【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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まだらの目/ハイディ

「やあ、ハイディ」

「あら、ドクター」

 ハイディは淑女にふさわしい笑みを浮かべた。巡らせる思考とは関係ない。これはただの反射のようなものだ。

 べつに、嫌いというわけではない。ただにこやかに、ほがらかに相手取るにはハイディがこのひとに向ける感情が複雑すぎる。

 尊敬は確かにある。しかし、素直にその念を込めて見上げようとは思えない。同時に、複雑な──明るいとはいえないようなこの気持ちを表にしようとも思わない。……いや、これは淑女として、はじめからその必要がなければ素直に感情を表出することはないのだけれど。

 

 ■ ■ ■

 

 ハイディはケルシーの専属トランスポーターだ。

 もっとずっと幼い頃から彼女のトランスポーターになることを夢見ていた。彼女の役に立ちたいとか、世界の役に立ちたいというのとは少し違う。

 もちろん、そういう気持ちがないわけではない。ハイディには十分な野心と好奇心があって、自身の行動によって世界が変わりうることを理解している。だから彼女ではなくとも、できるのだ。

 だがハイディは彼女がよかった。彼女との交信をもって己の世界が開けていくことに胸がはずんだ。

 ケルシーは博識だった。ハイディに様々なことを教えた。ハイディはそのすべてを受け取り、余さずに飲み込んできた。

 それらは確かに糧となり、ただの一般市民と変わりない戦闘力しか擁さないハイディがあのロンディニウムで生き残る力となった。それも、ハイディひとりではなく、ロンディニウム市民の多くの命をすくい取って。

 そんな力を己に与えたケルシーを、深く敬愛するのは当然と言えるだろう。

 だから、ケルシーの言葉の端々で出てくる〝ドクター〟に興味をもつのも当たり前だった。

 彼の人は頭脳明晰な指揮官らしい。ケルシーに並び立つような存在で、ロドスの一柱だとか。

 彼女は多くを語ったわけではない。ただ、語らずとも態度から読み取れるものはあり、ロドスと〝ドクター〟に襲った運命も大まかな筋書きは把握していた。

 ハイディがはじめて彼の人に出会ったのはあのロンディニウムでのことだった。

 ハイディが手を貸すレジスタンスの頭の少女とそう変わらない少女──現ロドストップのコータス──の隣に、彼の人はいた。

 敵対するつもりはない。恨んでもいない。

 あるのはただの好奇心で、そして彼の人は己の尊敬する人の心労になっていることへの小さな苛立ちだった。

 ドクターはハイディの感情を嗅ぎ分けたようだ。実際、ハイディ自身も仄めかしたのでそれもあるだろう。己とそして仲間たちが手を貸すに値するのかと試す気持ちもあった。

 あの一連の騒動で、〝ドクター〟は思ったよりもずっとよくやった。

 失ったものもあるが、それ以上に守られたものが多くあった。彼の人がいなければレジスタンスは生き残れなかっただろう。

 ──〝ドクター〟は敬愛する方とはまた違う天賦の才の持ち主だった。

 尊敬するに値する人間だ。だがそれでも素直に頷けず、相対する度にどこか試すような言葉を選んでしまうのは、ハイディの私的な心の問題だ。

 騒動が終わり正式にロドスのオペレーターとなってしばらく。いつだったか、廊下の片隅でケルシーとドクターが話しているのを見た。

 なんでもないふりで通り過ぎようとした次の瞬間、思わず足を止めてしまうような衝撃があった。

 ──ケルシーの。あのケルシーの表情が。

 呆然としているうちに話し合いは終わり、ケルシーが立ち止まったままのハイディに目を向けた。

 用事があるのか、と問われて頷く。足を止めた本当の理由を言えるわけがなかった。特に急ぎではない報告を語りながら、ちらりと彼女の顔を覗き見る。

 そこにあったのは、常とは変わらない──ドクターに向けたものではない──表情だった。

 もちろん、ハイディが彼女のすべてを知ることができるとは思っていない。いくら親しくしていたとしても、相対する人間によってその表情が変わるのは当然だ。ハイディもまた、そうであるから。

 だがそう分かってもなお、心にくすぶるものがある。それはハイディの問題で。

 

 ■ ■ ■

 

「そういえば、あの情報、助かった」

 世間話の後に思い出したように伝えられた言葉に、ハイディは目を瞬いた。ドクターはそんなハイディの様子にさらに言葉を追加して説明する。

 それはつい先日、ハイディがロドスにもたらした情報の中のひとつだった。一見取るに足りないように見えるが、ハイディの勘がそうは言っていなかった。考えうる推測を追加してレポートにしたのだ。懸念で済ませられればよいと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。

「君は目がいいね。それに推測も役にたった」

「あら、それは良かったわ」

 にこりとなんでもないように微笑んで。心の中で胸を張った。

 ──私はケルシーの連絡係ですから。

 彼女にふさわしい能力を持っているのである。

 同時に、当然、と思いながらも胸が小さく弾むのを自覚した。

「それでは」

 ちょうどいい会話の切れ目に、なんでもない風を装ってドクターと別れる。優雅な足取りは、十分な距離を離した後に止まった。

 小さなため息をひとつ。令嬢にふさわしく、しかし少しだけ苛立ちがのって。

 ハイディはドクターに複雑な感情を抱いている。けれど彼の人は確かに尊敬できる人間で。

 ──そんなひとに褒められば、複雑ながらも浮き立つものはあるのである。

 ハイディは窓の外を悠々と飛び回る鳥を目で追いながら、またひとつため息を吐いた。

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