羽音は誰にも届かず 作:パピヨン
朝の通学路。蝉の鳴き声がアスファルトを照らす陽光に反射するように響く中、
透花は静かに歩いていた。
夏が、日常を覆い尽くしている。
それでも彼女の内面は、ここ数日の出来事で微かに波立っていた。
(ZECT……加賀美新……そして天道総司)
力を手にした。それを誰にも知られずに、孤独の中を選び続けてきた。
だが彼らの視線が、確実に自分へと集まり始めていることに、透花は気づいていた。
その日、授業の合間。
屋上の手すりに寄りかかりながら、彼女はノートに視線を落としていた。
風が吹き、スカートの裾が揺れる。
隣に座った樹花が、アイスティーのペットボトルを差し出した。
「ねえ、最近元気ないよね、透花」
「……そう、かな」
「絶対そう。なんか疲れてる感じ」
そう言って、彼女は鞄から小さなクッキーの袋を取り出した。
「ほら、これ。お兄ちゃんが焼いたの。元気出るよ、たぶん」
「……ありがとう」
思わず笑みがこぼれる。
一瞬でも、仮面を外したような素顔の時間。
けれどその瞬間、透花の耳に微かな羽音が響く。
(……また)
視線を下ろせば、校門の方に不自然に立ち尽くす男の姿。
「ちょっと、トイレ……」
「また? やっぱり体調が…」
「……ううん、気のせい」
微笑んで席を立ち、彼女は階段を駆け下りた。
***
裏庭の植え込みの陰。
男が一人、無線機のイヤピースに指を添えながら、小声で報告を続けていた。
「……こちら第九班、リュミエール、現在行動開始。対象は校内にて移動中」
男の手元の端末には、遠巻きに撮影された透花の姿。
その表情の読み取れない映像を見ながら、男は眉間に皺を寄せる。
(この娘……本当にただの中学生か?)
そのとき——
「接触は不要と言ったはずだ」
冷たい声が背後から響いた。
男が振り返ると、そこには黒いジャケット姿の青年。
木漏れ日の下で、整った容姿が淡く浮かび上がる。
天道総司。
一瞬、男は言葉を失いかけた。
「……なぜ、あなたがここに……」
「俺は、誰の命令も受けない。ただ、己の信じるものを貫くだけだ」
天道は男に一歩近づく。
「お前の視線は、彼女の姿を追っているつもりで、自分の立場しか見ていない」
「……それでも、我々には任務がある」
「仮面の奥の痛みにすら気づかずに、それでも彼女を追うのか」
言葉の端々に鋭さが宿る。
男は一瞬だけ視線を逸らした。ただでさえ女子中学生を集団で見張っていることに思うところがあるのだ。
「……今のところは深追いしない。それが正しいと判断する」
その言葉に、天道は応えず、ただ空を仰いだ。
「蝶は、風に逆らわずして、自らの道を選ぶ。おばあちゃんが言っていた。過去に囚われる者は、本当に守るべき未来を見失うと」
天道は静かに男に近づいた。
「組織のために、彼女の素顔を暴くのか」
「……」
「それは、お前たちの都合に過ぎない」
一瞬、沈黙が走る。
男は、視線を伏せ、何度かやり取りをした後、端末を閉じた。
「……了解。撤収する」
大方、天道の妨害にあったとでも報告したのだろう。上司から許可が降りたらしい彼は、荷物をまとめるとその場を離れた。
天道の視線の先では、ZECTによって誘導されたワームが、リュミエールによって討ち倒されていた。
煙の中に佇むその姿を見届けた天道は、静かにその場を去る。
(妹とその友の影を晴らすのも、太陽たる俺の務めか)
「……蝶は、自らの意思で舞うほどに美しい」
***
その夜、透花は自室で考えをまとめていた。
机の上には、ZECTに関する断片的な情報をまとめたメモと、以前拾った監視機器の外装。
(ZECT。天道総司。加賀美新……そして、ゼクター)
頭の中で断片が結びつこうとしていた。
天道が樹花の兄であることは知っている。
だが、彼がZECTに属しているのか、それとも——。
(もし関係があるなら、なぜ私をかばったの?)
(樹花のため? それとも……)
思考が渦を巻く。
仮面をかぶったままでは見えないものが、少しずつ形を持ち始めていた。
その狭間で揺れながら、彼女はひとつだけ、深く息を吸った。
仮面の下にある素顔。
それを守り続けることが、今の彼女にとっての戦いだった。
バタフライゼクターが、静かに棚の上で羽を休めていた。
天道のキャラってこんなんだったっけか。ここにきて見切り発車の弊害が出てきた…完結できるよう頑張ります。