【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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いたずら/リスカム

「失礼します」

 声をかけて入室する。入った途端、なにかを蹴飛ばして下を見た。ぬいぐるみだ。部屋の主が積極的に集めるとは思えないそれは、きっと誰かに贈られたものなのだろう。この部屋にはそういったものがちらほらと置いてあった。物を贈りたくなる気持ちは、何となく分かる。

 リスカムが始めて訪れた時、この部屋はまるで温かみがなかった。白を基調とした部屋に置かれているのは、書類の束と、食べ散らかした菓子類の包装紙、そして白い顔の部屋の主(ドクター)だけ。

 彼の人は記憶を失くしているのだという。きっと己の好みさえ曖昧で、ロドスに奪還された後にも怒号のような日々だった。休む暇なく働いて、気に入りの調度品を選ぶ暇さえなかったのだろう。あの時のここは、なんというか、伽藍堂の牢獄のようだった。目的のためにあり、それ以外は求められない監獄。

 しかしいつしか物が増えた。ドクターに関係する者たちが部屋の彩りに、と色々な物を贈ったのだ。かつては白一色だった部屋に、今では様々な色が溢れている。もう牢獄とは呼べないだろう。統一感はあまりないが、リスカムはこの光景が嫌いではなかった。

 蹴り飛ばしてしまったぬいぐるみを適当な場所に置いて、小さく撫でるように表面に手を滑らせて毛並みを整える。随分と手触りがいい。誰からかは知らないが、どうやら奮発したらしい。それを終えると、一連の動きを見ることなく机の上の書類と向き合っていたドクターに声を掛けた。

「ドクター」

「……ああ、ちょっと待ってくれ」

 さらさらとペンを滑らせ、しばらくしてそれを置いた。リスカムは持っていた書類を差し出す。その際ドクターの手首から覗くブレスレットに、小さく口元をほころばせた。常に帯電しているリスカムは、他人との接触に気を使わなければならない。静電気と呼ぶには些か痛い思いをさせてしまうからだ。けれど特製の電気を遮断するブレスレットであれば、気にせずに触ることができる。ドクターのブレスレットはリスカムが贈ったものだった。

 書類を受け取ろうと顔を上げたドクターは、しかしなぜかリスカムの顔を見てわずかに固まった。

「ドクター……?」

「……い、いや、なんでもない」

 声を掛けると、ぎこちなく目をそらす。内心首を傾げたものの、何事もなかったように報告を促されたため、リスカムは言及することなくそれに移った。

 長くも短くもない報告を終え、ふう、と小さく息を吐く。今日の業務はこれで終了になる。ドクターはそんなリスカムに、労るように笑みを作った。

「ご苦労さま」

「はい、ありがとうございます」

 ここまでは、当たり前のやり取りだった。いつもならばリスカムが一礼して退出すればそこで終わりだ。だがその日は違った。ドクターはふとリスカムの顔を見ると、思いもかけない言葉を口にしたのだ。

「しかし……うん、かわいいな」

「………………はい?」

 はじめ、なにを言われたのか分からなかった。

 かわいい? 聞いたことのない外国語だろうか。ドクターは他国の言語にも明るかった。リスカムには分からない文字で書かれた研究所を読んでいるのを見たことがある。

 しかしなぜ突然外国語を? いや、前後の言葉は共通語だった。ならば「かわいい」も共通語では? かわいい……「川良い」? いやそれでは文脈に合わない。二人の間に川の話題などなかった。

 では「可愛い」? ……誰が? …………ドクターの目線を見るに……わっ、わたし……!?

 意味が脳に到達した途端、リスカムは真っ赤になった。常日頃から生真面目と言われ、時には硬いと言われる顔にありありと動揺が浮かぶ。彼女には珍しいことだった。

「それはどういうっ。あ、あのっ、お気持ちは嬉しいのですがっ……!」

 目をぐるぐるとさせる。意味がわからない。いや、意味は分かる。分かるのだが、肝心の意図が分からない。混乱のままに手をあわあわと揺らした。

「──リスカム」

 そんなリスカムに、ドクターは笑みを浮かべながらも有無を言わせぬ声を出した。時折戦場でも聞くその声に、反射的に姿勢を正す。

「はいっ」

「君のことは好ましいと思っているが、そういう意味ではない」

「はっ、はいっ」

「……そうだな、部屋に戻ったら、鏡を見ることを薦めるよ」

「は、はあ……?」

 ドクターの声は、始終笑いを含んものだった。「お疲れさま」と今度こそ見送られて、首を傾げながらも部屋を出る。頬はまだ熱かった。

 ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら部屋へ戻る。道中、挙動不審なせいか妙に視線を感じたが、気にしている余裕はなかった。

「鏡、鏡……」

 ドクターの言葉に従って鏡を探す。洗面台の鏡の前に立って、リスカムは「なっ」と驚愕の声を上げた。

 リスカムの角に、見覚えのないもの──ふわふわのシフォンのリボン──が結ばれていた。

 絶妙に視界に入らないような大きさのそれを、呆然と見る。固まりながらも、その裏で思考が回る。

 ……そういえば、ドクターが可愛いと言っていた時、顔より上──角を見ていたような?

 ……ドクターに書類を手渡した時、一瞬フリーズしていたのはもしかして、これ?

 ……そもそも、部屋を出た後だけじゃなく、入る前から職員たちにちらちらと見られていたような?

 理解するにつれて一度引いていた頬の赤みが戻ってきた。しかし今度は羞恥ではない、怒りの赤である。

 報告書を上げてから帰ると部署で言っていた時の相棒の顔を思い出す。なぜかやたらニヤニヤとしていた。見える範囲で悪戯がなかったからと無視していたのだが……。

 角に結ばれていたリボンをむしり取った。握った手がぶるぶると震える。

 次の瞬間、リスカムの部屋から怒号が上がった。

 

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