実験に利用された挙句捨てられた少年   作:明星桜花

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第百三話 Dag Eelef

ー明星桜花sideー

11日目、昨日と同じく朝食を食べた後

今日からはルクセンブルクの観光に入る

まずはルクセンブルク市内を見て回る

 

 

Fofzéng Minutten méi spéit

 

 

取り敢えず車をボックの砲台の近くの駐車場に停める

そしてそこから歩き始め、市内を見て回りながら俺は

「ここルクセンブルク市は、

その険しい断崖絶壁に囲まれた地形から『北のジブラルタル』と称されるほどの軍事要塞としての歴史があるんだ

その歴史は、アルデンヌ伯ジークフリートが、現在のボックの断崖にあった古い砦*1を手に入れたことから始まる

この地は交通の要所であり、防御に適した天然の要塞だったんだ

中世から近代にかけて、ルクセンブルクは欧州の覇権を争う強国*2に次々と支配された。

断崖を利用したその守りは、当時『世界で最も攻略が困難な場所の一つ』としえ恐れられた

そして、1867年のロンドン条約により、ルクセンブルクの永世中立が認められ、これに伴い、軍事緊張を避けるため「要塞の解体」が決定された

約16年かけて大部分の城壁が取り壊されたが、現在も残る砲台跡や地下通路は、当時の面影を強く残しているね

要塞がなくなったことで街は開放され、

現在の美しい公園や都市景観が形成されるきっかけとなった

20世紀に入り、二度の世界大戦によるドイツ占領を乗り越えたルクセンブルクは、

欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の設立に関わり、現在は欧州投資銀行や欧州司法裁判所などが置かれる『欧州の首都』の一つとなり、

1994年、その歴史的な重要性から「ルクセンブルク市の古い街並みと要塞群」としてユネスコ世界遺産に登録された」

とルクセンブルク市の歴史を話す

そうして次の目的地、Schlass Vianden*3へ向かう

約50分の移動だ

 

 

Fofzeg Minutten méi spéit

 

 

Schlass Viandenに到着し、

見て回りながら俺は

「このSchlass Viandenはローマ帝国の防衛拠点として、四世紀頃、高台に石造りの塔が建てられたのが始まりだ

そして10世紀頃にその遺構の上に最初の居住用の城が築かれ、ヴィアンデン伯爵家の拠点となった

その後、11世紀から14世紀頃

この時期に城はロマネスク様式からゴシック様式へと進化し、ヨーロッパでも屈指の規模を誇るようになるんだ

その頃のヴィアンデン伯爵家は、ドイツ皇帝とも密接な関係を持つほど強力な一族だった

続く12世紀から13世紀にかけて、

現在も残る美しい『10角形の礼拝堂』や、壮大な『騎士の間(Grand Hall)』が作られた

これらは当時の伯爵家の富と権力を物語っている

15世紀になるとヴィアンデン家はオラニエ=ナッサウ家に引き継がれた

しかし、彼らはこの城に住まず、管理人に任せきりにしてしまった

そして、1820年にオランダ国王ウィリアム1世が城を地元の商人に売却。

その商人は、建築資材として城の屋根、窓、家具などをバラバラにして売り払ってしまった

そうして19世紀の間、城は屋根のない無残な廃墟(ルイン)として放置された

1977年、ルクセンブルク大公国が城を国家所有に移管し、史実に基づいた大規模な修復プロジェクトが開始した

その結果、失われた屋根や内装が再現され、中世の輝きが取り戻された

現在ではルクセンブルクで最も訪問者の多い観光スポットの一つとなり、中世フェスティバルなども開催されているんだ」

とSchlass Viandenについて説明した

そうして全てを見終わり、

そのままホテルへ戻った.

*1
ルシリンブルク:小さな城

*2
ブルゴーニュ、スペイン、フランス、オーストリア、プロイセン

*3
ヴィアンデン城

山頂に聳え立つ古城

周囲の深い森が城の美しさを際立たせる

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