな……