羽音は誰にも届かず   作:パピヨン

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第17話「影を映す者」

 

 

放課後の学園。夏の夕暮れは、校舎の窓を赤く染めている。

 

いつもの天真爛漫さが僅かに鳴りを潜めた少女__天道樹花は下駄箱で靴を履き替え、友人たちと別れた。校門を出て一人になったところで、考えるのは大事な親友のこと。

何かを自分に隠していることは知っている。そして、徹底して秘匿してきたそれが、数日前から徐々に崩れ始めていることも。

 

透花と初めて話したのは、中等部に入学してから3週間ほど経った頃だった。

ランドセルを下ろしたばかりの子どもたちの行動力とは早いもので、すっかりグループのようなものが形成されてきた中、我関せずとばかりに教室の隅で読書をしていたのが透花だった。

 

樹花とて他のクラスメイト達と同様に、入学以降皆と親交を深めてきた。が、天真爛漫な彼女の性格が災いし、特定の誰かとグループを組むような関係になることはなかった。

 

言ってしまえば、班を組めと言われれば誰とでも仲良く組めるが、二人組を組めと言われれば最終的にあぶれる側なのが樹花だった。

 

そんな樹花にとって、白崎透花という少女は、親近感を持つと共に一種の憧れのような存在だった。

それからは早いもので、彼女と親友と呼べるような関係になるには、そう時間はかからなかった。

 

 

もうすぐ自宅に到着する交差点の手前で――聞き慣れた、先ほどまで思い浮かべていた声が背中を撫でた。

 

 

「……樹花」

 

 

 振り向くと、そこに透花が立っていた。

 

 制服も髪型もいつもと同じ。だけど、瞳の奥にあるはずの温かさが、どこか欠けているように見えた。

 

「…透花? 今日は久しぶりに部活だったんじゃなかったの?」

 

「ううん。樹花に会いに来たの」

 

 そう言って微笑む。その笑みは完璧すぎて、逆に冷たく感じられる。

 

「……どうしたの、急に」

 

「最近、変な人とか……ベルトとか腕輪をつけた人、見なかった?」

 

唐突な質問に、樹花は眉を寄せた。ベルトと言えば、昔兄がそんなものを持っていたような。

けど最近は目にしていない。兄も兄で、樹花に何か隠している節がある。

 

「見てないけど……」

 

「なら、よかった」

 

透花の顔はずっと笑顔だった。それがとても不気味だった。

透花は決して笑わないわけではない。良いことがあったときは普通に笑うし、樹花といるときはより顕著だ。

それでも、こんな屈託のない笑顔を、普段から見せたりはしない。

 

「ねえ、なんか変だよ、透花……どうしたの…?」

 

「そんなことないよ。私、樹花のこと大好きだから」

 

もし、透花にそんなこと言われたら、思わず”私も”と返しそうになる。でも、今目の前にいる相手には、そう返したいとは思えなかった。

 

「ねえ、ずっと一緒にいてくれる?」

 

 その声色は優しいはずなのに、どこか嫌な響きがあった。胸の奥に、説明できない不安が広がる。――これは、透花じゃない。

 

 樹花は視線を逸らし、一歩後ずさった。

 

「ごめん、ちょっと私……」

 

 その瞬間、目の前の透花__いや、偽物が一歩踏み出す。

 

 足が地面を蹴るより早く、別の足音が割り込んだ。

 

「そこまでだ」

 

 鋭い声と同時に、樹花の前に天道総司が立ちふさがる。隣には白いスーツを着た美丈夫も立っている。

 

天道は冷たい視線を目の前の偽物に向ける。

 

「俺の妹に手を出すとは、いい度胸だ」

 

両手をポケットに突っ込みながらも、その様子は一分の隙もない。

 

「樹花、先に家に入っていろ」

 

「う、うんっ」

 

パタパタとかけていくその背を後目に、天道は一歩前へと踏み込む。同時に相手も一歩後退する。

隣の美丈夫___神代剣もまた、どこからともなく剣を取り出す。

 

「親しき友へと成り替わる愚劣な者よ。全てのワームは俺が倒す」

 

天道と剣は、付近で見かけたのワームの痕跡を追っていて偶然合流し、そのままこの通りにたどり着いたのだ。

天道は樹花が危険に晒されているのを見て迷わず駆け込んできた。剣はただ「戦うべき相手」を見つけたという表情だ。

 

目の前の少女_白崎透花の姿をしたワームは小さく笑い、軽やかに言葉を返す。

 

「……やっぱり、あなたたち、ただ者じゃない」

 

 次の瞬間、姿が変貌、クロックアップ。

 

 風が止まり、視界からその姿が消えた。

 

変身する前に先んじて逃げられた形だ。戦闘になるならともかく、逃げに徹されてしまえば、流石の二人もこの場では諦めるしかない。

 

それでも、自身の妹を付け狙うワームを放っておくほど、天道は甘くはない。追跡に移ろうとしたが、剣が片手を上げて制した。

 

「あれの捜索は、この俺がしよう。以前、樹花に迷惑をかけた借りがある。お前は妹のそばにいてやるといい」

 

「…そうか、ならばそうしよう。この件が片付いたら、手料理でも振る舞ってやる」

 

そう言い残し、樹花の待つ家へと戻っていった。

剣はそれを見届けると、サソードゼクターを携えて静かにその場を後にした。

 

 

***

 

 

翌朝。

 

まだ眠気の残る中等部の教室は、ざわざわとした雑音と机の音で満たされていた。

 

窓際の席に座る樹花は、昨日の出来事を思い返しながら、教科書も開かずに視線を机の上に落としていた。

 

「……樹花」

 

耳慣れた声にハッと顔を上げると、そこには透花が立っていた。

昨日とは違う。自分を心配した表情に、ほんの少し身構えながらもいつも通りの表情を浮かべる。

 

「おはよー、透花!今日の体育、楽しみだね」

 

「…樹花、何かあった?」

 

いつもより少し真剣な表情。その様子に、観念して話を始めた。

 

「昨日ね、家に帰る途中で……透花にそっくりな人と会ったの」

 

 

透花の眉が、かすかに動いた。

 

「……そっくり、って?」

 

 

樹花は机の端に手を置き、声を潜める。

 

「制服も髪型も同じで……でも、何かが違った。目の奥の感じとか……笑い方とか。怖くて逃げようとしたら、お兄ちゃんと、あと神代さ__お兄ちゃんの友達が来てくれたの」

 

 

その瞬間、透花の胸の奥で冷たいものが広がった。

 

(……まさか、私に化けて樹花に接触していたなんて)

 

 

自分の知らないところで、親友が危険に晒されていた。

 

そして、それは自分がライダーであることと無関係ではないはずだ――そう確信できた。

 

 

「樹花」

 

真っ直ぐに友の瞳を見る。

 

「しばらく……学校から家に帰るときは、私と一緒に行動してほしい」

 

「えっ?」

 

「昨日のそれが何だったのかはわからない。でも、あなたが一人で帰るのは危ない」

 

 

透花の声は落ち着いていたが、その奥に張り詰めたものを樹花は感じ取った。

 

しかし、いつもの透花らしさも確かにそこにあったので、昨日とは違う安心感が胸に広がる。

 

「……わかった。一緒に帰ろう」

 

放課後。

 

約束通り、二人は並んで校門を出た。

 

夏の陽は少し傾き、道の向こうに長い影を伸ばす。何気ない会話をしながら、透花は周囲に注意を払い続けた。

 

 

やがて、樹花の家の前に到着。

 

「じゃあ、また明日」

 

「うん、またね」

 

樹花が玄関に入っていく背を見送った透花は、肩の力を抜いた。

 

その瞬間、背後から涼やかな声が降ってくる。

 

 

「……見つけたぞ、ワーム」

 

 

透花の足が止まる。

 

ゆっくりと振り返ると、そこには白いスーツの男――神代剣が立っていた。

 

鋭い視線が、まっすぐに透花を射抜く。

 

 

「……あなたは、もしかして樹花が言ってた…?」

 

「犯人は現場に再び戻ってくると言うが、その通りだったな」

 

 

(……まさか、私を昨日の“偽物”と勘違いしている⁉)

 

透花の脳裏に、嫌な予感が走る。

 

男はその身に似合わぬ、毒々しい剣を取り出す。

その脚元で、サソリを模した機械――サソードゼクターが甲高い音を立てて地上に現れた。

 

「ッ、ゼクター⁉」

 

[Stand By]

 

その無機質な起動音が、透花の鼓膜を震わせる。

 

剣は一切ためらうことなく、その手に持った剣にゼクターを装着した。

 

 

「変身」

 

 

[HENSHIN]

 

 

金属的な装甲が瞬く間に男の全身を覆う。無骨な鎧をチューブでつなぎ合わせたライダー、仮面ライダーサソード・マスクドフォームが姿を現す。

 

透花は目の前の光景に驚愕を隠せなかった。

男がライダーだったこととか、自身をワームだと間違われているとか、そんなことではない。

 

「すべてのワームは、俺が倒す」

 

目の前の男の存在が理解できない。ありえない。だが、ありえてしまっている。

樹花は、彼は天道の友人だと言っていた。では、天道も気が付いていないのか。本当に?

 

思考がまとまらない。だが、剣はそんな透花を歯牙にもかけない。

相手が止まって動かないことなど関係ない。

 

彼の視線は、一瞬たりとも透花から離れない。

 

次の瞬間、地面を蹴る音が響き、サソードの剣が透花に向かって振り下ろされた――

 

 

 




自分が無職になるか否かの瀬戸際に立たされている。でも書きたい気持ちはある。
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