【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
まぶたが重い。
シージはいつもは鋭い目を眠たげに開いて、窓の外を見た。青く澄んだ空が広がり、柔らかな太陽の光が地上のものを照らしている。
良い陽気だ。久しぶりに外へ行くのもいいかもしれない。シージは眠るのが好きだ。天気の良い日は外で寝たくなる。
「…………ん?」
そんなふうに午睡の寝床を探して移動していると、書類を抱えたドクターを見かけた。ふらふらと危なっかしく歩いている。
足をそちらに向けた。少々手助けをしてからでも、睡眠は待ってくれるだろう。シージは今日は一日、休みだった。
「重そうだな。持ってやろう」
「……うん」
「どこまで運べばいい?」
「……うん」
「…………」
シージはそこで、口を閉じた。ジロジロとドクターを見る。
ふたりの目線は合っているが、ドクターはシージを『視て』いなかった。ただ機械的に頷くだけである。
服の袖はよれていて、肌も荒れている。なにより目の下に真っ黒な隈があった。
シージの無遠慮な視線にも、ドクターは反応を返さなかった。ぼんやりと突っ立っている。時折瞬きをするので、寝ていないことは分かった。
そういえば、と思う。
シージは近日中に大規模な作戦が開始されるとかで、数日前からロドス内がざわついていたことを思い出した。今はまだ直接的な戦闘を担当するオペレーターに話は下りてきていないが、そのうち忙しくなるだろうから覚悟しておいたほうが良いとかなんとか。ドクターの様子を見るに、その前段階の検討でだいぶ根を詰めているのだろう。
焦点が合わないままぼんやりとこちらを見るドクターをしばらく眺めた後、シージはおもむろに口を開いた。
「何日寝ていないんだ?」
「うん」
「この指の数が分かるか?」
「うん」
「……今日は生憎の雨だな?」
「うん」
ドクターはこくこくと頷いた。幼子のごとき、というよりは、芯の抜けた幽鬼のようだ。
ちなみに、外は快晴である。近くの窓から入り込む日の光が、くっきりはっきりとドクターの疲労を浮かび上がらせた。目の下の隈が黒々と存在を主張している。
相手の言葉に「うん、うん」と頷くだけの機械に成り果てたドクターに、シージは駄目だこれはという顔をした。書類を取り上げると、ぐいっと抱えあげる。
数歩歩いて、ドクターは「えっ? はっ?」と声を上げた。目を白黒させる。が、説明も面倒だとシージは走り出した。
外へ出る。腕の中でドクターは「戻してくれ」だとか「どういうつもりだ」とか抗議の声を上げている。外が明るいせいか、涙目になっていて、それが少し哀れだった。
しかし、シージはちらりと一瞥したのみで、意に介さい。ますますスピードを上げると、腕の中から悲鳴のような声が聞こえたがそれも無視した。
しばらく走りつづけると目的地が見えた。シージはぐっと腰を落とした。
「黙っていろ。舌を噛むぞ」
「~~~!」
──跳ぶ。
シージはとん、とん、とん、と人ひとり分を抱えていることを感じさせない軽さで建物の側面の突起を蹴って、器用に上へ登っていった。ついに屋上へとたどり着くと、そこでやっと抱えていた荷物を下ろす。
ここはシージのとっておき。太陽の光が入るが、近くに木が茂っているおかげで思ったほどは眩しくない。昼寝に最適な場所だった。
荷物(ドクター)は、意味が分からないという顔で目をぐるぐるさせていた。シージは、その様子に吹き出すようにして笑う。
ドクターは戦闘時の指揮はどんなイレギュラーが起こっても対応してみせるくせに、こういう時には普通の反応を見せるのだ。
「はははっ! なんて顔をしているんだ」
「いやっ、えっ、どういう……?」
「……まあ、少し、休め」
シージは持っていた書類が飛ばないように、上に重しを乗せてからしゃがみ込んだ。そしてドクターにもそうするようにと手招く。相手は混乱しながらも膝を曲げて視線を合わせた。
「半刻ほどなら、休んでも問題ないだろう?」
「……ああ、まあ、たぶん?」
「だったら寝ろ。時間になったら起こしてやる」
頭の上にクエッションマークを浮かべて、瞬きを繰り返す相手を見ながら、シージはひとり頷いた。
実際、それくらいの時間ならば他の者がなんとかするだろう。今の状態ではまともに仕事ができるかも怪しい。
それにドクターを抱えて疾走している際に、何人かの職員とすれ違った。彼らの表情は、いつか誰かがやると思っていたけど、シージさんでしたね、というような呆れ混じりなものだった。きっとドクターのこの状態に諌言はしたのだろうが、本人が「まだできる」とでも言ったのだろう。
それでも渋るドクターに、シージは真顔になった。そしておもむろに腕を上げたかと思えば、ドクターの額を人差し指で押して転がした。もちろん、地面に頭を打ち付けないように素早くもう一方の手で受け止めたが。
「起こしてやるから、寝ろ。その間の護衛は私が務めてやる。……私ほど信頼できる護衛はいないだろう?」
「いや、だがっ……!」
起きようとするドクターを、片手で押し留める。戦闘力をほとんど持たない相手を押さえつけることは容易い。
ドクターはそれでも抵抗したが、シージは手で強制的に目を覆った。相手は数秒もぞもぞと動いて、そしてすとんと意識が落す。
「まったく……」
シージは嘆息した。
ドクターの上から手を除けて、気絶したように眠る相手をまじまじと見る。血の気が引いて青ざめた顔。目の下には黒々とした隈がある。目的のために心身を削って打ち込めることは美徳だが、加減を知らないのは悪徳だ。
シージはジャケットを脱いでドクターに掛けてやると、その横に同じように寝転がった。心地よい風が吹いてくる。眠気を運ぶ風だ。くわり、と口を大きく開いて欠伸をする。
なにかあればすぐに起きられるように薄く意識は残しながら、シージもまた目を閉じた。