【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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栄養学的料理/ハイビスカス

 ドクターは鼻をかすめた匂いに、ひくりと口端を痙攣させた。ちらりと目線をやるのは執務室の横に併設されているキッチン。そこでは今、ハイビスカスがドクターのための料理を作っている。

 書類をさばくスピードはそのままに、どうかまともなものが出てきますように、と誰とも知れぬ存在に祈った。

 

 積み上げられた仕事を処理するために生活が不規則になったドクターに、適切な運動・睡眠・食事ですよ、と指を立てて注意したのはハイビスカスだった。

 ──決まった時間に起きて、決まった時間に食べないと体のサイクルが乱れて夜に眠れなくなったり、鬱になったりしちゃうんですからね。

 ──いくらお腹が空いていたとしても食べ過ぎは駄目です! 後で苦しむのはドクターですよ。

 ──忙しくて食堂へ行く時間がなくて、補給食ばかり食べてしまう? だったら私が作ってあげます! 運動とか他のこと詳しくありませんが、栄養学は専門ですから!

 そうしてハイビスカスの都合が付く時に、彼女の作った食事を出されるようになったのだが、彼女の料理にドクターは宇宙を感じた。

 まず、見た目がおかしい。ハイビスカスに事前に聞いた話では「ステーキ定食」だった。そう、ステーキ定食。普通ならば主菜のステーキの他に、ライスとサラダと、場合によってはスープが出てくるだろう。健康のためにステーキが大豆で代替されることもあるかもしれない。

 が、ハイビスカスの場合、なぜかステーキが皿から消える。そしてスープからもタンパク質が消去される。最終的に出てくるのは何やら良く分からないものが混ぜられたライスと、同じく良く分からないドレッシングがかけられたサラダと、野菜しか入っていないスープ、そして奇妙な色の栄養ドリンクである。「ステーキ定食」とはなんだったのか。ステーキが存在しないのだが。

 次に、味がおかしい。絶妙に後味を引く不協和音を奏でていた。たぶん栄養学的には正しいのだろうが、実際に食べるとなるとかなり躊躇する組み合わせだった。

 最後に、匂いがおかしい。前に述べたのと同じことになるが、栄養学的な正義を詰め込んで、常識的に悪になってしまったのだろう。「食欲をそそられる」という言葉の反対側を突っ走っていた。特に栄養ドリンクは。

 彼女としては、その食事は──「食事」と呼ぶには、何品かいささか疑問があるものはあったが──、栄養学の知識を詰め込んだ最高のもので、多少いつもの食べ物と違うところはあれど、それがもたらす利益──健康に良いこと──を思えば、大したものではないということらしかった。

 のちに彼女の料理の腕の評判を聞いた。簡単に言うと「栄養満点ではあるが、食べ物としては人類に早すぎる」とのことであった。できれば彼女に食事をお願いする前に聞きたかった。もうすでに手遅れである。

 ドクターは料理の説明──「料理」と呼ぶより、実験によって出来上がった経口タイプの薬と呼んだほうが正しい気がするものがいくつかあったが──を聞きながら、そのハイビスカス製「ステーキ定食」を一口二口食べて、フォークを置くと机の上で手を組んだ。そして若干青白くなった顔で、ハイビスカスに食べ物とは何たるかを説明したのだ。

 たしかに、栄養も大切だ──実際にハイビスカスの食事をとった翌日は、体の調子が良かった──、だが、同時に食の楽しみも必要以上に奪ってはならない。確かに自分は食事を疎かにしていることもあるが、それでも食べることは好きだ。口に入れるものもできれば美味しいものであれば良いと思っている。君にとっては不要な感覚かもしれないが、自分にとっては必要だと思うので、配慮してもらえると有り難い──と、そのようなことを言った。白熱した会議でもあれほど熱弁したことはないかもしれない。

 かくして、ハイビスカスは頷いてくれた。いまいち良くわからないというように首を傾げながらだが。

 そしていくつかのやり取りの後、ハイビスカスの料理は毎日ではないものの、定期的にドクターの食卓に上がるようになった。

 そして今日が、その日である。

 

「ドクター、おまたせしました!」

 機嫌が良さそうに料理用のカートを運んできたハイビスカスに、ドクターは動かしていたペンを置いて、食事用のテーブルへと移動した。

 ハイビスカスはほんの少し胸を張った。どうやら自信作らしい。

「今回は、みんなにも味見してもらったんですよ!」

(行動予備隊A1……!)

 ドクターは彼女の所属する部隊に心の中で敬礼した。

 ハイビスカスはそんなドクターの心中に気づかず、こと、こと、こと、と皿を並べていった。それに懸命にも表情を変えなかったが、顔色はわずかに青くなった。

 シチューと思われるものの色が紫だ。どろどろのそれは異世界の物質と言われても頷ける。なぜかぽこぽこと沸騰しているように泡立っている。地獄の一丁目に出てくるのならば違和感がない代物だ。あいにくここはドクターの執務室なのだが。背筋が震えた。

 ドクターがおののいているのを驚いていると勘違いしたのか、ハイビスカスは嬉しそうに「紫芋を入れてみました!」と説明した。

 なぜ、シチューに紫芋を入れたのか。固形のまま入っていればまだマシだが、これは見た限りではペーストされている。いや、もしかしたら煮崩れただけかも知れないが。しかし────。

(行動予備隊A1……!)

 ドクターは彼女を止めきれなかった彼らが、今どうなっているのかを考えて青ざめた。そうしている間にもスプーンを手渡されて、後は食べるだけになった。ハイビスカスは少しばかり緊張した面持ちでドクターを窺っている。

 ごくり、とドクターは唾を飲み込んだ。スプーンを構える。食べない、という選択肢はない。彼女が善意で作ってくれたものだ。……結果がどうであれ。

 しかし料理は見た目でも、食感でもない、味だ……! ままよ! とスプーンですくって口に入れた。

(────行動予備隊A1……!)

 上を見上げる。

 ドクターは彼らに感謝を捧げた。

 想像していたよりも、ずっと、ずっと、まともだった。普通の人間の食べ物の範疇と言っていい味だ。喉に絡みつく不快さもあるし、見た目が冒涜的だが、味は人類用と言っても問題ないものだった。味さえ良ければ、他は後々極めて行けばよいのだ。

「ど、どうでしょうか……!」

「ああ、今までで一番美味しい」

「ほ、本当ですか! 良かったです!」

 ぱっと顔を輝かせて喜ぶハイビスカスに、ドクターは彼女を傷つけないように細心の注意をはらいながら、さり気なく、次は味以外にも食感とか見た目も気にすると良いのではないかと言っておいた。味は人類用だが、現状の見た目は地獄の住人もしくは宇宙人用である。ぜひ改善をお願いしたい。

 彼女はそれにうんうんと頷くと、次も期待してください! と請け負い、ニコニコと笑った。

「ささっ、どんどん食べてください。おかわりもありますよっ!」

 結局、ドクターはその日はどうにかこうにか一皿分を、そしてハイビスカスの期待の眼差しに抗えず、おかわりのもう一皿を腹に収めた。

 

 後片付けも終わったハイビスカスが、書類をさばくドクターに近づいてきた。顔を上げるとまじまじと見られて、眉を下げられる。

「なんだか疲れているみたいですね……。お仕事、お忙しいですか?」

 「心配しています」とありありと書いてある顔に、苦笑を返す。正直に言うと仕事のせいなのは、半分くらいだ。

 ドクターは口元に笑みを浮かべて今日の食事の礼を言った。彼女は「いえいえ!」と恐縮したように手を振ると、「でも!」と声を上げた。

「私にできることがあったら何でも言って下さいね!」

 ぎゅっと拳を握って言う。そういう真っ直ぐなところが彼女の美点だった。しかしどこか温かな気持ちは、彼女が取り出したもので霧散した。

「特製ドリンクを作ったんです。栄養たっぷりですよ! これで頑張って下さいね!」

 ぽん、と机の上に置かれたのは、大きな透明なボトル。中には言葉では表現できない色合いのどろどろとした液体が入っている。

 固まるドクターを置いて、ハイビスカスは「それでは!」と部屋を出ていった。

 

 その日、顔を土気色にしてボトルに口をつけるドクターが目撃されたとか、されなかったとか。

 ちなみにその顔色に対してドクターの翌日の体調は、すこぶる良かったらしい。

 

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