【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
せっかく書いたので、賑やかし程度にはなるかなあと。
当時の情報で書いているので、もしかしたら齟齬があるかもしれません。ご留意ください。
あと、感想をもらえると喜びます!(強欲)
書類を抱えて部屋へと歩く。通りがかりに「良いところに」とでもいうように追加の書類を乗せていく者がいるせいで、両手で持たねばならない量になった。
途中で手助けを申し出た者をいたのだが、こうまで膨れるとは思わずに断ったのだ。あの時、遠慮せずに頼んでおけばよかった。はあ、と吐いたため息は誰にも聞かれることなく消えた。
部屋はもうすぐそこだ。書類を抱え直して足を早める。
まっすぐと続く廊下は代わり映えがなく、同じような光景が続くせいで自分の位置が分かりづらい。ここへ連れてこられた当初はよく迷子になったものだが、今ではもうそんなこともない。
「お疲れさまです」
「お疲れさま」
すれ違いざまに挨拶をされて、同じように返す。
はて、あのひとは誰だっただろうか。まっすぐと目を見て愛想よく笑った顔には見覚えがあった。ただ、名は知らない。また後で調べておかなくては。
規則正しく足を動かしながら、思考を回す。
どうやらここロドスで、己はよく知られているらしく、同じようなことが何度もあった。こちらは名さえ知らないのに──顔さえ知らないこともあった──、あちらはよく知る人物を相手にするような目を向けられるのだ。
まあ、連れてこられたこのロドスでは、上から数えてすぐの場所に位置する。私が彼らを知るよりも、彼らが私を知る機会の方が多いのだろうが。
「よっ、と」
やっと部屋に着いて、重い書類を机に乗せる。痺れはじめて血の気が失せた手を、何度か開いたり閉じたりする。机に寄りかかって、思考をぼんやりと回す。
私には過去がない。
記憶の始まりでは、己の手が少女に握られている。起き上がろうとして、ぐらりと体が傾いだのを覚えている。どうやら私は手術を受けていたらしい。
──きみは誰だ。
久しぶりに声を出したのか掠れて聞き取りづらいその言葉を発した時の、彼女の瞳を思い出す。
安堵から、困惑へ。それは哀切へと変化し、そして最後には覚悟へと変わった。
彼女と、その仲間に導かれ訳も分からぬまま外へ出た。──そこは戦場だった。
あなたならできると指揮を任され、そんなものが己にできるはずがないと思う間もなく戦闘が始まり、そして淀みなく指示を出す己に驚いた。終わってみれば私たちの勝利だった。
記憶は戻らない。しかし戦場に立つ度に指揮の精度は上がっていった。まるで勝つ方法を、はじめから知っていたように。
敵が何を考えるのかが分かる。どのように味方を動かせば、敵を退けることができるのか、勝つことできるのか。将棋の駒を進めるように、勝利の道が見える。
ぼんやりと天井を見上げる。捌く書類が多いせいで、この頃睡眠が不足しているためか、光が眩しい。
ゆっくりと頭を下ろして、眉間を揉む。思考が鈍くなっているのは分かるが、少なくとも期限の迫った書類は片付けてからでなければ休めない。
さて、仕事をするかと寄りかかっていた机から腰を上げたところで、入室の声がかかった。どうぞ、と返すと、扉が開いてひとりの少女が現れた。
「失礼します、ドクター」
私がはじめて出会った少女。記憶の始まり。
「こちら、ケルシー先生からの書類です」
差し出された書類を受け取る。無意識に彼女の頭に手が伸びた。彼女は背が低く、その頭は丁度撫でやすい位置にある。
「ど、ドクター?」
困惑が滲んだ声が耳朶を打って、はっとする。無意識だった。慌てて手を浮かせる。
が、一瞬ちらりと見えた顔が残念そうに見えて、退けた手を再びゆっくりと頭に乗せると、彼女は驚きの後に表情を緩ませた。
「……えへへ」
嬉しげに眉を下げて笑う。そうして顔をほころばせながら私を見上げた。
「どうしたんですか、ドクター?」
彼女の、その瞳。
──信頼。
そう呼称されるような眼差し。
先程、挨拶を交わした職員と同じ色のそれ。けれど彼女は、彼らの中で一等その色が濃い。
その理由はきっと、過去の私が持っているのだろう。思い出せないその影が、その感情を彼らの瞳に宿らせている。
義務か、決心か、あるいは意志かもしれない。ただその瞳は、私にある気持ちを抱かせる。空白の過去に歯がゆさを覚えながらも、進むべき道を指し示す。
そうだ、私は──。
此処へ来てからずっと、その瞳は確かな熱量を持って私を見つめる。始めはそれに困惑し、次に急き立てられ、そして今は。
彼女を撫でる手とは別の手で、心臓のあたりを握りしめる。
──この瞳に、報いねばならない。
その、覚悟とでも呼ぶべき、なにかを。