【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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或る雪の日の問答/シラユキ

 ドクターが外へ出ると刺すような冷気が身を包んだ。ふう、と吐いた息が白い。立ち昇るそれをなんとはなしに追いながら、白く広がる新雪に足跡を刻みながら歩く。銀色の世界が美しい。

 冴え冴えとした冷気が身を包む。室内で延々と同じことを考え続け、袋小路に追い詰められた思考が洗われていくようだった。行き詰まりを感じて、気分転換にと外へ出たのだ。

 火照った体から不要な熱が消えていく。やがて重く雪を被った木を見つけると、誘われるようにその下で立ち止まった。幹に体を預けて空を見上げる。水で溶いて刷毛で塗ったような青に、ふわふわとした白い雲が浮かんでいる。太陽は具合良く雲に隠れていた。

 しばらくそのままぼんやりと空を見上げていると、ぶるりと体が震えた。どうやら薄着で長居をしすぎたらしい。建物の中はむしろ暑いくらいだったから、あまりそこらを考えていなかった。戻っても良いのだが、なんとなく惜しくてドクターはその場で肩を縮めた。

 不意に、眼前にコートが差し出される。

「風邪を引く」

 相手はシラユキだった。彼女は龍門からドクターの護衛へと派遣された者だ。いつもはどこに居るのか分からないが、こうしてドクターが必要としたときには、どこからともなく姿を現す。

 礼を言ってコートを着込んだ。暖かなそれに安堵の息を漏らす。珍しいことにシラユキは用事を終えても居なくならなかった。足音を立てずに移動し、ドクターの隣で同じように木の幹に体を預けた。

「……そういえば、シラユキは岬から雪を眺めるのが趣味なんだったか」

「覚えていたのか」

 それはシラユキとの幾度か繰り返した問答の中のひとつだ。

 ロドスにやってきた当初、彼女は本当に用がなければ姿を表さなかった。そして用が終われば瞬きの間に居なくなる。煙のような存在だった。それを憂いたドクターが、姿を現す度に問答をしたのだ。

 ──出身は? 職務は? 武器は?

 龍門から提出された書類に書かれていたものから始まって、繰り返すうちにそれに書かれていないものもするようになった。

 ──趣味は? 休日はなにをする? 最近読んだ本は?

 シラユキはそれに端的な言葉で答えて、あっという間に姿を消した。始めは嫌われているのではとか、彼女にとってドクターの護衛という任務はそれほど不服なのでは──シラユキは龍門から半ば強引にロドスにねじ込まれた人員である──と思ったが、繰り返していく内にそれが彼女の性質なのだと理解した。しかしドクターは、いまだ彼女の本心を理解しきれていない。端的過ぎる言葉、そして同じほど変わらない表情は、彼女がロドスに対してどのような感情を抱いているのかを表しはしなかった。

 ドクターは横目でシラユキを見た。この雪と同じく白い肌に白い髪。その装束が黒くなければ、見失ってしまうかもしれない。

「──今日の昼食は?」

「おまかせ定食。青椒肉絲だった」

 質問のレパートリーも尽きてきて、この頃は専ら毒にも薬もならないことだ。それでもシラユキは律儀に答えてくれる。

 ふと、思い浮かんだものがあった。ずっと聞いてみたかった質問だ。だが、それを言えないでいた。聞いてみようか、と口を開けようとしたが、しかし内心で頭を振る。いまは、まだ……。ドクターはその問いを喉奥に飲み込んだ。

 しかしいつもならば答えと同時に居なくなってしまうシラユキだが、今日は違った。ドクターの方を向き、目を合わせる。

「御身ばかり質問とは面白くない。このシラユキからもして良いか?」

「……あ、ああ」

 それでは、とひとつ頷いて彼女は口を開いた。

「所属は?」

「ロドスアイランド」

「職務は?」

「戦闘指揮」

「武器は?」

「うん? そうだな、ず、頭脳か……?」

 今まで彼女に問いかけていたものの再現のように聞かれる。ただし今の質問者はシラユキで、回答者はドクターだ。

「昼食は?」

「ハンバーグ定食。付いてきたデザートが美味しかった」

 最後の質問が終わった。ああ、きっとこれでもういなくなってしまうのだろう思っていると、またしてもシラユキは予想外のことをした。今まで出たこともない質問を重ねたのだ。

「ロドスは?」

「──それ、は」

 はっと息を飲む。それは、ドクターが彼女に聞いてみたかった質問だった。

 シラユキはロドスのことをどう思っているのか。ドクターの護衛だけではなく、戦闘にもオペレーターとして尽力してしてくれている。常に冷静沈着な彼女は不平不満を零さない。その心の内を明かさなかった。

 ──ロドスは?

 もしも。もしも、その質問をして、シラユキがロドスにではなく、主の元に戻りたいと言ったら。主の命で従っているだけで、実は苦痛なのだと言ったら。そう言ったなら、どうしようと思いずっと聞けなかった。ドクターには彼女を龍門の主の元へ戻す権限はないからだ。たとえ望まれても、それに答えることはできない。

 ドクターは彼女の質問に答えるべく、慎重に言葉を選んだ。

「……今の私の居場所だと思っている。いまだ記憶は戻らないが、君たちと歩んでいければと、思っているよ」

 シラユキの表情は変わらない。こくりと首肯して、それだけだ。そして、じっとドクターを見つめてくる。あなたは聞かないのか、と言われているような気がした。ごくりと唾を飲みこむ。

「──シラユキ、ロドスは?」

 しんとした雪の世界に、言葉が放られる。ぴんと張り詰めた見えない糸は、しかしシラユキがふっ、と吐いた息で切れた。ツリ目がちの目の端が、柔らかく緩む。

「安心めされよ。ロドスは好みだ」

 黒い布に覆われた口元は見えない。だが声音は優しく、きっと布の下の唇は弧を描いているだろうと思った。

 呆けたようにそれを見るドクターに、シラユキは照れたように目を彷徨わせた。すっと建物を指し示す。

「そろそろ戻ると良い」

 彼女の指す先に視線をやって、振り返るともう彼女の姿はなかった。

 少し火照った頬を、冷えた空気が撫でる。ドクターは彼女の言葉に従って、来た道を戻るために歩き出した。白い烟る蒸気が空気に溶ける。太陽の光に反射する雪の眩しさに目を細めるドクターの口元は、ゆるやかな弧を描いていた。

 

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