《カツラ・コンタクト》
開発局特製の人工物。長時間着用しても身体に負担がないよう、高度な技術で製造されている。製作者は「新しい扉が開いちゃったわね」とコメントしている。
たきなに改めて自己紹介すると、リリベルについて聞き返してきた。しかし、俺の後ろでくすくすと笑い声が聞こえたため、振り返ると、案の定ミズキが裏で肩を震わせている。もうアルコールが回って面白いらしい。
「呑んでねぇで働け」
俺がミズキを準備作業に戻らせると、千束とたきなは「着替えてきます」と言って更衣室へと足早に向かっていった。千束の軽やかな足音と、たきなの規則正しい歩調が店内に響く。
「本部は偽の情報を掴まされたってこと?」
ミズキが手を動かしながら、先程の件について口を開いた。ヤブミを通して送られてきた例のカップルのツーショット写真を開いては、眉をひそめる。
「さあな。本部を騙したいならもっと上手くやるだろう」
俺は肩をすくめながら答えた。
「それに情報を聞き出す前に千束がクリーナーに引き渡したしな」
クリーナーという言葉を聞くと、ミズキの表情がさっと曇る。
「またクリーナー?あいつら高いのよ。これで今年何回目?」
ミズキが指を折りながら数え始めた。請求書が届いたら真っ先にミズキに見せ、青ざめる顔を拝んでやろう。
「仕方ないでしょ。DA呼んだら殺されちゃうし」
先に着替え終わった千束が『STAFF ONLY』と札の掛けられた扉から飛び出してきた。赤いリコリコのユニフォームはよく似合っている。
「それに銃取引の重要情報を掴んだら、たきなの復帰も早まるでしょ。琥珀も上に掛け合ってくれるし」
千束が俺に向かって期待の眼差しを向ける。その無邪気な表情に、思わず苦笑してしまう。
「俺を何だと思ってるんだ。そこまでの権限は俺には無い」
俺はかぶりを振った。
「俺はリリベル所属だ。あの人だってリコリスの人事にまで手は伸びないだろうし」
そう伝えると、千束は頬を膨らませて口を尖らせる。まるで不満を訴える子供のようだ。
「なんだー。つまんないの」
千束が両手を腰に当てて、がっくりと肩を落とす。その大げさなリアクションに、ミズキがまたくすりと笑った。
そんな他愛もない会話をしていると、更衣室の扉が静かに開いて、たきなが姿を現した。
「遅くなりました」
たきなは青いリコリコユニフォームに身を包んでいる。リコリス制服の着こなしも完璧だったし、背筋もぴんと伸びている。千束とは対照的に、どこか緊張した面持ちだ。
「似合ってるな」
俺が素直に感想を述べると、千束が飛び跳ねるように手を叩いた。
「でしょー。超似合ってるのよ。私の目に狂いはなかったわ」
千束がたきなの肩に手を回し、まるで自分の手柄のように胸を張る。たきなは少し表情が変わったような気がする。
その後、千束はヤブミの投稿機能を利用して、5人で撮った集合写真を投稿する。画面を見つめながら満足そうに頷くと、素早くサブアカウントに切り替えて自分の投稿に「いいね」を付けた。
「自分でいいね付けるってどうなん」
「戦略よ、戦略。最初の一個が大事なの」
リコリコの玄関がカランと軽やかな音をたてて開いた。入口のベルが優しく響く。
「ほら、練習通りに!」
千束がたきなの袖を軽く引っ張りながら横に並ばせ、来店したお客様に向かって歓迎のポーズを取る。たきなも慌てて姿勢を正した。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませ」
千束の元気な声とたきなのやや硬い声が重なる。扉から現れたのは、濃紺のスーツを着こなしたダンディな紳士だった。明るい色の髪を丁寧に撫で付け、落ち着いた雰囲気を漂わせている。
「やあ……ミカ」
男性が穏やかな声で名前を呼ぶと、カウンターの向こうにいたミカさんがハッとしたように振り返った。その表情には驚きと、何か複雑な感情が混じっているようだった。
空気が少し重くなったのを感じ取って、俺はミズキに目配せをした。
「お前たち。2階の備品整理、頼めるか」
「え?今?」
「ああ、急ぎで片付けたいものがあるんだ」
千束は不満そうな顔をしたが、たきなが「お手伝いします」と申し出ると、表情を明るくして「じゃあ一緒に行こう」と立ち上がった。
ミカさんは注文も聞いていないのに、手慣れた様子でコーヒーを淹れ始めている。豆を挽く音がやけに響いて聞こえた。ミズキはいい男に会ったからか、カウンターから離れて座敷でアルコールを抜こうとしている。
「琥珀も手伝いに行きなさい」
ミカさんが振り返ることなく、静かにそう言った。どうやっても二人きりになりたいらしい。だったら邪魔しないのが配慮というものだろう。
「ごゆっくりどうぞ。シンジさん」
俺は軽く頭を下げて2階への階段を上がった。
2階に上がると、空気は一階の緊張した雰囲気とは打って変わって、ゆるやかで温かい空気に包まれていた。午後の陽射しが窓から差し込んで、ほこりが舞っているのが見える。
中央のテーブルでは、千束が向かい側にたきなを座らせている。二人とも持ってきた備品の箱には手をつけず、完全に作業を忘れて話に花を咲かせていた。
「千束さんから聞きました」
俺が近づくと、たきながふとこちらに顔を向けた。その瞳がじっと俺を捉え、髪の生え際から目の奥の色まで、丁寧に観察するように視線を滑らせていく。
「何でも、双子の弟だとか」
……弟?おい千束、また適当なことを吹き込んだな。
「違うな」
俺は軽く息を吐き、肩をすくめながらはっきりと否定した。
「生まれたのは俺の方が先だ。」
「私、生まれ順とか知らんし」
千束はニヤニヤと意地悪そうに笑いながら横から割って入った。肘でたきなを小突いて、「ほら、そーいうのどうでもいいじゃん」と小声で囁く。しかし彼女の表情は、むしろこの状況を面白がっているようだった。
しかし、たきなは納得いかない様子で、眉間に小さく皺を寄せながら、また俺の顔をじっと見つめる。その真剣な眼差しに、思わず居住まいを正した。
「でも……髪の色や目の色は、どう見ても千束さんと……」
「髪はカツラだ」
俺はそう言って、頭に軽く触れる。毛先がわずかに揺れ、光の加減で微妙に色味が変わるのが分かる。
「目はカラコン入れてんだよ。どっちも地方任務時代の癖でな。」
ポケットから予備のレンズケースを取り出し、たきなに見せる。透明な液体に沈んだ薄い色のコンタクトレンズが、室内の光を受けてきらりと反射した。
「目立ちたくないんだ。あっちは目撃証言1つで任務が潰れる世界だったからな」
たきなは小さく「なるほど」と呟き、ようやく納得したように視線を外した。
千束はそのやり取りを面白がっているのか、口元を緩めながら手を叩いて、「でも、雰囲気はやっぱり似てるんだよねー。なんか、佇まいとか」と茶化すように言った。
「それはどうかな」
俺は肩をすくめて、ようやく開かずにいた備品の箱に手を伸ばした。
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