【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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喉の渇きは消えないが/ラップランド

 ──ああ、乾く。

 軽い動作で腕を薙ぐ。銀の光が煌めいて鮮血が散った。愚鈍な(まと)は指を失う。痛みに声を漏らし、それでもラップランドに近づこうと足を踏み出した。

 腕を薙ぐ。

 肩の肉を切り飛ばす。的は持っていた盾を取り落した。それでも目の光は消えない。

 腕を薙ぐ。

 刃はムチのようにしなり、煌々と残酷に美しく光る切っ先からアーツを飛ばす。それは先程までは盾で守られていた脇腹をえぐり取った。がくん、と膝を震わせる。ラップランドを見上げる瞳に怯えが混じる。

 腕を薙ぐ。

 逃げようとしたのか視線を彷徨わせたのを、罰するために眼球が潰れるスレスレにアーツを打ち込む。的はびくりと肩を震わせて、ラップランドを見た。それに軽薄な笑みを返す。尻込みをしたように後ずさるのに、また近くの地面に斬撃を打ち込んでやった。

 腕を薙ぐ。

 今度は的へ、ではない。的を助けようと近くに寄ってきていた的の仲間の首に、だ。そいつは血を吹き出して糸の切れた操り人形のように地面に崩れた。仲間の血を浴びて赤く化粧された的は、なにか決意を固めたようにラップランドを睨みつけた。

 腕を薙ぐ。

 的が懸命に握りしめている剣を持つ腕とは、別の腕を斬り飛ばす。糸を引くように血飛沫が断面を繋いだ。的は衝撃でたたらを踏む。底なしの闇を覗き込んだような目をラップランドに向ける。先程一瞬だけ浮かんだ勇気は消え去ってしまったらしい。

 それでももう逃げることも考えられないのか、愚直に前に進む。技巧もなにもなく、ただ、この地獄のような瞬間が終わってくれとでもいうように、涙を流しながらラップランドへと足を進める。

 腕を薙ぐ。──片目を潰す。

 腕を薙ぐ。──耳を切り飛ばす。

 腕を薙ぐ。──口を広げてやる。

 血反吐を吐きながら、がくがくと足を震わせて、ラップランドの正面に立つ。互いに得物を前に出して少しばかり押し出してやれば、殺すことが出来る距離だ。

 それなのに、()は最後まで()だった。一矢報いられるような矢には成れず、怯えて立ちすくむ。もう進むことすら出来ないようだった。悪魔を前に祈る罪人のように、涙を湛えて懇願してみせた。

「……ゆるしてくれ」

 ────ああ、詰まらない。

 ラップランドはまるで古くからの知り合いに挨拶をするかのような自然な仕草で、剣を真っ直ぐと前に向けた。それを誰かが見ていたならば、美しいとすら称しただろう、流麗な動きだった。

 心臓に一突き。

 抵抗もなく、刃は胸に吸い込まれた。的は、びくり、と大きく震え、地面に転がる。それを冷えた目で見た。腹の奥にじくじくと不快な熱が貯まる。

「──ラップランドッ!」

 その声と、ラップランドが身を屈めたのは同時だった。ちり、と頬に痛みが走った。それはすぐに赤い線となる。

 少しばかり、遊びすぎたらしい。周囲を敵が囲んでいた。増援を出そうとする指揮官に不要だと伝える一瞥を飛ばして、二本の剣の柄を握る。同時に刃が銀色に輝き出した。振りかぶって、斬りつける。敵は大きくのぞけると体勢を崩した。それに追撃するように腕を振るう。

 面白いほど簡単に、敵は倒れ伏した。少々技巧がある者もいたようだが、ラップランドは数度見ただけでその動きを見切ることが出来る。踊るように避けると、返す刀で切り捨てた。

 ラップランドは、何者にも縛られない。屈辱に地を舐めることも、誰かに膝をついて懇願することもない。虐げられる弱者ではないのだ。かつて何も出来ずに奪われた子供は、振るわれた暴力と同じものを身に着けて、もう奪われることのない大人になった。逆に奪ってやるのだ。ラップランドが、彼奴等から。

「あはははははッ!」

 高揚のままに腕を振るう。鉄錆の匂いがその度に濃くなった。

 この狂った世界を生きるには、こうするのが一番簡単だ。口が笑みの形を作る。狂気が脳を焼いた。

 これは復讐だ。世界に唯一人取り残されたことへの。血に連なる者たちを失ったことへの。暴力には暴力を。蹲って助けを求めても、誰も救ってくれないのだ。

 今のラップランドは一人で立てる。暴徒に襲われても、軽々と殺して、殺して、殺し尽くしてやれる。世界でたったひとりでも、生きていける。

 気付けば周囲に人影はなかった。黒々と動く影は、ラップランドただひとり。

 剣を鞘に収める。帰還の命を受けて、踵を返した。ラップランド後ろで、敵は皆、地面に折り重なって倒れ、ぴくりとも動かない。死体と死体と死体。まるで多層菓子(ミルフィーユ)のようだ。

 ロドスの他のオペレーターと合流する。見た限りは大した損害はないようだった。

 車に乗って基地に帰る間中、ラップランドを中心に空間ができていた。彼女が声をかけても、他のオペレーターは言葉に詰まって青い顔をしている。皆、瞳に狂気を宿らせる彼女が恐ろしいのだ。

 良い反応が帰ってこないのを知ると、ラップランドは黙り込んだ。しかし口元は笑ったままだ。いまだ冷めない戦闘の熱が燻っている。彼女の白い肌は返り血で赤く染まり、その黒い装束も、しっとりとした死の匂いに、あるいは赤き生の匂いにあふれていた。

 基地に着くとすぐに、他のオペレーターは蜘蛛の子を散らすように去っていった。残されたラップランドは緩慢な仕草で、自分の部屋へ帰ろうと腰を上げた。もう太陽はとっくに沈んでいる。電灯の明かりが、白々しく輝いていた。

 ふと、影がさす。目を上げると、正面にはドクターがいた。今回の戦闘の指揮官だ。

 ラップランドはそのひとをまじまじと見た。身体能力はラップランドに大きく劣り、指先一つで殺すことができる。けれどその頭脳で、ラップランドを自由な世界へ連れて行ってくれるひと。

 白いものを投げられる。手を動かす前に、それがなんの変哲もないタオルだと分かった。頭に被さり、視界を遮られた。

 見えない視界で、そのひとの声が聞こえる。どんな表情をしているのかは見えなかった。

「シャワーでも浴びてこい」

 どこか怒ったようにも、苦しんでいるようにも聞こえる声。なんとなく逆らう気になれず、ラップランドはこくりと頷いた。

 

 長く白い髪にこびりついて赤黒く変わった血を流し終えて、どこか上の空でシャワー室を後にした。簡単な服を身にまとっただけで、雑に拭いた髪からは、ぽたりぽたりと水滴が落ちる。

「ラップランド」

 途中で通りかかった簡易の休憩所──自販機と椅子が備え付けられている──で、ドクターに呼び止められた。ちょいちょいと手招きをされて、素直に近づいた。戦闘の熱は、もう失せていた。

 ドクターは呆れた顔をして、ラップランドを見ると頭を下げるように言う。ぼんやりとしていると、肩に掛けていたタオルを奪われ無理やり頭を下げさせられた。ごしごしと乱暴に拭われる。

「ちょ、あの……」

 ラップランドの抗議は聞く耳を持たずに黙殺される。ただ大人しくドクターに従うほかなかった。

 最後に頭をぽん、と叩かれて手を離された。おずおずと頭を上げると、またしても唐突になにかを渡された。

「それ、飲んで、寝ろ」

 ドクターは目的を果たしたとでもいうように息を吐くと、ぽかんとしているラップランドを置いて去っていった。

 ぱちぱちと瞬きをして、ゆっくりと手元──渡されたものに目を下ろす。それは、温かなスープの飲料缶だった。じんわりとした熱が手のひらに滲みる。

 彼の人がなにを思ってこんなことをしたのか分からない。分からない、が。

 ラップランドは缶を手元で遊ばせながら、夜の廊下を歩く。電灯が歩く動きに合わせて影を作る。いつもは黒々としているそれが、ほんの少しだけ、本当に少しだけ、薄れている気がした。

 

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