羽音は誰にも届かず   作:パピヨン

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第14話「命の重さ」

 

 

 黒煙が立ち込める旧校舎内。いくつもの窓が砕け、床には瓦礫と焦げた書類が散乱していた。響き続ける戦闘音のなか、リュミエール=白崎透花は荒く息を吐き、スカートの裾を翻してワームの一体を薙ぎ払った。だが、その動きには迷いがあった。

 

「っ……!」

 

目の前で倒れた生徒の顔が、脳裏にこびりついて離れない。

旧校舎に取り残されていた生徒――そう思って声をかけかけた瞬間、その身体はワームの刃に貫かれていた。

 

救えなかった。手を伸ばす暇もなく、無残に命を奪われていった。

その場に駆け付けた自分は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

 

ワームが生徒に擬態していたのではない。本物の生徒が、本物の命が、あの場で失われたのだ。

だからこそ透花は、今も胸の奥が焼けるように痛んでいた。

 

自分は、ワームの存在を察知できるはずだった。けれど、旧校舎なんて学園にとても近い範囲のワームをこんなにも──見逃した。

ここしばらくの体調不良なんて、言い訳にもならない。

 

「おい、透花ちゃんなのか⁉前に出すぎだ、下がれ!」

 

 振り返れば加賀美が叫びながら駆け寄ってきていた。どうやら建物の外に生徒たちを逃がしたらしい。しかし、彼の後ろでは避難させたはずの生徒たちが再び悲鳴を上げて散っていく。

 

 「まさか……生徒の中にも⁉」

 

 加賀美の視線の先、制服姿の少女がひび割れた笑みを浮かべてワームの姿に変わる。擬態──まだ紛れ込んでいたのか。

 

ありえない、知った顔だ。擬態されていたなら気が付くはず。だが無情にも、反応が遅れた生徒に姿を変えたワームがその腕を振り下ろす。

 

「全員伏せろ」

 

轟音と共に空中から落下してきた赤い閃光がワームを蹴り飛ばす。爆煙の向こうから現れたのは仮面ライダーカブト。周囲の空気が一変する。

 

 「天道……!」

 

 加賀美がその名をつぶやく間にも、カブトは鋭く回し蹴りを放ち、さらに別のワームを撃破していく。その動きには一切の迷いも躊躇もない。

 だが、事態は収まらない。

 

 「――全て焼き払え」

 

 甲高い靴音を鳴らして現れたのは影山瞬。ゼクト部隊を率い、無機質な銃器を構えさせながら告げる。

 

 「この校舎ごと、ワームもろとも消し飛ばす。それがこれ以上犠牲者を出させない、最も確実な方法だ」

 

 「待て影山!まだここには生徒が――!」

 

 「その生徒がワームかもしれない。今しがた、それをお前自身が見ただろう?」

 

言い返せない。だからこそ、加賀美は食い下がる。

 

 「それでも!全員がワームじゃない!」

 

透花はここにきてまだ、ザビーの言うことが理解できないでいた。

 

 「…まさか、生徒ごと、爆発させるっていうの…?」

 

 「違う。”もう”生徒はいない。そこにいるのは全て…化け物だ」

 

それはありえない。冷静さを幾分か取り戻した透花の知覚反応は、隅でまとまる生徒たちをワームではないと告げている。

加賀美は尚も影山に考え直すよう呼び掛けている。その隣に立つ透花も叫んだ。

 

 「私なら、見分けられる!バタフライゼクターはワームの擬態波長を感知できるの!」

 

そんなリュミエールの訴えを、影山は鼻で笑う。

 

 「だが、その『見分けられる』能力とやらで、さっき誰を見逃した?生徒を危うく死なせかけたんじゃないのか?」

 

 透花は何も言えなかった。事実だから。あのとき、たしかに自分は……

 

 「その力とやらも、出所不明のゼクターも信用に足らない」

 

 「……!」

 

言葉が出ない。彼の意見を撤回させるだけの根拠が、自分には示せない。

だが、先ほど目の前で失われたの命は間違いなく人間だった。

 

 「やめて……お願い、引いて。爆破なんてさせない」

 

 「何度も言わせるな。お前は部外者だ、リュミエール。撤退しろ」

 

それでも透花は引かない。ザビーの意見は組織人としては正しいのだろう。だが、透花は一人だ。守りたいもののために戦う者として、同じ学校の生徒を巻き込んだZECTのことは許せなかった。

 

 「…断る」

 

 「そうか。なら諸共消えろ」

 

そう言って、ザビーは起爆装置に手をかける。

その瞬間、リュミエールがザビーに斬りかかった。予想していたのか、あるいはそれが狙いだったのか、起爆装置を即座に放って応戦する。

蝶と蜂がぶつかり、火花が散る。周囲で加賀美とゼクト部隊が生徒を連れて退避する中、激しい一騎打ちが始まった。

 

ワームを相手に孤軍奮闘するカブト。その間にも生徒たちは一人、また一人と外へ逃がされていく。

 

 「記憶は……どうせ後で消されるさ」

 

 加賀美が自嘲するように言いながら、生徒の背中を押し続ける。ここで見たものが広まることはないのだろう。明日には、亡くなった生徒は不幸な事故として片づけられるはずだ。真実が伝えられることなく。

 

 一方、ザビーとリュミエールの戦いはザビー優勢で進む。たとえ影山が天道や矢車より未熟でも、ZECTで訓練された動きはただの中学生より遥かに洗練されていて鋭い。

 だが、透花の意志は折れない。

 

 「……っ……退かない……!」

 

 自身の目の前でまた、生徒を死なせるわけにはいかない。これは、透花がこの場で戦うにあたり、己に課した使命だ。

 

「お前に指揮官の覚悟が分かるかよ? 救えるものを救うために、犠牲を切り捨てる。これが現実だ!」

 

「っ…それでも!私は、あなたを止める!」

 

透花の怒声が、旧校舎に響く。互いの拳がぶつかり合い、両者が弾かれるようにして距離をとった。

 

「ライダースティング!」

 

[Rider Sting]

 

「…っ!ライダーウィング!」

 

[Rider Wing]

 

 両者が激突した刹那、閃光と共に双方が吹き飛ぶ。行先を見失ったエネルギーが、仕掛けられていた爆薬の一部に触れ、旧校舎内に残っていたワームの大半を焼き尽くした。

 衝突によって受けた反動に加え、爆発まで喰らったザビーとリュミエールは活動限界へと達し、その姿を解いた。まさしく相打ち。

 うつ伏せのまま動けない透花に対し、影山は地面に膝をつくようにして起き上がった。

 戦場に残ったワームは、全てカブトの手によって撃破され、一変して本来の静寂を取り戻した。

もう、どこにもワームの姿などない。

 

 「生徒は全員、無事だ」

 

爆発が収まったのを見て、建物内に戻ってきた加賀美がそう告げると、影山は無言のまま踵を返す。

 

 「……作戦終了。撤収する」

 

 ゼクト部隊が引きあげていく。

 そして、静まり返った旧校舎跡に、カブトがベルトからゼクターを抜き、姿を解いた。

 

 「……天道、さん……?」

 

 地面にへたり込んだ透花の目が見開かれる。

 

 「おばあちゃんが言っていた」

 

 そう呟いた天道は、変わらぬ目で透花を見つめていた。

 

 「『力は誰かを守るために使え。誇りを持って使えば、決して力に飲まれることはない』……と」

 

 何も言えずに、ただ俯く透花。その肩が、小さく震えていた。

 

 そのとき、優しく手を置いたのは加賀美だった。

 

 「透花ちゃん……君は、間違ってなんかいないよ」

 

 「でも……私のせいで、誰かが死んだの。見逃したの、私が」

 

「全部君一人のせいじゃない。あんな状況、完璧なんて無理だ。でも、君はあきらめなかった。最後まで戦ってた。俺は……それだけで十分だと思う」

 

「……私は……どうすればよかったの……?」

 

「わかんねぇよ。でも、また前を向けるように、少しずつ、進めばいい。俺たちが……一緒に、さ」

 

透花の目から、堰を切ったように涙があふれた。

 

加賀美の手は、彼女の肩にそっと添えられたまま、震える彼女の身体を支えていた。

 

 




ストックが尽きかけている。
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