双影のヤタガラス   作:ファンの一人

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《プラスチック・フランジブル弾》
 千束が使用する非殺傷弾。通称ゴム弾。着弾時には弾頭が細かく砕け、まるで彼岸花が咲いたように見える。現在は開発局により量産されている。


第4話Scene1:銃弾の軌跡

 今日の地下は、いつになく騒がしい。

 

 隣の射撃訓練場から響くのは、絶え間ない銃声の連打。

 殺傷弾に非殺傷弾、耳に届くのは金属が溶けていくような乾いた音ばかりだ。

 時折混じる重い音は実弾の証拠で、その度に肩が小さく竦む。

 ミカさんの言うところの「日々の研鑽」自体には異論はない。

 むしろ、この二人の腕前を維持するためには必要不可欠な時間だと理解している。

 だからこそ、俺はヘッドホンを装着し、机に向かって事務仕事を片付けていた。

 

 だが、いくら耳を塞いでも、心臓の奥まで響くような銃声は容赦なく頭を揺らす。

 特に45口径の重い銃声は、まるで太鼓を腹の底で叩かれているようで、集中力を削ぎ取っていく。

 関東本部で御子柴さんに「量産コストが高すぎる。もう少し節約を心がけてもらわないと」と小言を食らったばかりなのもあって、どうしても弾丸が飛ぶたびに札束が飛んでいく錯覚に苛まれてしまう。

 一発あたりの単価を計算すると、それだけで頭が痛くなる。

 命に関わることだと頭では分かっているのに、財布の紐は勝手に緊くなっていく。

 

 ふっと銃声が途絶えた。静寂が戻ると、今度は自分の心拍音が妙にうるさく感じられる。

 ドアが開き、千束とたきながヘッドホンと防護グラスを小脇に抱えて入ってくる。

 二人とも汗ばんだ顔をしており、特に千束の髪は額に張り付いていた。

 俺はヘッドホンを外すと、長時間の着用で乱れた髪が耳にかかり、手ぐしで慌ただしく整えた。

 

「終わったよ〜」

 

 千束の声は普段通り明るいが、どこか充実感に満ちている。

 一方のたきなは、いつもの規律正しい口調で報告する。

 

「射撃訓練、終了しました」

 

 二人ともヘッドホンと防護グラスを所定の棚に戻していく。

 その手つきは慣れたもので、道具を大切に扱う習慣が身についているのがよく分かる。

 思い出せる限りの銃声を数え、概算でのコストを計算してしまう。

 ついつい顔に手をやってしまった。

 

「って、なに顔隠してんの?」

 

 千束が首を傾げながら俺を見つめる。

 その瞳には純粋な疑問が宿っていて、計算高い思考など微塵も感じられない。

 

「いや。ちょっと経費の勘定をな……」

 

 ごまかすように書類を机に伏せ、話題を変えるべく二人に対して敬礼する。

 

「射撃訓練。ご苦労さまです」

「琥珀も訓練すればいいのに。ここじゃバレないでしょ?」

 

 千束が無邪気に提案してくる。

 確かに地下の訓練場なら、誰に見られる心配もない。

 だが、それでも守らなければならないものがある。

 

「バレるバレないの問題じゃなくて、ルールだろ」

 

 大げさに腕を広げ、答える。

 組織の規律は、たとえ誰も見ていなくても守らなければ意味がない。

 それが琥珀なりの矜持だった。

 千束は悪戯っぽく目を逸らした。

 

「意地っ張り……」

 

 小さく呟かれた言葉が、妙に耳に残る。

 

「今、何か言ったか?」

 

「なにもー!」

 

 千束はひらひらと手を振り、まるで子供のようにたきなの後ろに回って逃げ込んだ。

 その様子があまりにも可愛らしくて、琥珀も思わず苦笑してしまう。

 そんなやり取りを横で見ていたたきなが、ふとこちらに向き直る。

 その表情には、先ほどまでの訓練の充実感と、新たな興味が混在していた。

 

「琥珀さん。射撃の腕前はどうなんですか?」

「たきな、すごいんだよ!」

 

 質問に答える前に、千束がすぐに割り込んでくる。

 

「実弾ど真ん中。ほんっとに機械みたいに正確なの!」

 

 褒め言葉なのに、千束には照れのかけらもない。

 むしろその顔には、友人の実力を心底誇らしく思う笑みが浮かんでいた。

 まるで自分のことのように嬉しそうで、その純粋さが見ていて清々しい。

 対照的に、たきなはわずかに目を伏せ、声を抑えて返す。

 

「……普通です。訓練を繰り返せば、誰でもできます」

「いや。それを"普通"って言い切るのがすごいんだよ」

 

 千束が感嘆の声を上げる。

 そう言いながらも、たきなの口元は否応なしに引き結ばれ、否定しきれない自負がにじんでいた。

 謙遜しているつもりでも、内心では自分の実力に確信を持っているのだろう。

 それもまた、実力者の証だった。

 

 俺は顎に手を当て、天井を見上げる。

 記憶を辿りながら、自分の昔の評価を思い出していた。

 

「リコリスとリリベルの評価基準が一緒かわからんが、一応A+だったか」

 

 千束はしたり顔で頷き、たきなは驚きと警戒を混ぜたような表情を浮かべている。

 

 ――なぜ、お前が得意げになる?

 

「ふふん。なんなら琥珀、リリベルの隊長だったんだよ」

「隊長ですか!」

 

 たきなの声が上ずる。

 隊長という肩書きが持つ重みを、彼女なりに解釈したのだろう。

 

「昔の話だ」

 

 ライセンスの停止や銃の返却。

 過去の栄光など、今となっては何の意味も持たない。

 もはや過去のポジションに執着している場合ではないため、話を変えることにした。

 

「お前ら、きちんとメンテナンスしとけよ。特に45口径は念入りにな」

 

 琥珀の言葉に、たきなが瞬きをする。

 実働部隊として当たり前なことだが、彼女なりに関心を示しているのだろう。

 千束はにやにやしたまま肩をすくめている。

 

「……こいつ、愛銃ダメにしかけたんだよ」

 

 琥珀が千束に鋭い視線を向ける。

 その目には、過去の苦い記憶が宿っていた。

 

「千束の愛銃……あの特注品ですか」

 

 たきなの声に興味深げな響きが混じる。

 

「千束が使うゴム弾って、熱に弱いんだ。電波塔事件から使い始めたんだが……ミカさんが試作してた頃は特にひどくてな。連射すると銃身内の温度が上がって、弾丸が銃身を抜ける頃にはもう変形してたんだ」

 

「……えっ」

 

 たきなが目を丸くし、反射的にホルスターに手が伸びている。

 自分の愛銃を確認するような仕草だった。

 

「そんな状態で撃てたんですか?」

「まっすぐ飛ばないから、命中率は悲惨だったな。銃身の内側で削れた破片が散って、相手に当たると小さい傷は増えるけど、肝心の制圧力は皆無。人は止まらない」

 

 琥珀の声には、苦い笑いが混じっていた。

 

「最悪、銃身にべっとり樹脂がこびりつくの。掃除サボったら一発でジャムるから、毎回分解清掃が必要なんだよね」

 

 千束は「あはは」と笑い、俺は渋い顔で肩をすくめる。

 

「笑いごとじゃない。あの頃は本当に命中率どころか、銃そのものの寿命を縮めかねなかった」

 

 監視カメラに向かって言う。

 ミカが見てるかどうかは分からないが、録画を確認している時にでも気づけばいいだろう。

 

「その代わり、音はすごく小さかったんだよね」

 

 千束が茶々を入れるように言う。

 

「サプレッサーなしでも、ぱんって軽い音しかしない。隠密任務には向いてたってやつ」

 

「へぇ……」

 

 たきなは感心とも呆れともつかない声を漏らした。

 実戦経験豊富な彼女にとっても、ゴム弾に興味を持っていたのだろう。

 

「でも今は開発局が手を加えてる。耐熱性の素材を混ぜた新型は実銃でも扱いやすくなったが……その代わりに、コストが馬鹿高くなった」

 

 俺は苦笑を浮かべ、千束は笑いながら肩をすくめ、たきなは小さく息を吐いた。

 現実的な問題を前にして、三人三様の反応を示す。

 二人はそそくさとテーブルに銃とメンテナンスキットを広げ、手慣れた様子で作業に入る。

 分解、清掃、注油。一連の動作に無駄がない。

 

「それと、たきなの銃は9mmで間違いないか?」

「はい。間違いありません」

 

 たきなもメンテナンスは慣れているようで、答えながらも手を止めることなく作業を進めている。

 その集中力の高さは、さすがリコリスといったところだった。

 

「ありがとう。関東本部とは別口で発注が必要になったから、一応確認しておきたかった。東京はほぼ45口径だし」

 

 リリベルも45口径に統一されつつある。

 規格の統一は効率的だが、個人の特性を考えると必ずしも最適解ではないのが悩ましいところだった。

 


 

 夜。ミカさんと今後の方針について話し合うため地上の店舗部分にいると、唸り声が聞こえてきた。

 

 外に漏れそうなほどの大きな声だったため、カウンター側に顔を出すと、千束がジャージ姿でゲーム画面に向かってムキになっている。

 コントローラーを握る手に力が入り、身体全体で操作している動きを見せていた。

 

 案の定、外に漏れていたようで、買い物から帰ってきたたきなが玄関の扉を開けたまま呆然と立っていた。

 その表情は、呆れと困惑が入り混じっている。

 

「琥珀。お前はゲームやらんのか?」

 

 クルミが振り返って聞いてくる。

 俺はモニターに映っているゲーム画面に見覚えがあった。

 デフォルメされたカラフルなキャラクター。

 色とりどりで立体的なマップ構成。

 クロスプレイ対応の基本プレイ無料のVRシューティングゲーム。

 

「あのDAのダミー会社が開発したゲームをか?」

「待て。それ問題発言だろ」

 

 クルミが呆れたようにこちらを見やる。

 確かに、表立って言うべき内容ではないか。

 

「調べれば出てくるだろう。情報収集はお前の十八番だろ?」

 

 クルミの抗議を最後まで聞かず、ミカさんとの話に戻る。

 

「ハッキングの件。まだ犯人の手がかりは掴めていないのか」

「中央からは何も情報が降りてきません。それに今回の案件、最高機密扱いらしいので」

 

ミカの表情が曇る。

 

「お前でもだめか……Need to Knowの原則ってやつだな」

「ラジアータのハッキング。上層部はどうしても外部に知られたくないのでしょう」

 

 ラジアータ――DAが誇る最高の情報管理システム。

 それが破られたとなれば、組織全体の信頼性に関わる問題だった。

 

「最高機密となると、DA上層部や本部司令級……支部レベルに情報が降りてこないわけだ」

「なんせ千丁もの銃が行方不明ですからね。上がピリピリするのも頷けます」

 

 それだけの銃が闇に流れたとバレたら、社会全体に与える影響は計り知れない。

 

「それと……アイツの事なんだが……」

「交渉は続けます」

 

 そんな話題の中、店舗側から「やったー!」という歓声が響いてきた。

 

「……琥珀は混ざらないのか」

「リリベルの娯楽室で腐るほどやりましたよ」

 

 肩をすくめて答えると、ミカさんがふっと笑みをこぼした。

 重い話題から意識を切り替えるように、わざと日常の会話に戻しているのだろう。

 

 頭の片隅であの不安を抱えたまま、店舗側から聞こえる千束の勝ち誇った笑い声と、たきなの嘆息が重なって響いてくる。

 あの二人がいると、どうしても空気が柔らかくなる。

 

「――明日たきなに私服買うから琥珀変わってね♪」

 

 唐突に扉が開いて、千束が顔を突っ込んできた。

 勢いよく放たれた言葉に、一瞬だけ場が固まる。

 よりによって重苦しい空気を吹き飛ばすような発言を、当然のように口にしてくる。

 俺は思わずミカさんに目配せする。

 彼は苦笑を浮かべ、肩を小さく竦める。

 

「……分かったよ」

 

 ため息混じりに承諾する。

 こういう時は抵抗しても無駄だ。

 

 千束は「やった!」と満足そうに笑い、扉を勢いよく閉めていった。

 残された空気は、ほんのわずかに和らいでいた。

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