【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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雪解けを願う/マッターホルン

 差し込む暖かな日差しに、マッターホルンは目を細めた。遠くからオペレーターたちの賑やかな声が聞こえてくる。なにか面白いことがあったのか、わっと歓声が上がった。続いて笑い声が。

 マッターホルンは声が聞こえてくる方とは逆の方向に足を進めた。楽しそうなオペレーターたちに興味はあったが、今はそういう気分ではなかった。不快だとか、煩わしいという心地ではなく、ただたまに此処での生活がひどく眩しく思える。雪の覆われた穏やかな日々を過ごしてきたマッターホルンには、圧倒され、少々気疲れがすることがあった。

 外へ出る。裏庭の入り組んだ道をしばらく歩くと小さな小屋が見えた。古ぼけた東屋だ。随分と昔からここにあるのか、塗装はところどころ剥がれ落ちている。だが世話をする人間はいるのか、拙い修繕の跡があった。それにはマッターホルンによるものもある。

 風にさらされ色を失くした椅子に腰掛けた。

 静かだ。雪に覆われたあそことは違うが、人の気配は遠く、木々のざわめきだけが聞こえる。マッターホルンは小さく息を吐いた。片肘を付いて薄く目を閉じる。

 この静かな場所を教えてくれたのは、ドクターだった。ロドスでの目まぐるしい日々に適応しようと奮闘しているマッターホルンの顔を覗き込んで、「良い所を教えてやろう」と導かれた先にあったのがこの東屋だ。

 他のオペレーターから、ドクターはなぜかロドス限定で方向音痴の気があると聞いたのだが、歩く足取りは確かだったのを覚えている。

 とっておきだというこの場所をどうして教えてくれるのかと聞くと、ドクターはちらりと東屋から見える遠くの窓を見上げて、私は使わないから、と笑った。窓は絶妙に木々に遮られることなく、東屋の様子を観察することができた。なぜそれがいけないのかと思ったのだが、その当時は彼の人とあまり親しくはなかったために口にはできなかった。だが今では窓があるとなぜ不都合なのか、そしてドクターの〝方向音痴〟がどういうものであるのか、うっすらと察しは付いていた。

 がさり、と音が聞こえてマッターホルンは目を開けた。足音で誰だか分かる。

「ドクター」

「やあ、こんにちは」

 先程まで考えていた人物が、目の前にいた。

 自然な仕草で正面の椅子に座った相手に、持ってきていた自作の菓子を渡すと、嬉しそうに受け取られた。彼の人は時折ここに訪れては菓子をねだって、少し話をして帰る。その時間が、マッターホルンは嫌いではなかった。

 いそいそと袋を開けて、さっそく食べ始めたドクターに持ってきた茶もふるまう。マッターホルンがこの東屋に訪れるときに、必ずドクターが来るわけではないのだが、もうここに来る際の習慣になってしまった。

「……なんだ?」

「いえ」

 じっとドクターが食べる様子を見つめていると、不思議そうに見返される。それに小さく笑いを返して、「あまり食べ過ぎないように」と釘を刺しておいた。ドクターは頭脳労働だからと菓子を摂取しすぎて、定期検診で注意を食らったらしい。それでも食べ続けたので、ドクターが摂取する菓子には検閲が入るのだとか。マッターホルンのこれも、月に食べて良い量が決まっていた。

 が、ドクターは偏食というわけではない。甘味が好きすぎることを除けば、好き嫌いもなく食事をする。その点で言えば、マッターホルンが仕える方々よりも世話がしやすいと言える。

 マッターホルンの言葉に、ドクターは伸ばしかけていた手を引っ込めた。これ以上は問題があると考えたらしい。懸命な判断だ。

 まじまじとドクターを見る。外にあまり出ないせいか、日に焼けていない。戦場に出ることなど考えられない体躯だ。が、この人間は戦地に立つ。ほくほくとした顔で菓子を口に運ぶ今の様子を見ると、荒々しく血の匂いのするあそこで鋭く瞳を光らせ鋭く采配をする姿が嘘のようだ。

 いくつか他愛のない話をして、ドクターは去っていった。ドクターは博識で、会話にはあまり苦労しない。むしろ彼の人の前ではするすると言葉が出てくる。マッターホルンが望んでいた以上に。それは恐ろしいと感じるほどで。そしてその恐ろしさもまた、彼の人の魅力である。

 常時での気の抜けた様子。戦地での怜悧な指示。そしてふとした時に覗く思考の深さ。人を見る力。さすが我が主の盟友だとも思う。一筋縄ではいかなそうな人物である。

 残されたマッターホルンは、自分のカップに残った茶を傾けた。この静かな東屋と、そしてドクターとのやりとりで、腹の底に溜まった名前を付けられない重いものが少しだけ消えたような気がした。

 雪境(ヒーラ)は、雪で覆われた故国は、静かで穏やかなものだった。過酷な代わりに助け合わねば生きていけない。凍える外の代わりに、内では温かなものがあった。外が過酷な分、内では結束が必要だった。

 それが変わってしまったのは、いつからだったか。気づけば掛け違えたボタンは、戻すことが困難になっていた。

 雪は音を吸う。覆い隠す。一度入った亀裂の隙間に、雪が入り込み、凍りついて固めてしまった。穏やかだった主人たちの間には、いつの間にか、時が止まったように白く冷たい世界が広がっていた。

 しかし今、マッターホルンの前にあるのは、凍てつく白ではなく、伸び伸びと広がる緑だ。しんしんと降りしきる音のない雪ではなく、ささやくような葉擦れの音だった。当初は戸惑ったこれらも、今ではこれでまた良いものだと思うようになった。

 ロドスは明るく騒がしい。出身も習慣も違う人々が集まる此処は、笑いがあれば衝突もある。穏やかなあの日々とは正反対の騒がしい日々だった。けれど凍える大地を溶かすような熱がある。いつしか狭まっていた視界が開けるような、新たな視点を得ることもある。

 マッターホルンがかつてとは変わりつつあるように。そしてそれはきっと、主人たちにもまた起こるだろう。

 木々の隙間から溢れる光に目を細めた。青く萌えゆく草木が鮮やかだ。

 静かに目を閉じる。そして、どうか主たちに雪解けを、と願った。

 

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