【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
空が高い。清々しい陽気だ。きゃらきゃらと甲高い声を上げて、自分の腰ほどの子どもたちが駆けていく。店が多く並ぶ賑やかな通りの入り口に、どこか場違いのように感じながらビーグルはいた。目線をどこに向けても溌剌とした空気がある。店の軒先で客と話す商人、試食品を配って呼び込む声。ロドスとはまた違ったその空気に、どこかそわそわとする。
「ビーグル?」
「はいっ、いま行きますっ!」
数歩先を歩いていたドクター──今日の護衛対象である──に声を掛けられて、ビーグルは慌てて駆け寄った。呆けている場合ではない、自分がしっかりとこの人を護らなくてはならないのだ。
ビーグルはかすかに浮ついた気持ちを引き締めると、きりりとした表情を作った。
ドクターが外に出かけたいと言った時、ビーグルはまずやんわりと反対した。今日のドクターの護衛はビーグルである。ロドス内であれば、不審な人物から必ず護ります! と言えたのだが、どこから敵がやってくるのか分からない外では少々不安があった。ドクターはロドスにとって大切な存在だ。損なうわけにはいかない。
けれどドクターは言葉巧みにビーグルを説得した。
曰く、今の停泊地は温厚な土地だから問題ない。それに自分も目立たない格好をする。休暇くらいの心持ちでいてくれて構わない。危険なことはことはしないから。
『駄目だろうか?』
眉を下げられて願われては、長い間首を振ってはいられなかった。
『アーミヤさんと、一緒に行かないくていいんですか?』
『彼女は忙しいからね。そうだな、お土産を買って帰ろう』
そうして共に外へ出た。
ロドス内が窮屈というわけではないのだが、こうして外へ出ると新鮮な気持ちになる。特に店が軒を連ねるこの通りでは、客と商人の声がわあわあと飛び交って、活気がすごかった。人もたくさんいて、気を抜くとドクターを見失ってしまいそうだった。
「ぎゃっ!」
「わっ!」
と、ドクターに意識を割いていたせいで、前から走ってくる子供に気づかなかった。正面衝突をして、ビーグルは尻餅をついた。
「……痛てて、あ、だいじょうぶですか?」
「──うん、ごめん、姉ちゃん!」
同じく尻餅をついていた子供は、あっさりと立ち上がって尻を払うと軽く謝ってまた走っていってしまった。小さな竜巻のような慌ただしさをぽかんと見送った後、ビーグルも苦笑して立ち上がった。なにはともあれ怪我がないようで良かった。
ぱんぱんと土を払って、周りを見渡して、数秒。
「ド、ドクター!」
護衛対象を見失っていた。ざっと血の気が引いて涙が浮かぶ。きょろきょろと周りを見渡すが、先程まで熱心に見つめていた人の影はない。
「ドクターァ……!」
「どうした?」
どうしようかと本格的に泣きそうになっていると、後ろから耳慣れた声が聞こえた。ばっと振り向いて、その姿を視界に収める。
「ドクター!」
そこには見失ったドクターの姿があった。
これ以上見失わないようにと、ぎゅっと服を掴んだ。「いきなり居なくなるから驚いたよ」と言うドクターに、「わたしもですぅ」と涙目になる。とにかく良かった。数十秒離れただけとはいえ、ざっとドクターに怪我はなさそうである。
今度こそ絶対にはぐれないぞと、ドクターの服の端を握りしめていると、相手は困ったような顔をして笑った。
「ビーグル、それより手をつなごう」
「へっ?」
「その方が安心だろう?」
「えっ、でも……」
わたしは護衛なのに。
その言葉は、言う前に喉の奥に消えた。ドクターがビーグルの手を握ったからだ。
自分と違う手のひらの熱に、気恥ずかしさを覚える。頬が少しだけ熱くなった。
「こ、子供扱いしてませんかっ!?」
「してない、してない」
あはは、と笑った声に、ビーグルは「ドクターァ」と情けない声を上げた。
握られた手を見て、周囲の人混みを見る。確かに、服を掴むよりは自然で、ずっとドクターを注視するより周囲に気を配れる。なにより、嫌ではなかった。
ビーグルはロドスの重装オペレーターである。いつもは重い盾を振り回している。いざとなれば、片腕でドクターを抱えられなくもないだろう。
しばらく考え込んだ後、根負けしたように肩を下ろした。いつもは白い頬が、薄く色づいている。
そんなビーグルの頭をドクターはぽんぽんと撫でると、「あっちへ行こう」と目的の店を指差した。「気をつけてくださいね」と返すビーグルの足取りは、先程よりもずっと軽やかだった。
■ ■ ■
「あれ、それ、どうしたの?」
「あっ、フェン隊長!」
隊室の一角で、頬を緩ませながら机の上の小さな置物を指でつついていたビーグルに、入ってきた彼女の所属隊の隊長が足を止めた。後ろには隊員たちの双子が続いている。
思わずびくっと驚いた拍子に、触っていたそれが落ちそうになって慌てて手で掴まえた。
ビーグルの手に収まるのは、小さな置物だった。愛嬌のある犬の形をしている。
くるくると手の中で回して、ほっと息を吐く。どこも傷ついていないようだった。
そんなビーグルの横に、ひょっこりと双子の姉の方が顔を出した。
「そういえばビーグルちゃん、今日はドクターの護衛任務でしたよね?」
「う……」
「ついさっきドクターと会ったが、外へ行ったと言っていたな」
「うぁ……」
一見してあまり仲が良いようには見えない双子が、妙に息があった様子でビーグルを追い詰めてくる。それを聞いた隊長も、へえ、と置物を見ながら頷いた。
「なるほどなあ」
「わー! フェン隊長まで!」
かっかっと頬を赤くさせたビーグルが椅子から立ち上がる。たしかにこれは熱心に見つめていたビーグルに、ドクターが「買ってやろう」と手渡してくれたものだが、からかわれると恥ずかしくなる。置物をポケットに入れて、どうにか意識をそらすすべはないか、と周囲を見回す。そしてビーグルは「あ!」と声を上げた。部屋の隅に置いてあった袋を持ってくる。
中身を取り出して、手を広げた。
「隊に、ってお土産も買ってくれたんですよ!」
菓子だ。人数分ある。
幸いにして他の者の意識はそちらにそれたようだ。菓子の種類はいくつかあったので、どれが食べたいのか話し合っている。
ビーグルはそんな隊員たちの姿を見た。
今日の護衛はまるでただのショッピングみたいで、護衛の任務を果たせているのか、意味があるのかもいまいち分からなかったが、そういうものは置いておいてとにかく楽しかった。いつもでは心配になるが、たまにああいうものもいいかもしれない。
そろり、と『お土産』の入るポケットの表面を撫でて、ビーグルは思わずというように笑った。