羽音は誰にも届かず 作:パピヨン
一日の授業も終わり、各々が自由に時を使う放課後。赤く染まった空を仰ぎ見ながら、白崎透花は人気のない公園のベンチに腰掛けていた。
制服の袖口に、まだ新しい包帯がのぞいている。昨夜の戦いで受けた切創は、表面だけの傷とはいえ、体に残る疲労はごまかせない。
(少し……無理をした)
視界の端で、蝶が一羽舞っていた。
夕陽を透かすその羽ばたきに、透花はふとバタフライゼクターの姿を重ねる。
「……どうして、私は戦っているんだろう」
静かに問いかける。もちろん、答えてくれる者はいない。ゼクターは、あくまで無言の相棒だ。相変わらず擬態したまま動こうとしない。時々翅を伸ばすかのようにひらひら飛び回っているようだが、必要なときは戻ってくるので気にしない。
ふともう一度蝶へと視線を向けると、何やら近くでそれを狙っているであろう、カマキリの姿があった。
若干嫌な気分になりつつも、自然の摂理故に邪魔する気にもなれず、じっとその様子を伺う。
花弁に止まり、翅を休める蝶へ、じりじりと距離を詰めるカマキリ。
そして__
「透花っ!」
明るい声が中庭に響いた。
ハッとそちらを振り返ると、手を振りながら天道樹花が駆け寄ってくる。買い物を終えたらしく、小さな紙袋を手に提げていた。
「もう、どこ行ってたの? 探したんだよ」
「……ごめん、少し、風に当たりたくて」
言い訳のように笑う透花に、樹花はじっと視線を向けた。
そして、紙袋から取り出したペットボトルを差し出す。
「はい、これ。冷たいお茶。……昨日、ありがとね」
「え?」
「変な人がいたじゃん。覚えてるでしょ? あのとき、透花がいなくなって、でもすぐ戻ってきたときには、もう何もなかった……。ううん、なんでもない」
そう言って樹花は笑った。
だが、透花の胸の奥に、淡い緊張が走った。
(気づかれてる? まさか……)
バタフライゼクターが微かに光る。
と、そこに風が吹き、二人の前を何かが走り抜ける。
「……!?」
草の陰、街路樹の影。気配は消えた。だが確かに“何か”がいた。
「樹花。こっちの駐輪場、ちょっと寄ってから帰ってもいい?」
「え? あ、うん……透花、自転車じゃなかった気がしたけど……」
「落とし物、ちょっとだけ」
透花は歩き出す。背を向けたまま、声の調子だけは変えずに。
その目に、戦う覚悟の光が宿る。
(今のは……ワーム)
角を曲がり、樹花の視界から外れたのを確認。
バタフライゼクターが頭上を舞い、光をまとって展開する。
[STAND BY]
「変身」
白銀の光がその身を包む。仮面ライダーリュミエール、再び現る。
駐輪場、フェンスの外。
そこに立っていたのは、昨日倒したはずのワーム——かと思われたが、どこか様相が違う。似ているだけで別の個体のようだ。
そんなことも判別できないことに、集中力の低下と焦りを感じる。
一瞬の静寂——そして、フェンスを飛び越え、襲い来る。
透花はすぐに反応し、跳躍して距離を取る。だが、足の筋肉が悲鳴を上げる。
(痛……っ! 昨日の傷が……)
カマキリを模したような鋭い刃が目前をかすめる。透花は転がるようにして着地し、苦悶に眉を寄せる。
直ぐに終わらせなければ、異変を感じて樹花がこちらに来てしまうかもしれない。
[CAST OFF]
その意思を感じ取ったかのように、自動的に装甲が弾け、マスクドフォームからライダーフォームへと変貌を遂げる。外装が飛び散り、目の前のワームを吹き飛ばした。
軽量化されたボディで、透花は息を整える。
しかし、それを許さないように、ワームの姿が掻き消える。人には追えない高速移動。だがこちらも条件は同じ。
「クロックアップ」
[CLOCK UP]
時間が伸びる。
互いに加速された空間の中、リュミエールとワームは激しく交差する。
(攻撃の間隔が読めない……重い、足が)
思考が乱れているのを感じる。明らかに集中しきれていない。
ワームの刃が右腕を掠め、装甲の一部が砕け飛ぶ。
両腕に付属している刃の威力が桁違いに高い。まともに喰らえばダメージは必須。
懸命に避けつつ、背中の翅を展開。推進力を用いて、負傷による遅れをカバーする。
「……ッ!」
左右から迫る攻撃をかわし、
左の羽根でバランスを取りつつ、反撃に転じる。
リュミエールが斬撃を横から放つが、身体を後ろに倒すようにしてかわされる。
相手のワームの間合いの取り方が上手い。こちらの攻撃がほんの少しの差で届かない。
両腕を使って振り下ろしてきたタイミングを狙い、側面に当てるようにして再び切り結ぶ。
(……当てたい。終わらせなきゃ、今ここで)
渾身の踏み込み。翅を動かして体を宙へと浮かせる。押し返されたワームが完全に態勢を崩した。
「ライダーウィングッ!!」
[Rider Wing]
回転と共に、羽根を最大展開。
宙返りするようにして、真下から叩きつける一撃——
左右に両断し爆散。
[CLOCK OVER]
吹き飛ぶ風圧に煽られながら、透花は膝をついた。
パラパラと周囲の土埃が舞い落ちる。
「……っ、はぁ……はぁっ……」
変身が解除され、制服姿に戻った透花は、その場に座り込む。
脇腹には裂けた布と赤い滲み。
「……ごまかさなきゃ、樹花に……」
***
公園入口、残された樹花がひとり、鞄を抱えて待っていた。
「……遅いな、透花」
そのとき、息を切らせて戻ってくる姿。
「透花っ! 忘れ物は ……て、どうしたの、その制服……」
「え? あ、ちょっと変な風に転んじゃって……」
見かけほど痛くないから、と笑顔を作る透花。
だが、袖口の包帯と、今の傷。
「……なんか、最近よくケガしてない? 無理して、ない?」
「……ううん、大丈夫。本当に」
樹花は少し不安そうに見つめていたが、やがて言った。
「無理しすぎないでね。私、透花が辛そうなの、見たくないから」
その言葉に、透花は心の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「……ありがとう、樹花」
二人は並んで歩き出す。
夕焼けが、彼女たちの影を長く引き伸ばしていく。
(戦う理由——それは、こうして隣で笑う人のため)
(傷ついても、守りたいものがある)
バタフライゼクターが、静かに羽ばたき、髪飾りへと戻っていった。
リュミエールの装備
蝶の翅を模したような、扇状の剣。切断力はあまり高くないが、大きさの割に(サソードの剣と同等程度)非常に軽く、他のライダーに比べて比較的非力なリュミエールでも高速での使用が可能。
必殺技のライダーウィングは、背部から展開される翅だけでなく、剣からも使用可能。ただし、両翅から繰り出されるものに対し、威力は半減程度にまで下がる。
やや単調な展開になってきた気もしますが、次話(かその次)あたりから原作のメンバーも登場してくる予定です。気長に読んでいただけると幸いです。