【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
医務室に入ると消毒液の匂いが鼻を突いた。ここロドスで過ごしていれば、慣れたくなくとも慣れてしまう匂いだ。
いくつかのベッドを覗き込み、三度目で目的の人物を見つけた。ずりずりと椅子を引き寄せて、顔が見える位置に座る。
ベッドには小柄なオペレーター──グラニが寝息を立てていた。苦しそうな様子もなく、穏やかなその寝顔に、ほっと息を吐く。
彼女が怪我を負ったと聞いたのは数刻前だ。ドクターの指揮外の作戦中に戦闘で負傷、腹に銃弾を受けたと報告を受けた。帰還中は意識があったというのだが、ロドスに付いた途端、倒れたらしい。幸い傷は命に関わるものではなく、昏倒は貧血と疲労によるものだという。
ドクターが見つめる先で、ぴくぴくとグラニの瞼が痙攣した。ゆっくりと目が開く。ぼんやりと天井を見上げてしばらく、突然はっとして肩を揺らすと飛び起きた。
「あの子はっ!? ──っ、痛ぁ……」
叫んですぐに、顔をしかめて腹に手を当てた。当たり前だ、怪我をしているのだから。
報告にはグラニの負傷とは別に、作戦中の彼女の行動の記録もあった。そこには本来の作戦規定を無視して、かなりの無茶をしたことが記されていた。グラニの言う「あの子」は、彼女が規定違反を犯して庇った現地の子供のことだろう。
「安心しろ、子供は無事だ」
そう言うと、グラニは始めてドクターに気づいたような顔をした後、大げさなほど安堵の息を吐いた。
「良かったぁ~」
起きてすぐに気にするのがそれとは。全身で示される善性に、これでこそグラニだと思うと同時に、決して少なくない懸念が湧き上がる。
彼女が現地の住民を守るために行動することは何度かあった。そして今回のように、その代償として怪我を負うことも。そのいずれも、彼女の機転と勇気が結果的に良い方向に働いたとはいえ、命を落とす可能性だって十分にあった。
ドクターは厳しい顔を作った。それに、グラニの緩んだ顔もまた強ばる。
「グラニ、君が命令に違反したという報告を受けた。これは違いないか?」
「うん、でもっ、」
グラニの言葉を遮り、ドクターは続ける。
「君の違反のせいで、仲間が危機的な状況に陥ったと聞いたが?」
事実、結果的にはグラニを除いて軽症で済んだが、選択をひとつでも誤っていれば壊滅の危機さえあった。〝運〟が良かったのだ、グラニたちは。
「それはそうだけど、でもっ」
グラニが言い募ろうとするのを、被せるように強い口調で言った。
「命令違反は罰せねばならない。規約を破り同じ行為をする者を出してはならないからな。……一週間の謹慎を命ずる」
ごくり、とグラニが喉を上下させた。ぱくぱくと口を開け閉めして、ドクターの言葉に反論しようとしているのが分かる。しかし結局は重く苦いものでも飲み込んだかのように口を閉ざすと、「…………了解」と小さく頷いた。
膝の上に置いている握りこぶしが白んでいた。数秒後、「……でも」と唸るような小さな声が聞こえた。顔を上げたグラニが、強い意志の宿った目を向けた。宣誓でもするかのように、言う。
「あたしは、次も同じことをするよ」
その言葉は反抗のためのものでも、言い訳のためでもなかった。ただ彼女を貫く精神がそうさせるのだというような、そんな言葉だった。
規律を守れと迫るドクターと、己の信念を貫くと宣言するグラニ。医務室に緊張が走る。
しばし睨み合い、しかしそれはまた唐突に終わった。
ドクターがこれ以上はもう耐えられないというように、ふっ、と小さく笑みをこぼしたのだ。訝しげな顔をするグラニに、わざとらしく「こほん」と咳をして口を開く。
「だが、結果的に君たちは驚くほど損害なく──物的なものはあったが──帰還した。それに君が助けた子供の親は、それなりの会社の子息らしくてな、ロドスに協力したいという話が出ている。物的被害はそれで補填して溢れるほどだ」
「え……?」
「その功績で表彰と金一封──と言いたいところだが………」
ドクターはそこで言葉を切った。グラニはごくりと唾を飲み込む。
彼女たちは〝運〟が良かった。けれど、その〝運〟を掴めたのは誰のおかげかと言えば、オペレーターそれぞれの力もあるが、最も貢献したのはグラニだろう。
「──今回の謹慎と相殺とする」
「ドクターッ! ──って、痛たた……」
先程までの険しい表情はどこへやら、グラニはぱっと顔を輝かせて両手を上げた。そしてまた痛みに腹を抑えて悶えている。それにドクターは笑った。涙目の彼女を覗き込む。
「君の考えは分かるが、肝が冷えた。誰もが君のように行動して、君と同じ成果を得られるわけではない。それにまた同じことをやって上手くいく保証はない。……規律には死んでも従わねばならないとは言わないが、守るべき意味があると理解してほしい。君は良くやった。──だがもし〝次〟があるならば、その時は無傷で帰ってきてほしいものだな」
それじゃあ、よく休んでくれ、と立ち上がるドクターの背中に言葉がかかる。
「っ、ドクター! あたし〝次〟はもっと上手くやるから!」
「……ああ、よろしく頼む」
後ろ手にひらりと手を振ると、小さな騎士はもまた、満面の笑みで手を振り返した。