【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
「あ、
「どうかしましたか?」
名を呼ばれて振り返ると、職員が小走りに駆け寄ってきた。胸元に書類の束を抱えてなにやら焦った様子だ。はあはあと苦しげに息をしている。
「ドクター! ドクターを見ませんでしたかっ!?」
「いいえ、見ていませんが……」
そう答えた途端、職員は目に見えて肩を落とした。しかしすぐに復活すると、その心情を表すように足踏みをする。ぐっと握り拳を作ってみせた。
「そうですか……。その、今日が期限の書類がありましてっ」
12Fはなんとなく、これから言われることが分かった気がした。答え合わせのように質問をする。
「その書類、ドクター殿の承認が必要なんですか?」
「そうですっ。あの、資料室に行くと言って部屋を出られたと聞いて、そこも見たんですけど居なくてっ。ええと、もしかしたら迷子になっているのではないかと……」
「〝迷子〟ですか……」
方向音痴。それはロドスの指揮官──ドクターにいくつかある欠点のうちのひとつとして知られている。戦場ではそんな素振りなどないというのに、なぜかことロドスの施設で、彼の人は時々迷子になった。その度に、たまたま見つけた職員が連れてくるか、あるいは今のように誰かが必死で探し回ることになる。
そしてそうなった場合、12Fは高い頻度で声を掛けられる傾向にあった。それは12Fがドクターを見つけるのが上手いからだ。彼に頼めばドクターを連れて帰ってきてくれる。いつしかそんな風に言われていた。
書類の束を抱きしめながら見上げてくる職員に苦笑する。そうして安心させるように、相手の望む言葉を口にした。
「私も探してみましょうか」
「──すみません! あの、よろしくお願いしますっ!」
ぺこぺこと頭を下げる職員にそんなことをしなくても良いと手を振る。職員はよっぽど切羽詰まっているのか、それでも12Fが廊下の角に消えるまで頭を下げていた。
「……さて、今回はどこに居るんでしょう」
顎に手を当てて、脳内にいくつかの候補をピックアップする。どれも以前ドクターを見つけた場所だ。稀に12Fでも知らない場所で〝迷って〟いるが、それも法則を知っていれば別段難しい所でもない。12Fは順繰りに巡って、最後の場所に〝迷子〟を見つけた。
裏庭の、一見すると隠れて見える木々の幹。程よく日光が差し込むそこで、彼の人は眠っていた。
そっと周囲を探る。ドクターには護衛が付いているはずだが、12Fには気配を感じ取れなかった。こうも無防備にされていては心配になる。キョロキョロと見回すと、ガサリと少し離れた木から音がした。どうやら影ながら護衛に付いていた者がこちらの心配を拭おうとしてくれたらしい。12Fはその気遣いに小さく頭を下げた。
改めてドクターを見る。胸を上下させて、気持ちよさそうに寝息を立てていた。これを起こすのは忍びないが、彼の人を探す職員は今にも泣きそうだった。そのひとを泣かせる方がドクターは嫌がるだろう。
12Fは柔らかな芝の上に膝を付いた。日光に温められた仄かな熱と、土と草の香りがする。
「ドクター殿」
ぴくぴくと瞼が痙攣するものの、覚醒までは至らないようだった。
「ドクター殿」
「ん、ぁ?」
今度は肩に手を当てて呼ぶ。びくりと震えて、ぼんやりと目を開けた。眠たげに目を細める。
「12F……?」
「ええ。おはようございます、ドクター殿」
ドクターはくわりと大きく口を開けて欠伸をすると、とろんと眠たそうな目をしながらも、すぐに12Fがここにいる理由に思い至ったのだろう、口端を釣り上げてからかうように笑った。
「また、〝迷子〟探しか?」
「ええ、ロドスの大切な指揮官殿は、よく〝迷子〟になるようですので」
その返しに、ドクターはくつくつと喉を鳴らす。
12Fの知る限り、目の前のこの人に「方向音痴」という欠点は存在しない。あるのはそれをサボりの口実にして、咎められない相手にしか場所を知らせないずる賢さだ。
そして12Fは、その「咎めない」相手の中のひとりだった。
そもそもドクターには護衛が付いている。ならば「迷う」などということが起こるはずもないのだ。困ったのならば護衛に聞けば良い。もし万が一、彼らが分からなかったとしても、人のいる場所へ出て誰かに聞けば良い。ロドスのトップのひとりに冷たくする職員は少ないだろう。
つまりこの困った〝迷子〟は、確信犯なのだ。護衛も抱き込んで、「迷った」と称してふらりと姿を消す。今回のように騒ぎになるのは稀なことだ。ドクターは自分の仕事の進捗は正確に把握している。遅らせても問題ないような時にだけ「迷う」のだ。多少賢い者はきっと気づいているだろうと思う。だが現状は問題ないと見逃されているのだ。
ドクターにこの悪癖──と呼ぶべきなのかは分からないが──を植え付けたのは、12Fだった。
そんな弱みもあって、彼の人に強くは言えないでいる。いや、たとえそうではなくとも、12Fは許容しただろうと思うけれど。
この場所──裏庭の一角を教えたのは、随分と前だ。
ドクターがロドスに帰還してしばらく。彼の人は新しい環境に馴染むのに苦心して、目の下には黒々とした隈をよく作っていた。ふらふらと次の仕事へ向かおうとする彼の人の手を引いて、ここまで連れてきた。
12Fのとっておき。種族の特性から、12Fは日光浴を人よりも多くとる必要がある。そしてここは、それに最適の場所だった。枝木が目元を程よく隠し、葉の隙間からこぼれ落ちた光に当たることができる。そしてそれは、多くの人間にとって快適な午睡の場所にもなり得た。
まだ終えていない仕事があるからと執務室に戻ろうとするドクターを引き止めて、無理やりここに座らせた。少しだけ話しを聞いてくれと言って、つまらない昔語りをしたように思う。そのうちドクターは眠ってしまって、12Fは安心の息を吐いたのを覚えている。人はずっと走り続けることはできない。適度に立ち止まって休まなければ、いつかは倒れてしまう。
眠りから覚めたドクターは顔を青くしたが、12Fは謝りながらも後悔はなかった。それは、その時のドクターには必要だった。そう思っている。
それから紆余曲折はあったものの、ドクターはいつからか「道に迷った」と言い訳をして程よく休息を取るようになった。いつの間にかその他の隠れ場所も見つけたようで、そのいずれもここのように日差しが具合良く入る空間だ。時に、12Fも共に寝ることもあった。
今日は爽やかな風が心地よく、日差しも穏やかだ。こうして眠りたくなる気持ちも分かる。職員があれほど焦った様子でなければ、12Fもご相伴にあずかるのだが。
「職員の方が探していましたよ。なんでも今日が期限の書類があるようで」
「ああ……、そういえばそんなものがあったな。机の上にないから、もう片付けたのを忘れているだけかと思っていた。まだ提出されていなかったのか……」
ドクターはぐっと伸びをすると、立ち上がる素振りを見せた。12Fは先に立つと、手を差し伸べ引っ張り上げた。
執務室へ足を向けるドクターへ追従するように後ろに付くと、そのひとは不思議そうに首を傾げた。
「……ん? 付いてくるのか?」
「ええ、〝迷子〟の貴方を無事に送り届ける役目がありますので」
ドクターは目を細める。きゅうと目尻が盛り上がり、皺を作った。
「ははっ、じゃあ任せようかな」
「はい。よろしければ書類も手伝いますよ」
「それは心強い」
軽口を叩きながら進む。自身の執務室まで迷いなく歩くそのひとの後ろに付き従いながら、12Fは小さく笑った。
12Fは、この〝迷子〟を見つける仕事が、嫌いではない。