双影のヤタガラス   作:ファンの一人

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《DA武器》
 オペレーターから戦闘員まで、全員が所持を許可されている。組織規定では、所持できるものは自由に選ぶことができる。
 戦闘員にとって剥奪は、存在の否定と同義である。


第3話Scene1:落ちぶれた者達

 晴れて喫茶リコリコのメンバーになったウォールナット――別名クルミは、押し入れの中に住むこととなった。まるでネコ型ロボットだ。あのパーカーのポケットから、いつ秘密道具が出てきてもおかしくないと俺はいつも心のどこかで思っている。

 

 そんなことを考えながら、俺は夜更けのリコリコの地下に潜った。机の上には届いた書類が無造作に散らばっており、一日の業務の忙しさを物語っていた。ウォールナット関連の売上はクリーナー代でほぼ消えたし、着ぐるみでも思った以上に経費がかさんでしまった。……もう少し強気に交渉すべきかもしれない。頭の片隅で苦笑混じりに思う。

 

「失礼します」

 

 キーボードを叩いていると、階段の上から凛とした声が響いた。振り返ると、階段をたきなが降りてくるところだった。規則正しい動作で足を運んでいる。制服のスカートが僅かに揺れ、靴音が地下室の静寂に小さく響く。スマホの画面を確認すると、すでに閉店時間を過ぎていた。隠し開閉口の奥からは、常連客や千束の楽しそうな声が聞こえてきている。今日はボドゲの日だったか。

 

「遊ばないのか?」

 

 スマホの電源ボタンを押し、画面を暗くする。PCの作業中だったタスクを次々と閉じ、デスクトップ画面に戻す。椅子から立ち上がり、書類を軽く整えて席を誰でも使えるようにする。

 

「遊べばDAに戻れますか?」

 

 上で散々言われたのか、ため息混じりで返される。ボードゲームで本部に行けた事例は聞いたことが無い。人事部に頼めばいけるか?

 

「悪い。聞かなかった事にしてくれ」

 

 机の上に残していた自分の物をバックに詰める。忘れ物が無いか確認していると、聞こえてきた。

 

「質問してもよろしいでしょうか?」

 

 距離を置いた丁寧さがそこにはあった。彼女の表情も普段より硬く、何か重要なことを聞こうとしているのがありありと分かる。……まあ仕方ないか。たきなと直接話したことはほとんどなかったのだから。

 

「そんなに畏まらなくてもいいよ。何の質問?」

 

 俺はデスクにもたれかかり、彼女の方を向く。

 

「琥珀さんはあの日、リリベルだと仰いました。あのような事をするのがリリベルなのでしょうか?」

 

 ――"あのような事"。

 

 どうやら、リスの着ぐるみを着てなりすまし、銃撃を受けて倒れるという危険な任務や、ここで帳簿をつけたり依頼内容を承認する裏方業務のことを言っているらしい。彼女にとって、リリベルという組織がどんなものなのか、その実態が掴めずにいるのだろう。思わず、頬がゆるんだ。

 

「何か可笑しいでしょうか?」

 

 たきながムッとした顔を見せる。大きな瞳で真っ直ぐにこちらを射抜き、眉がピクリと動く。頬が微かに膨らみ、明らかに不機嫌そうだった。

 

「いやいや、可笑しくないよ。……これは俺が悪いな」

 

 慌てて首を横に振ると、たきなは眉を少し寄せたまま、下唇を軽く噛んで言葉を飲み込んだ。だが、口元はほんのり柔らかく、怒っているというより困惑している様子が見て取れた。

 

 その時、地下室の照明が僅かに揺らめいた。外の夜の静けさと違い、この人工的な空間は蛍光灯の白い光だけが支配している。小さな机の上に並ぶ書類やPCのモニターに反射した光が、現実と非現実の境目を曖昧にしていた。まるで秘密基地のような雰囲気が、この地下室には常に漂っている。

 

「琥珀。居るなら遊ばないかって……邪魔しちゃった?」

 

 不意に開閉口から顔を覗かせた千束が、片手を口元に当てて悪戯っぽく笑った。目の奥に小さな企みの色を宿しながら、まるで面白いものを見つけた子供のような表情を浮かべている。

 

「千束。ちょうど良い。たきながリリベルについて知りたいって」

 

 俺は声をやや張って千束に届かせる。

 

「え〜。琥珀が言えばいいじゃん。それに、言って大丈夫なの?」

 

 千束は和服をひらひらと揺らしながら下りてくる。その口調には軽やかさがあるが、言葉の端には組織の規律を気にする真面目さも混ざっていた。普段は天真爛漫に見える彼女も、やはりリコリスとしての責任感を持っているのだ。

 

「大丈夫だろ。千束が見たそのままを言えば、たきなにも分かりやすいと思ってな」

 

「うーん……リリベルね。難しいなぁ……」

 

 千束は小首をかしげ、天井を見上げてしばらく考えてから、にっこりと人懐っこい笑顔を浮かべた。

 

「男の子版リコリス。かな」

 

「男の子版リコリス……」

 

 たきなは眉間に小さく皺を寄せ、満足いっていない様子だった。確かに少し広義的な説明かもしれない。もう少し詳しく説明しようと口を開こうとすると――。

 

「では……なぜ銃を持って無いのですか?」

 

 なるほど、気になっていたのはそこか。リコリスとして訓練を受けた彼女なら、武装していない組織の人間を見れば当然疑問に思うだろう。

 

「……俺。ライセンス停止処分中なんだ」

 

 たきながハッとしたように目を見開き、驚いた顔でこちらを見ている。明らかに、聞いてはいけないことを聞いてしまったという後悔の色が浮かんでいる。

 

「私が3カ月前の任務で拾った証拠失くしちゃってさ。でも、琥珀だけが謹慎くらったんだよ」

 

 千束が申し訳なさそうに補足する。普段の明るい声とは違い、どこか沈んだ調子だった。

 

「リコリコは千束がいなきゃ存続できない。それに重要証拠の紛失は任務責任者の落ち度だ」

 

「でも、これは千束さんが悪くないですか?」

 

 視界の端で千束がガクッと膝をついて崩れ落ちている。予期していないナイフのような言葉が、彼女の心に深いダメージを与えたらしい。肩を落とし、まるで雨に打たれた子犬のような姿だった。

 

「……たきなは上のゴタゴタを知らないから言えるんだ」

 

 俺は苦笑いを浮かべながら独り言つ。組織の複雑な事情を知らない彼女には、表面的な事実しか見えていないのだろう。すると、ダメージから立ち直った千束がスッと近づいてきた。

 

「これ、DAから届いてたよ」

 

 千束がリコリス制服のポケットから白い封筒を取り出す。DAの公式な封印が押されており、重要な書類であることが一目で分かる。

 

「いや。先に渡せよ」

「だって渡しにくいんだもん。真面目な話……してるし」

 

 俺はデスクの引き出しからレターナイフを取り出し、封筒をきれいに切って中身を出す。便箋ーー妙に可愛らしい子犬柄ーーを広げ、内容に目を通していく。

 

「なんて書いてあんの?」

 

 千束が好奇心に駆られて俺の隣に来る。肩越しに手紙を覗き込もうとする彼女の息遣いが、すぐそばに感じられた。ほとんど内容を把握できたので、手紙を千束に渡す。

 

「なんと?」

 

 千束が手紙を受け取り、その内容を読み上げようとする。

 

「DA関東本部に来いって。……御子柴さんから」

 

 あの人ついに強硬手段に出やがった。数多ある手紙を無視し続けたらこれか。忙しいのによくやるよ。

 

「琥珀さんも本部に行くんですか?」

「“も”って何?」

「私は最終日ライセンス更新。たきなは楠木さんに直談判」

 

 なるほど。千束が申し訳なさそうにこちらを見始めたのはそのためか。いつも最終日なのは嫌がらせなのか?

 

「だとしても一緒には行けないな」

「どうしてです?」

「リリベルは通常リコリス側の関東本部出入りを許可されてない。リコリスとリリベルが会わないのにも理由があるんだよ」

 

 仕方ない。カバンからスマホを取り出し駅からの送迎を頼む為ヤブミを放つ。数秒とたたずに返信が来た。「了」たった一文字だが信頼できる。

 

「御子柴さん。聞いたことがあります……確か“電波塔事件”後リコリスの生存率向上に一役買ったとか。どんな人なんです?」

 

 彼の事を知らない人間は必ず人物像を聞きたがる。その時、彼の事を知っている者は皆口々に言うだろう。俺と千束は意図せず合致する。

 

「変な人だな」「変な人だよ」




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