羽音は誰にも届かず   作:パピヨン

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今の執筆欲がいつ途切れるものかとヒヤヒヤしています。完結を祈って、3話をどうぞ。


第3話「静かに燃えるもの」

放課後の図書室。

窓から射し込む夕陽が、机の上のページを赤く染めていた。

静まり返った空間の中、白崎透花は文庫本をめくる手を止める。

 

(……この時間、好きだったな)

 

校庭から聞こえる部活の歓声。その熱気とは対照的な静寂のなかで、透花は一冊の本を見つめていた。

表紙には『変身』の文字。

かつて、彼女が文芸部の先輩と一緒に読んでいた一冊だ。

 

——小坂冴子。

 

「透花ちゃんの文章、好きよ」

 

記憶の中の声がよみがえる。

優しくて、静かで、でも芯が強くて。

先輩は、透花が心から尊敬していた人だった。

 

けれど、一年前の春——透花の目の前で、“先輩の命”は突如として崩れ去った。

 

学校の裏手、雨の日の旧校舎跡。人通りのない空間に冴子が呼び出されたことが、事件の始まりだった。

透花は偶然、その場に居合わせてしまった。

 

誰かが冴子に近づき、何かを囁く。冴子は怪訝な表情を浮かべ、そして——

 

その身体が崩れた。

 

正確には、“冴子”が崩れたのだった。

皮膚のような何かが剥がれ、灰色の甲殻が覗く。

 

透花はその場に崩れ落ちた。

理解が追いつかず、言葉も出ない。ただ、喉の奥からこみ上げるものを必死に飲み込んだ。

体が震え、涙があふれ出そうになる。

心の支えだった人が、目の前で、自分の知っていた存在ではなかったと示された現実。

それでも、頭の片隅では理解していた。

それが“冴子ではなかった”と——

 

——擬態。

 

テレビや噂、都市伝説のような話で聞いたことがあった。

“ワーム”と呼ばれる、人間に擬態して生活に紛れ込む異形の存在。

 

(本当に、いるんだ……)

 

それが、透花が“ワーム”という言葉を初めて現実のものとして受け止めた瞬間だった。

 

その後まもなく、冴子は“事故死”と報道された。

火災による身元不明の遺体が発見され、家族もそれを受け入れたという。

 

だが透花は、心の底から信じていなかった。

自分が見たものが真実であると、確信していた。

 

それから数日後。

透花の家に、銀色の蝶の髪飾りが届いた。

箱に添えられていたメモは、冴子の筆跡によく似ていた。

 

『あのとき見たものを、忘れないで』

 

それが冴子本人によるものだったのか、擬態していたワームによるものだったのか、透花にはわからなかった。

けれど、その髪飾りの中には、蝶のような姿をした機械のゼクターが潜んでいた。

 

あの日から、透花は“戦う”ことを選んだ。

 

彼女は聖華学園に通う中学二年生。

父は単身赴任中。母とは必要以上の会話をしない、静かな家庭環境だった。

 

だからこそ、気づかれずに行動するには都合がよかった。

自室でゼクターのメンテナンスを行い、情報を集め、異常な動きを察知した場所へと足を運ぶ。

 

ZECTにも所属していない。

なぜ自分にゼクターが届いたのかも、わからない。

 

それでも——自分だけが見てしまった“真実”を見過ごせなかった。

 

***

 

図書室の奥、貸出カウンターの陰で、小さな物音がした。

 

——カタッ。

 

何かが崩れ落ちる音。

だが、司書も生徒も気づかない。

透花は静かに席を立ち、カウンターへと歩み寄る。

 

男子生徒が、倒れた本を拾い上げていた。

その背後——

 

——皮膚が、裂けた。

 

瞬間的に透花の中に、戦慄が走る。

灰色の甲殻。

 

(擬態を解除しかけた……?)

 

だが次の瞬間、甲殻は消え、再び人の姿へ戻る。

完全に変身する前だったのか、それとも一瞬の警戒を解いただけか。

 

(図書室じゃ、戦えない)

 

透花は髪飾りに触れるが、変身はしない。

目だけで、標的を追う。

 

そのときだった。

 

窓の外から、白銀の閃光が射し込む。

 

——キィィィィンッ!

 

ゼクターが飛来。

蝶の姿をしたそれは、音もなく舞い、擬態を解きかけたワームへと急襲した。

 

衝撃で擬態が完全に崩れ、異形の姿が露わになる。

 

ドンッ!

 

小さな爆発。灰が舞う。

ワームは即座に無力化され、残された痕跡は何もない。

 

男子生徒の姿も——なかった。

 

そう、あれは“すでに”擬態された存在だった。

その生徒自身は、おそらく数日前に命を奪われていたのだろう。

 

透花は、ただ席に戻った。

 

誰にも気づかれないように。

何もなかったように。

 

床には、一枚の光の羽根が落ちていた。

 

***

 

その夜、

部屋の窓際にて、透花は髪飾りをそっと外し、ゼクターを見つめる。

 

言葉は交わさない。

ゼクターはただ、静かに羽根を震わせる。

 

それでも、透花にはわかっていた。

 

(……ありがとう)

 

机の脇には、冴子とのツーショット写真が置かれている。

 

冴子が本当に死んでいたのか。

それとも、擬態されていた本人はどこかで生きていたのか。

あるいは、あのメモを書いたのが、ワームではない“何か”だったのか——

 

答えは出ない。

 

だが、透花はそれを追い求める。

 

(私は、見過ごさない)

 

静かに、心の奥でそう呟いた。

 

日常の中にひそむ異形の存在。

その真実と向き合い続ける、孤独な戦い。

 

それはまだ、誰にも知られぬまま——

 

静かに、続いていく。




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