双影のヤタガラス   作:ファンの一人

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《パルス》数日以内の改ざん痕跡あり。
ラジアータが対象を識別し警報を制御するための高度認証機構。
一部の人間(DA職員・友軍戦闘員)をホワイトリスト登録し、警報対象から除外する。


第1話Scene1-2:武器取引事件

 10年という歳月を隔てても、東京の夜は真島にとって変わらぬ不協和音を奏でていた。サイレンの残響、深夜でも絶えることのない車の排気音、遠くから聞こえる電車の軋み――それらが複雑に絡み合い、都市特有の騒音を紡ぎ出していた。だが、かつて彼が知っていた闇は、今や明らかに色を変えていた。

 

 街全体を包む光の密度が、記憶にあるそれとは比較にならない。LED照明が建物という建物の輪郭を浮かび上がらせ、看板という看板が競うように光を放っている。真夜中だというのに、まるで人工の太陽に照らされた昼のような明るさだった。そしてその光に混じって、至る所に設置された監視カメラの小さな赤いランプが、規則正しい間隔で点滅を繰り返している。まるで巨大な電子の眼球が、数万という単位で街のあらゆる角度から無数に瞬きながら、獲物となる人間の一挙手一投足を監視しているかのようだった。

 

 今回の依頼は、彼にとって久方ぶりの日本への帰国を意味していた。肌に感じる空気の質、匂い、そして人々の表情――全てが記憶と微妙にズレていた。

 

 依頼内容は――「日本の新たな電波塔を壊せ」。

 

 10年前の記憶を嫌でも呼び覚ます、皮肉めいた内容だった。あの日、旧電波塔で彼が迎えた結末。崩れ落ちる鉄骨と共に散った多くの命。そして、自分の無力さを痛烈に思い知らされた苦い敗北感。それらが一気に脳裏によみがえる。

 

 しかし依頼がなくとも、彼は遅かれ早かれ日本に戻っていただろう。理由は単純明快だった。

 

〈日本に入国したテロリストは皆、消息不明になっている〉

 

 海外の裏社会において「日本」という国名は、ある種の都市伝説と化していた。ヨーロッパの武器商人、中東の過激派、南米の麻薬カルテル――あらゆる組織の構成員が、日本への潜入を試みては痕跡もなく消え去っている。まるで神隠しにでもあったかのような、不可解で完璧な消失劇。その噂は、真島が身を置いてきた暗黒世界でも、もはや常識と化した共通認識だった。

 

 一体、この国で何が起きているのだろうか。

 

「……気持ちわりぃな」

 

 真島は静かにそう呟いた。彼の心の奥底では抗い難い好奇心が蠢いていた。その異様なまでの治安維持の裏側に隠された真実を、この目で確かめずにはいられない。それは職業的な興味を超えた、もっと根源的な衝動だった。

 

 午前三時。依頼者の一人が指定した、都心から少し外れたオフィスビルで武器を引き渡す段取りになっていた。依頼打ち合わせの際に聞かされた数量は「1,100丁ほど」。個人のテロリストが扱うには破格の、実に気前のいい話だった。これだけの火力があれば、相当規模の作戦も可能になる。

 

 仲間とともに指定されたビルへ向かう。歩くたびに、首から下げた小さなフクロウのペンダントが微かに揺れ、街灯の光を鈍く反射していた。海外での逃亡生活の果て手に入れた――いや、より正確に表現するなら、半ば強制的に押し付けられた――呪いじみた品だった。「これがお前の運命を変える」などという曖昧な言葉と共に渡されたそれは、今でも彼の胸元で重い存在感を放ち続けている。

 

 エレベーターに乗り込み、きしむような音と共に6階まで上昇する。薄暗い廊下を歩いて指定された事務所の扉に到達すると、中では腕に色鮮やかな刺青を入れた壮年の男が待機していた。スーツは着ているものの、その立ち振る舞いや雰囲気は、現代の洗練されたビジネスマンというより、昔気質のヤクザそのものだった。威圧感のある体格と、鋭い眼光。商売人の顔の奥に、暴力の匂いを隠し持った男だ。

 

「お待ちしておりました」

 

 男は真島たちの姿を確認すると、慇懃に深々と頭を下げた。その動作には、古い世代の任侠道に通じた礼儀正しさがあった。

 

「かなりの量になりますので、積み込み作業はこちらで手配いたします。トラックもご用意してございます」

 

 事務所の奥へ案内されると、そこには軍用の木箱が幾重にも積み上げられていた。一つ一つの箱には、国際的な武器輸送で使われる記号と番号が記されている。蓋を開けて確認すると――擲弾発射器、軽機関銃、自動小銃、拳銃、さらには爆薬や手榴弾まで。総数にして1,151丁の武器類が、整然と梱包されて眠っていた。

 

 真島は一瞥で、この状況の異様さを理解した。

 

 ――この街に張り巡らされた監視網をかいくぐり、検問や警備を避けながら、これほどの大量火器を運び込むなど、常識的に考えて不可能に近い。

 

 港湾での荷揚げ、税関検査、運送業者の選定、保管場所の確保……どの段階においても、相当な組織力と資金力、そして内部協力者の存在が必要だ。この男は一体何者なのか。そして、なぜこれほどまでに自分たちに協力的なのか。

 

 そのとき――。

 

 カシャッ――。

 

 ほんの一瞬の微細な音が夜の静寂を破った。シャッター音。

 

 反射的に音の発生方向に目を向ける。窓の外、通りを挟んだ向かい側のオフィスビルの中層階、一室だけが煌々と明かりを灯していた。午前三時を過ぎたこの時刻に、なぜあの部屋だけが。

 

 まさか、これは罠なのか?

 

 だが冷静に考えれば、単なる逮捕が目的ならば、ここまで大掛かりな仕掛けは必要ない。1,100丁を超える武器を実際に用意する必要もないし、これほどの手間と費用をかける理由が見当たらない。

 

「急げ、さっさと積み込め」

 

 真島は思考を中断し、商人と仲間たちに鋭い指示を飛ばした。疑念は抱きつつも、この量の武器を手に入れることができれば、今後の作戦展開は格段に有利になる。時間をかければかけるほど、発覚のリスクは高まるのだ。三人がかりで、手際よく木箱をトラックの荷台に積み込んでいく。重い箱を持ち上げるたびに、中の武器がかすかに金属音を立てて擦れ合った。

 

 すべての積み込み作業が終了したのは、夜明け過ぎのことだった。東の空が徐々に白み始め、都市の輪郭が闇から浮かび上がってくる。

 

 依頼者が指定したアジトへ向けてトラックを走らせる途中、荷台の隅に一つだけ色の違う小さなケースを発見した。他の武器箱とは明らかに材質も大きさも異なる、高級感のあるアルミ製のケースだ。開けてみると、中には手紙と共に、真新しい白いスマートフォンが丁寧に梱包されて収められていた。

 

 手紙には、簡潔な文字で一行だけ。

 

『期待している』

 

 その短い言葉の下には署名もなく、差出人の正体を示すものは何もなかった。ただ、次の行動を促すような、得体の知れない意図と冷たい沈黙が、その白い紙面から立ち上っているかのように感じられた。真島は手紙を握りしめながら、自分がより大きな計画の一部に組み込まれつつあることを、漠然と予感していた。




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