【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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花の行く末/エンカク

 ぜいぜいと肩で息をする。数時間前までエンカクが引き連れていた部下たちの影はない。

 周囲の伏兵をすべて斬り伏せ、城へ入った。

 消耗が激しかった。それでも部下どもは精鋭揃いで、エンカクもまた何度も死線をくぐり抜け四肢のどこも欠けることなく立ち続けるだけの技量を持っていた。すでに亡き伏兵たちを見るに、多少摩耗はしようが負ける戦いではないはずだった。

 そう、はず(・・)だったのだ。

 結果として今、この場で生きているのはエンカクだけだった。皆、突撃した先の城で倒れた。生き残った自分はこうして無様に足を引きずり、負傷した腕をかばい逃げている。

 城で待っていたのは想像だにしなかった敵からの猛攻だった。建物の構造を理解した兵の配置、刻一刻と戦況が変わるはずの戦場で、まるでこちらの思考を読み取っているかのように対処される。刃の先が敵に届くよりも前に、弾丸によって撃ち抜かれる。あるいは牽制に放ち、空になった弾倉に弾を込めるよりも前に、敵の刃が飛んでくる。

 ひとり、またひとりと部下は倒れていった。自分をこんな目に合わせた相手をひと目見ようと向けた先に、彼奴はいた。黒に身を包み、深くかぶったフードで表情の仔細は見えなかった。ただ、その瞳は見えた。

 氷のごとく冷淡な瞳。兵たちをまるで己の駒とでも言うように、無機質に見つめるそれ。

 エンカクの口端が吊り上がる。笑いが溢れた。くく、ともらした声に、肺が傷ついているのか、血の混じった唾が飛んだ。

 ねじ伏せられた。この上なく完璧に。今エンカクが生きているのは、生と死の間をその卓越した技量をもってすり抜けたからだ。紙一重先の死を刹那の判断と、己の刀で退けた。

 苦痛と屈辱と、部下たちへの一抹の憐憫。しかしそれよりも、なにより──〝生〟を感じた。

 死の苦痛の裏には、生の喜びがある。死に近づけば近づくほど、己の生を実感できる。その考えによれば、あの戦場でエンカクは紛れもなく〝生きていた〟。

「ははっ!」

 牙を剥くようにして笑った。その目に渦巻いたのは歓喜か、あるいはそれ以外のなにかか。地面に血を滴らせギラギラと目を光らせながら、エンカクは獰猛に笑んだ。

 

 ■ ■ ■

 

 柔らかな風が頬を撫でる。与えられた温室の一角で、エンカクは土をいじっていた。少し前に植えた花の種が芽を出している。エンカクはこうして植物の世話をすることが嫌いではなかった。

 植物は、特に花は、人間が時に数十年掛けて行うことを、長ければ数年、短ければ数ヶ月で終える。芽を出し、成長し、そして美しい花を咲かせて、あっけなく散る。

 今エンカクがいじっているこれも、まだ頼りない緑だが、時期に合わせた肥料を与え、世話をすればいつしか美しい花を咲かせる。そして時を経るにつれて、花弁の張りを留めていることが難しくなり、くたびれ萎れて散るだろう。

 ふと、気配を感じて顔を上げた。無意識に刀に手をやろうとするが、ここに入る際に置いてきたのを思い出した。舌打ちをひとつする。しかしだからといって戦えないわけではない。ちらりと視界に得物になりそうな物──ジャベルや鍬──の場所を確認した。だが顔を覗かせた人物を見て、力を抜いた。その人物ならば、エンカクはそのつもりになれば得物なく容易く首を折れる。今の所、そのつもり(・・・・・)はないが。

「やあ」

「お前か」

 このロドスで「ドクター」と呼ばれる戦闘指揮者だ。かつて戦場でまみえたこともあるが、その記憶は失っているらしい。戦場を支配する(プレイヤー)のごとき冷徹な瞳はそこになく、あるのは好奇と親しさを滲ませた無邪気さだった。

 かつての面影は薄く、信頼という幻想に絡め取られるようなさまに口を出したくなるが、今まで何度か忠告したものの曖昧に笑って躱された。理解しているのか、していないのか。していながら幻想を追っているのか。エンカクには分からないが、現状にさしたる支障はない。また時期を見て口を出すこともあるだろうが、今はその時ではない。

 ドクターは気軽にエンカクの横に並ぶと、「へえ」と声を上げた。

「随分と育ったな」

「……ああ」

 ドクターの視線の先には、今エンカクが世話をしているのとは別の花があった。蕾が膨らみ、あと数日すれば大輪の花を咲かせるだろう。

 種を作る種類ではない。美しさを目指したせいで、次代を残す機能が失われている。刹那に美しく咲き、短い時で萎れて枯れる。ただ後に残るのは、美しかったという記憶だけだ。

 ぽつぽつとドクターと言葉を交わす。博士(ドクター)と名乗るだけあって、知識は豊富だ。ロドスの研究職につく連中に度々意見を求められていることは知っている。専門以外にも随分と色々な知識を蓄えているらしい。園芸の知識もまたそうだった。エンカクがドクターに温室の地図と花の種と一緒に渡されたのは、園芸の本だ。今はもう読み終えたそれは、エンカクの部屋に置いてある。

 多少の専門的な知識も交えた言葉を交してしばらく。そろそろ戻る、と言って腰を浮かせたドクターを呼び止めた。

「いくつか切ってやる。持っていけ」

 蕾の花を指して言う。ただ単に、エンカクだけに愛でられて終わるよりは、他にも鑑賞者がいた方が良いだろうと思っただけだった。なにしろ花は人間とは違い、その美しさを他者に評価されねば分からない。エンカクのように己で己の喜びを決めることはできないのだ。

 いくつか並ぶ花の前で、エンカクは手を彷徨わせた。さて、どれにしようか。包葉の隙間から覗く色を見る。

 ?、緑、青、紫、赤……、様々な色がある。植えて咲くまではその色が分からないとされている花だった。

 開花が早そうなひとつを切って、その色を見て笑いのような息を漏らした。

 赤。血の色──エンカクの色だった。

 ならば、次は相手の色を選ぶべきだろう。かつてならば白を選んだ。色がなく、無機質で、何色にも染まることができると言うよりは、何色にも染まらなかったと言ったほうが正しい色。

 だが、今の色はなんだろう。首を捻った。数秒考えたが答えは出ず、エンカクは息をひとつ吐くと手を動かした。

 

 じゃあな、と手を振るドクターの手にはまだ蕾の花が握られていた。あと二日も経てば、みな花開くだろう。

 赤、白、青。

 それがエンカクが選んだ色だった。ドクターの執務室に飾られるだろう光景を思い、小さく笑う。

 ──だがまあ、いずれにせよ、刹那の美を愛でた後には、屑籠行きだ。

 せいぜい綺麗に咲いてみせろよ、と心の中で呟いて髪を掻き上げると、ふうと息を吐いて腰を曲げた。土に手を伸ばす。まだやらなければならないことがあった。美しく咲かせるためには、献身的な世話が必要だ。

 そうしてしばらく経てば、エンカクの思考から手渡した花の行く末は消えていた。

 

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