羽音は誰にも届かず 作:パピヨン
夏の昼下がり。
聖華学園の校庭では、蝉の声が鳴り響いている。
その喧騒から少し離れた、図書室の一角。
白崎透花は、静かに本を読みながら、目線だけを窓の外へと向けていた。
視線の先には、正門前。
そこに、スーツ姿の男が一人、管理職を装いながら校内を出入りしている。
(ZECT……間違いない)
一見すれば学園関係者か、教育委員会の職員だろう。
だが透花は、あの無駄のない視線と歩き方に覚えがあった。
——ZECTの諜報員。
組織が独自に情報収集を行うとき、まず最初に動くのが、ああいう“影”だ。
(まだ私を特定しているわけじゃない……けど)
違和感のような不安が、胸の奥に沈んでいく。
その時。
「おーい、透花ーっ!」
ひょい、と窓から顔を出してきたのは、クラスメイトの天道樹花だった。
今日も元気そのものだ。
「購買行くけど、一緒に行く?」
「……うん、すぐ行く」
本を閉じ、透花は笑顔を作った。
***
昼食時。中庭の木陰。
透花と樹花は、パンを手に並んで座っていた。
「それにしてもさ〜、今朝のお兄ちゃんの朝ごはん、ちょっと不気味なくらい豪華だったんだよ」
「……豪華?」
「うん。スープはビシソワーズ、クロワッサンは自家製、あとなんかキッシュまであったの」
「お兄さん、料理得意なんだね」
「うん。めちゃくちゃうまい。でもちょっと、いや、かなり変わってる」
そのせいか今日は弁当忘れちゃってさーと、苦笑まじりにパンをかじる樹花。
その横顔を、透花は少しだけ羨ましげに見つめていた。
(平穏な日常。それを守るって、こんなにも難しいことなんだ……)
ふと、耳元で微かな羽音がした。
(……来た)
透花の表情がわずかに曇る。
「ごめん、トイレ行ってくる」
「あ、うん。先に戻ってるねー」
校舎の裏へ、足音を立てずに歩いていく。
***
人気のない体育倉庫の横。
影の中で、一人の男が皮を裂くように変貌していく。
甲殻に覆われた姿、四肢の末端から生えた鋭利な爪。
ワームだ。
[Stand by]
髪飾りが青白く脈動し、ゼクターが舞い上がる。
それを受け、透花は一歩踏み出した。
[Henshin]
白と黒の装甲が彼女を包み込み、仮面ライダーリュミエールが現れる。
一閃。
背中から展開した光の羽が空を裂き、ワームの動きを止める。
[Rider Wing]
翼と共に宙を跳び、相手の背後へ。
振り向いたワームの胴を、鋭く斬り裂く。
閃光。
爆発。
そして——灰。
「……未登録のライダー。やはり現れたな」
その声に、透花は振り返る。
校舎の陰。
そこにいたのは、先ほど正門にいたZECTの諜報員。
「ZECTに登録されていないゼクター反応を感知した。……名を名乗れ」
リュミエールは無言のまま距離を取る。
声を発することは、リスクにつながる。
仮面の奥で、静かに息を整える。
男が腰の通信機に手を伸ばした、その瞬間——
「——それ以上踏み込むのはよせ。身を滅ぼすのは、お前の方だ」
木の上から声がした。
2人が見上げると、そこには一人の青年が座っていた。
黒いジャケット。精悍な顔立ち。完璧に整えられた身だしなみ。
「て、天道総司……!? なぜここに……!」
「おばあちゃんが言っていた。蝶は一つの花のために舞うのではなく、世界のために羽ばたくものだと」
「……何の話を……」
「奴を追うのはやめておけ。お前たちには、理解できない」
青年はそれだけを告げて、ふわりと飛び降りる。
ZECTの男は、言い返すこともできず、ただその場に立ち尽くした。
リュミエール——透花は、ひとつだけ頷き、そのまま姿を消す。
***
聖華学園前。樹花が門の前で透花を待っている。
「おーい、遅かったじゃん」
「……うん、ごめん。なんか並んでて」
「ふーん、まあいいけど。帰ろっ!」
並んで歩く二人。
夕日が二人の影を伸ばしていく。
(天道総司……彼が、なぜ私をかばったのか)
(ZECTと一線を画す存在? それとも……同じ“選ばれた者”?)
答えのない問いを胸に抱えながら、透花は静かに歩を進める。
でも今だけは。
日常の中にいる“ただの友達”として。
仮面の下の彼女は、ひっそりと微笑んでいた。
結構勢いで書いてるところあるのであしからず。