グリモアR~私立グリモワール魔法学園・ランペイジ~   作:ザクロ

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始祖十家 V.S. 始祖十家(1)

 

 異様な静けさだった。

 普段の活気が嘘のように、埼玉県風飛市からあらゆる音が消え失せる。

 

 人の声。車のクラクション。道路の震動。何もかも。早朝や深夜とは次元が違う、鼓膜を圧迫するような無音が街全体を包み込んでいる。

 そもそも『音源』がどこにも無い。

 所狭しと並ぶ高層マンション、オフィスビル、複合デパート、ビジネスホテル……その全てに人の気配が無い。大通りにも、公園にも、路地裏にも、人間はおろか野良犬一匹すらいない。車も自転車も走らない。街のどこを見渡しても、生きて動く存在が一つたりとも見当たらない。

 

 街並みだけ作って放置したミニチュアのような、不自然極まりない無の世界。

 誰も彼もが消えて居なくなった、埼玉県の都市部の一画。

 その真ん中で。

 

 

 

 莫大な閃光が迸っていた。

 天と地を繋ぐように、巨大な『光の柱』が一直線に屹立している。

 

 

 

 空から降り注いだものではない。

 むしろ逆。地から天へ。

 雲をぶち抜き、中心から吹き散らし、成層圏の遥か先まで。得体の知れない『何か』が凄まじい勢いで射出されたような、強い残像が空間に焼き付いていた。

 その正体は……極大威力の『魔法』。

 高密度に圧縮された魔力の塊が、莫大な熱で周囲の空間をプラズマ化させながら、音を超えた速度で真上に向かって放たれていた。その軌跡が、光の柱として刻まれていたのだ。

 

 空を仰いでも、光の先端は見えない。おそらく本当に宇宙空間まで達している。

 大気圏の突破に必要となる、途方もないエネルギー。それがたった一人の『人間』の体から生み出されたという事実の異常性。

 科学を根底から覆しかねない、圧倒的なその光景を目の当たりにして。

 

「相変わらずド派手だねー」

 

 大して驚きもしなかった。

 光の柱から五キロメートルも離れた陸橋の上で、我妻梅は、打ち上げ花火でも見るような感覚でそんな評価を下していた。

 多層構造になった片側二車線の幹線道路。その最上部。()()()()()()()()()()()()アスファルトの上で、彼女は右手をサンバイザー代わりに遠くを眺める仕草。「絶景絶景」と気楽に呟きつつ、見えもしない光の頂点を、それでも見据えようと天を仰ぐ。

 

 当たり前の現象は、その数秒後にやって来た。

 

 ゴッ!!!!!! という爆音と衝撃波が、彼女の全身を叩く。光の柱……というより、それを刻み付けた魔法の余波が、五キロメートルを爆速で駆け抜け、間にある街中のガラスというガラスを吹き飛ばし、梅の立つ幹線道路を端から端まで一気に揺さ振った。厚さ数十メートルものコンクリートの塊を、そのまま捩じ切らんばかりの圧力だった。

 だが、そんなもので我妻梅は揺るがない。

 陸橋全体がギシギシと軋む中、彼女は一寸たりとも微動だにせず光の柱を見上げていた。

 

「……最後に見たの、何年前だっけ」

 

 魔法の正体は知っていた。

 というより、梅の方から「久しぶりに見せてよ」と、『彼女』に軽くお願いしたのだ。

 で、『彼女』は快く見せてくれた。

 結果は想像以上だった。

 

「前より全然強いじゃん。……そりゃそっか、何年も経てば」

 

 地球を飛び出していった魔法に気を取られていたが、梅はふと、もう一つ疑問。

 ───あれほどの高出力、射出地点は大丈夫なのだろうか。

 何気なく、視線を下に傾ける。

 

 大丈夫な訳が無かった。

 何もかもが吹き飛んでいた。

 

 光の根本を中心とした半径数百メートルの街並みが、地盤ごと上空まで噴き上げられていた。

 まるで土地の下に満遍なく爆薬が敷き詰められていたように、道路も建物も標識も、そこにある全てが紙吹雪のように宙を舞っている。爆心地はかなり遠方だったはずだが、梅の目には地面が大きくウェーブしたように見えた。それほどの大質量が、まとめて巻き上げられたのだ。

 それを認識した頃には、膨大な粉塵が街を覆い始めていた。

 いっそ光の柱すら掻き消すような、粉塵のカーテンが出来上がる。

 

「あはは」

 

 目を覆いたくなるほどの大破壊に、それでも我妻梅は意気揚々と笑っていた。

 こりゃあ良い。最高だ。

 しかも魔法が当たって『アレ』ではない。魔法を放った余波で『アレ』。

 そんなスケールの魔法に、仮に直撃でもしようものならどうなるか。

 

「いいね。楽しくなってきちゃった」

 

 久しく忘れていた感覚がぶり返してきた。

 グリモアを卒業して数年。大人としての立場、始祖十家としての立場───色んなものを抱える羽目になり、学生ほどの融通が利かなくなってから、いつしか抱かなくなった『この感覚』。

 肩を回し、背を伸ばし、震える空気を全身で味わっていく。

 

 その時だった。

 遥か遠くの粉塵のカーテンが、いきなり真っ二つに裂けた。

 

 突風でも吹いたかと思ったが、違う。外からの圧力ではない。粉塵の雲は内側……『爆心地から飛び出す何か』に突き破られるように散らされていた。

 直後、謎の地響きが連続する。

 ズン……!! ズン……ッ!! ズン……ッッッ!! と。

 巨大な怪獣でも歩いているかのような、一定間隔の激震。その回数が重なるたびに、音源と震源が明らかに近付いてくる。街の至る所では不可解な爆発が巻き起こり、アスファルトが舞い、瓦礫が飛び散り、爆発地点が徐々に接近してくる。爆音と震動も大きさを増していく。

 おそらく三〇秒も掛からなかった。

 

 ズンッッッ!!!!!! と。

 我妻梅の立つ幹線道路に、何かが彗星のような勢いで突き刺さってきた。

 

 マグニチュード9にも耐えられるように設計された陸橋が、一瞬でへし折れるのではないかと思うほどの衝撃。最上層の道路はおろか、下に並んだ並ぶ陸橋までまとめて揺さ振られる。

 かくして『彼女』はそこにいた。

 我妻梅から一〇〇メートルほど離れた地点、派手に舞うアスファルトの破片の向こう側。

 爆心地から五キロも離れた場所まで、一歩一歩で三桁メートルの距離を縮めながら、ものの数十秒で梅と同じ路面に着弾した『彼女』の口から、

 

「見せてやったヨ。感想は?」

 

 ただ感想を聞くだけにしては、随分と強気な声が飛んで来た。

 ……というか普通に、勝気に笑っている『彼女』の顔がハッキリ見えた。

 小柄な体躯も相まって、実年齢より幼く見えてしまう『彼女』の童顔は、しかしこういう、自分の力を誇示する時に限っては、やけに大人っぽく視界に映る。

 

 舐められるのが嫌だからと、吊り目に錯覚させるように引かれた目尻のアイラインのせいか。

 あるいは、()()()()()()()の誇りと自信に裏打ちされたオーラゆえか。

 

 とにもかくにも、だった。

 今日も今日とていつも通りな『彼女』の言葉に、我妻梅は「んー」と少し思案。

 今なお遠くに聳え立つ光の柱を見て、再び目の前の『彼女』を見て。

 とりあえずは、素直な感想。

 

「しょっぱなから飛ばし過ぎじゃない?」

 

「何ヨ。あんなの北海道に飛ばしたやつの二割も無いネ」

 

 嘘でしょ、アレで? と、もう一度光の柱を見る羽目になった。

 最後に『彼女』と()り合ったのは、もう何年も前だ。どういう理由の戦いだったかすら覚えていない。普通の訓練だったか、新設された訓練施設の実験だったか、あるいは喧嘩だったか。

 そこから何も成長していないはずがないと分かっていたが、それにしてもだ。あのレベルの魔法ですら本気から程遠いとは。

 頭の中にある『彼女』の実力とは、やはり大きくかけ離れている。

 かけ離れて、強くなっている。

 

「……てことは」

 

 そう、だから。

 つまりは。

 

 

 

「こりゃあまだまだ盛り上がるね」

 

那当然啦(そんなの当たり前ネ)

 

 

 

 簡単なやり取りの直後に、ずぐん……っ!!!!!! という震えが走った。

 我妻梅の視界が、物理的に数センチ下に落ちる。

 特筆すべき何かが起きたわけではない。

 ただ単に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「アレは簡単な自己紹介」

 

 我妻梅の真正面。

 遠いように見えて、しかしちょっと走れば手が届くような距離で。

 

「これが今のワタシ」

 

 待ち構えているのか。襲い掛かろうとしているのか。

 どちらとも思える笑みを浮かべながら。

 

「次はアナタの番ヨ、梅」

 

 体の曲線を際立たせる、どこか伝統的な民族衣装を身に纏い。

 特徴的な装飾で結い上げた、本来なら膝まで届く長髪を派手に靡かせて。 

 

「今のアナタも、たーっぷり見せてもらうネ」

 

 中国の始祖十家、周万姫。

 現代最強に名を連ねる一人が、惑星を揺さ振る力を携えて立っていた。

 

 

 

 大陸間遠距離座標指定魔法、通称『天槌砲』。

 その残像が、未だ灼熱の光を伴いながら、誰もいない風飛の街から真っすぐ天へと昇っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 要するに、電脳仮想世界(ヴァーチャル・リアリティ)

 

 かなり前から話はあったの。仮想空間を使った訓練施設案。主に、力が強過ぎて満足に訓練ができない、始祖十家用として。

 予算の関係と、前例のない仮想空間の開発に手を焼いてなかなか実現しなかったけど、ようやく真面に使える形になったわ。皮肉にも、霧の守り手の……ある人との戦いでね。

『これ』はその時のデータを応用して作ったもの。

 もちろん、まだ試作段階。だからあなた達を呼んだの。

 

 仮想空間の中は、現実と同じだと思ってもらっていい。

 重力もある。空気抵抗もある。物体の強度、音の伝わり方、光の見え方や匂い、あらゆる全部が現実ベースだと思っておいて。

 入った人間の身体情報や魔力量も、限りなく現実のあなた達のものを再現してる。

 この部屋に入る前、あれこれ検査してもらった理由がこれ。

 だから当然、自由に空が飛べるわけではないし、現実以上の力が出る事もない。動けば動くだけ疲れるし、魔力を使い切れば動けなくなる。

 

 違うところと言えば……。

 どれだけ物を壊しても誰も困らないところと。

 どれだけ傷を負っても死なないところ。

 私と天が、そう調整してる。

 

 もう一つは、『限界の突破』ができない点かしら。

 現実と同じと言っても、あくまで現時点でのスペックを再現してるシミュレーション。だからどんなに調子が良くても、その時点での肉体的な限界を超える事は絶対にできない。

 これは、今の電脳技術では、まだ解決できない部分。

 

 ……そういう意味では、確かに実際の訓練とはまるで違う。

 でも、限りなく現実に近いシミュレーションは、決して無駄にならないと思う。

 

 本質的に強くなるには、現実で鍛錬するしかない。でもその分、疲労は溜まるし、肉体の回復にも時間がかかる。時間が減れば試行回数も減る。これは大きな損失だと思わない?

 時間は有限だもの。

 使えるものはなんでも使って、なんでも試してみましょう。

 

 これは、その最初の一歩。

 試してきてほしいの。

 

 我妻梅。周万姫。始祖十家のあなた達に。

 私達の作った訓練施設が、どこまでやれるのか。

 どれだけ暴れても壊れない、魔法使いが全力を出しても問題ない、理想の場所かどうかを。

 

 ……目的は理解してもらえた?

 

 

 

 

 

 

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