【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
「何を考えているか分からないと言われる?」
正午近くの執務室。眉を上げるドクターに、アドナキエルは頬を掻いた。
■ ■ ■
そもそもはただの雑談だった。蛇行に蛇行を繰り返し、出発点を見失った末に、ぽろりと溢れたのがそれだった。
──君は、何を考えているのか、良く分からない。
アドナキエルがそれなりの頻度で言われる言葉だ。自分としては分かりにくいつもりは全く無いのだが、どうしてかそう思われてしまうのだ。
ドクターに聞き返されて、アドナキエルは苦笑いをして頬を掻いた。
「はい、別に大したことを考えているわけではないんですけどね」
別に、深刻な悩みというわけではない。ただ話の流れで口にしただけ。日差しの差し込む暖かな部屋に、気だるげな空気が流れている。
コチコチと執務室の時計の秒針が音を立てた。埃を被ったそれを倉庫で見つけて、アドナキエルが直したものだった。動くようになったものの引き取り手が居らずに困っていたのを、ドクターが趣があると言って自分の執務室に取り付けたのだ。
アドナキエルの言葉に、ドクターは書類から顔を上げて、こちらを見ながら「んー」と気の抜けた声を上げた。
数秒考えた後、首を傾げる。
「……昼ごはんを楽しみにしている?」
「いえ、今は明日の天気について考えてます」
合っているか、と傾けられた頭に、残念と首を振る。「ドクター、さっき外に食べに行きたいって言っていたでしょう」と答えると、「そうだったな」とぼんやりとした声が返ってきた。どうやら集中力を切らしているらしい。くるくると手元のペンを回し始めたのを見て、アドナキエルは苦笑した。
ちなみに時計の針は、あと半周ほどで一二時を指す。昼の時間までもう少しあった。
「ううん、あれじゃないか、いつも笑っているから、とか」
「んん? 笑っているといけないんですか?」
「いやそういう訳じゃないが、多少の喜怒哀楽が見えたほうが分かりやすいだろう」
「そういうものですか?」
「そういうものだ」
ドクターはこくりと頷いた。そしてまじまじとアドナキエルを見つめる。
「そういえば、君が怒っているところを見たことがないな」
「そうでしたっけ……。でもまあ、オレはそんなに怒りっぽくはないですね」
最近怒ったことはあっただろうかと考えてみても、特に思い浮かばない。だよなあ、とドクターにうんうんと頷かれた。
「そもそも、アドナキエルはどんなことで怒るんだ?」
「…………どんなことでしょう?」
自分でもすぐには思いつかない。仲間を侮辱されたり、傷付けられれば怒るとは思うが、日常にあまりそういった機会はなかった。最近、同じ部隊の元気いっぱいの同僚に、持っていたらしいスープを頭から被せられたが、彼女も故意ではなかったし、次から気をつけてほしいと言って終わらせた。同部隊の友人にそのことを話したら、なぜだか呆れられたが。ちなみにスープは温くてやけどにはならなかった。
そんなことを言うと、ドクターも彼と同じような顔をした。そしてしばし考え込むような顔をしたかと思うと、ひとつ頷いてアドナキエルと向き合う。
相手の真剣な表情に、アドナキエルも顔を引き締めた。……しかし。
「その、少し前に直してもらった機械なんだが、うっかり落として壊してしまった……」
「見せてもらえれば、また直しますよ?」
覚悟していたよりもずっと大したことのない内容だった。もっと早く言ってくれればいいのに、とあっさりと答えると、ドクターは肩透かしを食らったような顔をした。
「……怒らないのか?」
「ですがわざとじゃないですよね? だったら別に」
「そうか……助かる」
ドクターからおずおずと差し出された機械を受け取る。今日の夜にでも直しておこうと算段をつけた。
その後もドクターは「怒りそうなこと」を上げていったが、いずれにもアドキナエルは首を振った。わざわざ憤るようなことではなかった。何度か繰り返した後、ふと思い出したようにドクターは口元を引きつらせた。
「そういえば、冷蔵庫に入れてあったケーキなんだが」
「ああ、オレが作ったやつですよね。結構上手くできたんじゃないかと思います」
「そう、それなんだが……」
「なんです?」
なにか不備でもあっただろうかと聞き返すと、ドクターは不自然に視線をそらした。その様子が備品を壊して怒られる同僚の姿が重なって、アドナキエルは心の中で少し愉快に思った。
「もう、ない」
「はい?」
「私が、食べた……昨日」
「ええっ」
小さめとはいえ、三人分くらいの量はあったはずだ。驚きの声を上げると、ドクターは言いづらそうにぽつぽつと
「その、会議が終わった時にすでに食堂が閉まっていてな、自分で作ろうにも気力が湧かず……だが、個人の仕事は残っていたから何も食べないわけにもいかない。それで冷蔵庫を覗いてみたら……」
「ケーキがあったと」
「そうだ。それで食べてしまった……。すまない……」
ドクターは、苦り切った口調で頭を下げた。
「ええと、その、味はどうでした?」
「…………とても美味しかった」
「なら良かったです」
「…………ん? 怒らないのか?」
「いえ、別に……。あっ、そうだ、ドクター! たしかあなたは甘味を制限されていたのでは?」
以前にドクターから健康診断で引っかかったという愚痴を聞いた覚えがある。たしかその時に、楽しみにしていた菓子を取り上げられたと嘆いていた。そして菓子を買うのは申告制になったとか、なんとか。
「あ、ああ……」
「ダメですよ、健康第一ですからね!」
指を立てて注意する。ドクターはそれに謝りながら訝しげにアドナキエルを見た。
「……それだけか?」
「はい?」
「もっとこう、『楽しみにしていたのに!』とか、『ドクター、酷いです!』とか……」
「特にそういうのはないですね……。また作ればいいだけですし」
ただほんの少し残念に思うとすれば、ケーキを食べているところを見れなかったことである。アドナキエルは自分が作ったものを相手が嬉しそうに食べているところを見るのが好きだった。
そう言うと、ドクターは信じられないというような顔をした。
「……アドナキエル、君、許しすぎじゃないか? もしも私が同じことをされたら、軽く一週間は気分が沈む自信があるぞ」
「それはドクターだけかと」
甘味を没収されてそこまで悲しめる者は、そう多くない。
結局アドナキエルが不快に感じるような事は見つからないまま、チャイムが鳴り響いた。昼の休憩の時間だ。忙しい時は時間通りに行動できないのだが、今日はこういう業務に関係のない話をできる程度には余裕がある。アドナキエルたちは腰を上げた。
部屋を出る途中で、アドナキエルはふと思い立ってドクターを呼び止めた。
「……ドクターは、オレがもっと分かりやすい方が良いですか?」
思いがけず、出した声は硬かった。気にしていないと言いつつも、本当は気になっていたのかもしれない。『分かりにくい』と言われても、それがアドナキエルだ。そう簡単には変わることはできない。それでも。一度自分の緊張に気付くと、それが呼び水となってさらなる緊張を呼んだ。うっすらと手に汗が滲む。仮に「うん」と頷かれたら、どうしようかと思う。
しかしドクターはその緊張に気づかずに、軽い調子で答えた。
「いや、君がそうしたいんじゃなければ、今のままで良いと思うが? まあ必要な時に怒らないのは心配にはなるが、君のそれは『必要な時』ではないんだろう?」
「……ええ、そうですね」
ドクターは、ちらり、とアドナキエルを見て笑った。
「なら、別に。──なんだ、分かりやすくなりたいのか?」
「いえ、そういったわけではないのですが……」
そもそも自分のなにが『分かりにくい』のかも良く分からない。自分としてはそんなつもりはないのだ。だが望まれるならば努力をしよう、と思う程度にはこの目の前の人物を重要な位置においていた。
尊敬と言っても良い。
ドクターはそんなアドナキエルの心情を知りもせず、「君でもそんなことを気にするんだな」と笑った。
「まあただ──」
じゃれ付くような茶目っ気を含ませた目が、アドキナエルを見る。
「君のデザートは絶品だ。この前のようにホール全部を食べることはもうないと思うが、摘み食いをしても怒らないでくれたらと思うな」
軽い調子でそう言って、ドクターは早く食堂へ行こうとアドナキエルを促した。その背中を追いかける。
「希望のものを作りますから、ちゃんと許可は貰ってくださいね」
隣に並んだアドナキエルに、ドクターはキラキラと嬉しそうな目を向けてくる。その視線に、アドナキエルは彼にしては珍しく声を出して笑った。