羽音は誰にも届かず 作:パピヨン
翌朝、白崎透花は目覚めと同時に、異常な熱を感じた。
喉が渇き、体は重い。体温計の表示は38.4度。
(……熱?)
しかし、風邪のような自覚症状はなかった。むしろ、昨夜の戦闘の余波のように思えた。
(もしかして、ゼクターとの接続の影響……?)
何も知らされていない“戦士”としての代償を、今になって感じ始めていた。
それでも、学園は休めない。彼女にとって日常は仮面であり、唯一の避難所でもある。
***
午前中の授業を何とかこなした透花は、昼休みに屋上へと向かう。
外気に当たることで熱が引くかもしれないと考えたのだ。
「……大丈夫?」
背後からかけられた声に振り返ると、そこには天道樹花がいた。
「最近、なんか元気ないよね? ……無理してない?」
「……そんなこと、ないよ」
微笑んでみせるが、声はかすれていた。
それでも、樹花はそれ以上は聞かず、透花の隣に座って空を見上げた。
「わたしさ、よくわかんないけど……透花って、何かにすごく必死な気がする」
「…………」
「言いたくないなら、言わなくていいよ。でも、倒れたりしないでよね」
その言葉に、透花は小さく息を呑む。
仮面の奥の自分に、誰かがここまで踏み込んできたのは久しぶりだった。
***
放課後。
帰宅途中の大通りで、再び羽音が響いた。
(……また!? こんな時に……)
ゼクターが髪飾りから姿を現し、警告するかのように宙を舞う。
近くの建設現場。その資材置き場に、何かが潜んでいる。
透花は額に手を当てる。熱はまだ下がっていない。体は鉛のように重く、視界も少し揺れていた。
(体が動かない……でも、逃げるわけにはいかない)
「……変身」
[Henshin]
仮面ライダーリュミエール、再び。
資材置き場から飛び出してきたのは、鳥のような翼を持ったワーム。
速度と突進力を武器に、空中からの急襲を仕掛けてくる。
「くっ——!」
ワームの鋭い爪が、リュミエールの腕をかすめる。
痛みが走る。反応が遅れた。いつもなら避けられるはずの一撃。
(集中できない……意識が散っていく)
重い体を無理やり動かし、距離を取る。
「……クロックアップ」
[Clock Up]
時間が引き伸ばされる中、ワームは予想以上に高度な飛行操作をしていた。
一瞬の加速で空中をジグザグに跳ね、機敏にリュミエールの背後を取る。
(速い……違う、わたしの認識が追いついてない)
羽ばたきのリズムが脳内でぶれる。視界がにじみ、敵の影が二重に見える。
一撃、二撃。
防御に回るだけで精一杯だった。鋭い爪が仮面をかすめる。
(……こんな、ところで)
ふと、頭部の髪飾りが鋭く輝き、ゼクターが小さく羽ばたいた。
彼女の意識を引き戻すように、鋭く脈動した。
(そうだ……負けられない)
リュミエールは羽根で一気に高度を取り、太陽の逆光の中からワームを見下ろす。
(あいつの動きは、反射より先に読める。風を……使う)
風向き。太陽の位置。光の屈折。
それらすべてを利用して、彼女は空中で姿勢を制御した。
「——ここで、終わらせる」
[Rider Wing]
旋回しながら急降下。背後からワームの翼を斬り裂く。
空中で体勢を崩した敵に、とどめの一閃。
爆発とともにワームは消え去り、灰が舞う。
***
戦いが終わった後。
リュミエールは膝をつき、呼吸を整える。
体中の水分が蒸発してしまったかのように、汗が滴る。
(……本当に、危なかった)
そこに、一陣の風。
ゼクターが、彼女の肩にふわりと止まる。
(私は、選ばれた……そう思っていた。でも、違う)
(選ばれるんじゃない。私は、自分の意志でこの力を使う)
彼女は空を見上げる。
どこまでも青い空に、ひとすじの風が流れていた。
(この景色を、あの笑顔を、守るために——)
そして、真実を知るために。