《リリベル》
少年のみで構成された強襲部隊。
リコリスの手に負えなくなった重大事件の始末の際に使用される。
電波塔事件以前から派閥争いが絶えない。
“どんだけ防弾性能高めても痛いものは痛いんだね”
遡ること数時間前。俺はミカさんから呼び出されていた。何とも緊急の依頼で、千束やたきなには任せられない仕事らしい。朝早くに鳴り響いたヤブミの呼び出し音は、いつもより切迫した調子だった。しかも、依頼報酬は相場の3倍一括前払いということで、ミズキは普段の冷静さを忘れて目を金貨のように輝かせ、まるで宝の山を前にした冒険者のような表情で俺を待っていた。
『緊急:ウォールナット』
ミズキに見せられた依頼メールの件名にそう書かれていた。件名だけでも異常事態を物語っている。先日「ウォールナットが死んだ」と、あやめからメッセージが来ていた。爆破されたホテルの写真付きで送られてきたあの報告を思い出すと、裏方の苦労を思うと泣けてきた。しかし、殺された後に依頼とは手遅れ感が半端ないが、その裏には何かがある──そんな予感が俺の中でくすぶっていた。
「確認するが、リリベル内では動きは無いんだな」
ミカさんが低く抑えた声で念を押す。いつものように杖で体を支えながら、その鋭い視線で俺を見据えていた。世界的なハッカーであるウォールナットを巡っては、殺すべきだと考える強硬派と、生かして利用する現実派、まったく無関心な傍観派とで意見が割れている。それぞれの思惑が複雑に絡み合い、水面下では熾烈な駆け引きが続いているのだ。
「何もありませんよ。むしろ味方にしたいという声のほうが多いくらいです」
俺は肩を沈ませながら答える。すると、ミカさんは釘を刺すように言葉を出した。
「だとしても、逃亡が成功したからって誰にも言うなよ」
「わかってますよ」
ミカさんの表情に一瞬の安堵が浮かんだが、すぐにいつもの険しい顔に戻った。この件には相当な危険が伴う──それを彼の態度からひしひしと感じ取っていた。
「よろしく。ボクがウォールナットだ」
指定されたホテルの一室に入ると、そこにいたのは小柄な少女と鮮やかな黄色い大容量スーツケースのみだった。部屋は質素なビジネスホテルの一室で、ベッドとデスク、小さなテレビ以外には何もない。窓から差し込む日の出が、埃の舞う室内をぼんやりと照らしている。
少女の身長は130cmほど。艶やかな長い金髪が絹糸のように背中に流れ、澄んだ青い瞳がこちらを真っ直ぐに射抜く。外見だけを見れば八、九歳の白人系の子供で、陶磁器の人形のような完璧に整った顔立ちだ。
だが、その美しい瞳の奥にある冷ややかな光は、年齢不相応に老成していて、子供らしい無邪気さをまるで感じさせない。まるで数十年の時を生きてきた老人の魂が、幼い肉体に宿っているかのような不気味さだ。
「ウォールナットがこんなお子様だったとは驚きだな。てっきり、腰の曲がった老人かと」
「それが、DAのプロファイリングか?」
ウォールナットは小さく鼻で笑う。その笑い声には軽蔑が込められていた。
「三十年前から存在が認識されてるんだ。年寄りだと考えるのが普通だろう」
「普通? データをそのまま信じ込むのが普通なら、人間なんて馬鹿の集合体だ」
挑発するように、あどけない顔に意地悪な笑みを浮かべる。その表情は子供特有の無邪気さとは正反対の、計算し尽くされた冷笑だった。小さな口元が僅かに上がり、頬に小悪魔のような笑い皺が寄る。
「安心しろ。何度も"死んだ"ことにされてる時点で、誰も真実を掴んじゃいない」
「見た目なんて所詮、人間の錯覚にすぎないからな」
「そんなこと言うなら、この作戦自体が無意味だな」
俺とウォールナットは言葉を交えて返す。子供の体でそんな態度を取られると、なんとも面白い。
「ヨミガエリか?」
俺の呟きは小さく、室内の静寂に吸い込まれた。
「なんか言ったか?」
「何も」
そうやって話していると、廊下から台車のガラガラという音が近づいてくる。扉がノックされ、続けて開かれ、台車を押しながらミズキが汗を拭いながら入ってきた。台車には、途轍もなく大きな段ボール箱が載せられている。箱の表面には「重量物注意」「上下逆転禁止」などの注意書きが赤いマジックでびっしりと書かれていた。中身は……リスの着ぐるみだった。
「あ~。重かった。開発局からのお届け物よ」
ミズキは額の汗を手の甲で拭いながら、疲れた様子で台車から箱を下ろす。
着ぐるみの頭を試しに掴んでみるが……重すぎる。想像していた以上の重量で、持ち上げるのにも一苦労だった。7.62mmのライフルでも貫通できないように頼んでいた物だが、いくらなんでも重すぎる。内部に仕込まれた防弾プレートやセラミック装甲の重さが、ずっしりと腕に響く。もし、俺が断っていたらミズキが着ていたわけで……同情するね。
「ありがとうミズキ。開発局の皆にもお礼しなきゃ」
開発局に無理を言って作ってもらった総重量数十キロはあるだろう着ぐるみを、差し入れは何が良いかなどを考えながら着用する準備をする。久しぶりに“ゆべし”なんてどうだろう。
「確認しよう。僕が着ぐるみを着てウォールナットになりすまし、千束達と合流する。おそらくそのあたりで……ロボ太だっけ?に車をハックされルートから外れる。車を乗り捨て、事前に定めていたスーパーの跡地に逃げ込み襲撃を受ける。スーパーから出た時点で任務終了。僕の犠牲によって、君は生き残る」
「犠牲?」
ウォールナットの小さな眉がピクリと動いた。
『それに、すべてがシナリオ通りと言いたげだな』
ミカさんの声がインカムから響く。声に混じって、小鳥のさえずりが微かに聞こえた。
「当たり前ですよ。今日襲ってくる奴ら全員僕を通しているんですから」
ウォールナットが名を出したロボ太や傭兵たち、最後に回収する救急隊──ミカさんとミズキだが──に至るまですべてがシナリオ通りに動いてくれるはずだ。まるで巧妙に仕組まれた舞台劇のように、登場人物全員が台本通りの役割を演じることになっている。
「傭兵に至ってはロボ太が提示したであろう金額の上を出せばいい。金で動く奴らほど忠誠心は無いに等しいからな」
「ちょっと待って。その金は何処から出したの?」
ミズキが着ぐるみの外面を隅々まで点検しながら聞いてきた。防弾プレートの配置や、血糊装置の動作確認を慎重に行っている。
『そんなに金を掛けたら、利益も無くないか』
「安心してください。その為にリリベルからも殺害依頼を受けたんですから」
『おい。さっき動きは無いと……』
「えぇ。表層ではありません。第二派閥の裏工作です。だからこそ死の偽装ですよ。ロボ太・リリベルからも報酬を受け取る。がっぽり儲けられますよ」
インカム越しにミカさんが深く唸る声が聞こえた。計画の複雑さと巧妙さに、彼も舌を巻いているようだった。
「作戦に戻りましょ。ミカさんは千束達の案内を頼みます。ミズキはルートや救急車の確保……それと伝言を頼みたい」
俺は小道具として用意したタブレットを操作して、ミズキに伝言を送った。画面に表示された短いメッセージを、彼女は真剣な表情で読み込んでいた。
傭兵どもから銃撃されたとき、俺は気絶していた。着ぐるみ内部に響いた銃撃音と衝撃、そして血糊装置の作動音が最後の記憶だった。スーツケースとともに回収され、救急車で東京内を走る。車内はお通夜のような重苦しい静けさに包まれていた。エンジンの振動と、タイヤがアスファルトを転がる音だけが単調に響いている。汗だくで着ぐるみの頭を抱え込む俺には、何もする気力は残っていなかった。着ぐるみ内部は蒸し風呂のような状態で、汗が目に滲みて痛かった。
「そろそろ頃合いじゃないか?」
ウォールナットの澄んだ声が外側から聞こえる。任務は終了し、もう隠す必要もない。しかたなく、俺は着ぐるみの重い頭を持ち上げて外に出ようとする。内側の留め具に手をかけるが――。
「よっと……あっ、あれ?脱げない」
車から飛び降りた際に、頭がズレてロックを掛け直したのが裏目に出たらしい。隙間がピッタリと閉じて、どうにも脱げない。焦れば焦るほど、手が滑って上手く外せなくなる。
「まったく。締まらないわね」
処置スペースにいたミズキが呆れたような口調で言いながら、慣れた手つきで俺を助けてくれる。彼女の細い指が器用に安全装置を操作し、ようやく頭を脱ぐことができた。
「ぷは~。ミズキ助かった!」
汗だくの体に吹き込む車のエアコンの冷気が天国のように感じられる。肌にまとわりついた汗が一気に冷やされ、生き返ったような気分だった。久しぶりに目にする明るい車内の景色に、千束とたきながまん丸に目を見開いて驚いた顔でこちらを見つめていた。特に千束の口は小さく「お」の字になっている。
「これ、防弾。衝撃に反応して血ぃ出るの特徴でな。マジくっそ重いけど」
俺は着ぐるみの腹部を叩いてみせる。鈍い金属音が響き、内部に仕込まれた血のり噴出装置を作動させる。表面の茶色い生地に、人工血液の赤い染みを作ってゆく。
「じゃあ、ウォールナットさんは?」
千束が心配そうに眉を寄せながら訊ねる。彼女の瞳には安堵と困惑が入り混じった複雑な光を宿していた。さっきまで死んだと思っていた相手が、まさか偽物だったとは思いもしなかったのだろう。
『ここだよ』
澄んだ少女の声が救急車の狭い車内に響く。ウォールナット本人が黄色いスーツケースの中から小さな手を振りながら、VRゴーグルを額にずらして姿を現す。彼女の金髪は僅かに汗で湿っているものの、表情は涼しげで余裕すら感じられた。
千束とウォールナットのやり取りを聞きながら、俺はミズキから差し出された冷たい水のペットボトルを両手で受け取る。プラスチック容器の表面には細かな水滴が付いており、手のひらにひんやりとした感触が伝わってくる。一気に口をつけ、喉を鳴らして飲み干していく。着ぐるみを着て以来、何も飲まず食わずだった体に、水がまるで砂漠に降り注ぐ慈雨のように染み渡っていく。ペットボトルを傾ける角度がどんどん急になり、最後の一滴まで飲み尽くす。
「って事は……つまり。……誰も死んでないってこと?」
千束が小さく首を傾げながら聞いてくる。彼女の声には安堵が滲んでいたが、同時に状況を完全に理解しきれていない戸惑いも含まれていた。いつものように人懐っこい笑顔を浮かべているものの、頭の中では必死に情報を整理しているのが見て取れる。
「Exactly!誰も死んでないし、誰も損してない!」
俺は空になったペットボトルを高々と掲げながら、勝利の雄叫びのような声を上げる。作戦成功の達成感と、ようやく重い着ぐるみから解放された開放感が混じり合って、思わず大げさなポーズを取ってしまった。
「あんたが言うな」
ミズキが呆れたような表情で俺を見下ろしながら突っ込む。彼女の細い眉がピクリと動き、口元には苦笑いが浮かんでいた。確かに、散々汗をかかされて疲労困憊の俺が言うには説得力に欠けるかもしれない。それでも、全員無事で作戦が成功したという事実に変わりはなかった。
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