【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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ひとときの椅子/ズィマー

 カリカリとペンが紙を引っ掻く音が響く。部屋の主は時折端末を操作しながら何かに納得すると、また書類に目を落とす。もう数十分、ずっと変わらない光景だ。ズィマーは椅子に片膝を立てて座りながら、じっとその光景を見ていた。

 始めの頃はその視線に相手──ドクターは居心地が悪そうに身じろぎをしていたものだが、何度も繰り返しているうちに慣れたのか、今はもうこちらの存在を気にしていない。

 ──どうしてそんなにじっと見るんだ?

 ──お前を観察するためだ。

 かつてのやり取り。

 ロドスに所属して日は浅く、はじめてドクターの警護として指名されたときだった。ドクターの警護は、所属してしばらくすると少なくとも一度は任される。どうやら相互に理解を深め、戦闘時の指示を円滑に回すためのようだ。オペレーターによっては、そして長くからいるオペレーターはドクターの一部の仕事を肩替りすることもあるようだが、チェルノボーグ事変が起こる前までは学生だったズィマーには無理な話だった。ドクターもズィマーにそれは求めなかった。だから執務室に入り、自由にしてくれと言われて、相手を観察することにした。形式上、自分たちの上に立つ相手を。そして果たしてロドスという椅子は、たとえひとときでも座するに値するのかを見極めるために。

 それがどういう結論に至ったのかは、未だロドスに留まっていることで分かるだろう。

 観察の末に分かったことは、ドクターや、多くのロドスの人間たちは「大人」であることだ。あんなことがある前には平和な学生であったズィマーたち──子供たちが戦闘に出ることへ難色を示す程度には。その子供たちが戦うことを望んでいるために、結果としては戦闘に出しているけれど。きっと、自分たちが「やりたくない」と言えば、直接的に敵と戦闘を行うのとは別の仕事を割り振られたのだろうと思う。

 しかし、そのロドスにも例外がいる。アーミヤだ。彼女はイースチナよりもさらに幼い少女だ。それなのに、ロドスの柱として立っている。

 憤りのままに、なぜ、と聞いたことがある。

 ドクターはひどく複雑な顔で「どうしてだろうな……」と笑った。笑った、のだ思う。まるで泣いているように見えたけれど。

 その瞳に浮かんだのは複雑な感情だった。困惑、悲哀、憤怒……。様々な感情が混じり合い、ズィマーはそれに思わず息を止めた。その時のドクターは、ともすれば次の瞬間に涙を見せるかと思うほど、儚いものだった。

 それから、心には疑問が残りながら、あまり口にはしなくなった。思えばあの時からかもしれない、ここに長く居ることを考え始めたのは。

 ドクターは大人だ。時折、嫌がるズィマーの頭に伸ばされる手がある。ぐしゃりと髪をかき混ぜるように撫でられる。剣も握れない柔い手。温かな手だ。この手が、ズィマーたちを庇護してくれていることは知っている。その手を、何も知らない子供のように握れたらどれほど楽だろうと思うこともある。子が親を慕うように、子供が大人を信じるように。優しい神話だ。

 だが、ズィマーはそれに甘んじるわけにはいかない。いくらロドスという椅子が座り心地が良く、これを守るためならば武器を持って抗っても良いと思っても、立ち上がれなくなるほどに深く腰掛けるつもりはない。牙を抜かれるつもりはない。他の誰がそうなったとしても、ズィマーだけは彼らのために警戒を続けなくてはならない。

 心の底までロドスの者たちを信じることはしてはならない。それは経験からだ。あのチェルノボーグ事変で多くのものが変わってしまった。いや、丁寧に隠されていたものが表出してしまっただけかもしれない。手を伸ばしても握り返されることはなく、良かれと思ってした行動が最悪を招く。曖昧な信頼は薄氷の上の存在で、あの衝撃で砕かれて散った。ズィマーはなにを守れただろうか。守れたものはあっただろうか。仮にあったとしても、それはマイナスを取り返すほどか? ……もしもロドスを心の底から信じてしまえば、その時(・・・)、ズィマーは思うように斧を振ることができなくなる。どちらを生かすか、どうすれば良いかを迷って、そうして、またあれを繰り返すかもしれない。

 いっそのこと、ここのトップにズィマーがなれば、憂いはなくなるのだが。

 そんなことを思って、実際に口にもした。ずっと白紙だった未来の予想図の、それも上位に書き込んでいたりもする。

 ズィマーはふう、と気付かれないほど小さく息を吐いた。ゆっくりと目を閉じ、椅子に背中を預ける。

 その椅子は、想像していたよりもずっと、座り心地が良かった。

 

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