羽音は誰にも届かず 作:パピヨン
日曜日の朝。聖華学園の生徒たちは思い思いの休日を過ごしている。
だが、白崎透花にとっては、いつもと変わらぬ緊張の一日だった。
部屋の窓から差し込む日差しを背に、彼女は鏡の前で髪を整える。胸元には、あの蝶の髪飾り。
(昨日、天道総司が現れた……ZECTにも、彼は一目置かれている存在)
(それでも、私にああまで言う理由は……)
考えがまとまらないまま、透花は軽く頭を振った。考えすぎは良くない。
今日は、天道樹花と一緒に出かける約束をしている。
***
駅前のショッピングモール。
透花と樹花は、制服ではなく私服姿で雑貨屋を見て回っていた。
「透花って、普段どんな本読むの? 小説? 雑誌?」
「……うん、小説が多いかな。あとは詩集とか」
「へぇ〜、文学少女だぁ」
何気ない会話。穏やかな空気。
けれどその最中、透花の耳元に再びあの羽音が届く。
(……また? まさか、こんな場所で)
「ごめん、ちょっと喉乾いちゃった。飲み物買ってくるね」
「ん、わたしアイスティー!」
人波の中を抜けるように、透花は裏手の搬入口へと向かう。
***
搬入口の陰。
そこに、ひとりのZECT隊員がいた。
男は透花に背を向けたまま、イヤーカフ型の通信機に向かって何かを報告している。
(ZECT……やっぱり)
だが次の瞬間、その男の背中がぐにゃりと歪み、甲殻が盛り上がる。
「……擬態、だったの?」
そう呟いた瞬間、ワームが振り返り、透花に向かって突進してくる。
[Stand by]
髪飾りが脈動し、ゼクターが舞い上がる。彼女は息を整え、冷静に構えた。
[Henshin]
仮面ライダーリュミエール、再び現る。
ワームは俊敏な動きで跳びかかってくるが、彼女はそれをいなして横へ跳ぶ。
「……っ、クロックアップ!」
[Clock Up]
世界が静まり返る。音も、光も、すべてが止まったかのように。
その空間の中、ワームもまた、高速で跳ね回っている。
(速い……けど、動きが単調)
リュミエールは羽を閃かせて上空へ跳び、そこから螺旋を描くように急降下。
ワームが避けきれず、一瞬の隙を見せた。
[Rider Wing]
真一文字に羽を開いてすれ違い様に一閃。
ワームの身体に裂け目が生じ、時間が動き出すと同時に爆発が巻き起こる。
灰が舞う。
***
ワームの残骸が風に散った直後、物陰から足音が近づく。
背後からの気配に振り返ると、そこにはひとりの男が立っていた。
黒のスーツにZECTのバッジ、顔には戦場帰りの疲れすら見せぬ冷ややかさ。
「仮面ライダー・リュミエール……。やはりお前だったか」
その声に、リュミエール——いや、既に変身を解いた白崎透花の肩がわずかに揺れる。
「……いつから見ていたの」
「さっきの戦闘の最中だ。派手に羽ばたきすぎたな」
男は端末を片手に歩み寄りながら、言葉を続けた。
「未登録ゼクターに接続する者……その行動理念と戦闘能力を、我々は監視している。命令でな」
「……天道総司の忠告を、あなたは無視するの?」
「天道総司が何を言おうと、ZECTの方針は変わらん。俺は、任務を果たすまでだ」
冷たい目で、透花を見据える男。その視線に、私情は微塵も感じられなかった。
「次は、本部が動く。君の在り方が問われる時が来るだろう」
「それでも、私は……戦う」
一瞬の沈黙。男は背を向けて歩き出し、足を止めずに言った。
「観測は終わりだ。次は——裁定の段階だ」
***
待ち合わせ場所に戻ると、樹花がベンチに座って待っていた。
「遅いよー! まさか迷った? ……てか汗すごいけど大丈夫?」
「……うん、大丈夫。ちょっと人混みが……」
「無理しないでよー? 具合悪かったら言ってね?」
「ありがとう」
その笑顔だけが、透花にとって救いだった。
でもその夜。
透花は体の奥に、微かに焼けるような違和感を覚えていた。