【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
ぐっと伸びをする。壁の時計を見ると、ちょうど休憩時間だ。少し離れた場所でゲームをしている今日の護衛──クオーラに声を掛けて、外へ出ることにする。
頭上には太陽が燦々と輝き、緑を明るく照らしている。ドクターの白衣の後ろを鼻歌を歌いながらクオーラが追いかけてくる。もう何度もここへは来たことがあるだろうに、クオーラはきょろきょろと周りを楽しそうに見回していた。
ドクターが芝生に腰掛けると、クオーラもその隣に大の字になって寝転んだ。空を指差して、野球のボールみたい、だとかグローブに似ているだとか、笑っている。その楽しげな様子にドクターも笑みを零した。
彼女には記憶がない。ロドスがクルビアの小さな町で補給のため停泊している際、クオーラは甲板の上で日向ぼっこをしているところを職員に発見された。それが彼女の記憶の始まりらしい。
──ドクターも、ボクと同じで記憶がないって聞いたよ。
そう言って話しかけてきたのは、いつだったか。
彼女はなにもかもを失くしているというのに、ひどく天真爛漫だった。
記憶は失われているが、野球へは並々ならぬ熱意があるらしく、たまにロドスの職員たちを巻き込んでゲームをしているところを見かける。勢い余ってガラスを割ることもあるのだが、彼女の屈託のない明るさに元気を貰っている面々は本気で怒れないとか。クオーラも反省はしているのだが、野球に熱中すると忘れてしまうのだという。
さすがに野球場は作れないが、彼女も他の者も楽しめるような場所を考えたほうが良いのかもしれない。
先程まで寝転がっていたのに、いつの間にかクオーラが居なくなっていた。どこへ行ったのかと視線を巡らせると、少し離れた場所でしゃがみ込んでいた。クオーラがドクターの視線に気づいて、ころころと転がるように戻ってきた。
ドクター、ドクターと白衣の袖を引いて、見せられたのは何の変哲もない細長い石で、しかしどうやら彼女の琴線に引っかかったらしく、歯を見せて自慢気に笑った。
「野球のバッドみたいだよ!」
言われてみれば、たしかにそう見えなくもない。いそいそとポケットに仕舞われるそれを見送って、ぽつりとドクターの口から漏れたのは脈絡のない、しかしたぶんずっと聞いてみたいと思っていた問いだった。
「寂しくないか?」
記憶がないのは、寂しくはないのか。自分が何者だったのか分からないまま過ごすことは、苦しくないか。
クオーラはきょとりと瞬いた。そしてすとんとドクターの横に座り、逆に問う。
「……ドクターは寂しいの?」
真っ直ぐに見上げてくる瞳は透明で、苦悩も憐憫もなく、ただただ純粋な疑問が満ちているようだった。ドクターが答えに窮していると、クオーラは少し考えるように首を傾げた。
「ボクはねぇ、寂しくはないかな~。記憶がないのはちょっと気になるけど、みんなが居るし、今も楽しいし」
「そうだな、ここに居ると賑やかだ」
楽しげににこにこと笑うクオーラに、ドクターは眩しそうに目を細めた。ドクターの相槌に、クオーラはうんうんと頷いたかと思うと、「それにさ!」と声を上げた。
「おんなじ場所に住んでいる人たちのことを家族って言うんでしょ。だったらドクターはボクの家族、きょうだいだね!」
ぎゅっと、手を握られた。クオーラの手は先程まで土をいじっていたせいか、指先が少し汚れていた。そしてなにより温かい。
「ね、そしたら寂しくないでしょ」
あっさりと言って笑うクオーラに呆気にとられ、しかし次の瞬間、ドクターは笑っていた。
彼女は自分の欲望に忠実でマイペースなように見えて、時折問題の芯をとらえるようなことを言うことがある。
記憶がなくて寂しかったのは、彼女の言う通りドクターだ。それをなんてことのないように「大丈夫だよ」と笑われて、そのてらいのない明るさに、気づかぬうちに入っていた肩の力が抜ける。
からかう言葉が口から出た。
「ずいぶんと、元気な妹ができたものだな」
「あはは、妹だぞ~」
クオーラは嬉しそうな顔をすると、大げさに腕を広げて抱きついてきた。それを受け止めてやりながら、ドクターはほう、と息を吐いた。
空を見上げる。高く澄み渡るような青が目に染みた。